「アイリさーん」「リョウコちゃーん」
と、二人は会うなりハグしあっていた。
お互い会いたい人に会えない寂しさで一杯だった。
「わたし、金曜日は、アイリさんは、タケルさんとラブラブしてるのかなと思って・・・思わず電話しちゃって、まずかったかなって、思ったんです」
と、二人はダイニングテーブルに座って、ホワイトシチューやチーズで、白ワインを楽しんでいた。
タケルのフルネームは、鈴木タケル(27)・・・イズミやガオと八津菱電機の同期にあたり、かつては、この3人で華厳寮の203号室で暮らしていた過去を持っている。
タケルは今でも華厳寮203号室で、イズミと共に暮らしていた。
タケルは、システムエンジニアをしていて、関空のコンピューター・システムを開発するプロジェクトに配属されていた。
そして、タケルは、現在はジョイントベンチャーを組むアメリカの会社に出張していた。
アイリにプロポーズ済みのアイリの彼氏であり、この物語の主人公である。
「でも、なんとなく、お二人の声が聞きたくなって・・・つい・・・」
と、本当のことを白状するリョウコ。
「いいのよ、いつ電話してきても・・・タケルもリョウコちゃんのこと、妹みたいに感じてるみたいだし、彼、美人好きだから」
と、鷹揚なアイリ。
「リョウコちゃんに、いい彼氏が出来るまで、タケルをやさしい兄だと思ってくれて、全然問題ないから」
と、アイリ。
リョウコは、そのアイリのやさしい言葉に、
「うぇーん、アイリさん、やさしいよう・・・アイリさんは、子供の頃から、変わらず、やさしいお姉さんだよう・・・」
と、ワインの酔いが回ったのか、アイリに抱きついて素直に泣きじゃくるリョウコだった。
「ほんと、子供の頃から、素直なのは全然変わっていないわ・・・リョウコちゃんは、大人になっても、リョウコちゃんなのね・・・」
と、泣きじゃくるリョウコの髪の毛を、やさしく直してあげるアイリだった。
その頃、アイリの父、東堂賢一(61)は、甥の東堂エイイチ(30)と共に、都内のキャバクラで、キャバ嬢相手に、楽しく飲んでいた。
東堂賢一と、東堂エイイチは、共に弁護士で、東堂弁護士事務所の所属であった。東大卒の東堂エイイチはかつて、いとこのアイリを巡って、
鈴木タケルとディベート対決をして、圧倒的な差での敗北を喫し、その敗北を素直に認め、アイリをタケルに渡した過去を持つ男だった。
そして、、東堂エイイチは、東堂リョウコの兄であり、東堂家は、江戸時代の殿様、藤堂高虎の流れを継ぐ名家でもあった。
「いやあ、伯父さん、たまには、こういうところも、いいですねー。魂の洗濯をしているみたいで・・・」
と、はしゃぐエイイチ。
「うん。やっぱり、男性は、たまに、若い女の子と、こうやって、楽しく飲んで、おしゃべり出来ないと、時代に遅れてしまうからなー」
と、キャバ嬢と楽しくおしゃべりして、大笑いしている東堂賢一だった。
二人は弁護士事務所の帰りに、
「せっかく師走なんだから・・・飲みに行こう!」
という東堂賢一の提案に、二人で飲みに出た・・・その流れだった
「そうかー、君胸大きいけど、どれくらいあるの?Eカップくらい?え、Fカップ!そんなにあるのー」
と、エイイチは楽しそうに酔っていた。
「なに、勝負下着は、赤なのか・・・テーマカラーが赤の女性は、ここぞと言う時に強いね。これは本当だ。君は運がいいぞ」
と、女性がスピリチュアル系の話を楽しむ傾向にあることをよーく知っている東堂賢一弁護士だった。
師走の夜は、そんな風にして、更けていった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の朝、午前7時・・・ガオは自分のアパートで目を覚ますと、ジョギングウェアに着替えて、朝のジョギングに出た。
昨日の夜、ガオは、気がつくと、重富リサ(30)と、二人きりで、夢中で話していた。リサも、夢中で話していて・・・久方ぶりに話しの合う異性に出会った感じだった。
しかし、お互い大人・・・11時20分過ぎには二人で店を出て、最寄りの駅のホームの上で手を振りあっていた。
お互いの目を熱く見つめながら・・・正直離れがたく感じた、二人だった。
でも、ガオは大人であり、リサも大人だった。
二人は、久しぶりに感じる何かを感じながら・・・静かに別れた。
