4月頭の火曜日の夜、八津菱電機鎌倉華厳寮の203号室では、沢村イズミ(24)が、鈴木タケル(27)を前に激昂していた。
「糞!こんな事件が起こっていながら、俺に隠し立て出来ると思っていたのか!オヤジも、叔父さんも!」
と、イズミは、肉親に対して怒っていた。
「まあ、立場というのが、あるんだろ・・・むしろ、いつバレるかとビクビクしていたんじゃないか。二人共・・・」
と、タケルが言うと、イズミは、その言葉に鉾を収める風情を見せる。
「イズミが知らないのであれば・・・一生知らせたくない・・・そういう親心じゃないか・・・それは」
と、タケルが言うと、イズミも少し考える。
「そうだな・・・パパの言うとおりだ・・・肉親のやさしさって奴か・・・自分にリスクを負ってでも・・・俺がかわいかったのかな」
と、イズミもそのあたりは、大人だ。
「大島で、殺人未遂!捨てられた腹いせに、女性を逆恨み!女性は10年のうちに、6人の男を取っ替え引っ替え・・・女性の規範意識低下?これでいいのか、日本!」
という見出しで、大島新聞の記事がスクラップされていた。
記事は、女性がそれまでつきあっていた男性を捨て、新しい男性に乗り換えたことに腹を立てた、前の男が、女性を殺そうとした事実を伝えていた。
「女性に、処女性までは求めないが、女性の規範意識のあまりの低下が、男性の殺意を呼んだ、現代のある種の女性を、象徴的に現した事件である」
と、記事の最後にはあったが・・・この事件の主人公が、沢村イズミの実の母親、千草果穂(42)だった。
「女性は、42歳という年齢に似合わず若々しく美貌で・・・それが女性の本性を現す結果につながったと思われ・・・」
などの記事まである・・・これは、当時の男性誌の記事の切り抜きだ。
「女性は、それまで、嫁いでいた長野市内の男性(53)と離婚すると、取っ替え引っ替え男性とつきあったようで・・・」
と、記事にある。もちろん、この長野市内の男性こそが、イズミの父親だ。
「現在の女性の写真を見せると、長野市内に住む、幼馴染の男性は、「若い頃より、むしろ綺麗になってる」と証言した」
と、記事にある。
「女性は、男性と取っ替え引っ替え付き合ううちに、さらに美しくなっていったと思われる。男性に愛されるうちに、女性は、自分というものを見失い、本能のまま行動したのだろう」
と、記事にある。
「本能のまま行動し始めた彼女は、やがて、自分が愛してあげているんだ、と、男性より高い意識に到達し、男性を見下すようになり、あげく、相手の男性に殺意まで抱かせた」
と、記事にある。
「彼女は、今は、傷を受けて病院に入院しているが、やがて、退院する。その時が、彼女にとって、悪夢の始まりにならないことを祈る」
と、記事は結んでいる・・・最後の記事は、一昨年の5月だ・・・イズミらは、まだ、長い研修期間にいる頃だった。
別の男性誌の記事には・・・イズミの父の名前まであった・・・そして、果穂の子である、イズミの名も・・・ショウコは、そのイズミの名前を覚えていたのだった。
「皮肉なもんだ・・・今の俺の行動と・・・この母親の行動は、シンクロしている・・・俺はまだ、女に殺意を抱かせるところまでは行ってないけどね」
と、座って、再度資料を読み込んだイズミは、冷静にそう言葉にする。
「俺の今の行動は、血だったんだ・・・しかも、母親の・・・」
と、イズミは、顔面蒼白になって、そう話す。
「だとしたら・・・俺が母親に会って、文句を言ったくらいじゃ、治らない・・・そういうことにならないか?パパ」
と、イズミは瞳に涙を浮かべながら、タケルに語りかける。
「そうは、絶対にならないよ。イズミ」
と、部屋の扉を開けて入ってきたガオが、言う。
「ガオ・・・なぜ、ここに・・・」
と、イズミはびっくりしてガオに聞く。
「難しい話は、いつも、3人で考えて来たじゃないか。3人で乗り越えて来たじゃないか・・・」
と、タケルが、言う。
