クリスマスイブ6日前の日曜日の午後4時頃。ガオとアミは、横浜の「港の見える丘公園」に来ていた。
冬至が近いこともあって、もう、すでにその時間は夕景になっていた。
「ふふ。そうなの。ここで、タケルくんとアイリが、ファーストキスしたのね・・・タケルくんの好きそうな場所だもん」
と、アミは、いつになく、はしゃいでいた。
「実は、ファーストキスをしたのは、アイリさんの方からだったそうですよ。あれ?違うな。あの時は、アイリさんに頬にキスされたって言ってったんだっけ」
と、記憶が混乱するガオ。
「確か、「港の見える丘公園」からの帰りに、アイリさんが、鈴木の唇を奪ったんでした」
と、ガオが説明すると、
「ガオくんは、真面目なのねー・・・そんなに細かいこと説明しなくてもいいのに・・・」
と、やわらかい笑顔のアミ。
「私の中では、もう、タケルくんのファーストキスの場所に確定しちゃったの。この場所が!」
と、嬉しそうに、はしゃぐアミ。
ガオは、その姿に、何か眩しいモノを見ていた。
それは、アミのタケルに対する思い、そのもののようだった。
その時間から遡ること、4時間前・・・元町の創作フレンチの店「Le compositeur」で、ガオとアミは、打ち合わせた。
「あのー、お恥ずかしい話なんですが・・・今朝、僕、ミサさんに電話したんですけど、軽く弄ばれまして・・・」
と、ガオは、今朝あったことを、洗いざらい、アミに話した。
「え?そんなことがあったの?・・・そのミサっておんな、相当なやり手ね・・・というか、完全にドSだわ・・・」
と、アミは推測する。
「だから、そのー、彼女、アミさんの言う平和な「大人の恋」とは、まったく違う「大人の恋」をしかけてくるんじゃないかって、思ってて・・・」
と、ガオは説明する。
「ただ、一方で、僕、そのー・・・その時のドキドキを忘れられないっていうか・・・さらにその恋に幻惑されているっていうか・・・」
と、ガオは説明する。
「まー、ドMなガオくんじゃ、仕方ないでしょうね・・・多分、いい組み合わせなのよ。そのミサって女性と、ガオくん・・・」
と、アミは大人の女として、答えを出している。
「え、僕がドMですか?」
と、ガオは驚いている。
「自分で気づいていなかった?ガオくんは、女性にリードされる方が嬉しく感じるタイプよ。自分が女性をリードするのは、苦手なタイプ。それ知らなかったの?」
と、アミの方が驚いている。
「だって、ここに歩いてくる間だって、ガオくん、私をリードしてなかったじゃない。私がリードし始めたら、安心した顔してたでしょ?すぐわかるわよ、それくらい」
と、アミは、大人の女性として、ガオに言っている。
「そうでしたか・・・いや、自分は女性をうまくリードしていると、ばかり・・・」
と、ガオが冷や汗をかくと、
「うーん、ガオくんは、知識が知性を邪魔するタイプねー。「男性は女性をリードしてなんぼ」こんな、死んでる知識が、あなたの恋愛を邪魔してきたんじゃない?」
と、アミは、さらりと言う。
「ガオくんに教えておくけど、女性は、生きる知恵で毎日を生きてるの。自分で獲得した知恵でね。だから、ガオくんがドMだ、なんて、すぐ見抜けるのよ」
と、アミは言う。
「そのミサって女も、生きる知恵で、ガオくんが、自分にピッタリ合っていることを、瞬間的に理解したのよ」
と、アミは言う。
「ドSの自分には、ガオくんのようなドMのマッチョがお似合いだ・・・そう理解したから、ドンドンその道を歩いてる。そして、ガオくんも嬉しがってる。違う?」
と、アミはガオの目を見るように言う。
ガオは、理解不能という表情で、アミを見ていた・・・。
アミは、そのガオの表情を見ると、フランス料理を食べる手を止めて、腕を組みながら、改めてガオを見る。
ガオも手を止めて、アミの視線を静かに受け止める。
「そうねー・・・あなた、もう一回りも二回りも大きくなる為に、このミサって女との恋を思い切り利用しなさい」
と、アミは結論的に言う。
「ただし、寝ちゃダメ。それだけは、なんとしても、回避しなさい。最も、責任は、あなたが取るはめになるのよ。女性は流されやすいんだから」
と、アミは言う。
「それから、わたしの探偵ごっこも取りやめ。その女は、もうどこまで行くか決めているはず・・・それを決めているから、今朝、手練手管を開始したんでしょ」
と、アミ。
「あなたは・・・自分との我慢合戦ね。この恋は、深入りすれば深入りするほど、大きな快感があなたを襲う。どこでUターンするか、あなたが決めることよ」
と、アミは真面目な顔をして、ガオの目を見つめながら、一言一言、言い聞かせるように言った。
「この恋は、最早、わたしの知ってる「大人の恋」じゃない・・・「本当の恋」そのものだわ・・・あなたは、その魔性に耐えられるかしら・・・」
と、アミは真面目な顔をして、ガオを見つめる。