ガオは、鎌倉の街を走りながら、頭から離れないリサの顔をぼんやり思い出していた。
「この出会い・・・俺には危険過ぎるような気がする・・・頭では、それがわかるんだ・・・だが身体は別の意志を持っている・・・そんな感じだ」
と、ガオは真剣に考えていた。
リサは、帰りがけに、家の電話番号を手帳に書いてくれた。
「電話待ってるから・・・仕事が忙しいから、いないことが多いけど、留守電にいれておいてくれたら、一週間以内に連絡出来るから」
と、彼女は言った。
「もちろん、電話してきてくれるでしょ?私たちの出会いが、特別なことは、あなたもわかっているでしょ?」
と、言ってるような、そんな口調だった。
ガオとリサは、わかっていた。
その出会いが、二人にとって特別な意味を持つものだと・・・。
「いかん・・・何も考えずに走らなきゃ・・・」
ガオは、困惑していた・・・人生で初めて出会う「大人の恋」に・・・。
「彼女には、旦那が、いるんだ・・・」
ガオは、自分に言い聞かせていた・・・一生懸命に・・・。
フランスにいるはずのリサの旦那。
「どんな顔をした男なんだろう・・・」
考えないようにしているのに、やはり、リサのことを考えてしまうガオだった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の朝、午前8時頃・・・イズミは、華厳寮203号室で、目を覚ましていた。
鈴木タケルが、12月と1月の2ヶ月、アメリカ出張になったので、2人部屋を1人で、優雅に広く使っていた。
「しかし、2ヶ月もパパがいないと、さすがに寂しいな」
と、イズミは思いながら、
「ま、でも、今日は師走鍋・・・昼間から酒が楽しめるし・・・楽しんでこよう」
と、すぐに来ていく服を見繕い始めた。
「ゼミの連中に会うのも、ひさしぶりだなあ・・・皆どうしてるかな・・・」
と、イズミは遠い目をしながら、それでも、うれしそうにしていた。
同じ頃、
「あー、久しぶりにぐっすり眠れたー」
と、アイリのマンションのダイニングキッチンに顔を出したのは、リョウコだった。
アイリはすでに白いエプロン姿で、リョウコのために、朝ごはんを用意していた。
「うわー、アイリさん、料理上手ですねー。フレンチトーストが美味しそう!」
と、リョウコの目はハートマークだった。
「いつも、休日の朝は、タケルのリクエストで、和食なんだけど、リョウコちゃんだから、久しぶりにトーストな朝にしたの」
と、アイリはご機嫌だった。
「昨日はたくさんガールズトークしたし、楽しかったわねー」
と、ご機嫌状態のアイリ。
「なんか、タケルさんの秘密をたくさん知っちゃったみたいで・・・でも、うれしかったです。正直」
と、リョウコは、なんとなく、頬を赤らめる。
「リョウコちゃんだから、話したんだからね。他言無用だからね。タケルに知れたら、怒られちゃうし・・・」
と、嬉しそうに言うアイリ。
「はい、わかってます。でも、なんとなく、そうかなーとは、思ってたんですけどね」
と、リョウコ。
「へー、そういうのって、どうやってわかるの?」
と、アイリは興味津々。
「あのー、あれって、二の腕の肉の付き方で、わかるんです・・・」
と、秘密の話をしあう二人だった。
二人共楽しそうだった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の朝、午前9時頃、東堂家では、東堂賢一の妻、愛美(56)が不機嫌そうに、賢一を起こしていた。
「もう、昨日は午前様で、しかも、女性の香水の匂いをプンプンさせて・・・まだ、このあたりに匂いが残ってるわ・・・もう、不快を通りこして、笑っちゃうわよ・・・」
と、愛美は半分怒りながらも、男性には、そういう生理があることを理解は、している愛美だった。
「ほら、あなた・・・もう、9時過ぎですよ・・・そろそろ起きないと、月曜日が辛くなりますよ」
と、愛美は賢い起こし方をしている。
「ん?あー、もう朝か・・・まだ、ほんのさっき寝たような、そんな感じだぞ・・・う、頭が痛い・・・二日酔いか・・・ソルマック持ってきてくれ・・・」
と、身体を起こす賢一だった。
「はい、ソルマック・・・そうおっしゃると思って、最初から持ってきました」
と、賢い対応の愛美だった。
