goo blog サービス終了のお知らせ 

松永和紀blog

科学情報の提供、時々私事

津村さんの誠実

2009-05-31 23:52:44 | Weblog
 5月6日付で、「津村ゆかりさんの著書はお勧め」と紹介した。
 その津村さんから、ご連絡いただいた。正誤表を作ったとのこと。

津村さんのウェブサイトの正誤表掲載のお知らせとお詫び

 原稿と図版がそろってからの制作期間が短すぎ、十分な精査ができないまま最終版組みとなってしまったとのこと。津村さんにとってこれが初の単著。最初の本は、いろいろと勝手がわからず、やっぱり大変なのだ。

 お詫びの文面から、津村さんが正誤表を出さねばならなくなった事態に対して、とても苦しんでいることがうかがえる。津村さんが住んでいる「分析化学」の世界は、出したデータが関係者の運命を大きく変えることもあり、世の中でもっとも、間違いが許されない世界かもしれない。そんな日常を送っているが故に、苦しさも人一倍、ではないか。

 でも、世の中の本は意外に間違い、誤植が多い。知らん顔して大幅改訂、増刷することなど日常茶飯事である。私も最初の増刷の時に、大幅ではないけれどちょこちょこ間違いを直してもらう。十分気をつけて目を通し、その分野の専門家に査読もお願いするけれど、どうしてもチェック漏れは出てしまう。完璧はやっぱり無理なのだ。

 だから私は、津村さんの姿勢にむしろ、誠実さを感じた。普通は、「恥ずかしい」とか「ミスを表面化させたくない」という感情が先にたつし、「みんな知らん顔して直しているじゃないか」という言い訳もあって、わざわざウェブサイトで公表することなどしない。
 でも、津村さんは「正しい情報を、読者に届けなければ」という思いで正誤表を出し、私にも「ブログで取り上げて」と連絡してきてくれた。私はますます、津村さんのファンになった。

 正誤表を見る限り、致命的な問題ではないように思う。本の価値が落ちることはない。やっぱり、いい本だ。近々改訂、増刷になるでしょう。

 

遺伝子組み換えサル誕生で、妙に気になったこと

2009-05-29 02:55:04 | Weblog
 小型のサル「コモンマーモセット」の受精卵に、クラゲから抽出した緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子を導入して、組み換えサルを作出することに、日本の「実験動物中央研究所」や慶應義塾大学などの研究グループが成功し、Natureで論文発表された(459号、p523~)。しかも、組み換えサルの精子と非組み換え卵子の試験管受精により産まれた第二世代でも、GFP遺伝子は受け継がれ発現していたとのこと。

 これまで、遺伝子組み換えマウスなどを利用して人の病気の治療法研究が行われていたが、より人に近い霊長類で遺伝子組み換えの手法が確立されたことで、治療法研究などが進展すると期待されている。
 コモンマーモセットは小さく、生後1年で性的に成熟して子どもを作れるようになる。妊娠期間も短く双子をよく産む。実験動物としてとても扱いやすい。人の病気の遺伝子を導入したこのサルを用いて、さまざまな研究ができそうだ。

 もっとも、マーモセットは新世界サルで、旧世界サルよりは種としてヒトから遠いので、実験材料としての限界はあるよ、というようなことも、Natureは掲載号の論文紹介記事の中で解説している。
 それに、日本では動物福祉の観点から怒る人はそれほど多くないだろうが、海外では問題視する人も多そうで、Natureはこのあたりのことも少し丹念に説明している。

 と、科学ライターらしく書いてみたものの、私がどうも気になったのは、ちょっと別のこと。
 論文のFirst Auther(第一著者)は、実験動物中央研究所の佐々木えりかさんで、佐々木さんの貢献が最大であるはず。なのに、どういうわけか日本の多くの新聞は、佐々木さんの名前を出さずに、「慶大が~」「慶大の岡野栄之教授らが~」と書いている。産経新聞も読売新聞も時事通信社もそう。毎日新聞だけ、佐々木さんの名前を出している。