「あなたは、これから経験することを、逐次わたしに報告しなさい。アドバイスするわ。でも勘違いしないで、これは、あなたが、タケルくんの親友だから、してあげること」
と、アミは言い切る。
「そこは、しっかりと抑えておいてね。勘違いされても、困るから」
と、アミは言う。
「申し訳ないけど・・・恋愛に関しては、あなたは、タケルくんの理性に遠く及ばない。もし、タケルくんが、その魔性の女に魅入られても私、安心して見ていられるもの」
と、アミは言う。
「あなたは、その恋を利用して、もう少し、大人になりなさい・・・それこそが、タケルくんに近づく唯一の方法だわ」
と、アミは、言う。
「あなたは知らないかもしれないけど、タケルくんは常に戦ってきたの。大きな存在とね・・・だから、彼は理性の素晴らしい、女性に愛される男になったのよ」
と、アミは言う。
「成長したから、愛されているの。あなたは・・・わたしから見ても、かなーり、まだまだよ」
と、アミは言う。
「ま、それでも、ガオくんは、普通の男どもに比べれば、なかなか、魅力的だけどね」
と、アミはぺろりと舌をだして、そう言ってくれた。
「タケルくんは、こういう場所を女性と歩くのよねー。理性的な癖に、大人の女性を喜ばせるのすら、お手の物だからなー」
と、アミは「港の見える丘公園」に来てから、タケルの話ばかりだ。
でも、そのアミの天真爛漫さは、かわいい少女のような外見と相まって、ガオには、とても魅力的に見えた。
4時間前、ガオに究極の駄目だしをした、同じ女性とは、とても思えなかった。
「夕日が落ちていくわね・・・」
と、夕日を見ながらアミは、はしゃいでいた。
「ガオくん、落ち込んじゃった?ちょっと強い事、言い過ぎちゃったかな、わたし?」
と、くりくりとした目でガオを見つめる、そのアミの表情に、ガオは苦笑する。
「いや、勉強になりましたよ。なんとなく人生の方向を変えちゃうくらい・・・」
と、ガオは口にした。
「鈴木に負けないように、いや、鈴木に追いついて、アミさんの僕を見る目を変えるくらい、俺、がんばってみます」
と、ガオはアミに言った。
「がんばりなさい。いつでも報告いれていいから」
と、アミは自宅の電話番号を教えてくれた。
ガオとアミは、いつしか笑顔になっていた。
クリスマスイブ6日前の日曜日の午後5時、少し前。イズミは中王大学後楽園キャンパスの近くにある、野島ゼミ行きつけの居酒屋「楽静」の個室にいた。
黒いデニムに、黒いファー付きのハーフコート姿だったイズミは、コートをコート掛けに掛けて、田中美緒(22)が来るのを静かに待っていた。
田中美緒は、午後5時ちょうどに、個室に現れた。
キャメル色のAラインのダブルのコートを着てきた田中美緒は、その下はベージュのブリーツスカート姿に、白いサテンブラウス姿だった。
田中美緒は、少々緊張した面持ちで、イズミを見ていた。
イズミは、少し笑顔を出して、大人の余裕を感じさせた。
人生経験の差が如実に現れていたが、イズミとすれば、好感触だった。
「あのさ、言葉が出るのを緩やかにするために、ビールを一杯くらい飲んでもいいかな?」
と、イズミが幾分やわらかい表情で言うと、田中美緒は、
「いいですよ」
と、コクリと頷いた。
中生をゴクゴクと飲んで、気分のよくなったイズミは、笑顔になりながら、ゆっくりと、ジョッキを置き、田中美緒の方をゆっくりと見る。
「じゃあ、正々堂々、論争を始めようか」
と、イズミが言うと、美緒もゆっくりと頷く。美緒も、けっこうジョッキを空にしている。
「君がやっていることは、河西に洗いざらい聞いた。聞いたからこそ、僕は腹が立った。それはもちろん、確信があるからだが・・・まず、その前に、しっかりと論争しよう」
と、まず、イズミが口火を切る。
「はい」
と、田中美緒も目に力をこめる。
「君はまず、自分は絶対に間違っていないと考えている。同級生の告白は受けるし、その場でお断りするけれど、それは自分に与えられた権利だと、君は思っているだろ」
と、イズミは話す。
「思ってますよ。それは、当然の権利じゃないですか?」
と、美緒は少しキレ気味に言う。
「権利には義務がつきものだ。その義務を君は果たしていない・・・だから、君が一番悪いと僕は言っているんだ」
と、イズミ。
「どういう義務が、あるっていうんですか?わたしは、告白してくれる男性達に感謝しているし、一緒にいられる時間があれば、出来るだけいられるようにしているし・・・」
と、美緒は話す。
「君は何もわかっていないな・・・よく僕の後輩でいられるね」
と、イズミは辛辣な言葉を吐く。
「じゃあ、その義務について、説明してみてくださいよ!」
と、美緒は、さらにキレ気味に叫ぶ。
「君は同級生達にフリーだって、言ってるそうじゃないか。だが、それは全く違う。要は、嘘だ。君は同級生に嘘をつき、告白してもらって、楽しんでいるだけなんだ!」
と、イズミが本質を言い抜くと、美緒はさらにキレた!
