日本経済に暗雲(1)―黒田バズーカとアベノミクスの限界 2015年―
アベノミクスが始まった2012年から4年経った現在、日本経済は決して良くはなっていません。
アベノミクスは、今ではもう色あせて誰も口にしなくなりましたが、「三本の矢」からなり、実行されたのは「異次元の金融緩和」
(実際には日銀による国債の大量引き受けで、お金を市中に供給する)だけでした。
金融緩和により、円安を誘導し、輸出を増やし、物価を2%上昇させてデフレから脱出することが目標とされました。
当初こそ、円安のおかげで輸出企業の業績は改善し、株価も上昇するなど、一定の効果がありました。
しかしその後、2014年の消費税の増税(3%➡5%)をきっかけとして景気は減速に向かい始めました。
そして、2015年の経済について政府や日銀は「穏やかに回復している」「雇用・賃金の改善による好循環が進捗している」と言い
続けていますが、実態は、どうもそのようにはいっていません(注1)。
銀行などがさまざまな評価を行っています。たとえば、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの主任研究員のレポートによると、
2015年の日本経済は「足踏み状態」あるいは「踊り場」にある、というものです。
つまり、成長が止まっている、という評価です。GDPでみても前年比0.7%で政府の目標の1.2%には届きませんでした。
とりわけ、消費の伸びは低く、民間消費がずっとマイナスであったことが響いています(注2)。
まず、円安になった当初でさえも、実は輸出は増えていません。確かに円建ての輸出金額が増加して輸出企業の収益は良くなり
ましたが、輸出数量が増えていないのです。
円安になると、輸出企業は現地の販売価格を下げて輸出を増やそうとする、という目論見は外れてしました。
それでは個人消費はどうでしょうか。物価が上昇するというインフレ期待が広がれば、消費者は買い控えをしなくなるので消費が
増えるはずでしたが、実際には物価上昇による実質所得の減少が消費を減らしています。
さらに、物価が上昇して実質金利が低下すれば設備投資が増えるという期待も、空振りに終わりそうです。投資に見合うリターン
がなければ、実質金利がマイナスでも投資をしないというのが冷静な経営判断です(注3)。
のように見てくると、政府の目論見は、ことごとく外れてしまったといえます。それでは、エコノミストたちは、昨年の経済をどのよう
に見ていたのでしょうか。
昨年の暮れも押し詰まった12月の末、日本の三大シンクタンク(三菱UFJリサーチ&コンサルティング、みずほ総合研究所、野村
総研)の10人のエコノミストが座談会で2015年の日本経済を振り返り、2016年の展望を語っています(注3)。
座談会の内容を手掛かりに2015年の日本経済を振り返ってみよう。
全体としてみると、2015年は金融緩和により、一部の輸出企業の業績が回復し、日経平均株価も一時2万円を回復しました。
しかしその後、中国の景気減速、いわゆる「チャイナショック」や新興国の景気低迷の影響で日本経済も打撃を受け、株市場を直撃
し、株価も急落してしまいました。
日銀は12月18日の金融政策決定会合で金融緩和の「補完策」を導入すると発表しました。
「補完策」として、日銀は「上場投資信託(ETF)を年3000億円購入」という株高を誘いそうな方向を示唆したため、一時、市場参加者
が飛びつきました。(上場投資信託=特定の企業の株を買うのではなく、上場されている投資信託を、証券会社を通じて買うことがで
きる)
しかし、すぐに株安に転じ、結局日経平均は2%も下げてしまいました。
問題は、日銀がなぜ、「補完策」を打ち出したのか、と言う点です。
ある裏方を務める日銀マンは「(一部で指摘されていた)量的金融緩和(日銀が市中に供給する貨幣の量を増やすこと)の限界論を払
拭したかったから」と話していたそうです。
つまり、日銀は「異次元の緊急緩和」の限界を認識している、ということです。
年80兆円のペースで市場から国債を買い入れている現状からみて、今後、追加緩和をするとしても、そう何回もできないことは多くの
エコノミストたちが認めています。
金融緩和とはいっても、実態は、国債を引き受けているわけですから、国の借金がさらに増えることを意味します。
日本はすでに1000兆円を超す財政赤字を抱えており、、いつまでも実効のない金融緩和を続けるわけにはゆきません。
しかも、80兆円という金額は日本経済の現状からみて、途方もない大きさをもっているのです。
