松永和紀blog

科学情報の提供、時々私事

花王に救われた消費者庁と消費者委員会

2009-10-11 04:39:33 | Weblog
 これはひどい、としか言いようがない。
 消費者委員会の7日の会議だ。ぜひ、日経BP Food Scienceの森田満樹さんの連載「目指せ! リスコミ道」をお読みいただきたい。当日の審議の模様が詳細にリポートされている。議事録がまだ出ていない中での貴重な記録だ。森田さんのことだから、間違いはないはずだ。Food Scienceは有料サイトで月500円。だが、このリポートを読むだけでも十分に価値がある。それくらいすごい審議内容だ。
 私は残念ながら所用で傍聴に行けなかったのだが、森田さん、さすがです。素早いリポートを、ありがとう。今回は、このリポートを引用しつつ、論を進めたい。

 会議ではエコナの問題が取り上げられていて、特定保健用食品(トクホ)の認可について検討されている。だが、多くの委員がジアシルグリセロール(DAG)とグリシドール脂肪酸エステルという二つの問題があることを分かっていない。ごっちゃにしている。
 さらに、「発がん性は一切ないということを担保できて初めて許可を与えるのが普通ではないか」というような発言が出ている。「一切ない」などということは確認できない、という科学的基本が、無視されている。発言した委員は「遺伝毒性で発がん性が疑われているので、遺伝という言葉がある以上、子供孫にかかわる」というトンデモ発言もしている。うーん、この委員は消費者団体の事務局長である。

 結局、問題の本質を科学的に把握しないまま、「トクホは取り消せ」の大合唱。一人の委員だけが「非常に重要なことが分からないという状況がエコナについて発生している。この重要なポイント、分からないということはどういうことか。いったん許可したものを取り消すというのは、消費者庁長官の判断で取り消さないこともできるということだが、今はこの不明であるという状態でどのような判断をするのかとても大切で、このような問題はこれからも起こりうる。白か黒か分からない場合にどういう対応をするか、というのはよく議論していかなくてはならない」と、まともな発言をしている。
 この委員はさらに「このように、どうか分からないということで、物事を決める場合は危なかったという結果と、安全だったという結果の二つがある。その場合に取り消す時、補償の問題も出てくる。そこをきちんとした仕組みをとらないととんでもないことになる」と発言しているが、委員長はまともに取り合っていない。

 どうも、「健康によいとされるトクホに発がん性の懸念なんて、とんでもない」というのが、多くの委員の考え方の根底にあるようだ。だが、トクホがほかの食品に比べてより高い安全性を求められているわけではないはずだ。
 トクホは、厚労省のウェブサイトでは「からだの生理学的機能などに影響を与える保健機能成分を含む食品で、血圧、血中のコレステロールなどを正常に保つことを助けたり、おなかの調子を整えるのに役立つなどの特定の保健の用途に資する旨を表示するもの」となっている。保健機能があるということと、安全性が高いということは、まったく別の事柄である。
 そして、食品中に発がん物質が含まれてはいけないわけでもない。酒も野菜も、発がん物質が含まれている。

 エコナの場合、含有成分が体内で発がん物質に変わる可能性がある、とされているだけで、実際にどうなのかはまだ分からない。リスクの大きさをまだ把握できていない。これまでの実験から、そのリスクはとりわけ大きいとは考えにくいが、「健康上の危惧が存在しないとは言えない」という段階だ。なのに、いきなり「トクホの認可を取り消せ」と迫るとは、なんとも飛躍した議論である。私は、花王を弁護する気はさらさらないし、トクホを守ろうなどという気持ちもないが、このような10年前に戻ったようなゼロリスク志向を認めることはできない。

 もし、消費者庁がこの議論を基に決定を下したら、さすがに食品安全委員会も「科学的に非常に大きな誤解があります」と説明せざるを得ないだろう。この議論を認めたら、これまでの食品安全委員会の緻密なリスク評価はいったいなんだったのか、ということになるからだ。そして、消費者庁と消費者委員会は大恥をかくことになる。
 
 だが、花王が許可の失効届を自主的に出してくれた。その結果、消費者庁と消費者委員会は救われた。よかったね。
 ただし、「食の安全」にかかわる企業や行政の関係者、生協関係者などはみんな、消費者委員会の実力を知った。とんでもない審議内容だったようだ、と私に真っ先に教えてくれたのは、生協職員だった。そのメールには、こう書かれていた。「まるでわかってないおばちゃん達の井戸端会議を覗いてるような…」。たしかに。別の知人はこう言う。「議事録が楽しみだ」。つまり、議事録でどれくらい取り繕われているか、という意味だろう。
 消費者団体も消費者委員会もこの程度、と露呈したことが今後、どこにどのように波及していくのか、見くびっていい加減なことをする企業などが出てこないか、心配になってくる。