「わたし、そんな最低な趣味を持った、最低な、おんなじゃありません!」
と、美緒は大きな声で、叫ぶ。
「そうかな。じゃあ、なぜ、君はフリーだと言いながら、同級生の誰とも付き合わないんだ?いや、先輩達にも人気があるそうだけど、それもすべて断ってるそうじゃないか」
と、イズミは指摘する。
「昨日、君が僕にしたように・・・嘘をついて、その場を立ち去る・・・それを繰り返しているそうじゃないか!違うかい?」
と、イズミが指摘すると、
「それは・・・そうですけど・・・」
と、確かな事実に、美緒は否定出来ない。
「君は蟻地獄と同じなんだ。フリーと宣言し、自分の美貌に寄ってくる男性達を、先輩達をも、騙し、食指を動かした先輩達を馬鹿にするように、その場を立ち去ってる」
と、イズミは事実を指摘する。
「そうやって君は食指を動かした先輩たちの方がいかにも悪いと思わせ、気分を害させ、自分は、その成果に満足し、喜んでいる。最悪だよ。だから、僕は最悪だと言っている」
と、イズミは、自分が、
「美緒は最悪だ」
と、午前中に指摘した理由を説明している。
「だから、それは・・・だって、食指を動かす方が、悪くありませんか?」
と、美緒は苦しい言い方だ。
「恋愛に悪いも悪くない、もない!」
と、イズミは恫喝するように、美緒の目を射抜くような激しさで叫ぶ。
「恋愛を馬鹿にするな!」
と、イズミは再度恫喝するように、叫ぶ。
美緒は、イズミの迫力に黙ってしまう。
「恋というのは、運命なんだよ。そして、その運命に気づけるか、どうかが、その人の人生が輝くか、輝けないかの差を作るんだ」
と、イズミはやわらかい表情で、静かに言う。
「だから、男たちは真面目に恋している。毎日、恋できる女性を探しているんだ。その尊い作業を馬鹿にしたら、女性として、いけないんじゃないかな?」
と、イズミは、静かに言う。
「わたし、馬鹿にする気なんてありません」
と、美緒は真面目に言う。
「その気が無くても、結果そうなってるだろ」
と、イズミが強い口調で言うと、美緒は、何も言えなくなる。
「僕も昨日、同じ思いだった・・・せっかくの一年に一回の集いも、心から楽しめなかった。君に、馬鹿にされたと感じたよ。他の先輩たちも、きっとそう感じてるはずだ」
と、イズミは静かに言う。
「君は多くの男どもの尊い恋を食い物にしてきた・・・そう言われても仕方ない結果を残してきたんだ・・・これについて、どう思うんだ?」
と、イズミはやわらかく言う。
「それは・・・そのう・・・申し訳ないと思いますけど・・・」
と、美緒は、少しうつむきながら、静かに言う。
「まあ、いい・・・僕が朝、君が一番悪いと言った理由は、これで、わかってくれたね。間違ったことを言っていたわけじゃないこともわかってくれるね」
と、イズミが言うと、
「はい・・・わかりました・・・」
と、美緒は不承不承頷く。
イズミは美緒を、やさしく見る。
「ごめんね。大人げもなく、大きな声を出したりして」
と、やさしい表情で、イズミが美緒に言うと、
「いえ、いいんです。大人げなかったのは、わたしの方ですから」
と、少しうつむきがちに話す美緒。
「えーと・・・少しビールを飲もう。頭を冷やそうぜ、お互い」
と、イズミが言うと、
「そうですね・・・せっかくのビールがぬるくなっちゃう」
と、少し笑顔の美緒。
美緒は、イズミを信頼し始めていた。イズミは、単に言いがかりを言ったのではないことも、彼なりに正論だったことを、美緒は認め始めていた。
二人は、ジョッキのビールを飲み干し、お代りを貰う。
「美緒ちゃんは、けっこう、いける口なんだ?」
と、イズミがやさしく言うと、
「そうですね。大学1年生の頃から、彼に鍛えられたから・・・」
と、美緒は、言う。
「なるほどね。それなら、強くなるはずだ」
と、イズミはやわらかい笑顔。
「わたし、先輩方が思っているような、そんな真面目なおんなじゃないんです」
と、美緒は思いつめたような表情で、イズミに言う。
「どういうこと?」
と、イズミは聞く。
「わたし、勉強は真面目にするけど・・・あとは・・・ひとに自慢できる程、真面目じゃ、ないってことです」
と、美緒はうつむきがちに、言う。
「そうなの?」
と、イズミが言うと、美緒は、コクリと頷く。
「だから、先輩方は買いかぶり過ぎで・・・わたしって、そんな真面目なおんなじゃ、ないんです・・・」
と、美緒は、言う。
「うーん、それって、あれかなー」
と、イズミは言う。
「え?」
と、美緒はイズミを見る。
「「わたしって実は相当エッチなんです。皆さんが知らないだけなんです。だから、ふしだらな女なんです。皆さんに声をかけてもらう資格はないんです」って、そういう奴?」
と、イズミは口にする。
と、美緒はその言葉に驚きながら・・・静かにコクリと頷く。
