先ほど蓮が家を飛び出した。
手にした小遣いに託された責任に耐え切れず、それらをその場に放り出して。
雪は眉間に手を当てながら、両親に向かって一言掛ける。
「あの‥二人に喧嘩させたかったわけじゃないんだ。また蓮が戻って来たら、一度落ち着いて話を‥」
しかし雪が最後まで口にする前に、父は大きな声で娘を叱った。
「おい雪!いくらなんでも、あれが弟に対する態度か?!」
ビクッと雪はその声に身を竦めた。しかし父の説教は止まらない。
「ただでさえアメリカで窮屈そうなんだ、ここでちょっと羽根を伸ばしてやってるだけだろう?!
どうして蓮の意欲を失くすようなことを言うんだ!」
父は雪の母の方にも向き直り言葉を続けた。
久しぶりに帰国した息子に小遣いをあげたことが、果たしてここまで大騒ぎする問題なのかと。
父は、長男に対する女二人の態度を諌めた。蓮はやがて一家を支える大黒柱だからだ。
けれどそれでは長女はどうなるのだろう。
誰よりも苦労し、血の滲むような努力をして来た長女は。
「‥私は貰ってない」
ポツリ、と雪は一言口に出した。
小さくそう言った長女の言葉が、聞き取れなくて両親は彼女に向き直る。
「なんだって?」
雪の心の中の支柱が、グラグラと揺れていた。続ける言葉も声が震える。
「私は‥私はうちの子じゃないの?」
心の支柱が傾き、その外壁が徐々に崩れて行く。
強がりとプライドで固めていたそれが、ボロボロと零れて落ちる。
「私はバイトして学費も自分で稼いで‥私、遊ぶお金なんて全然無いよ?!
父さんが春に気まぐれでくれたあのお金が、生まれて初めて貰ったお小遣いなのよ‥」
言葉にする内に、今まで溜まった不満が胸の内でどんどん膨らんで行った。
雪は小さく震えながら、ギュッと唇を噛む。
そして雪はまるで子供のように、感情が抑え切れなくなった。
今まで押し込んで来た思いが、激情に乗って言葉になる。
「‥私も留学行きたかった。気にせず交通費だって使いたかった‥」
「高い服も着たい、新しい靴も欲しい、塾だって思う存分通いたい、
バイトも辞めたいよ!」
「ねぇ?!プライドは蓮にしか無いと思ってる?!」
「私には?!」
雪はそう言って父の顔を正面から見据えた。父は目を丸くして娘の激白を聞いている。
雪は俯き、視線を地面に落とした。そこには先ほど蓮が放り出した紙幣が、虚しく散っていた。
「蓮のプライドは全部お父さんが満たしてあげるのに、どうして私は一人あくせく勉強して自ら守らないといけないの?」
「私は‥私はいつも単位を落とさないかビクビクして、
奨学金を受けられないんじゃないかって怯えて、学費が足りないんじゃないかって悩んで、
就職出来ないんじゃないかって毎日イライラしてるのに‥」
雪の拳は固く握られ、そして目に見えるほど震えていた。
自分を支えるプライドと強がりで出来た柱が、今まさに崩れようとしているのだった。
「いくら努力したって、お父さんは全然認めてくれない!