 可哀想ではないか? First Autherの価値はとても大きい。私が新聞記者だったら、佐々木さんの名前を出してあげたい。世間に「この人が、実際に手を動かして頭を使って、論文も書いたんですよ」と教えてあげたい。
 佐々木さんは、実験動物中央研究所マーモセット研究部・応用発生生物研究室・室長だが、慶大ヒト代謝システム生物学研究センターの特別研究准教授も兼務している。だから、新聞記者たちは「岡野教授の方が偉い人で、コメントとしてとりあげるべき」と判断したのかなあ?
 いずれにせよ、日本の新聞記者って、やっぱり研究者に対する愛がないのよねえ、と思ってしまった。

 ちなみに、Natureの論文掲載号の解説記事や、ウェブサイトNatureNewsの紹介記事では、岡野教授の名前なんて登場しない。ひたすら、佐々木さんのコメントが並んでいる。それが当たり前だろう。

 ウェブサイトの記事では、佐々木さんを中心に実験動物中央研究所の5人の研究者がそれぞれ、組み換えマーモセットを抱いて並んでいる写真が掲載されている(この記事は、有料会員しか読めない)。
 5人は大きなマスクをつけて表情はよく読み取れないのだけれど、小さいサルを抱えて胸を張っているのがいい感じ。抱えている5匹の名前はHisui,Banko,Wakaba,Kei and Kou。Natureはやっぱり、頑張っている研究者を愛してますね。だから、研究者が格好良く見える。科学雑誌だから、当たり前か。
 
(追加)
 JSTのサイトに、研究内容を比較的詳しく説明したプレスリリースが出ていました。

科学ライターのお金の話1

2009-05-24 00:55:18 | Weblog
 面白い話を聞いた。日本科学技術ジャーナリスト会議が5月14日に開いた「科学ジャーナリスト賞2009」授賞式でのこと。「『ダーウィン『種の起源』を読む』(化学同人)で大賞を受賞した北村雄一さんがスピーチの中で「年収は200万円だ」と話し、会場がどよめいたというのだ。
 会場にいる人たちは、そんなに少ないとは思っていなかったのだろう。でも、私は深くうなずける。まじめに科学ライターをしていたら、そういうことになる。

 私は会場で直接スピーチを聞けたわけではないので、不躾ながら北村さんにメールを送って「本当ですか? ブログに書いていいですか?」と尋ねてみた。
 やっぱり、私のまた聞きエピソードは、少し違っていた。より正確には、北村さんはこう言ったそうだ。「年収200万を越えるには本を4冊書く必要があり、年収300万を越えることは原理的に不可能である、というか年収はぶっちゃけ200万円台でしてねーあははははー」
 本代や資料代などの必要経費を差し引かない「収入」の話である。ということは、書籍代や学術論文のダウンロード代や電話代や交通費など諸経費を引いた「所得」は……。
 
 北村さんのウェブサイト「サイエンスライターという仕事と展望」でも、がっちりと科学ライターという特殊な仕事について考察してある。
 北村さんは書く。「事実をそのまま伝えるよりも、むしろ人間が受け入れやすいように情報をねじ曲げる/あるいは改ざんした方がよく伝わる」と。その結果は、こうだ。
「サイエンスライターというのは
 余計な仮定をそぎ落し、仮説を選び、その検証を果てしなくくり返す科学という営みと
 効率的に繁殖する噂を作る作業との
 ありうべからざる結婚をとりおこなう職業なのです。」
 
 でも、フリーのライターは文章を売って食って行かなきゃならない。科学を適正に伝えることと売れる文章を書くことが両立できないとなると、次のような可能性が出てくる。
「フリーランスなサイエンスライターは生活をする上で噂の方を優先させ、正確さを犠牲にする
 これは強力な圧力であると言えるでしょう。生か死か?そうなったらそりゃあ噂をとるよなあ」