「なるほどね・・・あのさー、そういう思いこみ、20代前半の真面目な女子に多いんだよね。大学1年生でエッチを開発されちゃった、真面目な女子に、さ」
と、イズミは口にする。
美緒は、そのイズミの言葉に驚きを隠し切れない。
「あのさー、言っておくけど、女性って、男性の10倍はエッチだから。それ、全員そうだから。美緒ちゃんだけじゃ、ないから。まず、それを知っておいて」
と、イズミはしれっと言う。
美緒は、目を見開いたまま、イズミを見つめている。
「まあ、難しい理屈は、ここでは、話さないけど・・・人体の構造上、女性は男性の10倍はエッチにならないと・・・赤ちゃんを作れない・・・そういうことなの」
と、イズミは言う。
「女性は皆そうなんだ。だから、美緒ちゃんが特別なわけでも、なんでもない・・・買いかぶってるのは、むしろ、美緒ちゃんの方だと思うけどな。俺は」
と、イズミが言うと、美緒は、さらに目を見開いたまま、イズミを見ている。
「君はいたって、普通の女の子、ということだ。そのめんどくさい思い込みは、今日を限りにやめた方がいい」
と、イズミがビールを飲み干しながら言うと、美緒は、コクリと頷き、そして、うっすら笑い・・・笑顔に変わる。ゆっくりと。
「さて、納得してもらったようだから・・・話を元に戻そう・・・」
と、イズミは、ギラリと目を光らせる。
「さっきの続きだが・・・君の隠してきた真実は、こうだろう」
と、イズミはいきなり言う。
美緒は、少し驚くように、イズミを見る。
「君は大学1年生の時に恋をした・・・その後、その彼と正式につきあって楽しい日々を過ごしていた・・・その彼が君をフったあの時までは・・・違うかい?」
と、イズミは、静かに言う。
「・・・」
と、美緒はイズミを見つめたまま、口を開くことが出来ない。
「君は、素晴らしい女性だ。彼にフラれたのに、それでも彼のことが忘れられない・・・二人で裸で寄り添い暖めあった、あの素晴らしい時間を君は忘れられなかった」
と、イズミはさらりと言う。
「・・・」
と、美緒は、イズミを見つめたまま、言葉にすることが出来ない。
「でも、その君の行動は間違っている。もう、彼のことを許してやりなよ。彼を放流させてやるんだ。大きな大きな海原へ」
と、イズミは言う。
「それがかつて、君を愛してくれた、やさしい男性への、せめてもの、はなむけなんじゃないかな。餞別の気持ち、なんじゃないかな」
と、イズミは静かに言い抜く。
「君はもう、間違いを続けちゃいけないんじゃないかな?どう思う、美緒ちゃん?」
と、イズミは美緒に振る。イズミは、やわらかな眼差しで美緒を見つめる。美緒は・・・その眼差しに背中を押されるように・・・言葉を出し始める。
「わたし・・・」
と、美緒は・・・考えをまとめきれないでいる。
「焦らなくていい・・・自分の気持ちに正直になるんだ。今まで、自分の気持ちを偽ってきたんだろ。だったら、すぐに心が溶けるわけがないからね」
と、イズミはやさしく言ってやる。
「イズミさん・・・」
と、美緒は、イズミを強く見ながら、少しずつ、本音を、しゃべりかけている。
「なんだい?」
と、イズミは、やさしく言ってやる。
「イズミさんの言うとおりです・・・わたし、これまで、自分を偽ってきたんです。ずーっと、ずーっと・・・彼にフラれてから・・・」
美緒の中に、今まで、我慢してきた悔しい思いや、情けない思い、寂しい思い、そして、迷惑をかけてきた、先輩達や仲間たちへの後悔の思いが、一気に渦巻いた。
「わたし・・・何をしてきたんだろう・・・今まで・・・」
と、そのないまぜになった、思いが、美緒の胸に一気に広がった。
「イズミさん・・・」
と、美緒は、思わず立ち上がると、立ち上がったイズミの胸に飛び込んだ。
「わたし・・・わかってくれるひとが欲しかったんです。どこにも逃げ場がない、八方塞がりの中で、イズミさんのように、すべてを理解してくれるひとを探していたんです」
と、美緒は泣きじゃくりながら、イズミに言う。
「彼のように、大人な男性が欲しかった。この私の辛い立場をわかってくれる、大人な・・・そんな男性を探していたんです!」
と、美緒は泣きじゃくりながら、イズミに抱きつき、イズミの胸で思い切り泣いた。
「美緒・・・」
イズミは、やさしく、そんな美緒を抱きしめた。
「わたし、あなたのようなひとを、探していたんです」
と、美緒は激しく言うと、思い切り、泣きじゃくった。
イズミは、何も言わず、やさしく、美緒を抱きしめていた。
その音は、店の喧騒にかき消されて、外には聞こえなかった。
(つづく)
→物語の主要登場人物
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→物語の初回へ
冬至が近いこともあって、もう、すでにその時間は夕景になっていた。