よくやったなって、褒めてもらったことなんて一度もない!!」
「‥私には期待も応援もしないのに、どうして蓮にはアメリカに行けって、
力を出しなさいって、強く背中を押したりするの‥?どうしてよ‥」
最後の言葉は、消え入りそうなくらい小さかった。
雪は歯を食い縛りながら細かに震えていた。涙は出ていないけれど、今にも泣き出しそうな表情だった。
そんな娘の心中の吐露を、父は初めて耳にして驚いていた。
何も口にすることが出来ず、父はその場に立ち尽くす娘をただ凝視している。
母親は当惑しながら、「雪‥」と長女の名前を呟いた。
すると雪は今度は母の方に向き直り、今まで感じていた不満を母にぶつけ始めた。
「お母さんだってそうよ。私に全部負担を押し付けて、全て不満を吐き出して‥。
そんなの、どうやって耐えろっていうの?!」
そう声を荒げる娘に対して、母は困ったような表情をしてこう言った。
「‥お母さんは‥蓮よりあんたが頼りになるから‥」
雪は母のその答えを聞いて、項垂れた。
自分は”頼りになる”ことが当然だと、母にもまたそう思われていることを、雪は改めて思い知らされた。
「ああ‥。あんまりだわ‥本当に酷い‥」
雪は痛む頭を押さえながら自分の部屋に戻ると、身支度と荷造りをしてもう一度部屋から出て来た。
「私今日友達のとこ行くから」
雪はそう言って、両親の方を見もしないでそのまま家を出て行った。
名前を呼びかける母の声も、聞こえないフリをして。
バタン、と玄関のドアが閉まると、父は息を吐いてその場に佇んだ。
遂に息子も娘も出て行ってしまった現実。父はそんな現実に困惑する。
すると雪の母は、父に向かって声を荒げた。母もまた、父に対して積もる不満を抱えていたのだ。
「私は‥いつかこうなるんじゃないかと思ってましたよ!
子供達に差をつけないでって、何度も言ったじゃないですか!」
それに対して父は言い返した。そして夫婦は大声を出して言い争う。
「何だと?!お前だって同じじゃないか。あの子の最後の言葉が聞こえなかったのか?!」
「私が頼る先は雪しかないのよ!誰のせいでこんなに苦労してると思ってるの?!
あなたが成果も出ない事業の為にあちこち歩き回るからでしょう?!」
その母の言葉に、父はカッとした。ずっと思っていたことを、彼もまた口にする。
「わしが好きでこうしてるとでも思ってるのか?!事業がこんなことになって、気楽だったとでも?!
全部家族の為を思ってやってるんだろうが!上手く行かなくても理解を示してくれるどころか、
どうしてお前はわしをこんな風に見下すんだ!」
父の激白は、母にとっては心外だった。その言葉は、母こそが父に言いたい言葉だった。
「見下してるのはあなたの方じゃない!宴麺屋がそんなに恥ずかしい?
こんなのは事業じゃないっていうの?」
母はドンドンと強く胸を叩いた。
蓄積した哀しみが澱となって、胸の中にこびりついているのだ。
「いつも漫然と上の空で‥気にもかけないで‥!」
母はそう口にして、両手で顔を覆いながら泣き出してしまった。
子供達に続いて伴侶である妻でさえも、彼に背を向ける。
すすり泣く妻の声を聞きながら、雪の父は手で顔を覆って俯いた。
こんな筈じゃ無かったという苦い思いが、重々しく胸の中に広がって行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<激白>でした。
赤山家皆が心中を吐露した回でしたね‥!
そしてりんごさんご指摘の‥
お父さんに急に叱られた雪ちゃん、ビックリした拍子に絆創膏がどこかに飛んで行くという‥。^^;
名付けて「ミラコー治療」。。細かいクラブでした。
次回は<心の涙>です。
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手にした小遣いに託された責任に耐え切れず、それらをその場に放り出して。
雪は眉間に手を当てながら、両親に向かって一言掛ける。
「あの‥二人に喧嘩させたかったわけじゃないんだ。また蓮が戻って来たら、一度落ち着いて話を‥」
しかし雪が最後まで口にする前に、父は大きな声で娘を叱った。
「おい雪!いくらなんでも、あれが弟に対する態度か?!」
ビクッと雪はその声に身を竦めた。しかし父の説教は止まらない。
「ただでさえアメリカで窮屈そうなんだ、ここでちょっと羽根を伸ばしてやってるだけだろう?!