「だから、ガオには、あらかじめ資料も見せて・・・この時間にここへ来るよう言ってあったんだ」
と、タケルが、言う。
「イズミ、お前が女性を取っ替え引っ替えしているのと、イズミの母親が男性を取っ替え引っ替えするのとでは、求めているモノが最初から違うぞ」
と、ガオが言う。
ガオはそう言いながら、イズミとタケルの前にどっかりと座る。
「まず、イズミの母親・・・果穂さんだっけか・・・その果穂さんは、自分が真に愛せる・・・自分が安心して、尽くせる相手を探しているんだ」
と、ガオは言う。
「そして、イズミ、お前は、お前に安心して尽くしてくれる女性を探しているんだろ?まあ、美しくなくちゃダメ!とか、ハードルは高いけれど、な」
と、ガオは言う。
「お前が、子供を嫌うのは、女性がお前一人に尽くしてくれるのを心の底で望んでいるからだ・・・家族の中にライバルはいらない・・・そう思っているからだよ」
と、ガオが言う。
「そういう意味では、お前と果穂さんは、徹底的に追求していく性格という点では同じだ。だが、決定的に違うのは、お前は男で、果穂さんは女だと言うことだ」
と、ガオは言う。
「お前は徹底して、尽くしてくれる女性を探しているだけだ・・・仕事が終わった後、徹底して甘えさせてくれる女性を探しているだけだ・・・違うか?」
と、ガオは言う。
「そうだ・・・ガオの言うとおりだ・・・俺はガキさえライバル視しているくらい、尽くす女を独占したい・・・今わかった・・・それが俺の本音だったんだ」
と、イズミは、自分の本音に驚きながら話している。
「独占したい気持ちが強いんだ・・・それだけ、お前は、女を深く愛しているし、逆に深く愛して欲しいんだよ・・・それがお前の本音だ」
と、ガオ。
「一方、果穂さんだが・・・これは、パパの方が説明出来るだろ・・・俺は女性心理は、さっぱりだからな・・・というか、パパに対する、イズミの教育がよかったんだな」
と、笑顔になるガオ。
「俺の見る所・・・この資料を読み込んで・・・まあ、会社でも調べてみたんだが・・・果穂さんは自分とバランスの取れる相手を探していたらしいことがわかる」
と、タケルは言う。
「ただ、果穂さんは、できるだけ辺鄙なところに逃げ込んでいたようだから・・・いい男性に会えなかったんだよ・・・妥協出来なかったんだな・・・一度きりの人生だものな」
と、タケルは言う。
「私は妥協って言葉が嫌いなの・・・自分とバランスのとれる男性を探したい・・・これは全女性の願いでしょ?だから、妥協なんてしないわ」
と、片桐ショウコは、アイリと会っていた、イタリアンレストラン「グラッチェグラッチェ」で、そう話した。
「女性のしあわせとは、何かと考えた時、わたしの頭にあるのは、自分に素直に笑顔が出せるってことなの・・・妥協して相手を選んだら、そんなこと自然に出来ない・・・」
と、ショウコは言った。
「目の前の男性に素直に笑顔を出せること・・・心から自然に笑顔が出るようでなければ、そのカップルは本当にしあわせになれるカップルじゃない・・・」
と、ショウコは言った。
「だから、私がアイリとタケルくんのしあわせそうな写真を初めて見た時、「あなたたちはしあわせになるわ」って言ったのよ。そういう思いがあるから、言ったのよ」
と、ショウコは言った。
「あなたとタケルくんの写真・・・それはそれは、自然なしあわせそうな笑顔同志だったもの・・・それが本当のしあわせを掴めるカップルだとすぐわかったわ」
と、ショウコは言った。
「それに対して、この千草果穂っていう女性・・・一生懸命そういう男性を探していたんだと思うわ・・・でも、出会えなかった・・・見つけに行く場を間違えていたのよ・・・」
と、やさしい笑顔で、ショウコは言う。
「だから、不幸になった・・・見つける場所が問題だったの・・・その違いが、こんなにも差を生むの・・・アイリ、私が言っていること、わかるわね?」
と、ショウコは、アイリに訊く。
「え、どういうことですか?」