「ふふ。そうなの。ここで、タケルくんとアイリが、ファーストキスしたのね・・・タケルくんの好きそうな場所だもん」
と、アミは、いつになく、はしゃいでいた。
「実は、ファーストキスをしたのは、アイリさんの方からだったそうですよ。あれ?違うな。あの時は、アイリさんに頬にキスされたって言ってったんだっけ」
と、記憶が混乱するガオ。
「確か、「港の見える丘公園」からの帰りに、アイリさんが、鈴木の唇を奪ったんでした」
と、ガオが説明すると、
「ガオくんは、真面目なのねー・・・そんなに細かいこと説明しなくてもいいのに・・・」
と、やわらかい笑顔のアミ。
「私の中では、もう、タケルくんのファーストキスの場所に確定しちゃったの。この場所が!」
と、嬉しそうに、はしゃぐアミ。
ガオは、その姿に、何か眩しいモノを見ていた。
それは、アミのタケルに対する思い、そのもののようだった。
その時間から遡ること、4時間前・・・元町の創作フレンチの店「Le compositeur」で、ガオとアミは、打ち合わせた。
「あのー、お恥ずかしい話なんですが・・・今朝、僕、ミサさんに電話したんですけど、軽く弄ばれまして・・・」
と、ガオは、今朝あったことを、洗いざらい、アミに話した。
「え?そんなことがあったの?・・・そのミサっておんな、相当なやり手ね・・・というか、完全にドSだわ・・・」
と、アミは推測する。
「だから、そのー、彼女、アミさんの言う平和な「大人の恋」とは、まったく違う「大人の恋」をしかけてくるんじゃないかって、思ってて・・・」
と、ガオは説明する。
「ただ、一方で、僕、そのー・・・その時のドキドキを忘れられないっていうか・・・さらにその恋に幻惑されているっていうか・・・」
と、ガオは説明する。
「まー、ドMなガオくんじゃ、仕方ないでしょうね・・・多分、いい組み合わせなのよ。そのミサって女性と、ガオくん・・・」
と、アミは大人の女として、答えを出している。
「え、僕がドMですか?」
と、ガオは驚いている。
「自分で気づいていなかった?ガオくんは、女性にリードされる方が嬉しく感じるタイプよ。自分が女性をリードするのは、苦手なタイプ。それ知らなかったの?」
と、アミの方が驚いている。
「だって、ここに歩いてくる間だって、ガオくん、私をリードしてなかったじゃない。私がリードし始めたら、安心した顔してたでしょ?すぐわかるわよ、それくらい」
と、アミは、大人の女性として、ガオに言っている。
「そうでしたか・・・いや、自分は女性をうまくリードしていると、ばかり・・・」
と、ガオが冷や汗をかくと、
「うーん、ガオくんは、知識が知性を邪魔するタイプねー。「男性は女性をリードしてなんぼ」こんな、死んでる知識が、あなたの恋愛を邪魔してきたんじゃない?」
と、アミは、さらりと言う。
「ガオくんに教えておくけど、女性は、生きる知恵で毎日を生きてるの。自分で獲得した知恵でね。だから、ガオくんがドMだ、なんて、すぐ見抜けるのよ」
と、アミは言う。
「そのミサって女も、生きる知恵で、ガオくんが、自分にピッタリ合っていることを、瞬間的に理解したのよ」
と、アミは言う。
「ドSの自分には、ガオくんのようなドMのマッチョがお似合いだ・・・そう理解したから、ドンドンその道を歩いてる。そして、ガオくんも嬉しがってる。違う?」
と、アミはガオの目を見るように言う。
ガオは、理解不能という表情で、アミを見ていた・・・。
アミは、そのガオの表情を見ると、フランス料理を食べる手を止めて、腕を組みながら、改めてガオを見る。
ガオも手を止めて、アミの視線を静かに受け止める。
「そうねー・・・あなた、もう一回りも二回りも大きくなる為に、このミサって女との恋を思い切り利用しなさい」
と、アミは結論的に言う。
「ただし、寝ちゃダメ。それだけは、なんとしても、回避しなさい。最も、責任は、あなたが取るはめになるのよ。女性は流されやすいんだから」
と、アミは言う。
「それから、わたしの探偵ごっこも取りやめ。その女は、もうどこまで行くか決めているはず・・・それを決めているから、今朝、手練手管を開始したんでしょ」
と、アミ。
「あなたは・・・自分との我慢合戦ね。この恋は、深入りすれば深入りするほど、大きな快感があなたを襲う。どこでUターンするか、あなたが決めることよ」
と、アミは真面目な顔をして、ガオの目を見つめながら、一言一言、言い聞かせるように言った。
「この恋は、最早、わたしの知ってる「大人の恋」じゃない・・・「本当の恋」そのものだわ・・・あなたは、その魔性に耐えられるかしら・・・」
と、アミは真面目な顔をして、ガオを見つめる。
「あなたは、これから経験することを、逐次わたしに報告しなさい。アドバイスするわ。でも勘違いしないで、これは、あなたが、タケルくんの親友だから、してあげること」