 科学を適正に伝えるフリーのサイエンスライターが存在しえない、ということになれば、どうしたらいいか? 北村さんはこう提案する。
「国家官僚がサイエンスライターをやればいいじゃないか」

 以上は抜粋なので、ぜひぜひ北村さんのお書きになったものを読んでください。
 北村さんが、ありうべからざる結婚に真摯に取り組んでいる証しが、科学ジャーナリスト大賞受賞であり、年収200万円台なのだろう。本当におめでとうございます。心からお祝いします。

科学ライターのお金の話2

2009-05-24 00:50:38 | Weblog
 北村雄一さんの話だけ書いて自分のことを書かないのは、なんだか卑怯な気がする。それに、「国家官僚がサイエンスライターになればいい」で思い出したことがあったので、ちょっと書いてみる。

 私の収入が新聞記者時代の年収を初めて超えたのは、フリーライターになって9年目の昨年だ。ということは、同期で新聞記者になっている人たち(多くがデスクになっている)と現時点で比較すると、やっぱり収入は大幅に少ない。
 念のため言っておきますが、私は安給料で有名な毎日新聞の出身。朝日新聞の記者と比べたら、うーん、惨めすぎる。
 
 でも、北村さんよりは楽だ。得意分野が「食」なので、原稿や講演依頼が多い。世の中は「食の安全」バブルだったので、ライターも少し恩恵にあずかれた。ちなみに、今年の年収はおそらく昨年よりも下がる。食の安全バブルもはじけたようだ。

 で、私も「国家官僚がサイエンスライターになって科学コミュニケーションもやればいい」と思ったことがあった。
 昨年、○○省系の社団法人から連絡があった。「○○省の地方機関がリスクコミュニケーションを開く計画をしている。講師として紹介したい」とのこと。2時間でギャラは22000円という。

 私の家から会場まで3時間くらいかかる。往復6時間+リスコミ2時間+講演内容を考えパワーポイントファイルを作る時間が少なくとも2~3時間か。テーマは結構手強いものだし、とても割に合うギャラではない。開催者が私のことをよく知っていて、松永でないとだめ、と言っているわけでもない。
 が、社団法人とはこれまでもいろいろと付き合いがあるし、リスコミは消費者の情報収集においては大切なものだ。引き受けた。

 大学の先生が30分話して私が30分話して、1時間が意見交換。普通にやって終わって、講師としては可もなく不可もなく、だっただろう。しばらくしてから、銀行口座にギャラが振り込まれた。驚いた。源泉徴収で1割を引かれた後の額は8370円だった。担当者によれば、「○○省の謝金単価表に基づいています」だそうだ。

 費やした10時間で割ってみて欲しい。私の仕事は、コンビニのパートの仕事より安かった。
 振り返れば、私もずさんだった。その地方機関に事前にギャラを確認しなかった。だから仕方がない。

 安かったことに対する怒りもあったが、この金額、予算で人を使えると考えた組織の体質に仰天した。自分たちは出ずだれかに任せて、それで「リスコミをやりました」と報告書を出して終わり。それは、無責任だ。
 いや、予算額が少なければ、いいかげんな講師しか呼べないはずだ。そして、私がしゃべった。それではだめだ。いいかげんな講師を呼んでいいかげんな情報を流されるリスクを、○○省は考えた方がいい。予算額が少ないなら、自分たちが責任を持って正しい情報を市民に提供し、意見交換すべきだ。

 これが、私が国家官僚に対して感じたこと。北村さんの高尚な話とはまったく違う。恥ずかしい。でも、科学ライターの社会での位置づけの程度を物語るエピソードではあるだろう。
 ちなみに、同じ省の別の地方機関でリスコミに出た時は、もう少し多い額をくれた。でも、大学の先生なら、独立行政法人の研究者なら、給料を得ているから、講演料が1万円や2万円でも平気かも知れないが、フリーではやっていけない。
 科学ライターとしての情報の収集量や市民に提供するスキルが、公にこれほど軽んじられる状況では、科学ライターは食えない。したがって、日本の社会に科学ライターは育たない。

