TVおじさん

世相の鏡であるテレビから学び、時として批判も。メディア表現にも触れる。まだ元気、散策の想い出も綴りたい。

非公開の石庭を見る

2010-05-26 | 散策

 

高野山に秘蔵されているという二十五菩薩の来迎図、もう比叡山に戻ることはない。しかし、大津・坂本の瑞応院に、この図を摸した石庭がある。天台座主を務めた山田惠諦師の懇請で、重森三玲が作庭した。


今日は、柔らかな陽光が差し込み、目を見張るばかり。三玲のお孫さんの解説は極めて微細で、祖父の仕事に強い誇りを感じているように思えた

 


白・ピンク・赤のセッコクが彩りを添え、この庭の美しさに“胸の高鳴り”を覚えた。お孫さんに感謝!!

 


昼食は旧里坊の芙蓉園、ここには江戸期の池泉の庭があるが、珍しい洞窟も。真っ暗闇、懐中電灯をつけて中に入り、みんな童心にかえって楽しんでいた。









幸いなのか!?生憎??

2010-05-21 | 散策

 

弘法大師空海が開いた高野山、昨日まで1泊2日の日程で行ってきました。曇りのち雨のお天気で、“これが幸いしたのか”新緑はまさに絶品、都会の喧騒を忘れさせてくれたし、何か体の中から汚れたものが洗い流された気分になりました。さらに、金剛峯寺のシャクナゲも百花繚乱、信じられないほどの背丈に圧倒されました。

こうした状況を、幸いというのか、あいにく雨に見舞われたというのか、さてどちらなのか。人それぞれで全く正反対の評価になるかもしれません。単純に決めつけることはできませんが、 少なくともこうした情景を見るときは、“幸い”と受け止めたほうが、人の心は豊かになるでしょう。とりあえず良いほうに解釈できるよう、日ごろから心を開く訓練を重ねることをお勧めします。