「お、さすが、愛美だな・・・はー、少し飲み過ぎたか・・・若い頃なら、あれくらい飲んだって、次の日、さわやかに起きれたもんだが・・・」
と、ブツブツ言う賢一だった。
「朝食はお茶漬けにしましょうか?いちおう、ご飯の用意が出来てますけど・・・」
と、愛美が言うと、
「いや、普通にご飯でいい・・・というか、ご飯が食べたい・・・お味噌汁がついていれば、それで流しこむから、それでいい」
と、賢一は言う。
「ま、そう言うだろうと思って・・・いつもの朝食が出来てますわ・・・」
と、愛美は、賢一との長いつきあいを感じさせる対応だった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の10時頃・・・ガオは、自分の緑色のミニに乗って、鎌倉を抜け葉山の方に向かっていた。
昼間と言っても師走の街はさすがに寒く・・・曇りがちの天気もあって、ガオは、車で移動することを選んだのだった。
「部屋にいても、煮詰まってしまう・・・頭の中には、リサさんの映像だけだ。俺は混乱しているんだ、きっと・・・」
「そういえば、パパがアイリさんに初めて口にキスされた時も、混乱したって言ってたな。湘南を意味もなく、車で飛ばしたって・・・俺も同じ状況か・・・」
と、ため息をつくガオ。
「確かに、頭の中から、リサさんの映像が消えない・・・リサさんは、何を考えているんだ?彼女は旦那持ちのはずだ・・・それなのに・・・」
と、混乱するガオ。
「だが・・・二人は絶対に出会わなければいけない二人だったんだ・・・それくらいは、俺にもわかる・・・でも、どうすりゃいいんだ。俺は・・・」
と、ガオは混乱していた。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午前11時頃、イズミは、都内の中王大学の後楽園キャンパスにある数学科の野島ゼミに来ていた。
野島教授は、相変わらず、やさしい笑顔で、在学中とあまり変わらない微笑みで学生達と歓談していた。
「野島先生、お久しぶりです。去年は仕事で来れなかったんですけど、今回は武見の奴に誘ってもらって・・・はい」
と、如才なく挨拶するイズミだった。
ゼミの内部の配置もそれほど変わってなくて、懐かしさも感じるイズミだった。
数学科は女性が3割を占める、理学部でも、女性の多い方の学科だった。
野島ゼミでも、現役の学生の6名程が女性で、
「相変わらず女性が多いんだねー」
などと、後輩の男の子と話すイズミだった。
「よーし、鍋が出来たそー」
と、野島教授が言ってくれて、大きな寸胴鍋に入った師走鍋が登場。
ゼミ内は、先輩も後輩も、現役学生も、一気にテンションがあがった。
「乾杯!」
と野島教授が宣言し、師走鍋は、一気に始まったのだった。
紙コップのビールを飲み干したイズミは、気分が一気に学生に戻っていた。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午前12時頃、アイリは、青山で、アミとマキと待ち合わせをしていた。
リョウコは、9時を回った頃に帰って行き、午前中は、マンションの掃除にとりかかっていたアイリだった。
「アミ、マキ、ごめん、3分遅刻しちゃった!」
と、アイリは嬉しそうに、アミとマキに駆け寄る。
「よし、よし・・・女性が3分遅刻なら、上出来よ。さ、まずは、美味しいもの食べよう!この上に、石窯ピザの名店があるから・・・」
と、姉御肌のマキが言ってくれる。
「それから、ショッピングよねー。クリスマスイブに向けた服装を・・・と言いたいところだけど、マキもわたしも、今年もイブが暇・・・」
と、アミ。
「あ、それ、わたしも、そうなりそう・・・タケルは1月の終りまでアメリカだし・・・」
と、アイリ。
「あらあ、それは残念ねー。へへー、じゃあ、アイリのマンションで女子会にしようか。イブは」
と、マキ。
「なんか、そういう安易な手も、抵抗あるんだなー」
と、アミ。
「どうして?」
と、マキ。
「やっぱり、イブの前日まで、抵抗してみないと・・・やっぱり女子力、落ちちゃうんじゃない?」
と、アミ。
「それ、なんとなく、わかるなー。まだ、決めるの、やめておかない・・・女子会の話」
と、アイリ。
「そうか・・・気の持ちようって、ことね。アミの言いたいのは・・・じゃ、前日まで、精一杯抵抗してみようか。焼けぼっくいに火がつく、なんてのも、あるかもしれないし」