と、アミは言い切る。
「そこは、しっかりと抑えておいてね。勘違いされても、困るから」
と、アミは言う。
「申し訳ないけど・・・恋愛に関しては、あなたは、タケルくんの理性に遠く及ばない。もし、タケルくんが、その魔性の女に魅入られても私、安心して見ていられるもの」
と、アミは言う。
「あなたは、その恋を利用して、もう少し、大人になりなさい・・・それこそが、タケルくんに近づく唯一の方法だわ」
と、アミは、言う。
「あなたは知らないかもしれないけど、タケルくんは常に戦ってきたの。大きな存在とね・・・だから、彼は理性の素晴らしい、女性に愛される男になったのよ」
と、アミは言う。
「成長したから、愛されているの。あなたは・・・わたしから見ても、かなーり、まだまだよ」
と、アミは言う。
「ま、それでも、ガオくんは、普通の男どもに比べれば、なかなか、魅力的だけどね」
と、アミはぺろりと舌をだして、そう言ってくれた。
「タケルくんは、こういう場所を女性と歩くのよねー。理性的な癖に、大人の女性を喜ばせるのすら、お手の物だからなー」
と、アミは「港の見える丘公園」に来てから、タケルの話ばかりだ。
でも、そのアミの天真爛漫さは、かわいい少女のような外見と相まって、ガオには、とても魅力的に見えた。
4時間前、ガオに究極の駄目だしをした、同じ女性とは、とても思えなかった。
「夕日が落ちていくわね・・・」
と、夕日を見ながらアミは、はしゃいでいた。
「ガオくん、落ち込んじゃった?ちょっと強い事、言い過ぎちゃったかな、わたし?」
と、くりくりとした目でガオを見つめる、そのアミの表情に、ガオは苦笑する。
「いや、勉強になりましたよ。なんとなく人生の方向を変えちゃうくらい・・・」
と、ガオは口にした。
「鈴木に負けないように、いや、鈴木に追いついて、アミさんの僕を見る目を変えるくらい、俺、がんばってみます」
と、ガオはアミに言った。
「がんばりなさい。いつでも報告いれていいから」
と、アミは自宅の電話番号を教えてくれた。
ガオとアミは、いつしか笑顔になっていた。
クリスマスイブ6日前の日曜日の午後5時、少し前。イズミは中王大学後楽園キャンパスの近くにある、野島ゼミ行きつけの居酒屋「楽静」の個室にいた。
黒いデニムに、黒いファー付きのハーフコート姿だったイズミは、コートをコート掛けに掛けて、田中美緒(22)が来るのを静かに待っていた。
田中美緒は、午後5時ちょうどに、個室に現れた。
キャメル色のAラインのダブルのコートを着てきた田中美緒は、その下はベージュのブリーツスカート姿に、白いサテンブラウス姿だった。
田中美緒は、少々緊張した面持ちで、イズミを見ていた。
イズミは、少し笑顔を出して、大人の余裕を感じさせた。
人生経験の差が如実に現れていたが、イズミとすれば、好感触だった。
「あのさ、言葉が出るのを緩やかにするために、ビールを一杯くらい飲んでもいいかな?」
と、イズミが幾分やわらかい表情で言うと、田中美緒は、
「いいですよ」
と、コクリと頷いた。
中生をゴクゴクと飲んで、気分のよくなったイズミは、笑顔になりながら、ゆっくりと、ジョッキを置き、田中美緒の方をゆっくりと見る。
「じゃあ、正々堂々、論争を始めようか」
と、イズミが言うと、美緒もゆっくりと頷く。美緒も、けっこうジョッキを空にしている。
「君がやっていることは、河西に洗いざらい聞いた。聞いたからこそ、僕は腹が立った。それはもちろん、確信があるからだが・・・まず、その前に、しっかりと論争しよう」
と、まず、イズミが口火を切る。
「はい」
と、田中美緒も目に力をこめる。
「君はまず、自分は絶対に間違っていないと考えている。同級生の告白は受けるし、その場でお断りするけれど、それは自分に与えられた権利だと、君は思っているだろ」
と、イズミは話す。
「思ってますよ。それは、当然の権利じゃないですか?」
と、美緒は少しキレ気味に言う。
「権利には義務がつきものだ。その義務を君は果たしていない・・・だから、君が一番悪いと僕は言っているんだ」
と、イズミ。
「どういう義務が、あるっていうんですか?わたしは、告白してくれる男性達に感謝しているし、一緒にいられる時間があれば、出来るだけいられるようにしているし・・・」
と、美緒は話す。
「君は何もわかっていないな・・・よく僕の後輩でいられるね」
と、イズミは辛辣な言葉を吐く。
「じゃあ、その義務について、説明してみてくださいよ!」
と、美緒は、さらにキレ気味に叫ぶ。
「君は同級生達にフリーだって、言ってるそうじゃないか。だが、それは全く違う。要は、嘘だ。君は同級生に嘘をつき、告白してもらって、楽しんでいるだけなんだ!」
と、イズミが本質を言い抜くと、美緒はさらにキレた!