どうして蓮の意欲を失くすようなことを言うんだ!」
父は雪の母の方にも向き直り言葉を続けた。
久しぶりに帰国した息子に小遣いをあげたことが、果たしてここまで大騒ぎする問題なのかと。
父は、長男に対する女二人の態度を諌めた。蓮はやがて一家を支える大黒柱だからだ。
けれどそれでは長女はどうなるのだろう。
誰よりも苦労し、血の滲むような努力をして来た長女は。
「‥私は貰ってない」
ポツリ、と雪は一言口に出した。
小さくそう言った長女の言葉が、聞き取れなくて両親は彼女に向き直る。
「なんだって?」
雪の心の中の支柱が、グラグラと揺れていた。続ける言葉も声が震える。
「私は‥私はうちの子じゃないの?」
心の支柱が傾き、その外壁が徐々に崩れて行く。
強がりとプライドで固めていたそれが、ボロボロと零れて落ちる。
「私はバイトして学費も自分で稼いで‥私、遊ぶお金なんて全然無いよ?!
父さんが春に気まぐれでくれたあのお金が、生まれて初めて貰ったお小遣いなのよ‥」
言葉にする内に、今まで溜まった不満が胸の内でどんどん膨らんで行った。
雪は小さく震えながら、ギュッと唇を噛む。
そして雪はまるで子供のように、感情が抑え切れなくなった。
今まで押し込んで来た思いが、激情に乗って言葉になる。
「‥私も留学行きたかった。気にせず交通費だって使いたかった‥」
「高い服も着たい、新しい靴も欲しい、塾だって思う存分通いたい、
バイトも辞めたいよ!」
「ねぇ?!プライドは蓮にしか無いと思ってる?!」
「私には?!」
雪はそう言って父の顔を正面から見据えた。父は目を丸くして娘の激白を聞いている。
雪は俯き、視線を地面に落とした。そこには先ほど蓮が放り出した紙幣が、虚しく散っていた。
「蓮のプライドは全部お父さんが満たしてあげるのに、どうして私は一人あくせく勉強して自ら守らないといけないの?」
「私は‥私はいつも単位を落とさないかビクビクして、
奨学金を受けられないんじゃないかって怯えて、学費が足りないんじゃないかって悩んで、
就職出来ないんじゃないかって毎日イライラしてるのに‥」
雪の拳は固く握られ、そして目に見えるほど震えていた。
自分を支えるプライドと強がりで出来た柱が、今まさに崩れようとしているのだった。
「いくら努力したって、お父さんは全然認めてくれない!
よくやったなって、褒めてもらったことなんて一度もない!!」
「‥私には期待も応援もしないのに、どうして蓮にはアメリカに行けって、
力を出しなさいって、強く背中を押したりするの‥?どうしてよ‥」
最後の言葉は、消え入りそうなくらい小さかった。
雪は歯を食い縛りながら細かに震えていた。涙は出ていないけれど、今にも泣き出しそうな表情だった。
そんな娘の心中の吐露を、父は初めて耳にして驚いていた。
何も口にすることが出来ず、父はその場に立ち尽くす娘をただ凝視している。
母親は当惑しながら、「雪‥」と長女の名前を呟いた。
すると雪は今度は母の方に向き直り、今まで感じていた不満を母にぶつけ始めた。
「お母さんだってそうよ。私に全部負担を押し付けて、全て不満を吐き出して‥。
そんなの、どうやって耐えろっていうの?!」
そう声を荒げる娘に対して、母は困ったような表情をしてこう言った。
「‥お母さんは‥蓮よりあんたが頼りになるから‥」
雪は母のその答えを聞いて、項垂れた。
自分は”頼りになる”ことが当然だと、母にもまたそう思われていることを、雪は改めて思い知らされた。
「ああ‥。あんまりだわ‥本当に酷い‥」
雪は痛む頭を押さえながら自分の部屋に戻ると、身支度と荷造りをしてもう一度部屋から出て来た。
「私今日友達のとこ行くから」
雪はそう言って、両親の方を見もしないでそのまま家を出て行った。
名前を呼びかける母の声も、聞こえないフリをして。
バタン、と玄関のドアが閉まると、父は息を吐いてその場に佇んだ。
遂に息子も娘も出て行ってしまった現実。父はそんな現実に困惑する。
すると雪の母は、父に向かって声を荒げた。母もまた、父に対して積もる不満を抱えていたのだ。
「私は‥いつかこうなるんじゃないかと思ってましたよ!