と、アイリはポカンとした表情で、ショウコに言う。
「この千草果穂という女性の反対側にいるのが、あなただってことよ・・・タケルくんという本物の相手を見つけた・・・あなたが、正反対の場所にいるってこと」
と、ショウコは強い口調でアイリに言う。
「タケルくんも、あなたも・・・自然な笑顔で、しあわせを感じられる同志でしょ!」
と、ショウコは指摘する。
「はい。そうです。わたしたち、しあわせになるんです!」
と、アイリはしあわせそうな笑顔で、言う。
「もう、2度目よ、そのセリフ・・・」
と、苦笑するショウコ。
「いずれにしても、女性のしあわせって、本物の相手を探せるかどうかにかかってる・・・探す場所も大事ってことよ・・・この女性は探し方を間違えただけなのよ」
と、ショウコ。
「この女性は、どこにでもいる・・・青い鳥を探している、かわいい少女なのよ・・・」
と、ショウコは結論付けている。
「ショウコさんは、そう言ってる・・・お前が助けたショウコさんは、お前の為に、果穂さんのことをそう分析してくれた・・・」
と、タケルはそういう話し方をした。
「俺もアイリも、そのショウコさんの意見に同感だ・・・まあ、女性心理に長けたお前ならとっくにわかっていただろうがな」
と、タケルがニヤリとしながら、言う。
その言葉を聞いたイズミは・・・ニヤリと笑う。ガオもそれを聞きながらニヤリと笑う。
「相変わらず、いい落とし所に落とすのが、うまいな、パパは・・・」
と、ガオが唸るように言う。
「そう言われちゃあ・・・女性心理の師である、俺は何も言えんよ・・・パパ・・・いや、ショウコさんの言う通りだ・・・俺のおふくろは・・・」
と、イズミ。
「ということは、イズミは女性を独占したいから、子供が嫌いと言っているだけで、女性がそこらへんうまくやってくれれば・・・子供もオッケーってことになるじゃん?」
と、タケル。
「ん?まあ、そういうことになるかな」
と、イズミ。
「だったら、そういうあたり、相手の女性に匂わせるようにしていけば・・・うまくプレゼンできれば・・・お前の女探しの旅も早く終わるんじゃん?」
と、タケル。
「ほう、長年の宿痾が、とれそうだな。イズミ」
と、ガオ。
「そうだな・・・俺は母親とは、違う理由で、女探しをしていたんだから・・・その処方箋さえ、わかれば・・・すぐにでも・・・」
と、イズミ。
「だとしたら、もう、母親を探す必要もないってことになるけど?」
と、タケル。
「そうだな・・・そうか、母親の呪縛なんて、最初から、無かったんだ・・・俺・・・」
と、イズミは、そのことに気がついて感激している。
「もう、俺、自由なんだ・・・俺は自由に恋を出来る男になったんだー」
と、イズミは、叫び、思わず立ち上がる。
「よかったな、イズミ」「うん、ほんとに、よかった」
と、タケルもガオも、うれしそうにする。
「よし・・・せっかく、うれしいことがあったんだ・・・飲もうぜ、楽しく」
と、ガオがうれしそうに誘う。
「ああ、イズミも新しい道を見つけた・・・目出度いよ」
と、タケル。
「俺もうれしい・・・なにか、霧がパーーーっと晴れたような気持ちだよ」
と、イズミ。
「イズミが、ショウコさんを助けたから、回りまわって・・・イズミを成長させてくれたんだ」
と、タケルが言う。
「「情けは人の為ならず」って、奴か・・・目の当たりにすると、ほんとだなって、素直に、思えるな」
と、ガオ。
「ショウコさんって女性に、シナリオ作っておいて、良かった・・・俺、そのショウコさんって、人にお礼を言わなきゃ・・・是非!」
と、イズミは感激している。
「わかったよ。ま、とりあえず、今日は飲もう」
と、タケルがイズミの肩を叩きながら、言うと、
「そだな」「そうそう・・・飲もう飲もう」
と、イズミとガオが賛成している。
イズミの顔が晴れやかに輝いていた。
タケルもガオも、そんなイズミを見て、うれしそうにしていた。
鎌倉の夜は、やさしく、しあわせそうに更けていった。
