新年が明けて、1月3日の夕方、僕は誰も居ないはずの華厳寮に帰って来た。
僕は、いつものように年末年始を実家で過ごすと、
「仕事の準備があるから」
と父親や親戚連中に言い訳をして、いつもより早めに実家を後にしたのだった。
部屋のドアを開けようとすると・・・何かの音が聞こえる。
「うん?クラッシック・・・英雄ポロネーズか?」
と、訝しみながらドアを開けると、田島ガオ(27)が自分の布団の上に胡座をかいて座っている。
「ガオさん、いたんだ・・・誰もいないと思ってた」
と、僕が話すと、
「ああ・・・実家から帰ってきて、すぐに仕事じゃあ、緊張感がわかないからな。一日早めに出てきたんだ」
と、身体のデカいガオは柔和な笑顔で話す。
「俺も、そのクチです。それになんか正月も全然めでたく感じないし・・・」
と、僕が話すと、
「フラれた後遺症か・・・よくわかる・・・俺もまだ抜け出せていないからな、フラれた後遺症・・・」
と、ガオは、笑いながら、そう話す。
「ガオさんも、そうですか・・・でも、ガオさんは俺なんかより、相当大人ですからね。寂しい顔やつらい顔ひとつ見せないじゃないですか!」
と、僕が言うと、
「まあ、それは、な・・・」
と、ガオは、少し考え事をするように、口をつぐむ。
「俺、大学受験の時に、入る学部のことで、悩んで、世界放浪の旅に出たって話したろ」
と、ガオは自分の昔の話を引き合いに出す。
「医学部に入るか、工学部に入るか悩んで意図的に一浪して、一年、世界を歩きまわったって、すげえ話のことでしょ?」
と、僕が言うと、
「東大に入ることは決めてたんだ。ただ、成績がいいから自動的に医者の道を目指すってのに、どうしても納得がいかなかったんだ」
と、ガオは自分を振り返る。
「とにかく、いろいろな場所で、自分を試してみたかった・・・言葉の通じない場所で、どうやったら生きていけるか・・・自分の限界を見極めたかった」
と、ガオは、珍しく神妙な顔をして、話す。
「そしたら、なんとか、なるもんだって気がついてね。表情ってのは、世界共通なんだ。言葉が通じない分、あり方が世界共通のパスポートになる」
と、ガオは話す。
「この男がどういう男か、胡散臭い奴なのか、信頼出来る奴なのか・・・皆わかってくれたよ。ただ、その時にもちろん、いろいろ苦労した・・・」
と、ガオは話す。
「強盗に会いそうになったし・・・その時は、柔道で撃退したけど、相手が銃を持っていたらって考えると、今でも冷や汗が出る・・・あれはベトナムだったっけ」
と、ガオは苦笑気味に話す。
「そんな苦労もたくさんしたから・・・感情を隠して、笑顔でいることには、慣れているんだ。経験上、笑顔でいるほうが、いいことが起こる。これは本当だ」
と、ガオはまじめに話す。
「だから、いつしか・・・プラスの感情の時以外は、あまり顔に出さなくなった・・・まあ、ひと通り、そういう訓練をやってきたってことだな」
と、ガオは話してくれる。
「だから、マイナスの感情を見せていることが、ないのか・・・ガオさん・・・」
と、僕は驚く。
「ま、どうしても辛い時は、トイレの個室で、声を出さずに泣くさ・・・それくらいの知恵くらい、俺にもある」
と、笑うガオ。
「しかし、フラれた後遺症のパパに言っておくけど、俺たちには、現実的な問題があるぜ」
と、ニヤリとしながら、ガオが言う。
「なんですか現実的な問題って?」
と、僕が聞くと、
「休みが暇になるってことだ・・・」
と、ガオが言う。
「休みが暇・・・」
と、僕が言うと、
「おんながいる時は、やれあそこへ行きたいだー、ここに連れて行ってくれだーリクエストされまくりだったが・・・それがすべて無くなるんだ」
と、ガオは言ってくれる。
「つまり、絶対的な暇が・・・俺達の週末には、やって来るってことさ」
と、ガオは話す。
