Harumichi Yuasa's Blog

明治大学専門職大学院ガバナンス研究科(公共政策大学院)教授・湯淺墾道のウェブサイトです

投票日当日の選挙運動

2023年01月22日 | 選挙制度
先日、ある新聞記者から「なぜ投票日当日の選挙運動は禁じられているのですか」という質問を受けた。

日本では、公職選挙法によって投票日当日の選挙運動が禁じられている。
正確にいえば、「選挙運動は、各選挙につき、(中略)候補者の届出、(中略)衆議院名簿の届出、(中略)参議院名簿の届出、(中略)公職の候補者の届出のあつた日から当該選挙の期日の前日まででなければ、することができない。」(129条)として選挙運動を行うことができる期間が定められており、投票日当日はその中に含まれないということである。
それでは、素朴な疑問だが、なぜ投票日当日の選挙運動は禁じられているのであろうか。現行版の『逐条解説個人情報保護法』にはこの点に関する明確な記述がなく、古い版(昭和32年初版)を見ても明確な理由の説明はなかった。その他、いろいろな本を見てみたが、投票日当日の選挙運動の禁止の理由や合理性に関する明確な説明はまだ見出していない。
投票日当日の選挙運動が禁じられたのは、戦後のことで、選挙運動等の臨時特例に関する法律(昭和23年法律第196号)によって初めて禁止規定が設けられた。

(選挙運動の制限)
第二十四条 何人も、左の各号に掲げる行為は、これをすることができない。
一 いかなる方法を以てするを問わず、選挙運動のために特定の候補者の氏名又は政党その他の政治団体の名称を連呼すること、但し、個人演説会を開催する場合にあつてはその実施一時間前からその場所において、街頭における演説会を行う場合にあつてはその実施の場所において、当該演説会の告知のためにする場合は、この限りでない。
二 選挙に関し、自動車を連ね又は隊伍を組んで往来する等気勢を張る行為をすること
三 選挙の当日選挙運動をすること

この規定が公職選挙法にも受け継がれているのである。

第2回国会衆議院本会議(昭和23年5月27日)では、このような発言がある。

<長野重右ヱ門>
しかも、あのトラックの上からどなり歩いたり、あるいは選挙当日、その近くにおいて、だれだれさんを頼みますとか、はなはだしきに至つては候補者みずからおじぎをするというようなとは、国会議員の品位を傷つくるものでありまして、これは断固やれないように法定すべきであると考えるのであります。これが個人の選挙運動に対しますところの徹底であります。

投票日当日の選挙運動は、なにぶんにも当日であるだけに露骨、直裁な候補者への投票依頼が行われることが多かったようだ。
昭和23年の臨時特例法の趣旨は、選挙公営の拡大と選挙の公正であったが、飲食物の提供、連呼行為、自動車を連ねたり隊伍を組んだりして気勢を張る行為が臨時特例法ではじめて禁止されている。
なおこの臨時特例法制定を主導したのは、片山哲首班の社会党内閣であった。社会党内閣は当初、選挙公営を徹底し、個人による自由な選挙運動を全面的に禁止することを企図していたという。この間の経緯は杣 正夫『日本選挙制度史』が詳しい。
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