いーちんたん

北京ときどき歴史随筆

「雑居四合院」の人びと3、住みついた経緯

2011年05月02日 10時31分59秒 | 北京雑居四合院の人々
王少年は半年ほど実家でぶらぶらしていたが、そのうちに貯金もそこを尽き、
農村に働き口があるわけではなく、また北京に出る。

二回目の上京では、仕事の当てもなかったが、知り合った南方から来た夫婦が声をかけてくれた。

 

「うちに来たらいい。たくさん空き部屋がある。」


それがその後50年以上暮らすことになる現在の西単・小堂胡同(フートン)にある四合院だった。

政権交替を契機に家主はアメリカに逃げ、その甥が管理を任されていた。
知り合いの南方出身の夫婦は、どうやらこの甥の知り合いであり、
ただで住まわせてもらっていたようだ。


広い四合院に二組だけ。
どの部屋に住んでもいいという。
 
 
解放軍の入城直後の北京にこういう例は吐いて棄てるほどあったらしい。
共産党の入城をもっとも恐れたのは、ブルジョア階級の人々であったことはいうまでもない。

国民党の流す共産党に関する情報といえば、
「共産主義になったら、財産すべて没収だ」
はまだいい方で、

「共産共妻(財産を共有し、女房も共有する)」
もよく流布していた。

 
北京に住んでいた金持ちの多くは、ごくわずかな身の回りのものだけをまとめ、
ほとんど身一つで逃げて行った。

 

今年春(注:この文章を書いたのは、2004年)に北京で新型肺炎のSARSが流行し大騒ぎになったとき、
外地から来ていた出稼ぎ労働者が青い顔をして押すな押すなと列車に揺られて故郷へ帰っていった。

 
そのときの集団パニック状態を見た老人らは
「北京から国民党が逃げていく時、こんな感じだった。」
と言ったものである。


そのように多くの金持ちが慌しく逃げていったため、四合院の空家がたくさん出現した。
または逃げる前に大慌てで田舎の親戚を呼び出して管理させたりした。


空いた部屋に好きに入り込み、住み着いた人も多い。
さらに人口が激減したために労働力不足となっていた。

最初のうちは共産党が如何なる団体か得体が知れず、人びとは警戒していたが、
そのうち世の中が落ち着いてきてどうやら皆北京では普通に暮らしているらしい、と伝わると、
人々は少し安心した。


さらに人が足りないらしいと聞きつけた近隣の農村からわらわらと若者が出てきた。
北京でそのまま就職し、住み着いた人も多い。

王少年もそんなごく普通の庶民の一人だったのである。

 
21歳の王少年、当初はもちろん一番日当たりのいい部屋の中から、東一列の一番南端の部屋を選んだ。
「好きに住んでいい」
と家主でもない夫婦は言ったのだから。

どうせ管理者の甥というのもめったに見に来ることはないらしい。




写真: 外にある共同の水道。

 
ところがじきにこれはいかんと思うようになる。
冬がやってきてひどく暖房費がかかるのだ。


部屋が広すぎた。
燃料の練炭は、部屋が大きいほど高くつく。

独身男一人の王少年は、不必要にでかい部屋を占領してやたらと練炭をくうのには根を上げ、
くわばらくわばらとばかりにその隣の小さな部屋に移った。

 
部屋は風呂場だったという。
日本軍統治時代に日本人が住み着き、残していったものらしい。



当時の北京では、相当の金持ちの大屋敷でも家に風呂は持たないのだから、
土着の中国人の習慣にはない施設だった。


中国人にとっては、個人の邸宅で湯船を見るのは異様な感じがし、すぐに日本人の跡だと知れるわけである。

 

うろ覚えであるが、李香蘭の『わが半生』に高校時代、北京で有力者の藩家に預けられた場面が出てくる。
主人が何人も妾を囲っているような富裕な藩家にも風呂がなく、
二週間に一回、家族全員で銭湯に朝から出かけるのだという。

お風呂に入った後は理髪などもし、さらに銭湯に高級レストランがあり、
家族全員でにぎやかに食事して丸一日銭湯で楽しんだことが書かれていた。

 

「タイルで湯船だけ作ってあってシャワーの蛇口がなかった。妙なもんだと思ったよ。」
と王さんは言う。


恐らくここに住んでいた日本人はお湯を他のところで沸かして入れたのだろう。
蛇口をひねれば湯が出るようなインフラを整えることができなかったと思われる。

 

王少年は「ストーブの練炭代を負担できるだけの大きさ」という基準で物色したところ、
この日本人の残した風呂部屋がちょうどいい大きさにように思えた。

湯船があっては住めないとばかりに、ハンマーを持ってきてがんがらこれをぶっ壊し、きれいに整備して住み着いた。






写真: 西南角にある入り口から北側をみやった写真。奥に見えるのが、王さんの部屋。


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