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47 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
問題点を読みやすく焦点をあてている (たなか)
2009-10-11 08:22:54
はじめまして。

> 酒も野菜も、発がん物質が含まれている。

そうなんですが、製造する側は、発がん物質云々はどうしても言いにくい。

また、消費者も「ゼロリスク」信仰に陥っている。

>問題の本質を科学的に把握しないまま、「トクホは取り消せ」の大合唱。

変な感情論が支配するので危険、という一例に感じました。

全体的に、読みやすく冷静さのある文章が、へたすると感情的になりがちな問題を冷静に考えるよう促してくれる点に、啓蒙されました。

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Unknown (気ままに自然にマイライフ)
2009-10-11 08:55:01
はじめまして
興味深く読ませていただきました。

>結局、問題の本質を科学的に把握しないまま、「トクホは取り消せ」の大合唱。

こういう事って、昔から結構あることですよね。
委員の選考をキチンとして欲しいところです。

私は以前、仕事の関係で食品衛生指導員をしていたので、食品の事にはいまだに興味があります。
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Unknown (shumei)
2009-10-11 09:15:38
> 保健機能があるということと、安全性が高いということは、まったく別の事柄

おっしゃる通りだと思います。本当にそうですね。

でも、これを理解している人は少ないんですよね~
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花王の逆襲と・・・ (Unknown)
2009-10-11 10:01:01
確かに消費者庁と消費者委員会は花王さんに救われたということでしょうね。
さらに花王さんが改良エコナを申請するということで、鼻高々といったところでしょう。
ただ、食品安全委員会はいやだろうなと思います。 再審査で消費者だけならまだしも消費者庁/厚労省からもすごい圧迫あるでしょうし。
ヤフーのコメント欄にもそういうことを書いてた人がいましたけど、ひょっとしたら安全委員会も厚労省も静かに消えてほしいっていうのが本音じゃないかなと。
吉川教授事件みたいな愚かしい騒ぎだけはもう勘弁してほしいと思います。
この機会に、特保、ひいては新開発食品の必要性について、自然科学的、社会科学的な高レベルの議論が行われることを期待します。
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Unknown (Unknown)
2009-10-11 11:27:40
エコナの場合は「体に良い」として売っていたことと、今回の事実を秘匿していたことが裏目に出ただけでは。
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そう? (不健康第一)
2009-10-11 15:56:45
エコナは体に良いっていうより「体に脂肪がつきにくい」として売ってたんじゃないのかな。実際、脂肪はつきにくいと思うよ。
ていうか、いかなる条件下でも「体に良い」食べ物って、あるのかな。「これは体に良い」なんて宣伝したら、その時点でどんな食べ物であっても詐欺だよね。

あと、事実を秘匿したかどうかは判らないけど、昔から知ってたってことはないでしょ。
この問題が認識され出したのって、世界的に見ても今年のことじゃないかな。エコナがグングン普及した頃に、花王が世界の研究者に先駆けてこの問題に気づいてたとは思えないけど。
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Unknown (みづき)
2009-10-11 16:28:13
 世間一般にはトクホは「国が健康によいとお墨付きを与えた」ぐらいの認識ですから、気持ち悪いんですよ 

 実際花王は「健康エコナ」という名前で売って、そのイメージを最大利用してますから

 エコナはトランス脂肪酸の件ででずいぶん騒がれていたので、ようやく取り消しになったんだとおもってたら違う理由だったんですね~ 
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本題とはずれるのですが. (とおりすがり)
2009-10-11 16:38:22
> 森田さんのことだから、間違いはないはずだ。

科学的な議論をしようというときに,この言及は強すぎるのでは?書くならば「森田さんのレーポートを元にすれば...」とするべきでは.

科学的な議論のようなので,「信じている」ことを断定として表現するのは,かなり慎重にした方が良いと思うのですがどうでしょう?

もちろん「信じている」ことを「信じている」と書くことは良いと思います.「信じる」ことから議論をはじめる科学もありますから.

本論とは異なることですみません.




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コンニチハ (中島尚志)
2009-10-11 17:09:13
見方がユニークですね。教えられました!
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そもそも (つく)
2009-10-11 17:52:10
こうなったらタバコは製造、輸入、販売禁止ってことになったら、おもしろいですね。
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