奈良の中でとりわけ私の気持ちを和ませてくれるのが高畑一帯。
亀井勝一郎は『大和古寺風物詩』の中で次のように書いている。
「はじめて通った日の印象は、いまなお私の心に一幅の絵のごとく止まっている。
そのゆるやかな登り道は、両側の民家もしずかに古さび、
崩れた築地に蔦葛のからみついている荒廃の様が一種の情趣を添えている。
古都の余香がほのかに漂っている感じだった」、
いまはスイーツの店などもできこれほどではないにしろ
亀井の想いを十分嗅ぎ取れるところと思う。
作家の志賀直哉も同じような思いだったのだろう。
「とにかく奈良は美しい所だ。自然が美しく、残っている建築も美しい。
そして二つが互いに溶け合っている点は他に比類を見ないと言って
差し支えない。今の奈良は昔の都の一部分に過ぎないが、
名画の残欠が美しいように美しい」(随筆「奈良」より)。
志賀直哉は、この地に自らが設計した遊び心満載の邸を建て、
名作『暗夜行路』などを書き上げた。
彼を慕ってやってくる人たちとも交流を深めた。
武者小路実篤、小林秀雄、尾崎一雄、小林多喜二、梅原龍三郎など
そうそうたる顔ぶれだ。
天日を取り入れた日当たりのよいサンルーム、きっと話は弾んだこととももう。
司馬遼太郎は「当時大阪でさえ、知識人には寂しい土地だった。
こういう面では、志賀直哉の奈良移住は大きかった」その功績を讃えている。
435坪の敷地に、134坪の広大な邸、かなり荒れていたようだが、
縁者の証言などで4年前にかなり忠実に修復・復元され、いまは全面公開されている。
足を運ぶ価値はある。
きょうはグループで行ったが、この次は独りで訪ねようと思う。