「そうか・・・暇か・・・3年も、そういうことがなかったから、ピンと来なかった・・・」
と、僕が話すと、
「実は、俺、いっつも年始に彼女と会ってたんだよ。1月は2日から・・・それが今年は無いもんだから・・・暇を持て余して、早めにここへ逃げて来たってわけなんだ」
と、ガオは頭を掻きながらそう話す。
「あれ?緊張感の話は、どこへ行ったんですか?」
と、僕が笑うと、
「ん?あれは、表向きの理由だよ。物事には、オモテとウラがあるもんだ。何事にも、ね・・・」
と、苦笑するガオ。
「参りますねー、それは」
と、僕が言うと、
「ああ、実際、参ってる・・・今日もテレビで駅伝を眺めながら、週末をどう埋めるか、考えていたんだ・・・」
と、ガオが言う。
「その彼女とは、もう復帰は無理なんですか?」
と、僕が聞いてみると、
「まあ、無理だろうなあ・・・彼女の方から切られたんだからなー」
と、ガオは言う。
「大学時代に盲腸で入院して、看護してくれた看護婦さんだったんですよね。彼女って」
と、僕が言うと、
「そ。綺麗で可憐で優しくて・・・そんな女見たこともなかったから、思わず口説いちゃったんだよ・・・ま、オーケーしてくれて、結果オーライだったけれど・・・」
と、ガオは話してくれる。
「すごい行動力ですね。さすがに僕には真似できない・・・」
と、僕が少し呆れ気味に言うと、
「人生、何事も当たって砕けろだ・・・砕けなければ、御の字・・・そういう気持ちになれたのも、世界放浪のおかげさ」
と、ガオは涼しい顔して言う。
「そうですか・・・俺も経験が必要だな・・・にしても、その可憐な彼女からなぜフラれちゃったんです?ガオさんのどこが不満だったんです?その彼女」
と、僕が言うと、
「そうだな・・・まあ、彼女の言い分としては、「わたしはあなたの考えているような女じゃない。わたしにとって、あなたは大きすぎるわ」ということだった」
と、ガオは涼しい顔して言う。
「大きすぎる!」
と、僕が少し驚いて言うと、
「ああ、そういうことだった・・・まあ、俺を持て余していると言うことだろうなあ」
と、ガオは冷静に分析する。
「まあ、俺はイズミじゃないから、女性心理に疎い・・・だから、まあ、よくわからんが、別れたいという彼女の気持ちは伝わったからな」
と、ガオは冷静に話す。
「だから、別れた・・・一緒に居たくないってんだから、別れるしかない・・・それだけのことだ」
と、ガオはガオらしくシンプルに話す。
「そうですか・・・僕も女性心理には疎い方なので・・・というか、ハッキリ言って、女性は謎の生物です。もう地球人じゃ、ないんじゃないかって、僕は思いますけどね」
と、僕は携帯電話を渡されたサルのような困惑の表情を浮かべながら話す。
「そうか。パパも女の気持ちは、わからんか・・・俺も全然わからん・・・俺は国語も数学も物理も社会も英語も全部得意だが、女子だけは、わからんなー」
と、ガオもうれしそうに話す。
「パパ・・・」
と、ガオはにっこりして話しかけてくる。
「こういう話になったら・・・これは飲まなきゃやってられんだろう」
と、ガオは手でジョッキを上下するしぐさで、飲みを提案してくる。
「そうですね。コンビニでも行って、酒の肴、調達してきましょうか」
と、僕が言うと、
「そうだな。よし、俺も行こう。なんだ、新年会か・・・イズミも帰ってくればいいのに・・・」
と、ガオが言う。
「あいつは、今頃、女の部屋にしけこんでますよ・・・女性心理に長けた男ですからね」
と、僕が言う。
「そうだな」
と、ガオも納得するように言う。
、
その頃・・・。
「そういうことなら、別れよう。君の部屋の鍵を返すよ・・・」
と、イズミは、とある女性に告げていた。
(つづく)
