映画に 乾杯! / 知の彷徨者(さまよいびと)

名作映画に描かれている人物、物語、事件、時代背景などについて思いをめぐらせ、社会史的な視点で考察します。

田舎暮らしの記録 31

2011-03-19 15:20:07 | 映像表現
●20011年2月26日(土)●

■「てっぱん」 映像物語の「力技」■
 NHKの連続ドラマは長い間、見る機会がなかった。ところが、私が子どもの頃からのファンだった漫画家、水木しげるが主人公の1人である「ゲゲゲの女房」をBS2夜の再放送で見るようになってから、面白いと感じたときには見続けるようになった。
 「てっぱん」については、前宣伝は私の好みではなかったので、あまり期待はしていなかったが、「まあ、初回だけは、初週くらいは見ておこう」と思って見ることにした。
 すると、その初回で、映像物語の脚本と演出の技法の力技の冴えを見せつけられて、「これは勉強になる」と感心して見続けるはめになった。また、主人公、あかりの実の祖母、田中初音さんの人物像をいたく気に入って楽しみにしている老母への「付き合い」もあって、はまることになった。

 初回に大きな衝撃を受けたのは、演劇や物語で「俗っぽく」観客をひきつけるための手法が、恥ずかしげもなく、堂々と、その意味ではじつに「あざとく」駆使されれいることだった。
 あの、主人公のあかり(女子高生時代)が実の祖母と衝撃の出会いをする場面である。
 若い娘が海に飛び込む、という電撃的なシークェンス。「ああ、やったぁ。そんなのありかよ!」というのが、私の感想。

 よくあるヨーロッパの小話にこういうのがある。
 小説や演劇であわよくデビューを果たそうとしている若い阿呆や有閑マダムが、百戦錬磨の小説化や脚本家に、ヒットする作品をつくる方法を(恥ずかしげもなく)尋ねる。その答えにはいろいろあるのだが、「妙齢の女性に衝撃的なハチャメチャな行為をさせる、暴言を吐かせるというシーンを冒頭に持ってくるのが望ましい、そうすれば、観客や読者は思わず惹きつけられるだろう」というのがある。
 しばらくして、尋ねた横着者が試作品をもって、アドヴァイザーのもとを訪れて、見せると、
「おい、てめえ、その手をあたいのケツからどけやがれ!」と怒鳴って、好色な男性貴族をはねのける、これまた貴族の令嬢または貴婦人が登場する、という物語が書かれていた。

 これは、俗受けする物語を茶化すための冗談なのだが、
 要するに、読者や観衆を惹きつけるために、意外な人物に意外な衝撃的な行動・言動をさせたり、驚愕の出会いを演出する技法は、古今東西を問わず、脚本や演出の技法となっている真実を客観的に観察記録でもある。

 すぐれた作品は、相当に洗練させた形で、このようなシークェンスを設定し演出しているのである。

 「てっぱん」は、この究極の技法を駆使している。初回から女子高生を海に飛び込ませるというアクロバットを見せつけた。しかも、このシーンは、主人公が物語の展開上「鍵」となるものとの邂逅のシーンである。ここで、あかりは、実の母親のトランペットを拾い上げ、実母の母である実の祖母と「運命的な出会い」を果たす場面である。
 言ってみれば、まだ霜の降りる初春の寒い朝に、球根が芽吹いたと思ったら、いきなり開花したというような展開である。物語の要素の本質をすべて含み込んだ萌芽がいきなりはじけるように開花した、という感じ。
 物語の展開の端緒をいきなり衝撃的、爆発的な場面で表現する。じつにあざとい手法である。しかも、脚本家=演出家陣は、そのことを冷静に客観的に眺めながら、「どうだい」と見る側に問いかけてくる。
 あざといが厭味ったらしくなる手前で抑制していることも見えてくる。だが、どこか懐かしい田舎芝居の匂いを濃厚に残していもいる。

 相当に力量がないとできない力技である。
 こういうあざとい手法は、先々の展開に自信がないと取れないはずだ。それを、挑戦的に初回から見せつけて「どうだい」と突きつけてくる。
 私は、物語の展開の行方と脚本・演出の技法がどのように繰り広げられるのかという興味で、ついついドラマを見続けることになった。