(つづく)
→前回へ
→物語の初回へ
「糞!こんな事件が起こっていながら、俺に隠し立て出来ると思っていたのか!オヤジも、叔父さんも!」
と、イズミは、肉親に対して怒っていた。
「まあ、立場というのが、あるんだろ・・・むしろ、いつバレるかとビクビクしていたんじゃないか。二人共・・・」
と、タケルが言うと、イズミは、その言葉に鉾を収める風情を見せる。
「イズミが知らないのであれば・・・一生知らせたくない・・・そういう親心じゃないか・・・それは」
と、タケルが言うと、イズミも少し考える。
「そうだな・・・パパの言うとおりだ・・・肉親のやさしさって奴か・・・自分にリスクを負ってでも・・・俺がかわいかったのかな」
と、イズミもそのあたりは、大人だ。
「大島で、殺人未遂!捨てられた腹いせに、女性を逆恨み!女性は10年のうちに、6人の男を取っ替え引っ替え・・・女性の規範意識低下?これでいいのか、日本!」
という見出しで、大島新聞の記事がスクラップされていた。
記事は、女性がそれまでつきあっていた男性を捨て、新しい男性に乗り換えたことに腹を立てた、前の男が、女性を殺そうとした事実を伝えていた。
「女性に、処女性までは求めないが、女性の規範意識のあまりの低下が、男性の殺意を呼んだ、現代のある種の女性を、象徴的に現した事件である」
と、記事の最後にはあったが・・・この事件の主人公が、沢村イズミの実の母親、千草果穂(42)だった。
「女性は、42歳という年齢に似合わず若々しく美貌で・・・それが女性の本性を現す結果につながったと思われ・・・」
などの記事まである・・・これは、当時の男性誌の記事の切り抜きだ。
「女性は、それまで、嫁いでいた長野市内の男性(53)と離婚すると、取っ替え引っ替え男性とつきあったようで・・・」
と、記事にある。もちろん、この長野市内の男性こそが、イズミの父親だ。
「現在の女性の写真を見せると、長野市内に住む、幼馴染の男性は、「若い頃より、むしろ綺麗になってる」と証言した」
と、記事にある。
「女性は、男性と取っ替え引っ替え付き合ううちに、さらに美しくなっていったと思われる。男性に愛されるうちに、女性は、自分というものを見失い、本能のまま行動したのだろう」
と、記事にある。
「本能のまま行動し始めた彼女は、やがて、自分が愛してあげているんだ、と、男性より高い意識に到達し、男性を見下すようになり、あげく、相手の男性に殺意まで抱かせた」
と、記事にある。
「彼女は、今は、傷を受けて病院に入院しているが、やがて、退院する。その時が、彼女にとって、悪夢の始まりにならないことを祈る」
と、記事は結んでいる・・・最後の記事は、一昨年の5月だ・・・イズミらは、まだ、長い研修期間にいる頃だった。
別の男性誌の記事には・・・イズミの父の名前まであった・・・そして、果穂の子である、イズミの名も・・・ショウコは、そのイズミの名前を覚えていたのだった。
「皮肉なもんだ・・・今の俺の行動と・・・この母親の行動は、シンクロしている・・・俺はまだ、女に殺意を抱かせるところまでは行ってないけどね」
と、座って、再度資料を読み込んだイズミは、冷静にそう言葉にする。
「俺の今の行動は、血だったんだ・・・しかも、母親の・・・」
と、イズミは、顔面蒼白になって、そう話す。
「だとしたら・・・俺が母親に会って、文句を言ったくらいじゃ、治らない・・・そういうことにならないか?パパ」
と、イズミは瞳に涙を浮かべながら、タケルに語りかける。
「そうは、絶対にならないよ。イズミ」
と、部屋の扉を開けて入ってきたガオが、言う。
「ガオ・・・なぜ、ここに・・・」
と、イズミはびっくりしてガオに聞く。
「難しい話は、いつも、3人で考えて来たじゃないか。3人で乗り越えて来たじゃないか・・・」
と、タケルが、言う。
「だから、ガオには、あらかじめ資料も見せて・・・この時間にここへ来るよう言ってあったんだ」