例えば、2015年度の一般会計予算は96兆3000億円ほどですから、80兆円と言えば、それに迫る規模であるあることが分かります。
また、日本のGDPが500兆円超ですから、日銀の買い取り額はその16%にも相当します。
これだけの規模の貨幣を市場に供給しても、消費も企業の設備投資も増えないのは、実質賃金が低下の一途をたどっていることを考えれ
ば、消費が伸びないのは当然です。
また、既に述べたように、企業にしてみれば、いかに金利が低いとはいえ、投資をしてもそれに見合う利益が見込めなければ、借金までし
て設備投資をしようとはすしないでしょう。。
「補完策」をアナウンスしたことは、日銀に、金融緩和に手詰まり感があることを、はからずも明らかにしてしまったといえます。
エコノミストたちの共通認識は、「とにかく金融緩和に対する期待感が消失することを日銀は最も恐れている」というものです。日銀の審議
委員を取材していても、出口論(いつ、このまま金融緩和を止めるのか)が話題に上ると「それはダメだ」と話題を変えられてしまそうです。
現在、見かけ上はなんとか足踏み状態で現状維持を保っていますが、エコノミストたちは2016年の日本経済の危険な“爆弾”について語っ
ています。
さて、座談会でエコノミストたちは、日本経済が抱える、もう一つの“爆弾”を指摘しています。
2015年末までは、政府・日銀の目論見どおり、円安が続きましたが、これが2016年には円高に転じるのではないか、という点です。
ある、エコノミストは「現在の円安局面は12年から始まっており、すでに3年が経過した。3年が長いか短いかという議論はあるが、いずれ
にしても循環論的な側面から考えれば、いったん円高トレンドに入ってもおかしくはないよ」と発言しています。
これは、2016年に実現してしまうのですが、それについては次回に考えるとして、最後に、エコノミストたちが危惧する深刻な事態について
触れておきましょう。
それは、こんな言葉で語られました。
円高に振れると、金融機関にとっては大変なことになる。銀行も生命保険会社も為替変動のヘッジをかけないで外債を大量に保有
しており、円高が進むと多額の為替差損が発生するリスクも想定される。
日本の金融機関は、大量の外国債券を保有していますが、その債権は外国通貨建てになっているので、最終的に日本円に戻すと、
買った時より円高になっていれば受取額はその分、減ってしまいます。つまり、為替差損がでてしまいます。
ちなみに、2015年11月のドル=円為替レートは、122.5円でしたが、今年2016年9月のレートは101円でした。この場合、1ドルにつき21円
強(17.6%)の為替差損が発生します。
たとえば、122.5億円相当で購入した外債は、日本円に戻すとき101億円に目減りしていることになります。
もし、この為替差損のリスクを軽減するための措置をとってあれば(ヘッジをかけておけば)―この方法はいくつかありますがここでは説明し
ません―、この為替差損の損害はそれだけ、少なくなります。
しかし、どうやら、日本の金融機関はヘッジをしてなかったようです。
これは、民間の金融機関に留まらず、年金基金など公的な部門にも大きな影響を与えます。
現在、日本の年金積立金の15%を外債に投資していますので、円高による為替差損は私たちの年金の原資にも大きく関わってきます。(こ
れは2016年に現実となりました)
もちろん、再び円安になる可能性もないわけではありませんが、それは当分の間見込めませんから、その間、日本の金融機関は、金融資産を、
何の利益を生まない方法で“塩漬け”しておくことになります。
(注1)http://www5.cao.go.jp/keizai3/2015/1228nk/pdf/n15_hajime.pdf
(注2)http://www.murc.jp/thinktank/rc/column/kataoka_column/kataoka160105.pdf
2016年10月12日閲覧)
(注3)『東洋経済ONLINE』(2015,11.17日) http://toyokeizai.net/articles/-/92813 (2016年10月12日閲覧))
(注4)この座談会の内容は、『日経デジタル』(2015/12/31 5:30 ) http://www.nikkei.com/markets/features/26.aspx?g=DGXLASFL24HC8_25122015000000 に掲載されています。(2016年10月13日閲覧)