●20011年3月19日(土)●

■「お見舞い」スキー 野沢温泉■
 今、「山」から降りて用事を済ませ、家に戻ったところだ。
 つい先ほどまで、野沢温泉スキー場のゲレンデにいた。とはいえ、スキーをするというよりも、いつも昼食に立ち寄るレストハウスへの「見舞い」というか「顔出し」をするために。リフト券を買わなければ、行くことがかなわないので、スキーをすることになる。

 先頃の東北・北関東沖の地震ののち新潟県と長野県の境界付近を震源とする地震で、震度6強を記録した栄村の西隣に野沢温泉村がある。新聞やテレヴィでは、一般住宅や宿泊施設には被害が出なかったものの、スキー場施設に被害を受けたと報道していた。
 で、いつ世話になっているレストハウスは大丈夫だったかと心配していた。
 そこで、スキーを兼ねて「見舞い」「顔出し」に出かけたというわけだ。

 スキー場は山頂部を除けば、開場=営業している。だが、震源地の近傍で被害があったという情報が流れたせいか、スキー客(ボード客)は大変少なかった。

 スキー場の状況は次のとおり。
 毛無山の山頂部は、栄村秋山郷をすぎ東に見おろす地点なので、地震の揺れはかなりひどかったようだ。そのために、長坂ゴンドラリフトの山頂駅は部分的に損傷・損壊をこうむった。そこで、ゴンドラは、始発の長坂駅から中間駅までの往復運行に限られていた。
 また、上ノ平フォーリフト(やまびこコースの下まで連絡する長いリフト)も、山頂部の安全確認と修復のために運休。日影ゴンドラは正常に動いている。
 雪が深いので、リフト支柱の土台や基盤を点検できないことも、影響している。雪解け時期まで待って、安全点検と修理をするしかないのだろう。
 その結果、滑走できるゲレンデ・コースは中腹までに限られることになった。
 スカイラインコースへの連絡リフトも動かないので、コースそのものは大丈夫のようだが、滑走できない状態。しかし、湯の峰ゲレンデ、水無・パラダイスゲレンデを含む地帯から下では楽しめる。
 利用できない部分があるので、料金は、春スキー並みの割安料金になっているし、有料駐車場も無料になっている。

 アドヴァイスとしては、やまびこコースのようなゲレンデ・コースを滑りたいなら、水無・パラダイス・牛首コースを滑るという手がある。もちろん、標高は500メートルほど低いので、雪質(もう春スキー)は重い。旋回テクニックが必要なので、技術と体力がいるが、練習には最適。スピードも抑えやすい。
 そのほかとしては、チャレンジ・コースとユートピア・コースが北ないし東向きの斜面なので、雪質は比較的良好だが、それなりに固い。
 この1週間、少しずつ降雪があったので、シュナイダー・コースにはコブ(大きな凹凸)がなかった。少し重めの新雪を楽しむには好適。牛首にもコブはなかった。
 というわけで、山頂部を除けばスキーを楽しむことはできるのだが、キャンセルが続出しているという。
 大震災の直後なので、スキーどころの話ではない、ということなのだろう。

 しかし、近くに暮らす私としては、顔なじみでいつも世話になっている人たちの顔を見たい、キャンセル続出で落ち込んでいるだろうから、(おこがましいながら)見舞いがてら「常連」の顔を見せることが、励ましになると、勝手に思い込んで、出かけることにした。
 レストハウスの人たちには、歓迎してもらった。
「やはり、常連さんの顔を見ると、ほっとする、安心する」と言ってもらった。
 それにしても、スキー場設備の修復・改修には大金がかかることは間違いない。すでに大きな赤字を抱えた上に、現在地震でお客が減っているところに、その資金負担は相当に重いだろう。利用料金に上乗せできる経済・社会状況にはないのだし…。とにかく大変だろう。
 私としては、スキーに出かけて、スキー場に料金を支払う、外湯利用でもカンパをする、くらいしか協力できないが、スキー場の関係者としては、お客の顔を見ることが意欲と希望のもとになると信じるしかない。
 私も午前中1時間ほど滑ったが、コースの点検・調査の意味が強かった。



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