備忘録として

タイトルのまま

素晴らしき日曜日

2008-11-09 13:53:30 | 映画
以前、録画しておいた黒澤明の表題作(1947年作)をやっと観た。録ってはいたものの、あらすじから勝手に面白くないだろうと今日まで放置していたのだが、良かった。若く貧しい二人(雄造と昌子)の一日を描いた映画に、戦後2年目における日本の荒廃、社会のひずみと矛盾、復興、夢、希望がちりばめられていた。
東京の町の至る所に英語が氾濫している。上野駅の出口にWay Out、ホームのごみ箱にTrash、Cabaret Drum、Billiyard、Musical Instrumentsなどが見られ、戦後2年目がGHQ統治下だったことに改めて気付かされる。

雄造のキャバレーで金を受け取ることを拒むプライドやダフ屋に殴りかかる正義感、昌子の浮浪児を見て社会の矛盾に涙する優しさや一度は出たアパートに再び戻ってくるいじらしさに、黒澤明のヒューマニズムがあふれている。
演奏会に急ぐ電車の中で、昌子が”もっと早くもっと早く、アレグロ、アレグロ、ビバーチェ”と足踏みしながら言うのに雄造が笑う。二人の最初のランデブー(デート)が音楽会で音楽用語が会話に入る。(私のような音楽音痴のために、アレグロもビバーチェも演奏記号で”速く”の意)
ブランコに乗って月を見ながら歌を歌う場面は、”生きる”や”まあだだよ”につながっている。野球の場面で子供たちが雄三の空振りを観て笑う場面は、七人の侍で菊千代が馬から振り落とされる場面を彷彿とさせる。ブランコでは敦煌の巻で話した月の沙漠を口笛で吹いていた。
音楽堂で観客に拍手を求める場面で、フランス人は拍手したと解説で言っていたが、日本の観客はどうだったのだろう。シンガポールでスターウォーズを待ち焦がれた客が拍手したり、イタリアを離陸して途上ひどく揺れたタイ航空機が無事バンコクに着いたときにヨーロッパ人乗客が拍手するなど、外国人は感情表現が豊かなのでフランス人が拍手したというのは納得できる。

昌子役の中北千枝子はこのとき21歳。
黒澤は本質的には、香川京子、原節子、山口淑子、津島恵子などの正統派美人女優よりも、一番美しくの矢口陽子(黒澤夫人)、静かなる決闘の千石規子、椿三十郎の団玲子や、この中北千枝子といい、ぽっちゃり型の個性派女優が好きだったような気がする。
私の黒澤ベストに含めたい作品である。
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PS 
観終わった後、「次の日曜日はもっといい日であれ。二人の未来に幸せあれ。」と願わずにいられなかった。一日たった今も映画の余韻に浸っている。ローマの休日を観終わった後、王女(オードリー)と記者(グレゴリー・ペック)の泣き出したい気持ちが痛いほど伝わってきた時と同じ感覚だった。
貧しさゆえに厳しい現実に直面して昌子は何度も泣き出し挫折しそうになるが、気持ちを切り替えて乗り越える。特に昌子の前向きな気持ちと雄三に対する深い愛情が観る者を温かくする。昌子のいじらしさは、彼女の持っている小さなクマの人形ほど可憐で雄三もそれに気づいている。ささやかな幸せを求める二人には必ず身の丈に合った幸せがもたらされなければならない。
戦争後の社会の荒廃に比べる時、物質的に豊かになった現代人の心の荒廃はどうしたことだろう。お金第一の拝金主義的な考え方は人の心を卑しくする。勤勉で正直で前向きに生きてさえいれば、ささやかな幸せを誰もが得られる社会でなければならない。(11月10日)


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