アベノミクスが始まった2012年から4年経った現在、日本経済は決して良くはなっていません。
アベノミクスは、今ではもう色あせて誰も口にしなくなりましたが、「三本の矢」からなり、実行されたのは「異次元の金融緩和」
(実際には日銀による国債の大量引き受けで、お金を市中に供給する)だけでした。
金融緩和により、円安を誘導し、輸出を増やし、物価を2%上昇させてデフレから脱出することが目標とされました。
当初こそ、円安のおかげで輸出企業の業績は改善し、株価も上昇するなど、一定の効果がありました。
しかしその後、2014年の消費税の増税(3%➡5%)をきっかけとして景気は減速に向かい始めました。
そして、2015年の経済について政府や日銀は「穏やかに回復している」「雇用・賃金の改善による好循環が進捗している」と言い
続けていますが、実態は、どうもそのようにはいっていません(注1)。
銀行などがさまざまな評価を行っています。たとえば、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの主任研究員のレポートによると、
2015年の日本経済は「足踏み状態」あるいは「踊り場」にある、というものです。
つまり、成長が止まっている、という評価です。GDPでみても前年比0.7%で政府の目標の1.2%には届きませんでした。
とりわけ、消費の伸びは低く、民間消費がずっとマイナスであったことが響いています(注2)。
まず、円安になった当初でさえも、実は輸出は増えていません。確かに円建ての輸出金額が増加して輸出企業の収益は良くなり
ましたが、輸出数量が増えていないのです。
円安になると、輸出企業は現地の販売価格を下げて輸出を増やそうとする、という目論見は外れてしました。
それでは個人消費はどうでしょうか。物価が上昇するというインフレ期待が広がれば、消費者は買い控えをしなくなるので消費が
増えるはずでしたが、実際には物価上昇による実質所得の減少が消費を減らしています。
さらに、物価が上昇して実質金利が低下すれば設備投資が増えるという期待も、空振りに終わりそうです。投資に見合うリターン
がなければ、実質金利がマイナスでも投資をしないというのが冷静な経営判断です(注3)。
のように見てくると、政府の目論見は、ことごとく外れてしまったといえます。それでは、エコノミストたちは、昨年の経済をどのよう
に見ていたのでしょうか。
昨年の暮れも押し詰まった12月の末、日本の三大シンクタンク(三菱UFJリサーチ&コンサルティング、みずほ総合研究所、野村
総研)の10人のエコノミストが座談会で2015年の日本経済を振り返り、2016年の展望を語っています(注3)。
座談会の内容を手掛かりに2015年の日本経済を振り返ってみよう。
全体としてみると、2015年は金融緩和により、一部の輸出企業の業績が回復し、日経平均株価も一時2万円を回復しました。
しかしその後、中国の景気減速、いわゆる「チャイナショック」や新興国の景気低迷の影響で日本経済も打撃を受け、株市場を直撃
し、株価も急落してしまいました。
日銀は12月18日の金融政策決定会合で金融緩和の「補完策」を導入すると発表しました。
「補完策」として、日銀は「上場投資信託(ETF)を年3000億円購入」という株高を誘いそうな方向を示唆したため、一時、市場参加者
が飛びつきました。(上場投資信託=特定の企業の株を買うのではなく、上場されている投資信託を、証券会社を通じて買うことがで
きる)
しかし、すぐに株安に転じ、結局日経平均は2%も下げてしまいました。
問題は、日銀がなぜ、「補完策」を打ち出したのか、と言う点です。
ある裏方を務める日銀マンは「(一部で指摘されていた)量的金融緩和(日銀が市中に供給する貨幣の量を増やすこと)の限界論を払
拭したかったから」と話していたそうです。
つまり、日銀は「異次元の緊急緩和」の限界を認識している、ということです。
年80兆円のペースで市場から国債を買い入れている現状からみて、今後、追加緩和をするとしても、そう何回もできないことは多くの
エコノミストたちが認めています。
金融緩和とはいっても、実態は、国債を引き受けているわけですから、国の借金がさらに増えることを意味します。
日本はすでに1000兆円を超す財政赤字を抱えており、、いつまでも実効のない金融緩和を続けるわけにはゆきません。
しかも、80兆円という金額は日本経済の現状からみて、途方もない大きさをもっているのです。