 そんな中でもがきつづける私、である。
 もう一つちなみに。今、私は講演依頼があった時には、科学ライターとして持続可能な生産ができる額がほしい、と説明している。給料という定まった収入がある大学の先生などと同じように扱わないでほしい、とお願いしている。
 ギャラ交渉は、私にとってはかなり大きなストレス。でも、秘書を雇えるはずもなく、自分でやるしかないっ。
 同じ公でも、自治体はちゃんと理解してくれて、呼んでくれたり「予算がないので、今回は見送ります」となったり。本当は、「こんなライター、そんな額出す価値無し」という結論かもしれない。それでもいい。いずれにせよ、すっきり決まる。

 ちょっと感情的になったかな。北村さんに刺激を受けて、妙な方向に暴走してしまいました。うーん、やっぱり恥ずかしいな。
 

米、加、豪の小麦生産者団体が、遺伝子組換え小麦の商業化を求め団結

2009-05-19 01:08:05 | Weblog
 遺伝子組換え小麦を巡る情勢については、遺伝子組換え作物の作付面積が、昨年も増加シンジェンタCEOの、遺伝子組み換え小麦についての発言で触れた。
 そしてまた、動きがあった。今度は、アメリカ、カナダ、オーストラリア三国の小麦生産者団体が、組換え小麦の商業化に向けて共同戦線を張っていくことを明らかにしたという。5月14日付ロイターなどが伝えている。
 「トウモロコシやダイズ農家は、ずいぶんいい目を見てるじゃないか。組換え小麦も同様に商業化してくれないと!」ということのようだ。「生産量は上がるし、殺虫剤への依存度は軽減できるし、よりすぐれた品質の小麦ができる」と、期待は高い。
 耐干ばつ性小麦や窒素分を効率よく利用できる小麦の開発などが強く望まれているようだ。

 だからといって、来年や再来年に組換え小麦が登場するわけではない。実際の上市にはまだ、かなりの年数がかかるだろう。消費者の組換え小麦に対する抵抗感は、飼料用トウモロコシやダイズの比ではないという見方も依然として強い。
 でも、商業化に向けて少しずつ動きが顕在化し、関連する情報が増えてきている。小麦受容のための雰囲気づくりに向けて、着々と布石が打たれている、という印象だ。

鳥取県作成の「まるごとわかる農薬のはなし」

2009-05-08 21:24:41 | Weblog
 鳥取県農林水産部生産振興課の新居さんが、県が今春発行した「まるごとわかる農薬のはなし」という小冊子を送って下さった。
 今年2月、同県農林総合研究所園芸試験場で講演させていただいた時に、「作成中です」と聞かされていたのだが、完成したのだ。
 こちらのページからダウンロードできる。

 これまでも、群馬県が農薬の解説本を出すなど自治体の取り組みはいろいろとあったけれど、消費者を対象にしたものが目立っていた。今回の小冊子は、生産者向けだ。「なぜ農薬を使うのか」という素朴な疑問にはじまり、農薬の作用メカニズムや安全性確保の仕組みなどを分かりやすく解説している。
 
 特に、第三章の「農薬の使用にまつわる注意点」がいい。ラベルの見方や希釈方法、複数の農薬を混ぜて使う場合の混ぜ方、使用回数の数え方など、実地に役立つ情報が盛りだくさん。
 「似て非なるもの」という項目では、同じに思える作物が実は、違う作物として分類されていて使える農薬も異なることを説明している。ネギとワケギとアサツキはそれぞれ使える農薬が違うなんて、知ってましたか? 私は知らなかった。
 「うっかりこんなこと! ありませんか?」では、間違えやすいポイントを列挙。有袋と無袋の梨では、スプラサイド水和剤の使用時期も使用回数も違うとか、スイカの畝ごとに品種や定植時期など変えて収穫時期も異なる場合、間違えやすいので気をつけろ、とか、とても面白い。
 鳥取農業の特徴を踏まえた情報を生産者に提供して、役立ててもらおうという制作者の意気込みが感じられる。