と、タケルが、言う。
「イズミ、お前が女性を取っ替え引っ替えしているのと、イズミの母親が男性を取っ替え引っ替えするのとでは、求めているモノが最初から違うぞ」
と、ガオが言う。
ガオはそう言いながら、イズミとタケルの前にどっかりと座る。
「まず、イズミの母親・・・果穂さんだっけか・・・その果穂さんは、自分が真に愛せる・・・自分が安心して、尽くせる相手を探しているんだ」
と、ガオは言う。
「そして、イズミ、お前は、お前に安心して尽くしてくれる女性を探しているんだろ?まあ、美しくなくちゃダメ!とか、ハードルは高いけれど、な」
と、ガオは言う。
「お前が、子供を嫌うのは、女性がお前一人に尽くしてくれるのを心の底で望んでいるからだ・・・家族の中にライバルはいらない・・・そう思っているからだよ」
と、ガオが言う。
「そういう意味では、お前と果穂さんは、徹底的に追求していく性格という点では同じだ。だが、決定的に違うのは、お前は男で、果穂さんは女だと言うことだ」
と、ガオは言う。
「お前は徹底して、尽くしてくれる女性を探しているだけだ・・・仕事が終わった後、徹底して甘えさせてくれる女性を探しているだけだ・・・違うか?」
と、ガオは言う。
「そうだ・・・ガオの言うとおりだ・・・俺はガキさえライバル視しているくらい、尽くす女を独占したい・・・今わかった・・・それが俺の本音だったんだ」
と、イズミは、自分の本音に驚きながら話している。
「独占したい気持ちが強いんだ・・・それだけ、お前は、女を深く愛しているし、逆に深く愛して欲しいんだよ・・・それがお前の本音だ」
と、ガオ。
「一方、果穂さんだが・・・これは、パパの方が説明出来るだろ・・・俺は女性心理は、さっぱりだからな・・・というか、パパに対する、イズミの教育がよかったんだな」
と、笑顔になるガオ。
「俺の見る所・・・この資料を読み込んで・・・まあ、会社でも調べてみたんだが・・・果穂さんは自分とバランスの取れる相手を探していたらしいことがわかる」
と、タケルは言う。
「ただ、果穂さんは、できるだけ辺鄙なところに逃げ込んでいたようだから・・・いい男性に会えなかったんだよ・・・妥協出来なかったんだな・・・一度きりの人生だものな」
と、タケルは言う。
「私は妥協って言葉が嫌いなの・・・自分とバランスのとれる男性を探したい・・・これは全女性の願いでしょ?だから、妥協なんてしないわ」
と、片桐ショウコは、アイリと会っていた、イタリアンレストラン「グラッチェグラッチェ」で、そう話した。
「女性のしあわせとは、何かと考えた時、わたしの頭にあるのは、自分に素直に笑顔が出せるってことなの・・・妥協して相手を選んだら、そんなこと自然に出来ない・・・」
と、ショウコは言った。
「目の前の男性に素直に笑顔を出せること・・・心から自然に笑顔が出るようでなければ、そのカップルは本当にしあわせになれるカップルじゃない・・・」
と、ショウコは言った。
「だから、私がアイリとタケルくんのしあわせそうな写真を初めて見た時、「あなたたちはしあわせになるわ」って言ったのよ。そういう思いがあるから、言ったのよ」
と、ショウコは言った。
「あなたとタケルくんの写真・・・それはそれは、自然なしあわせそうな笑顔同志だったもの・・・それが本当のしあわせを掴めるカップルだとすぐわかったわ」
と、ショウコは言った。
「それに対して、この千草果穂っていう女性・・・一生懸命そういう男性を探していたんだと思うわ・・・でも、出会えなかった・・・見つけに行く場を間違えていたのよ・・・」
と、やさしい笑顔で、ショウコは言う。
「だから、不幸になった・・・見つける場所が問題だったの・・・その違いが、こんなにも差を生むの・・・アイリ、私が言っていること、わかるわね?」
と、ショウコは、アイリに訊く。
「え、どういうことですか?」
と、アイリはポカンとした表情で、ショウコに言う。