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僕は、いつものように年末年始を実家で過ごすと、
「仕事の準備があるから」
と父親や親戚連中に言い訳をして、いつもより早めに実家を後にしたのだった。
部屋のドアを開けようとすると・・・何かの音が聞こえる。
「うん?クラッシック・・・英雄ポロネーズか?」
と、訝しみながらドアを開けると、田島ガオ(27)が自分の布団の上に胡座をかいて座っている。
「ガオさん、いたんだ・・・誰もいないと思ってた」
と、僕が話すと、
「ああ・・・実家から帰ってきて、すぐに仕事じゃあ、緊張感がわかないからな。一日早めに出てきたんだ」
と、身体のデカいガオは柔和な笑顔で話す。
「俺も、そのクチです。それになんか正月も全然めでたく感じないし・・・」
と、僕が話すと、
「フラれた後遺症か・・・よくわかる・・・俺もまだ抜け出せていないからな、フラれた後遺症・・・」
と、ガオは、笑いながら、そう話す。
「ガオさんも、そうですか・・・でも、ガオさんは俺なんかより、相当大人ですからね。寂しい顔やつらい顔ひとつ見せないじゃないですか!」
と、僕が言うと、
「まあ、それは、な・・・」
と、ガオは、少し考え事をするように、口をつぐむ。
「俺、大学受験の時に、入る学部のことで、悩んで、世界放浪の旅に出たって話したろ」
と、ガオは自分の昔の話を引き合いに出す。
「医学部に入るか、工学部に入るか悩んで意図的に一浪して、一年、世界を歩きまわったって、すげえ話のことでしょ?」
と、僕が言うと、
「東大に入ることは決めてたんだ。ただ、成績がいいから自動的に医者の道を目指すってのに、どうしても納得がいかなかったんだ」
と、ガオは自分を振り返る。
「とにかく、いろいろな場所で、自分を試してみたかった・・・言葉の通じない場所で、どうやったら生きていけるか・・・自分の限界を見極めたかった」
と、ガオは、珍しく神妙な顔をして、話す。
「そしたら、なんとか、なるもんだって気がついてね。表情ってのは、世界共通なんだ。言葉が通じない分、あり方が世界共通のパスポートになる」
と、ガオは話す。
「この男がどういう男か、胡散臭い奴なのか、信頼出来る奴なのか・・・皆わかってくれたよ。ただ、その時にもちろん、いろいろ苦労した・・・」
と、ガオは話す。
「強盗に会いそうになったし・・・その時は、柔道で撃退したけど、相手が銃を持っていたらって考えると、今でも冷や汗が出る・・・あれはベトナムだったっけ」
と、ガオは苦笑気味に話す。
「そんな苦労もたくさんしたから・・・感情を隠して、笑顔でいることには、慣れているんだ。経験上、笑顔でいるほうが、いいことが起こる。これは本当だ」
と、ガオはまじめに話す。
「だから、いつしか・・・プラスの感情の時以外は、あまり顔に出さなくなった・・・まあ、ひと通り、そういう訓練をやってきたってことだな」
と、ガオは話してくれる。
「だから、マイナスの感情を見せていることが、ないのか・・・ガオさん・・・」
と、僕は驚く。
「ま、どうしても辛い時は、トイレの個室で、声を出さずに泣くさ・・・それくらいの知恵くらい、俺にもある」
と、笑うガオ。
「しかし、フラれた後遺症のパパに言っておくけど、俺たちには、現実的な問題があるぜ」
と、ニヤリとしながら、ガオが言う。
「なんですか現実的な問題って?」
と、僕が聞くと、
「休みが暇になるってことだ・・・」
と、ガオが言う。
「休みが暇・・・」
と、僕が言うと、
「おんながいる時は、やれあそこへ行きたいだー、ここに連れて行ってくれだーリクエストされまくりだったが・・・それがすべて無くなるんだ」
と、ガオは言ってくれる。
「つまり、絶対的な暇が・・・俺達の週末には、やって来るってことさ」
と、ガオは話す。