と、マキ。
「え?え?・・・それ誰のこと・・・誰かの顔が、頭の中に浮かんで言ってたでしょ!今!」
と、アミが鋭く反応。
「電報堂の河田さん?」
と、アイリ。
「違う違う・・・可能性を言ってみたまでよ・・・それに、イブまでに、新しい恋人が出来ないとも限らないし・・・この時期、皆、寂しいんだから」
と、マキ。
「そうね・・・ひとりだと、余計寂しく感じる季節よねー」
と、アミ。
「そうよねー」「寂しいねー」「寂し-」
と、3人で言い合う仲良し3人組なのでした。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後1時頃。
イズミは、ゼミで、ひとりの女性と話していた。
ゼミの大学4年生で、大手電機会社のパナソニーへの入社が決まっている、田中美緒(22)だった。
ほっそりとした感じで、身長は160センチ、髪の毛の長い、化粧っけのない、色白の純粋そうな女性だった。
「社会人って、やっぱり大変ですか?」
と、美緒は、興味深そうにイズミに質問していた。
「そうだね・・・仕事は忙しいし、朝も早いし、夜も遅い・・・睡眠時間も余り取れないし・・・最初はそれに慣れるのだけで、精一杯だったかな」
と、イズミは、いつもと違って、素直に美緒と話していた。
「先輩にとって、今、一番大変なことって、何ですか?」
と、キラキラ光る目で、聞いた美緒に、
「そうだな・・・クリスマス・シーズンに彼女もいなくて、ひとりってことかな。誰だって寂しい季節だから・・・今は」
と、イズミは、やさしい表情で素直に言っていた・・・いつもの辛辣さは、どこにもなかった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後3時頃。
東堂家では、賢一と愛美が、ティータイムを迎えていた。
愛美の機嫌も直り、録画した旅行番組を楽しみながら、夫婦であれこれ話しているところだった。
「でも、急になぜ、キャパクラなんか行ったんですか?普段行かないのに・・・」
と、愛美が聞くと、
「そうだな。エイイチが寂しそうにしていてな・・・その姿を見ていたら、自分も若い頃は、12月という季節が嫌いだったことを思い出してな」
と、賢一が言う。
「12月が嫌いだった?いつもクリスマス・シーズンは、あなたはニコニコしているじゃない?1年で一番大好きな季節のはずじゃなかったの?」
と、愛美が少し驚きながら話す。
「まだ、お前に出会う前の話だよ・・・男ってのは、誰からも愛されない時期ってのが、若い時期に必ずあるものだ・・・その時期にがんばるから、男は強くなる」
と、賢一が言う。
「だけど、当人は大変だよ。寂しくって辛くって、胸が痛くて・・・特にエイイチはアイリに長く惚れていたからな。今の状況はいかんともしがたい」
と、賢一が言う。
「俺はアイリの父親だが・・・そういうエイイチの辛い気持ちも、よーくわかるんだ。恋するオンナを誰かにとられて、ひとり過ごす、辛い辛い12月を、ね」
と、賢一が言う。
「昨日のエイイチの寂しそうな後ろ姿は、俺の若い頃の後ろ姿そのもの、だった・・・その辛い胸のうちを思い出して・・・ほんとに辛いんだよ、あれは・・・」
と、賢一が言う。
「のた打ち回りたいくらい、胸が痛くて、辛い・・・それを思い出して、つい、エイイチを誘ってしまった」
と、賢一が言う。
「今思えば、俺は若い頃の自分を勇気づけたくて・・・ついキャパクラなんかに誘ってしまったんだろうなあ。若いころって男は、ほんとに辛いんだ・・・」
と、賢一が言うと、愛美は、ゆっくりと賢一の顔を眺める。
「女性も辛いんですよ。若い時は・・・好きな男を思って・・・思える方がまだまし・・・誰に愛されるかもわからない・・・不安で一杯ですから」
と、愛美。
「だから、同じ境遇の女性同士で、集まりたがる・・・女性も12月は、辛いんです・・・」
と、愛美は、言った。
「12月は、男も女も、辛いんだな」
と、賢一が言うと、
「そうですねー」
と、愛美が言う。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後、静かに時間が流れていました。
(つづく)
→物語の主要登場人物