 私は最近、生産者や指導者に講演する時には、「生産者も勉強が必要ですよ」と話している。「生産者が、農薬のことを誤解していて、間違った情報を広めているケースが目立つ。『自家用野菜で、農薬を使っていないから安全だよ』と消費者に言う生産者が未だにいるんです。そんな状態で、消費者に理解して、と頼んでも無理ですよ」と思い切って言う。
 まずは、生産者の理解から。生産者が農薬のことを分かって適正に使えるようになり、そのことを自分の口で消費者に説明できるようになったら、消費者の反応もうんと変わってくるのではないか。

 鳥取県も同じことを考えたようだ。「農薬を安全に使用している! と胸を張って言うことができますか?」と問いかけ、生産者が飽きずに眺めて理解できるように、いろいろと工夫してある。無難さを排して、チャレンジしている。頑張っている。それがとてもいい。

 自治体がまた改めて、生産者の方を向き出した。その一つの表れのように思える。消費者迎合の農業ではなく、生産者も消費者も大切にされる農業であってほしい。


毎日新聞福井版のびっくり対談

2009-05-07 11:35:02 | Weblog
 毎日新聞の福井版に、ものすごい対談を発見!

「太鼓持あらいのほやほや対談」26日スタート、毎月最終日曜日 /福井 

 第1回目がこれ。有機農家のインタビューだ。

 「食の安全・安心を脅かす事件や出来事が後を絶たない。化学物質の過剰摂取が原因とみられる疾患も増え続けている。こうした状況の下、注目されているのが、化学肥料を使わず自然との調和を基本にした有機農業だ」という書き出しで始まる。

 化学物質の過剰摂取が原因とみられる疾患も増え続けているって、うーん、根拠はなんだ? 有機質肥料も堆肥も土壌微生物が分解すると、化学肥料と同じ「化学物質」になっちゃうんだけど…。
 で、一番笑ったのが、この問答。

 「安全、安心」はお座敷遊びにも共通しています。安全でないと人は笑いません。作物も横で笑ってやるとよく育つのでは。

 よく育ちます(笑い)。作物の成長過程は人間の成長とよく似ています。どちらも細胞分裂をして育ちますが、作物は2、3日でどんどん姿を変え、上手に栄養を与えると本当によく育ちます。そして作物も子孫を残そうとする生命力が強い。人間も作物も炭水化物でできていますが、一緒なんですね。
 
 うーん、言うべき言葉が見つからない。この問答の後も、月の引力の話とか、楽しめます。
 太鼓持あらいさんと有機農家がなにを語ろうと結構ですが、こういうのを紙面に載せる毎日新聞って……。

津村ゆかりさんの「図解入門 よくわかる最新分析化学 基本と仕組み」はお勧め

2009-05-06 13:58:24 | Weblog
 ○○社の△△が残留基準を超えていることが分かり、○○社が回収を始めたーー。この手の情報が流れてくると、昔はすぐに、健康影響が出るほどの摂取量かどうかなど、検討を始めていた。
 今はちょっと違う。まず、検出したという数字が正しいかどうか検討するための周辺情報を集める。それは、何度か痛い目に遭っているからだ。

 「○○社は悪いヤツ」という前提で取材していくうちにだんだんと、「どうもおかしい。この分析値、怪しくない?」という心証が深まっていく。どの検査機関が分析したか、どんな方法を用いたか、チャートはどんなものだったか、詳しく情報を集めていくと、「うーん、この分析では、何も言えない。○○社が悪いかどうかなんて、何も分からない。しかも、試料がもうないから、分析が正しかったのかどうか、確認のしようがない」という結論になる。「○○社は悪いヤツ」という思い込みに満ちたそれまでの取材は、水の泡である。