「この千草果穂という女性の反対側にいるのが、あなただってことよ・・・タケルくんという本物の相手を見つけた・・・あなたが、正反対の場所にいるってこと」
と、ショウコは強い口調でアイリに言う。
「タケルくんも、あなたも・・・自然な笑顔で、しあわせを感じられる同志でしょ!」
と、ショウコは指摘する。
「はい。そうです。わたしたち、しあわせになるんです!」
と、アイリはしあわせそうな笑顔で、言う。
「もう、2度目よ、そのセリフ・・・」
と、苦笑するショウコ。
「いずれにしても、女性のしあわせって、本物の相手を探せるかどうかにかかってる・・・探す場所も大事ってことよ・・・この女性は探し方を間違えただけなのよ」
と、ショウコ。
「この女性は、どこにでもいる・・・青い鳥を探している、かわいい少女なのよ・・・」
と、ショウコは結論付けている。
「ショウコさんは、そう言ってる・・・お前が助けたショウコさんは、お前の為に、果穂さんのことをそう分析してくれた・・・」
と、タケルはそういう話し方をした。
「俺もアイリも、そのショウコさんの意見に同感だ・・・まあ、女性心理に長けたお前ならとっくにわかっていただろうがな」
と、タケルがニヤリとしながら、言う。
その言葉を聞いたイズミは・・・ニヤリと笑う。ガオもそれを聞きながらニヤリと笑う。
「相変わらず、いい落とし所に落とすのが、うまいな、パパは・・・」
と、ガオが唸るように言う。
「そう言われちゃあ・・・女性心理の師である、俺は何も言えんよ・・・パパ・・・いや、ショウコさんの言う通りだ・・・俺のおふくろは・・・」
と、イズミ。
「ということは、イズミは女性を独占したいから、子供が嫌いと言っているだけで、女性がそこらへんうまくやってくれれば・・・子供もオッケーってことになるじゃん?」
と、タケル。
「ん?まあ、そういうことになるかな」
と、イズミ。
「だったら、そういうあたり、相手の女性に匂わせるようにしていけば・・・うまくプレゼンできれば・・・お前の女探しの旅も早く終わるんじゃん?」
と、タケル。
「ほう、長年の宿痾が、とれそうだな。イズミ」
と、ガオ。
「そうだな・・・俺は母親とは、違う理由で、女探しをしていたんだから・・・その処方箋さえ、わかれば・・・すぐにでも・・・」
と、イズミ。
「だとしたら、もう、母親を探す必要もないってことになるけど?」
と、タケル。
「そうだな・・・そうか、母親の呪縛なんて、最初から、無かったんだ・・・俺・・・」
と、イズミは、そのことに気がついて感激している。
「もう、俺、自由なんだ・・・俺は自由に恋を出来る男になったんだー」
と、イズミは、叫び、思わず立ち上がる。
「よかったな、イズミ」「うん、ほんとに、よかった」
と、タケルもガオも、うれしそうにする。
「よし・・・せっかく、うれしいことがあったんだ・・・飲もうぜ、楽しく」
と、ガオがうれしそうに誘う。
「ああ、イズミも新しい道を見つけた・・・目出度いよ」
と、タケル。
「俺もうれしい・・・なにか、霧がパーーーっと晴れたような気持ちだよ」
と、イズミ。
「イズミが、ショウコさんを助けたから、回りまわって・・・イズミを成長させてくれたんだ」
と、タケルが言う。
「「情けは人の為ならず」って、奴か・・・目の当たりにすると、ほんとだなって、素直に、思えるな」
と、ガオ。
「ショウコさんって女性に、シナリオ作っておいて、良かった・・・俺、そのショウコさんって、人にお礼を言わなきゃ・・・是非!」
と、イズミは感激している。
「わかったよ。ま、とりあえず、今日は飲もう」
と、タケルがイズミの肩を叩きながら、言うと、
「そだな」「そうそう・・・飲もう飲もう」
と、イズミとガオが賛成している。
イズミの顔が晴れやかに輝いていた。
タケルもガオも、そんなイズミを見て、うれしそうにしていた。
鎌倉の夜は、やさしく、しあわせそうに更けていった。
(つづく)
→前回へ
→物語の初回へ