→前回へ
と、二人は会うなりハグしあっていた。
お互い会いたい人に会えない寂しさで一杯だった。
「わたし、金曜日は、アイリさんは、タケルさんとラブラブしてるのかなと思って・・・思わず電話しちゃって、まずかったかなって、思ったんです」
と、二人はダイニングテーブルに座って、ホワイトシチューやチーズで、白ワインを楽しんでいた。
タケルのフルネームは、鈴木タケル(27)・・・イズミやガオと八津菱電機の同期にあたり、かつては、この3人で華厳寮の203号室で暮らしていた過去を持っている。
タケルは今でも華厳寮203号室で、イズミと共に暮らしていた。
タケルは、システムエンジニアをしていて、関空のコンピューター・システムを開発するプロジェクトに配属されていた。
そして、タケルは、現在はジョイントベンチャーを組むアメリカの会社に出張していた。
アイリにプロポーズ済みのアイリの彼氏であり、この物語の主人公である。
「でも、なんとなく、お二人の声が聞きたくなって・・・つい・・・」
と、本当のことを白状するリョウコ。
「いいのよ、いつ電話してきても・・・タケルもリョウコちゃんのこと、妹みたいに感じてるみたいだし、彼、美人好きだから」
と、鷹揚なアイリ。
「リョウコちゃんに、いい彼氏が出来るまで、タケルをやさしい兄だと思ってくれて、全然問題ないから」
と、アイリ。
リョウコは、そのアイリのやさしい言葉に、
「うぇーん、アイリさん、やさしいよう・・・アイリさんは、子供の頃から、変わらず、やさしいお姉さんだよう・・・」
と、ワインの酔いが回ったのか、アイリに抱きついて素直に泣きじゃくるリョウコだった。
「ほんと、子供の頃から、素直なのは全然変わっていないわ・・・リョウコちゃんは、大人になっても、リョウコちゃんなのね・・・」
と、泣きじゃくるリョウコの髪の毛を、やさしく直してあげるアイリだった。
その頃、アイリの父、東堂賢一(61)は、甥の東堂エイイチ(30)と共に、都内のキャバクラで、キャバ嬢相手に、楽しく飲んでいた。
東堂賢一と、東堂エイイチは、共に弁護士で、東堂弁護士事務所の所属であった。東大卒の東堂エイイチはかつて、いとこのアイリを巡って、
鈴木タケルとディベート対決をして、圧倒的な差での敗北を喫し、その敗北を素直に認め、アイリをタケルに渡した過去を持つ男だった。
そして、、東堂エイイチは、東堂リョウコの兄であり、東堂家は、江戸時代の殿様、藤堂高虎の流れを継ぐ名家でもあった。
「いやあ、伯父さん、たまには、こういうところも、いいですねー。魂の洗濯をしているみたいで・・・」
と、はしゃぐエイイチ。
「うん。やっぱり、男性は、たまに、若い女の子と、こうやって、楽しく飲んで、おしゃべり出来ないと、時代に遅れてしまうからなー」
と、キャバ嬢と楽しくおしゃべりして、大笑いしている東堂賢一だった。
二人は弁護士事務所の帰りに、
「せっかく師走なんだから・・・飲みに行こう!」
という東堂賢一の提案に、二人で飲みに出た・・・その流れだった
「そうかー、君胸大きいけど、どれくらいあるの?Eカップくらい?え、Fカップ!そんなにあるのー」
と、エイイチは楽しそうに酔っていた。
「なに、勝負下着は、赤なのか・・・テーマカラーが赤の女性は、ここぞと言う時に強いね。これは本当だ。君は運がいいぞ」
と、女性がスピリチュアル系の話を楽しむ傾向にあることをよーく知っている東堂賢一弁護士だった。
師走の夜は、そんな風にして、更けていった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の朝、午前7時・・・ガオは自分のアパートで目を覚ますと、ジョギングウェアに着替えて、朝のジョギングに出た。
昨日の夜、ガオは、気がつくと、重富リサ(30)と、二人きりで、夢中で話していた。リサも、夢中で話していて・・・久方ぶりに話しの合う異性に出会った感じだった。
しかし、お互い大人・・・11時20分過ぎには二人で店を出て、最寄りの駅のホームの上で手を振りあっていた。
お互いの目を熱く見つめながら・・・正直離れがたく感じた、二人だった。
でも、ガオは大人であり、リサも大人だった。
二人は、久しぶりに感じる何かを感じながら・・・静かに別れた。
