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ウェザー・リポート『幻祭夜話』/一番をたくさん針を下ろしたレコード

2013-03-17 01:10:47 | 地球おんがく一期一会


私がジャズを聴き始めた1970年代は音楽ファンにとって特別な時代だったかもしれない。ジャズが電化楽器とロックビートの導入により、なおも現代進行形で変貌し続ける中で、アコースティックジャズの信奉者の戸惑いと拒否反応も蔓延していた。

ハービー・ハンコックの『ヘッドハンターズ』がいわばジャズファンには「踏み絵」のような状態になっていて、「これぞ時代の先端を行くサウンド」(認める派)という意見がある一方で、「エレキやロックなんかジャズとして認められない」(拒絶派)という声の方が大きかったように思う。

「ビフォア・アンド・アフター」ではないが、コルトレーンの死を前後して、世代間で「新しいジャズ」に対する見解が分かれてしまった面があるかもしれない。音楽の善し悪しを判断するのは個人の自由とは言え、今は、そんな論争すら起こらないのがちょっと寂しい気もする。

ただ、上の世代にあたる大人たちが何と言おうと、日常的に否応なし耳に飛び込んでくる音に敏感に反応し、そして親しみを抱いてしまうのが「先入観」を持たない音楽大好き少年の特権。だいいち、「ダメだ、ダメだ」と言われるほど聴きたくなるのが人情というもの。

冒頭で「70年代が特別な時代」と書いたのは、コルトレーンの死から数年しかたっていない時期でモダンジャズの世界がまだ近くにありながらも、ラジオ番組からは「新しいジャズ」がどんどん流れ込んでくるような状況にあったこと。民放FM(といっても当時はFM大阪しかなかったのだが)を一日中付けっぱなしにしていたら、必ず何らかの形でいろんな「ジャズ」を聴くことができた。

そんな中にあって、ウェザー・リポート(WR)の音楽はまだ好意的に受け止められていたように思う。ひとつの理由は『ヘッドハンターズ』に比べると「商業主義」の匂いが薄かったからかもしれない。逆に言えば、そのことゆえにRTF(チック・コリア&リターン・トゥ・フォーエヴァー)やハンコックに人気面で先行を許したとも言える。デビュー作の『ウェザー・リポート』から『ミステリアス・トラベラー』までの作品群は中身こそ濃いものの、確かに売れる要素は少ないように感じる。

だから、もし私が最初に買ったWRが『幻祭夜話』でなかったら、このグループに対してさほど親しみを持たずに来たかもしれない。あるいは、『ブラック・マーケット』以降の作品だったらどうだろうか。やっぱり『幻祭夜話』みたいには、それこそレコード盤がすり切れるくらいに、いやすり切れてしまうのが怖いのでカセットテープにダビングして何度も聴くといった状態にはなっていないと思う。

とにかく、このレコード(『幻祭夜話』)に最初に針を下ろした時の爽快感が忘れられない。油井正一さんの「かつて天の川を見上げた彼らが、地上に降りてきて踊り出した。」というアルバム評がすべてを物語っている。「天の川」は1stアルバムで展開された(やや難解な)音楽の比喩で、要は頭でっかちな印象を与えたWRが地に足のついた音楽を展開するグループへと変貌を遂げたことをワンセンテンスで見事に言い当てている。

また、『幻祭夜話』はWRがデビュー作以来初めて完全固定メンバーで録音することに「成功」した作品でもある。とくに、ベースとドラムをアルフォンソ・ジョンソンとレオン・チャンスラー(NDUGU)に任せきれたことが大きかった。それまでのWRの作品は、曲ごとにメンバーが入れ替わるような状況。どこか統一感に欠ける印象を抱かせたのもそんなところに原因がありそうだ。(もちろん、それは後で『ミステリアス・トラベラー』以前の作品を聴いて感じたことなのだが。)

このWRの諸作品の中でも屈指の完成度の高さを誇るアルバムの中での白眉は、A面3曲目“Between The Things”(邦題「股間からの光景」)。導入部、主題提示部、主題展開部、中間部を経て主題再現部に入るといった構成の美しさは、ドイツロマン派の大家の作品をも彷彿とさせる風格を感じさせる。音楽の都ウィーンからやってきたザヴィヌルの面目躍如といったところだろうか。もちろん、WRの看板スターであるウェイン・ショーターのソロもふんだんに盛り込まれていることは言うまでもない。

しかし、私的ベストはNDUGUの多彩な技が愉しめる5曲目の「フリージング・ファイア」。ショーターの白熱のソロも強烈な印象を残す。余談ながら、このアルバムを聴いてNDUGUの大ファンになり、クレジットに彼の名があるというだけの理由で買ったレコードも数知れずということになってしまった。ちなみにザヴィヌルは完璧に役割をこなしたベーシストとドラマーの活躍には大満足だったらしい。

ただ、リーダーのけして易しくはない要求に応えなければならなかった二人にとってはどうだったのだろうか。売れっ子でもあったコンビのことだから、もっと自由に楽しく音楽をやりたいと思ったとしても不思議はない。果たして、間もなく二人はWRから離れることになる。NDUGUに関してはサンタナのドラマーになったことも大きかったようだ。アルフォンソもけして後任者のジャコに実力と人気で追い出された訳ではなく、『ブラック・マーケット』の録音が完了しない段階で自ら退団を申し入れている。

(ジャコがアルフォンソの突然の退団でザヴィヌルが困り果てた折りに、「仕方なく採用されたベーシスト」だったということの経緯はビル・ミウコフスキー著『ジャコ・パストリアスの肖像』に詳しい。)

『幻祭夜話』でモデルチェンジを果たしたWRは次作の『ブラック・マーケット』でさらに人気を高め、『ヘビー・ウェザー』で決定打を放つことになる。しかし、油井正一さんの至言を待つまでもなく、改良された1段ロケットがあってこその3段ロケットだ。2段ロケットともども広く愛されて欲しい作品だと思う。

◆Weather Report “Tale Spinnin’”
1) Man In The Green Shirts (Joe Zawinul)
2) Lusitanos (Wayne Shorter)
3) Between The Things (Joe Zawinul)
4) Badia (Joe Zawinul)
5) Freezing Fire (Wayne Shorter)
6) Five Short Stories (Joe Zawinul)

Joe Zawinul : Keyboards & Synthesizers
Wayne Shorter : Soprano & Tenor Sax
Alphonso Johnson : Bass
Leon ‘NDUGU’ Chancler : Drums & Percussion
Alyrio Lima : Percussion

Recorded at January – February at Los Angels, 1975

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