JR京都駅の北東さほど遠くないところにゆったりとした庭園がある。
東本願寺の飛び地で、きょう土曜日でも拝観者は少なくゆっくり楽しめた。
とりあえず写真のみ、説明はまた。
JR京都駅の北東さほど遠くないところにゆったりとした庭園がある。
東本願寺の飛び地で、きょう土曜日でも拝観者は少なくゆっくり楽しめた。
とりあえず写真のみ、説明はまた。
神戸電鉄・夜の鈴蘭台駅、電車の乗換えでホームに立った。
ほとんど人気はなく、風もひんやりして侘しくなる。
ふと見た駅の広告板、数えるとちょうど30あった。
ところがこのうち半分以上は広告主がなく真っ白。
私が移り住んで、まもなく30年、急激に高齢化が進んだ。
元気を取り戻す方法はあるのか。悩ましい。
諏訪根自子(すわ・ねじこ)さん、きょうの朝刊に写真つきで死亡記事が掲載されていた。
ここ数十年表舞台から遠ざかっていた。92歳だったそうだ。
「美貌の天才少女として一世を風靡し、日本人で初めて国際的に活躍した」と紹介している。
私はまだ小学生の頃だった。彼女の演奏会に独りで行ったことをはっきり覚えている。
演奏した曲名は分からないが、澄み切ったバイオリンの音色は耳に残っている。
私は当時ギターを少し習っていたが、音楽の何かも全く分からない頃だった。
そんな私に音楽の魅力を教えてくれたのが、諏訪さんだ。ご冥福を祈る。
両親の供養で、墓参りに行ってきた。
村のはずれにあるこのお墓は元々土葬で普段は寂しいが、
お彼岸のこの時期は、ほとんどのお墓に花が供えられている。
三世代と思われる大所帯の家族もお参りに来ており、
子どもたちのはしゃぐ姿が見られる。
両親は華やいだ雰囲気になるお彼岸を
きっと喜んでいると思う。
革工房を主宰する友人がいる。
自身の作品作りに励んでいるが、
人数限定で革グッズ作りの指導もしている。
手作りの魅力は何なのか?
誰でも、初めて仕上げた一品には特別の思いがあるにようだ。
満足のいく出来栄えでなくても、
そこには作り手の苦労と戸惑いが染み込んでいるからだ。
とくに本革は長持ちする。使い込むことによって愛着が強くなる。
2作目、3作目と進むことで腕も上がり、
個人差はあるにせよ、次第にこぎれいな作品になっていく。
上達が実感できるのも大きな魅力だ。
健康づくり、美容講座なども人気のようだが、
こうした手作り講座に及ぶべくもないだろう。
不器用な私には難しいと思うが、
彼から貰った(せしめた)ブックカバーとキーホルダーは
いつも愛用している。
秋分の日、いつもの年は9月23日、うるう年に限って9月22日とされている。
しかし、本来は地球が秋分点を通過する日で、天文学上の計算によってはじき出される。
今年はうるう年でもないのに“秋分の日は9月22日”、これは116年ぶりのことだという。
ところが・・である。
朝起きて冷たい水を飲むと、治療中の歯がしみる。
とにかく明日は日曜日で歯医者はお休み。幸いなことに土曜日は開いている。
開院の10分前、9時20分に行ったがシャッターは閉まっている。
9時半になればと思い10分待ったが、何ら変化はない。
ここでようやく祝日と気づく。
周囲からすれば「あのおっさん何してんねやろ」と見えるだろう。
「歳はとりたくないな」、格好の悪い話である。
文化庁の国語世論調査の結果が紹介された。
朝日新聞の見出しは、≪「むかつく」がっつり定着?≫
「むかつく」は腹が立つ。「がっつり」はしっかり。
「むかつく」を使う人は、8年前の調査に比べ6.1ポイント増、
「がっつり」は、20代の男性で7割超だという。
また「1歳上」を「1コ上」という人は、ほぼ57%に上るという。
ネット社会の影響にも言及しているが、
「あっ、そう」というだけの紹介記事でしかない。
「新しい表現は使う人の割合が半数を超えると
加速度的に増える」という文化庁担当者の談話も載せている.
が、「むかつく」も「1コ上(ひとつ上)」もいわゆる俗っぽい表現であり、
多くの人が場所や状況に応じて使い分けをしているのではないかと思う。
私はこのブログでは、現役時代には使わなかった俗っぽい表現を
かなり意識的に使っている。
杓子定規にことばを扱おうとすると、
落とし穴に足を突っ込むことになりかねない。
初秋の大和路・斑鳩の里。
きょうはとりわけ爽やかで、ゆったり時間をかけて
斑鳩三塔と呼ばれる法隆寺の五重塔、
法起寺・法輪寺の三重塔を巡ってきた。
名産の無花果を並べた小屋、うなだれ始めた稲穂、
親しげに乱舞を披露する赤とんぼ、
これ以上ないといえるほどの舞台仕立て、
これこそ古都の手厚いもてなしと感じさせてくれた。
最古といわれる法隆寺の五重塔、いつ見ても荘厳そのもので、
修学旅行の子どもたちに取り囲まれて満足げな様子だった。
法起寺は三重塔としては最古とされる。
法隆寺と同じように層を成す屋根は
最上の初層に上がるにつれて小さくなり、安定感を見せる。
ほとんどが田んぼである周囲の景観とうまくマッチしている。
「柿食えば鐘が鳴るなり・・」と詠まれたように、
塔のすぐそばで柿が色づき始めていた。
さらに法輪寺に足を運んだ。
塔の真正面に視界をさえぎるように送電線がたち
やや無粋な感じがしたが、この田んぼ道の途中に
ピンポイント斑鳩三塔を望める場所がある。
まだまだ建物が少ないという証であり、
よそ者の勝手な言い分かもしれないが、
こうした景観は斑鳩ならのものであり大切にしてほしい。
ふと見上げると青い空に秋の雲が浮かんでいた。
法隆寺門前の松並木にある松鼓堂。
看板に、奈良漬け、茶粥、くずきり、墨などと書かれている。
名物はほぼ揃っているようだ。
昼食は平宗の「柿の葉寿司」1100円、
ボリュームたっぷり、万人向きで美味。
風もさわやか、初秋の大和路を楽しもう。
まず、