「そうか・・・暇か・・・3年も、そういうことがなかったから、ピンと来なかった・・・」
と、僕が話すと、
「実は、俺、いっつも年始に彼女と会ってたんだよ。1月は2日から・・・それが今年は無いもんだから・・・暇を持て余して、早めにここへ逃げて来たってわけなんだ」
と、ガオは頭を掻きながらそう話す。
「あれ?緊張感の話は、どこへ行ったんですか?」
と、僕が笑うと、
「ん?あれは、表向きの理由だよ。物事には、オモテとウラがあるもんだ。何事にも、ね・・・」
と、苦笑するガオ。
「参りますねー、それは」
と、僕が言うと、
「ああ、実際、参ってる・・・今日もテレビで駅伝を眺めながら、週末をどう埋めるか、考えていたんだ・・・」
と、ガオが言う。
「その彼女とは、もう復帰は無理なんですか?」
と、僕が聞いてみると、
「まあ、無理だろうなあ・・・彼女の方から切られたんだからなー」
と、ガオは言う。
「大学時代に盲腸で入院して、看護してくれた看護婦さんだったんですよね。彼女って」
と、僕が言うと、
「そ。綺麗で可憐で優しくて・・・そんな女見たこともなかったから、思わず口説いちゃったんだよ・・・ま、オーケーしてくれて、結果オーライだったけれど・・・」
と、ガオは話してくれる。
「すごい行動力ですね。さすがに僕には真似できない・・・」
と、僕が少し呆れ気味に言うと、
「人生、何事も当たって砕けろだ・・・砕けなければ、御の字・・・そういう気持ちになれたのも、世界放浪のおかげさ」
と、ガオは涼しい顔して言う。
「そうですか・・・俺も経験が必要だな・・・にしても、その可憐な彼女からなぜフラれちゃったんです?ガオさんのどこが不満だったんです?その彼女」
と、僕が言うと、
「そうだな・・・まあ、彼女の言い分としては、「わたしはあなたの考えているような女じゃない。わたしにとって、あなたは大きすぎるわ」ということだった」
と、ガオは涼しい顔して言う。
「大きすぎる!」
と、僕が少し驚いて言うと、
「ああ、そういうことだった・・・まあ、俺を持て余していると言うことだろうなあ」
と、ガオは冷静に分析する。
「まあ、俺はイズミじゃないから、女性心理に疎い・・・だから、まあ、よくわからんが、別れたいという彼女の気持ちは伝わったからな」
と、ガオは冷静に話す。
「だから、別れた・・・一緒に居たくないってんだから、別れるしかない・・・それだけのことだ」
と、ガオはガオらしくシンプルに話す。
「そうですか・・・僕も女性心理には疎い方なので・・・というか、ハッキリ言って、女性は謎の生物です。もう地球人じゃ、ないんじゃないかって、僕は思いますけどね」
と、僕は携帯電話を渡されたサルのような困惑の表情を浮かべながら話す。
「そうか。パパも女の気持ちは、わからんか・・・俺も全然わからん・・・俺は国語も数学も物理も社会も英語も全部得意だが、女子だけは、わからんなー」
と、ガオもうれしそうに話す。
「パパ・・・」
と、ガオはにっこりして話しかけてくる。
「こういう話になったら・・・これは飲まなきゃやってられんだろう」
と、ガオは手でジョッキを上下するしぐさで、飲みを提案してくる。
「そうですね。コンビニでも行って、酒の肴、調達してきましょうか」
と、僕が言うと、
「そうだな。よし、俺も行こう。なんだ、新年会か・・・イズミも帰ってくればいいのに・・・」
と、ガオが言う。
「あいつは、今頃、女の部屋にしけこんでますよ・・・女性心理に長けた男ですからね」
と、僕が言う。
「そうだな」
と、ガオも納得するように言う。
、
その頃・・・。
「そういうことなら、別れよう。君の部屋の鍵を返すよ・・・」
と、イズミは、とある女性に告げていた。
(つづく)
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