「わたし、そんな最低な趣味を持った、最低な、おんなじゃありません!」
と、美緒は大きな声で、叫ぶ。
「そうかな。じゃあ、なぜ、君はフリーだと言いながら、同級生の誰とも付き合わないんだ?いや、先輩達にも人気があるそうだけど、それもすべて断ってるそうじゃないか」
と、イズミは指摘する。
「昨日、君が僕にしたように・・・嘘をついて、その場を立ち去る・・・それを繰り返しているそうじゃないか!違うかい?」
と、イズミが指摘すると、
「それは・・・そうですけど・・・」
と、確かな事実に、美緒は否定出来ない。
「君は蟻地獄と同じなんだ。フリーと宣言し、自分の美貌に寄ってくる男性達を、先輩達をも、騙し、食指を動かした先輩達を馬鹿にするように、その場を立ち去ってる」
と、イズミは事実を指摘する。
「そうやって君は食指を動かした先輩たちの方がいかにも悪いと思わせ、気分を害させ、自分は、その成果に満足し、喜んでいる。最悪だよ。だから、僕は最悪だと言っている」
と、イズミは、自分が、
「美緒は最悪だ」
と、午前中に指摘した理由を説明している。
「だから、それは・・・だって、食指を動かす方が、悪くありませんか?」
と、美緒は苦しい言い方だ。
「恋愛に悪いも悪くない、もない!」
と、イズミは恫喝するように、美緒の目を射抜くような激しさで叫ぶ。
「恋愛を馬鹿にするな!」
と、イズミは再度恫喝するように、叫ぶ。
美緒は、イズミの迫力に黙ってしまう。
「恋というのは、運命なんだよ。そして、その運命に気づけるか、どうかが、その人の人生が輝くか、輝けないかの差を作るんだ」
と、イズミはやわらかい表情で、静かに言う。
「だから、男たちは真面目に恋している。毎日、恋できる女性を探しているんだ。その尊い作業を馬鹿にしたら、女性として、いけないんじゃないかな?」
と、イズミは、静かに言う。
「わたし、馬鹿にする気なんてありません」
と、美緒は真面目に言う。
「その気が無くても、結果そうなってるだろ」
と、イズミが強い口調で言うと、美緒は、何も言えなくなる。
「僕も昨日、同じ思いだった・・・せっかくの一年に一回の集いも、心から楽しめなかった。君に、馬鹿にされたと感じたよ。他の先輩たちも、きっとそう感じてるはずだ」
と、イズミは静かに言う。
「君は多くの男どもの尊い恋を食い物にしてきた・・・そう言われても仕方ない結果を残してきたんだ・・・これについて、どう思うんだ?」
と、イズミはやわらかく言う。
「それは・・・そのう・・・申し訳ないと思いますけど・・・」
と、美緒は、少しうつむきながら、静かに言う。
「まあ、いい・・・僕が朝、君が一番悪いと言った理由は、これで、わかってくれたね。間違ったことを言っていたわけじゃないこともわかってくれるね」
と、イズミが言うと、
「はい・・・わかりました・・・」
と、美緒は不承不承頷く。
イズミは美緒を、やさしく見る。
「ごめんね。大人げもなく、大きな声を出したりして」
と、やさしい表情で、イズミが美緒に言うと、
「いえ、いいんです。大人げなかったのは、わたしの方ですから」
と、少しうつむきがちに話す美緒。
「えーと・・・少しビールを飲もう。頭を冷やそうぜ、お互い」
と、イズミが言うと、
「そうですね・・・せっかくのビールがぬるくなっちゃう」
と、少し笑顔の美緒。
美緒は、イズミを信頼し始めていた。イズミは、単に言いがかりを言ったのではないことも、彼なりに正論だったことを、美緒は認め始めていた。
二人は、ジョッキのビールを飲み干し、お代りを貰う。
「美緒ちゃんは、けっこう、いける口なんだ?」
と、イズミがやさしく言うと、
「そうですね。大学1年生の頃から、彼に鍛えられたから・・・」
と、美緒は、言う。
「なるほどね。それなら、強くなるはずだ」
と、イズミはやわらかい笑顔。
「わたし、先輩方が思っているような、そんな真面目なおんなじゃないんです」
と、美緒は思いつめたような表情で、イズミに言う。
「どういうこと?」
と、イズミは聞く。
「わたし、勉強は真面目にするけど・・・あとは・・・ひとに自慢できる程、真面目じゃ、ないってことです」
と、美緒はうつむきがちに、言う。
「そうなの?」
と、イズミが言うと、美緒は、コクリと頷く。
「だから、先輩方は買いかぶり過ぎで・・・わたしって、そんな真面目なおんなじゃ、ないんです・・・」
と、美緒は、言う。
「うーん、それって、あれかなー」
と、イズミは言う。
「え?」
と、美緒はイズミを見る。
「「わたしって実は相当エッチなんです。皆さんが知らないだけなんです。だから、ふしだらな女なんです。皆さんに声をかけてもらう資格はないんです」って、そういう奴?」
と、イズミは口にする。