 伊藤ハムのシアン問題が起きたとき、発覚直後に会った同社関係者にまず尋ねたことは、「その分析値は正しいのか?」だった。後から振り返ると、私の最初の疑問は間違っていなかった。

 分析をして正しいデータを出すのは、実はものすごく難しいことなのだ。ところが、世間はそんなことを知りもしない。体重計に乗って数字が出てくるように分析値が出てくると錯覚している人が大勢いる。そして、ひとたび数字が公表されると、その数字が本当はどれほど怪しくても、正しいものとして独り歩きしてしまう。

 まあ、素人ならば体重計の数字という勘違いも許されるのかもしれない。しかし、食品関係の仕事をしている人の中にもそんな感覚の人がいて、品質保証部などに大きな迷惑をかけている。間違った政策や経営戦略にもつながっている。
 企業の無駄、社会の支障にならないように、食のプロらしく少しは勉強してもらいたいものだなあ、などと思っていたのだが、うってつけの本が出た。津村ゆかりさんの「図解入門 よくわかる最新分析化学 基本と仕組み」(秀和システム)である。

津村ゆかりさんのブログ「技術系サラリーマンの交差点」
秀和システムの本の紹介ページ
 


 私が分析に関する情報をネットで収集するようになってもっとも役に立ったのが、津村さんの分析化学のページだった。2003年か04年だったと思う。
 分析をよく知らない人も包括的に理解できるように、実に分かりやすく解説されていた。残留農薬分析や試験技能評価の考え方など、いろいろなことを勉強させていただき、それがポジティブリスト制に関する原稿を書くときなどに随分と役立った。
 私はすっかり津村さんのファンになり、一度お目に掛かりたいものだと思っているのだが、なかなか機会がなくまだ会えずにいる。

 それはさておき、今回の本も、やっぱり分かりやすい。平易な文章で図やイラストも駆使して、1項目2ページで簡潔に解説してある。それに楽しい。独特のユーモアがあるのだ。
 でも、その項目は、単位や機器の原理の説明、「不確かさ」の定義や品質保証の枠組みの解説、廃棄物の処理、コンタミネーション(汚染)の避け方まで、実に幅広い。有効数字と数値のまるめ方など、「ほう」と思う人が多いだろう。私も大学や大学院でHPLCや原子吸光光度計を使っていたけれど、知らなかったことが山ほどあって、読んでいくうちに恥ずかしくなった。

 単に細かく解説されているだけではなく、分析の理念や価値、分析者の責任まで考えさせるような内容になっている。こうした初心者向けの図解本は軽く見られがちなのだが、これはよく考えて文章が練られ章立てが作られている。とてもいい本になっている、と私は思う。

 分析の初学者はもちろん、検査データに関わる仕事をしなければならない人に読んでもらいたい。例えば、生協や企業で品質保証の事務仕事をしなければならない人、企画や広報担当者などである。分析には直接は関わらず、でもデータと無縁ではいられない人にこそ読んでもらって、データの意味を考えながら仕事をしてほしい。

 とりあえずは、興味のあるところを拾い読み、でよいのだ。ざっと目を通した後は棚に置いておいて、その後の仕事の中でちょっとひっかかることがあった時に、さっと広げる、という使い方が良い。例えば、「この数値の誤差は…」と聞いた時に、その項目を探してみる。そうすると、分析化学における誤差には二通りあって、きちんと区別して考えなければならないことが分かってくる。
 そういうことの積み重ねが、数字に振り回されるのではなく、検査データを活かした主体的な仕事につながっていくのではないか。
 とりあえず、私はそうやってフル活用して、数値ときちんと向き合い判断して原稿を書いていこうと思う。津村さん、ありがとう。

(追加)
 6月1日に、「津村さんの誠実」を書きましたので、こちらも読んでください