ゆるっと読書

気ままな読書感想文

【置かれた場所で咲きなさい】「咲く」とは、笑顔で、周囲の人を幸せにすること

2012-07-26 22:55:20 | Weblog
置かれた場所で咲きなさい
クリエーター情報なし

幻冬舎

 

 

 

 

「置かれた場所で咲きなさい」

Bloom where God has planted you

 

置かれた場所に不平不満を持ち、

他人の出方で幸せになったり、不幸せになったりしては、環境の奴隷でしかない。

 

「咲く」ということは、仕方がないと諦めることではなく、

笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすること。

 

置かれた場所こそが、今の、あなたの居場所である。

 

咲けない日もある。

その時は、根を下へ下へと降ろし、根を張ること。

次に咲く花が、より大きく、美しいものとなるために。

 

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渡辺和子・著「置かれた場所で咲きなさい」(幻冬舎)に、

上記のようなことが書かれてありました。

 

「周囲の人々も幸せにする」という発想、素敵だなと思います。

 

自分中心に物事を考えていると、なかなか答えが見えてこないことがあります。

 

そんなとき、自分のことを少し横に置いて、

相手にとってどうなのか?

周りの人にとってどうなのか?

もっとたくさんの人にとってどうなのか?

と考えてみると、自分の進むべき方向が見えてくる気がします。

 

自分だけではなく、周囲の人の幸せ、もっと多くの人の幸せも視野に入れて行動したことは、結局、巡り巡って、自分に返ってくるようにも思います。

 

著者の言葉を借りると、

「一生の終わりに残るものは、我々が集めたものではなく、我々が与えたもの」。

 


【俺に似たひと】逝った人と、生きている人の会話

2012-07-09 20:40:25 | Weblog
俺に似たひと
クリエーター情報なし
医学書院

どうにもならないことがたくさんあるけれど、

なんとかなる

どうにかなる

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平川克美・著「俺に似たひと」(医学書院)に

こんな一文がありました。

 この本は、著者が、父親を介護した体験をつづった物語です。

 父親よりも先に、母親を亡くしているのですが、

その際、真っ先にお焼香に来てくれた近所の知人女性が、

仏壇に手紙をお供えされていたそうです。

その手紙に書かれてあったのが、上記の言葉。

 

「どうにもならないことがたくさんあるけれど、なんとかなる。どうにかなる」

というもの。

著者が言うとおり、「仏壇は、生きるものと、逝ったものが会話する場所」なのかもしれません。

逝ってしまった人が、具体的な答えを返してくれるわけではありませんが、

仏壇という場で、逝った人に向かって語りかけることは、

生きている人が、自分自身の気持ちを確かめたり、

気持ちを前向きに切り替えたりすることにつながるように思います。

逝った人は、生きている人に力を貸してくれる存在でもあるんですね。

 

本書の記述より、もう一つ。

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最も会いたいときには会えず、最も必要なことはついに語られないのが、ひとの世の常なのかもしれない。

思い通りになる世の中などは、どこにも存在していない。

始まりの合図も終わりを知らせるエンドマークも出ない。

いつも唐突に始まり、宙吊りの状態で突然終止符が打たれる。

人生は映画のようでもないし、ましてや何度も繰り返すことのできるゲームのようでもない。

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誰かの死に立ちあうことは、自分の生に向き合うことになるのかもしれません。

たまには、ちょっと立ちどまって、

ただ、「生きていること」、そのものの価値を感じておきたいと思います。