例えば、2015年度の一般会計予算は96兆3000億円ほどですから、80兆円と言えば、それに迫る規模であるあることが分かります。
また、日本のGDPが500兆円超ですから、日銀の買い取り額はその16%にも相当します。
これだけの規模の貨幣を市場に供給しても、消費も企業の設備投資も増えないのは、実質賃金が低下の一途をたどっていることを考えれ
ば、消費が伸びないのは当然です。
また、既に述べたように、企業にしてみれば、いかに金利が低いとはいえ、投資をしてもそれに見合う利益が見込めなければ、借金までし
て設備投資をしようとはすしないでしょう。。
「補完策」をアナウンスしたことは、日銀に、金融緩和に手詰まり感があることを、はからずも明らかにしてしまったといえます。
エコノミストたちの共通認識は、「とにかく金融緩和に対する期待感が消失することを日銀は最も恐れている」というものです。日銀の審議
委員を取材していても、出口論(いつ、このまま金融緩和を止めるのか)が話題に上ると「それはダメだ」と話題を変えられてしまそうです。
現在、見かけ上はなんとか足踏み状態で現状維持を保っていますが、エコノミストたちは2016年の日本経済の危険な“爆弾”について語っ
ています。
さて、座談会でエコノミストたちは、日本経済が抱える、もう一つの“爆弾”を指摘しています。
2015年末までは、政府・日銀の目論見どおり、円安が続きましたが、これが2016年には円高に転じるのではないか、という点です。
ある、エコノミストは「現在の円安局面は12年から始まっており、すでに3年が経過した。3年が長いか短いかという議論はあるが、いずれ
にしても循環論的な側面から考えれば、いったん円高トレンドに入ってもおかしくはないよ」と発言しています。
これは、2016年に実現してしまうのですが、それについては次回に考えるとして、最後に、エコノミストたちが危惧する深刻な事態について
触れておきましょう。
それは、こんな言葉で語られました。
円高に振れると、金融機関にとっては大変なことになる。銀行も生命保険会社も為替変動のヘッジをかけないで外債を大量に保有
しており、円高が進むと多額の為替差損が発生するリスクも想定される。
日本の金融機関は、大量の外国債券を保有していますが、その債権は外国通貨建てになっているので、最終的に日本円に戻すと、
買った時より円高になっていれば受取額はその分、減ってしまいます。つまり、為替差損がでてしまいます。
ちなみに、2015年11月のドル=円為替レートは、122.5円でしたが、今年2016年9月のレートは101円でした。この場合、1ドルにつき21円
強(17.6%)の為替差損が発生します。
たとえば、122.5億円相当で購入した外債は、日本円に戻すとき101億円に目減りしていることになります。
もし、この為替差損のリスクを軽減するための措置をとってあれば(ヘッジをかけておけば)―この方法はいくつかありますがここでは説明し
ません―、この為替差損の損害はそれだけ、少なくなります。
しかし、どうやら、日本の金融機関はヘッジをしてなかったようです。
これは、民間の金融機関に留まらず、年金基金など公的な部門にも大きな影響を与えます。
現在、日本の年金積立金の15%を外債に投資していますので、円高による為替差損は私たちの年金の原資にも大きく関わってきます。(こ
れは2016年に現実となりました)
もちろん、再び円安になる可能性もないわけではありませんが、それは当分の間見込めませんから、その間、日本の金融機関は、金融資産を、
何の利益を生まない方法で“塩漬け”しておくことになります。
(注1)http://www5.cao.go.jp/keizai3/2015/1228nk/pdf/n15_hajime.pdf
(注2)http://www.murc.jp/thinktank/rc/column/kataoka_column/kataoka160105.pdf
2016年10月12日閲覧)
(注3)『東洋経済ONLINE』(2015,11.17日) http://toyokeizai.net/articles/-/92813 (2016年10月12日閲覧))
(注4)この座談会の内容は、『日経デジタル』(2015/12/31 5:30 ) http://www.nikkei.com/markets/features/26.aspx?g=DGXLASFL24HC8_25122015000000 に掲載されています。(2016年10月13日閲覧)