と、美緒はその言葉に驚きながら・・・静かにコクリと頷く。
「なるほどね・・・あのさー、そういう思いこみ、20代前半の真面目な女子に多いんだよね。大学1年生でエッチを開発されちゃった、真面目な女子に、さ」
と、イズミは口にする。
美緒は、そのイズミの言葉に驚きを隠し切れない。
「あのさー、言っておくけど、女性って、男性の10倍はエッチだから。それ、全員そうだから。美緒ちゃんだけじゃ、ないから。まず、それを知っておいて」
と、イズミはしれっと言う。
美緒は、目を見開いたまま、イズミを見つめている。
「まあ、難しい理屈は、ここでは、話さないけど・・・人体の構造上、女性は男性の10倍はエッチにならないと・・・赤ちゃんを作れない・・・そういうことなの」
と、イズミは言う。
「女性は皆そうなんだ。だから、美緒ちゃんが特別なわけでも、なんでもない・・・買いかぶってるのは、むしろ、美緒ちゃんの方だと思うけどな。俺は」
と、イズミが言うと、美緒は、さらに目を見開いたまま、イズミを見ている。
「君はいたって、普通の女の子、ということだ。そのめんどくさい思い込みは、今日を限りにやめた方がいい」
と、イズミがビールを飲み干しながら言うと、美緒は、コクリと頷き、そして、うっすら笑い・・・笑顔に変わる。ゆっくりと。
「さて、納得してもらったようだから・・・話を元に戻そう・・・」
と、イズミは、ギラリと目を光らせる。
「さっきの続きだが・・・君の隠してきた真実は、こうだろう」
と、イズミはいきなり言う。
美緒は、少し驚くように、イズミを見る。
「君は大学1年生の時に恋をした・・・その後、その彼と正式につきあって楽しい日々を過ごしていた・・・その彼が君をフったあの時までは・・・違うかい?」
と、イズミは、静かに言う。
「・・・」
と、美緒はイズミを見つめたまま、口を開くことが出来ない。
「君は、素晴らしい女性だ。彼にフラれたのに、それでも彼のことが忘れられない・・・二人で裸で寄り添い暖めあった、あの素晴らしい時間を君は忘れられなかった」
と、イズミはさらりと言う。
「・・・」
と、美緒は、イズミを見つめたまま、言葉にすることが出来ない。
「でも、その君の行動は間違っている。もう、彼のことを許してやりなよ。彼を放流させてやるんだ。大きな大きな海原へ」
と、イズミは言う。
「それがかつて、君を愛してくれた、やさしい男性への、せめてもの、はなむけなんじゃないかな。餞別の気持ち、なんじゃないかな」
と、イズミは静かに言い抜く。
「君はもう、間違いを続けちゃいけないんじゃないかな?どう思う、美緒ちゃん?」
と、イズミは美緒に振る。イズミは、やわらかな眼差しで美緒を見つめる。美緒は・・・その眼差しに背中を押されるように・・・言葉を出し始める。
「わたし・・・」
と、美緒は・・・考えをまとめきれないでいる。
「焦らなくていい・・・自分の気持ちに正直になるんだ。今まで、自分の気持ちを偽ってきたんだろ。だったら、すぐに心が溶けるわけがないからね」
と、イズミはやさしく言ってやる。
「イズミさん・・・」
と、美緒は、イズミを強く見ながら、少しずつ、本音を、しゃべりかけている。
「なんだい?」
と、イズミは、やさしく言ってやる。
「イズミさんの言うとおりです・・・わたし、これまで、自分を偽ってきたんです。ずーっと、ずーっと・・・彼にフラれてから・・・」
美緒の中に、今まで、我慢してきた悔しい思いや、情けない思い、寂しい思い、そして、迷惑をかけてきた、先輩達や仲間たちへの後悔の思いが、一気に渦巻いた。
「わたし・・・何をしてきたんだろう・・・今まで・・・」
と、そのないまぜになった、思いが、美緒の胸に一気に広がった。
「イズミさん・・・」
と、美緒は、思わず立ち上がると、立ち上がったイズミの胸に飛び込んだ。
「わたし・・・わかってくれるひとが欲しかったんです。どこにも逃げ場がない、八方塞がりの中で、イズミさんのように、すべてを理解してくれるひとを探していたんです」
と、美緒は泣きじゃくりながら、イズミに言う。
「彼のように、大人な男性が欲しかった。この私の辛い立場をわかってくれる、大人な・・・そんな男性を探していたんです!」
と、美緒は泣きじゃくりながら、イズミに抱きつき、イズミの胸で思い切り泣いた。
「美緒・・・」
イズミは、やさしく、そんな美緒を抱きしめた。
「わたし、あなたのようなひとを、探していたんです」
と、美緒は激しく言うと、思い切り、泣きじゃくった。
イズミは、何も言わず、やさしく、美緒を抱きしめていた。
その音は、店の喧騒にかき消されて、外には聞こえなかった。
(つづく)
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