子供達に差をつけないでって、何度も言ったじゃないですか!」
それに対して父は言い返した。そして夫婦は大声を出して言い争う。
「何だと?!お前だって同じじゃないか。あの子の最後の言葉が聞こえなかったのか?!」
「私が頼る先は雪しかないのよ!誰のせいでこんなに苦労してると思ってるの?!
あなたが成果も出ない事業の為にあちこち歩き回るからでしょう?!」
その母の言葉に、父はカッとした。ずっと思っていたことを、彼もまた口にする。
「わしが好きでこうしてるとでも思ってるのか?!事業がこんなことになって、気楽だったとでも?!
全部家族の為を思ってやってるんだろうが!上手く行かなくても理解を示してくれるどころか、
どうしてお前はわしをこんな風に見下すんだ!」
父の激白は、母にとっては心外だった。その言葉は、母こそが父に言いたい言葉だった。
「見下してるのはあなたの方じゃない!宴麺屋がそんなに恥ずかしい?
こんなのは事業じゃないっていうの?」
母はドンドンと強く胸を叩いた。
蓄積した哀しみが澱となって、胸の中にこびりついているのだ。
「いつも漫然と上の空で‥気にもかけないで‥!」
母はそう口にして、両手で顔を覆いながら泣き出してしまった。
子供達に続いて伴侶である妻でさえも、彼に背を向ける。
すすり泣く妻の声を聞きながら、雪の父は手で顔を覆って俯いた。
こんな筈じゃ無かったという苦い思いが、重々しく胸の中に広がって行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<激白>でした。
赤山家皆が心中を吐露した回でしたね‥!
そしてりんごさんご指摘の‥
お父さんに急に叱られた雪ちゃん、ビックリした拍子に絆創膏がどこかに飛んで行くという‥。^^;
名付けて「ミラコー治療」。。細かいクラブでした。
次回は<心の涙>です。
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父「俺が自分のためにそうした(事業に念入れた)か?!」
この時点の「事業」は父が昔失敗した事業のことです。後でちゃんと麺屋の話に移りますけど。
いつかここで「1.長い時間つづく小さい心の痛み」vs「2.一つの大事件」、どっちが人をもっと疲れさせて、性格を変えるかについて、私の狭い視野で一人哲学(?)広げましたね。本当のトラウマのない人生を生きてきたせいか、私は1に丸をつけました。
今までの赤山家の状態がそんな感じだったと思います。
疲れてる母、将来についての悩みを吐き出せない弟、散々働いて果は取れない雪、自分のbusiness failureで落ち込んで、見下ろされてる気がする父(彼だけは今の状態に少しず適応中)。
思いっきり今の関係を壊して再建するのもいいかも。
毎度ありがとうございます~!
修正しておきます!
雪ちゃん見てて可哀想で痛々しかったです。
「うちの子じゃないの?」なんて、娘に言わせるなよ!と(T . T)
お父さんも悪いですが、お母さんも責任転嫁しすぎな気がしないでもないです。
お父さんははっとしていたようですし、良い方向に向かうと良いですね。
今大学のゼミや自分の卒論研究で親の過干渉の事や親が子供に与える影響について調べているのでとても胸が痛いです。゜(゜´ω`゜)゜。吐き出せたことでよくなるといいなあ赤山家。
ミラコー治療、すごいですよねw
こんなミラコーで雪ちゃんの心の傷も治れば良いのに‥涙
赤山家は何が問題かって、皆が皆いっぱいいっぱいなのが問題なんですよね。ここに誰か一人入ると上手くいくのですが‥先をお楽しみに^^!
じぇにーさん
こんにちは~。ゼミと卒論ですか!懐かしい響き‥。
頑張って下さい!