ガオは、鎌倉の街を走りながら、頭から離れないリサの顔をぼんやり思い出していた。
「この出会い・・・俺には危険過ぎるような気がする・・・頭では、それがわかるんだ・・・だが身体は別の意志を持っている・・・そんな感じだ」
と、ガオは真剣に考えていた。
リサは、帰りがけに、家の電話番号を手帳に書いてくれた。
「電話待ってるから・・・仕事が忙しいから、いないことが多いけど、留守電にいれておいてくれたら、一週間以内に連絡出来るから」
と、彼女は言った。
「もちろん、電話してきてくれるでしょ?私たちの出会いが、特別なことは、あなたもわかっているでしょ?」
と、言ってるような、そんな口調だった。
ガオとリサは、わかっていた。
その出会いが、二人にとって特別な意味を持つものだと・・・。
「いかん・・・何も考えずに走らなきゃ・・・」
ガオは、困惑していた・・・人生で初めて出会う「大人の恋」に・・・。
「彼女には、旦那が、いるんだ・・・」
ガオは、自分に言い聞かせていた・・・一生懸命に・・・。
フランスにいるはずのリサの旦那。
「どんな顔をした男なんだろう・・・」
考えないようにしているのに、やはり、リサのことを考えてしまうガオだった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の朝、午前8時頃・・・イズミは、華厳寮203号室で、目を覚ましていた。
鈴木タケルが、12月と1月の2ヶ月、アメリカ出張になったので、2人部屋を1人で、優雅に広く使っていた。
「しかし、2ヶ月もパパがいないと、さすがに寂しいな」
と、イズミは思いながら、
「ま、でも、今日は師走鍋・・・昼間から酒が楽しめるし・・・楽しんでこよう」
と、すぐに来ていく服を見繕い始めた。
「ゼミの連中に会うのも、ひさしぶりだなあ・・・皆どうしてるかな・・・」
と、イズミは遠い目をしながら、それでも、うれしそうにしていた。
同じ頃、
「あー、久しぶりにぐっすり眠れたー」
と、アイリのマンションのダイニングキッチンに顔を出したのは、リョウコだった。
アイリはすでに白いエプロン姿で、リョウコのために、朝ごはんを用意していた。
「うわー、アイリさん、料理上手ですねー。フレンチトーストが美味しそう!」
と、リョウコの目はハートマークだった。
「いつも、休日の朝は、タケルのリクエストで、和食なんだけど、リョウコちゃんだから、久しぶりにトーストな朝にしたの」
と、アイリはご機嫌だった。
「昨日はたくさんガールズトークしたし、楽しかったわねー」
と、ご機嫌状態のアイリ。
「なんか、タケルさんの秘密をたくさん知っちゃったみたいで・・・でも、うれしかったです。正直」
と、リョウコは、なんとなく、頬を赤らめる。
「リョウコちゃんだから、話したんだからね。他言無用だからね。タケルに知れたら、怒られちゃうし・・・」
と、嬉しそうに言うアイリ。
「はい、わかってます。でも、なんとなく、そうかなーとは、思ってたんですけどね」
と、リョウコ。
「へー、そういうのって、どうやってわかるの?」
と、アイリは興味津々。
「あのー、あれって、二の腕の肉の付き方で、わかるんです・・・」
と、秘密の話をしあう二人だった。
二人共楽しそうだった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の朝、午前9時頃、東堂家では、東堂賢一の妻、愛美(56)が不機嫌そうに、賢一を起こしていた。
「もう、昨日は午前様で、しかも、女性の香水の匂いをプンプンさせて・・・まだ、このあたりに匂いが残ってるわ・・・もう、不快を通りこして、笑っちゃうわよ・・・」
と、愛美は半分怒りながらも、男性には、そういう生理があることを理解は、している愛美だった。
「ほら、あなた・・・もう、9時過ぎですよ・・・そろそろ起きないと、月曜日が辛くなりますよ」
と、愛美は賢い起こし方をしている。
「ん?あー、もう朝か・・・まだ、ほんのさっき寝たような、そんな感じだぞ・・・う、頭が痛い・・・二日酔いか・・・ソルマック持ってきてくれ・・・」
と、身体を起こす賢一だった。
「はい、ソルマック・・・そうおっしゃると思って、最初から持ってきました」
と、賢い対応の愛美だった。
