ゆるっと読書

気ままな読書感想文

【逝かない身体】生きてる意味も委ねる生き方

2010-05-20 23:06:16 | Weblog
逝かない身体―ALS的日常を生きる (シリーズケアをひらく)
川口 有美子
医学書院

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川口有美子さんの「逝かない身体」を、あっという間に読み終えた。
大宅賞を受賞する前から話題になっていたが、やはり、とてもたくさんのことを考えさせる本だった。これは多くの人に勧めたい。

本書は、ALSの母親を12年間看た記録。
しかし、単なる介護の記録ではない。ALS患者の介護を通して、生の在り方、死の在り方について自問し、著者自身が掴んだ答えが示されている。

ALS(筋委縮性側策硬化症)は、全身の筋肉が衰えていく難病だ。
そのような病について、健康に生きている人間は、「絶望」のイメージを思い浮かべてしまう。たいていの人は、自分がALSになったらなどと考えたくはないし、介護する立場になることも、できれば想像したくないだろう。

しかし、本書を読んで、こうしたイメージは変わった。

「実際のところとてもたくさんの人たちが死の床でさえ笑いながら、家族や友人のために生きると誓い、できるだけ長く、ぎりぎりまで生きて死んでいったのである。だから、あえて彼らのために繰り返して言うが、進行したALS患者が惨めな存在で、意思疎通ができなければ生きる価値がないというのは大変な誤解である」

著者はこんなふうに書いている。

ALSという難病で、全身が動かせなくなり、言葉を発することも、眼球さえも動かせない状態になっても、「今、ここに、その人(患者)が生きている」ということに意味があるということだ。

これは、患者自身が自分の「生」に意味を見出すかどうかだけではなく、周囲の人、家族や介護者が、患者の「生」に意味を見いだせるかどうかが鍵となってくる。

「ALSの人の話は短く、ときには投げやりのようであるけれども、実は意味の生成まで相手に委ねることで最上級の理解を要求しているのだ」と著者はいう。

当人は「何もできない」存在か。
当人は「すべてを他人に委ねる」存在か。
同じ状態であっても、この2つの捉え方は大きく異なる。
同じ状態でも、その存在の価値は異なる。

捉え方によって介護に対する姿勢は変わるだろうし、介護に携わる生活の意味付けや、
介護者の人生観も変わると思う。

「生きているとは、どういうこと?」。
介護者は、ALS患者から、その「生」の解釈を委ねられる。
「生きる」ことについて、より深く向き合い、考えさせられる人たちだろう。


【霧の風景】私がイタリアで出会った人びと

2010-05-16 20:28:11 | Weblog
ミラノ霧の風景―須賀敦子コレクション (白水Uブックス―エッセイの小径)
須賀 敦子
白水社

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イタリアについて書いた日本人作家といえば、誰だろう?
私は、須賀敦子さんのエッセイを1冊、手に取った。理由は、大庭みな子さんが書いている巻末の「解説」を読んで、読みたい気持ちがぐんと盛り上がったからだ。

異国について書いた作品はたくさんあるが、書き手の拠り所が「旅」か「暮らし」かによって作品の赴きは大きく異なってくる。須賀敦子さんの場合は、「暮らし」だ。

本書の中で、一押しのエッセイをあげるなら、「ガッティの背中」。

すでに日本に帰国していた著者さんのもとに、イタリアで暮らしていたときの友人ガッティが死んだという知らせが入るところから始まる。

はじめて、出会ったときのこと。
ガッティが出版社に勤務していたころのこと。
そして、晩年は、アルツハイマーとなり、友人さえ分からなくなって施設で暮らしていたガッティを訪ねたときのこと。別れ際に見たのが、ガッティの背中なのである。

話の全体は、寂しく、悲しいのだが、ガッティの背中の記述からは温かみを感じた。

著者は、イタリアで出会った友人のなかでも、ガッティを特別な存在と位置づけていたのだろう。


【FREE(フリー)】無料から始まる

2010-05-05 21:39:44 | Weblog
フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略
クリス・アンダーソン
日本放送出版協会

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この本を読んでいて、学生時代、演劇部顧問の先生から言われたことを思い出した。

演劇を上演する時には、少ない金額でもいいから、きちんと料金をもらいなさい。

お金を払って観に来た人は、「観る」姿勢で席に座っている。
しかし、無料にしてしまうと、「観る」つもりがなかった人も、たまたま時間があれば席に座るかもしれない。会場の緊張感が損なわれることがある。

演じる側にとっても、有料か、無料かで、気持ちは異なる。

学生であっても、演じるときには有料にし、チケット代を支払って観に来てくれた人を満足するようなお芝居をしなさい。

そんな話だった。

当時は、まだ、インターネットも電子メールも普及していなかった。
無料で収益をあげるビジネスモデルは存在しなかった。

インターネットが普及したことにより、ある商品やサービスを無料にしても、収益をあげることができるビジネスモデルが出てきた。商品やサービスそのものが無料であることと、消費者が満足を得ること、企業が収益を上げられることが、結びついたのだ。

劇場で芝居を観ることの価値は存在するので、演劇部の恩師の話は、今でも通用するだろう。それとは別の次元の話として、無料であることが収益を生むモデルがあることを頭に入れておかないといけない。

本書は、「無料」を取り入れて収益をあげている企業や、その市場について、解説を試みている。

無料を取り入れた新たなビジネスモデルで展開するか。
従来のように、商品やサービスを有料で提供するかたちで展開するか。

この選択は、事業を展開するうえで、大きなポイントになるだろう。

有料を基盤に据えて展開するなら、消費者に「お金を出してもいい」「有料の価値がある」と感じてもらえる商品やサービスを提供していくしかない。

「同じようなものが、無料で手に入る」と消費者に認識されたら、底で勝負はついてしまうからだ。

個人的には、雑誌の編集に携わっている著者が、紙媒体とオンライン版の違いを指摘している部分が興味深かった。