「お、さすが、愛美だな・・・はー、少し飲み過ぎたか・・・若い頃なら、あれくらい飲んだって、次の日、さわやかに起きれたもんだが・・・」
と、ブツブツ言う賢一だった。
「朝食はお茶漬けにしましょうか?いちおう、ご飯の用意が出来てますけど・・・」
と、愛美が言うと、
「いや、普通にご飯でいい・・・というか、ご飯が食べたい・・・お味噌汁がついていれば、それで流しこむから、それでいい」
と、賢一は言う。
「ま、そう言うだろうと思って・・・いつもの朝食が出来てますわ・・・」
と、愛美は、賢一との長いつきあいを感じさせる対応だった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の10時頃・・・ガオは、自分の緑色のミニに乗って、鎌倉を抜け葉山の方に向かっていた。
昼間と言っても師走の街はさすがに寒く・・・曇りがちの天気もあって、ガオは、車で移動することを選んだのだった。
「部屋にいても、煮詰まってしまう・・・頭の中には、リサさんの映像だけだ。俺は混乱しているんだ、きっと・・・」
「そういえば、パパがアイリさんに初めて口にキスされた時も、混乱したって言ってたな。湘南を意味もなく、車で飛ばしたって・・・俺も同じ状況か・・・」
と、ため息をつくガオ。
「確かに、頭の中から、リサさんの映像が消えない・・・リサさんは、何を考えているんだ?彼女は旦那持ちのはずだ・・・それなのに・・・」
と、混乱するガオ。
「だが・・・二人は絶対に出会わなければいけない二人だったんだ・・・それくらいは、俺にもわかる・・・でも、どうすりゃいいんだ。俺は・・・」
と、ガオは混乱していた。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午前11時頃、イズミは、都内の中王大学の後楽園キャンパスにある数学科の野島ゼミに来ていた。
野島教授は、相変わらず、やさしい笑顔で、在学中とあまり変わらない微笑みで学生達と歓談していた。
「野島先生、お久しぶりです。去年は仕事で来れなかったんですけど、今回は武見の奴に誘ってもらって・・・はい」
と、如才なく挨拶するイズミだった。
ゼミの内部の配置もそれほど変わってなくて、懐かしさも感じるイズミだった。
数学科は女性が3割を占める、理学部でも、女性の多い方の学科だった。
野島ゼミでも、現役の学生の6名程が女性で、
「相変わらず女性が多いんだねー」
などと、後輩の男の子と話すイズミだった。
「よーし、鍋が出来たそー」
と、野島教授が言ってくれて、大きな寸胴鍋に入った師走鍋が登場。
ゼミ内は、先輩も後輩も、現役学生も、一気にテンションがあがった。
「乾杯!」
と野島教授が宣言し、師走鍋は、一気に始まったのだった。
紙コップのビールを飲み干したイズミは、気分が一気に学生に戻っていた。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午前12時頃、アイリは、青山で、アミとマキと待ち合わせをしていた。
リョウコは、9時を回った頃に帰って行き、午前中は、マンションの掃除にとりかかっていたアイリだった。
「アミ、マキ、ごめん、3分遅刻しちゃった!」
と、アイリは嬉しそうに、アミとマキに駆け寄る。
「よし、よし・・・女性が3分遅刻なら、上出来よ。さ、まずは、美味しいもの食べよう!この上に、石窯ピザの名店があるから・・・」
と、姉御肌のマキが言ってくれる。
「それから、ショッピングよねー。クリスマスイブに向けた服装を・・・と言いたいところだけど、マキもわたしも、今年もイブが暇・・・」
と、アミ。
「あ、それ、わたしも、そうなりそう・・・タケルは1月の終りまでアメリカだし・・・」
と、アイリ。
「あらあ、それは残念ねー。へへー、じゃあ、アイリのマンションで女子会にしようか。イブは」
と、マキ。
「なんか、そういう安易な手も、抵抗あるんだなー」
と、アミ。
「どうして?」
と、マキ。
「やっぱり、イブの前日まで、抵抗してみないと・・・やっぱり女子力、落ちちゃうんじゃない?」
と、アミ。
「それ、なんとなく、わかるなー。まだ、決めるの、やめておかない・・・女子会の話」
と、アイリ。
「そうか・・・気の持ちようって、ことね。アミの言いたいのは・・・じゃ、前日まで、精一杯抵抗してみようか。焼けぼっくいに火がつく、なんてのも、あるかもしれないし」
と、マキ。
「え?え?・・・それ誰のこと・・・誰かの顔が、頭の中に浮かんで言ってたでしょ!今!」
と、アミが鋭く反応。
「電報堂の河田さん?」
と、アイリ。
「違う違う・・・可能性を言ってみたまでよ・・・それに、イブまでに、新しい恋人が出来ないとも限らないし・・・この時期、皆、寂しいんだから」
と、マキ。
「そうね・・・ひとりだと、余計寂しく感じる季節よねー」
と、アミ。
「そうよねー」「寂しいねー」「寂し-」
と、3人で言い合う仲良し3人組なのでした。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後1時頃。
イズミは、ゼミで、ひとりの女性と話していた。
ゼミの大学4年生で、大手電機会社のパナソニーへの入社が決まっている、田中美緒(22)だった。
ほっそりとした感じで、身長は160センチ、髪の毛の長い、化粧っけのない、色白の純粋そうな女性だった。
「社会人って、やっぱり大変ですか?」
と、美緒は、興味深そうにイズミに質問していた。
「そうだね・・・仕事は忙しいし、朝も早いし、夜も遅い・・・睡眠時間も余り取れないし・・・最初はそれに慣れるのだけで、精一杯だったかな」
と、イズミは、いつもと違って、素直に美緒と話していた。
「先輩にとって、今、一番大変なことって、何ですか?」
と、キラキラ光る目で、聞いた美緒に、
「そうだな・・・クリスマス・シーズンに彼女もいなくて、ひとりってことかな。誰だって寂しい季節だから・・・今は」
と、イズミは、やさしい表情で素直に言っていた・・・いつもの辛辣さは、どこにもなかった。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後3時頃。
東堂家では、賢一と愛美が、ティータイムを迎えていた。
愛美の機嫌も直り、録画した旅行番組を楽しみながら、夫婦であれこれ話しているところだった。
「でも、急になぜ、キャパクラなんか行ったんですか?普段行かないのに・・・」
と、愛美が聞くと、
「そうだな。エイイチが寂しそうにしていてな・・・その姿を見ていたら、自分も若い頃は、12月という季節が嫌いだったことを思い出してな」
と、賢一が言う。
「12月が嫌いだった?いつもクリスマス・シーズンは、あなたはニコニコしているじゃない?1年で一番大好きな季節のはずじゃなかったの?」
と、愛美が少し驚きながら話す。
「まだ、お前に出会う前の話だよ・・・男ってのは、誰からも愛されない時期ってのが、若い時期に必ずあるものだ・・・その時期にがんばるから、男は強くなる」
と、賢一が言う。
「だけど、当人は大変だよ。寂しくって辛くって、胸が痛くて・・・特にエイイチはアイリに長く惚れていたからな。今の状況はいかんともしがたい」
と、賢一が言う。
「俺はアイリの父親だが・・・そういうエイイチの辛い気持ちも、よーくわかるんだ。恋するオンナを誰かにとられて、ひとり過ごす、辛い辛い12月を、ね」
と、賢一が言う。
「昨日のエイイチの寂しそうな後ろ姿は、俺の若い頃の後ろ姿そのもの、だった・・・その辛い胸のうちを思い出して・・・ほんとに辛いんだよ、あれは・・・」
と、賢一が言う。
「のた打ち回りたいくらい、胸が痛くて、辛い・・・それを思い出して、つい、エイイチを誘ってしまった」
と、賢一が言う。
「今思えば、俺は若い頃の自分を勇気づけたくて・・・ついキャパクラなんかに誘ってしまったんだろうなあ。若いころって男は、ほんとに辛いんだ・・・」
と、賢一が言うと、愛美は、ゆっくりと賢一の顔を眺める。
「女性も辛いんですよ。若い時は・・・好きな男を思って・・・思える方がまだまし・・・誰に愛されるかもわからない・・・不安で一杯ですから」
と、愛美。
「だから、同じ境遇の女性同士で、集まりたがる・・・女性も12月は、辛いんです・・・」
と、愛美は、言った。
「12月は、男も女も、辛いんだな」
と、賢一が言うと、
「そうですねー」
と、愛美が言う。
クリスマスイブ7日前の土曜日の午後、静かに時間が流れていました。
(つづく)
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