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インマヌエル宇都宮基督教会牧師 山田 隆・勢津子
 TEL 028-621-8661 ※24時間対応しております

インマヌエル讃美歌

2013年05月31日 04時54分50秒 | インポート
新しき地に(481)
1新しき地にふみいだす
 心にそなえあるやみよ
(くりかえし)
ヨシュアのごとくわれもいわん
「わがやとわれは主に仕えん」

2 試みしげくあるときく
 おそるるこころなきやみよ
(くりかえし)
ヨシュアのごとくわれもいわん
「わがやとわれは主に仕えん」

3むらがるあたもなにかあらん
 先立つきみはイエスなれば
(くりかえし)
ヨシュアのごとくわれもいわん
「わがやとわれは主に仕えん」

4とるべきところなおおおし
 心強くしかついさめ
(くりかえし)
ヨシュアのごとくわれもいわん
「わがやとわれは主に仕えん」

聖書:ヨシュア記24章15節
「私と私の家とは、主に仕える。」
 この讃美歌は宇都宮教会では新年に歌われることが多いのですが、明日から6月、新しい月に踏み出すにあたり、歌いたくなる賛美です。A.O

牧師・聖書に学ぶ会(要約)

2013年05月30日 05時44分31秒 | インポート
・心と体と経済面で戦っている方々に希望と平安があるように。
・学んだ聖書の個所。ローマ1:18~32
1:18というのは、不義をもって真理をはばんでいる人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示されているからです。
1:19 なぜなら、神について知りうることは、彼らに明らかであるからです。それは神が明らかにされたのです。
1:20 神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。
1:21 というのは、彼らは、神を知っていながら、その神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからです。
1:22 彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、
1:23 不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。
1:24 それゆえ、神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡され、そのために彼らは、互いにそのからだをはずかしめるようになりました。
1:25 それは、彼らが神の真理を偽りと取り代え、造り主の代わりに造られた物を拝み、これに仕えたからです。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。
1:26 こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、女は自然の用を不自然なものに代え、
1:27 同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。
1:28 また、彼らが神を知ろうとしたがらないので、神は彼らを良くない思いに引き渡され、そのため彼らは、してはならないことをするようになりました。
1:29 彼らは、あらゆる不義と悪とむさぼりと悪意とに満ちた者、ねたみと殺意と争いと欺きと悪だくみとでいっぱいになった者、陰口を言う者、
1:30 そしる者、神を憎む者、人を人と思わぬ者、高ぶる者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者、
1:31 わきまえのない者、約束を破る者、情け知らずの者、慈愛のない者です。
1:32 彼らは、そのようなことを行なえば、死罪に当たるという神の定めを知っていながら、それを行なっているだけでなく、それを行なう者に心から同意しているのです。





牧師・余白余録

2013年05月29日 04時57分36秒 | インポート
中央公論社 世界の名著 内村鑑三 PP93より
「私は、もろもろの神々の上なる神がいまして私を支えることを知って、こうした神々に祈らなくてももう罰されることなどないのだと確信していたのだった。友人たちには、わたしが心機一転したのがじきにわかった。以前は、神社が目に入ろうものなら、話をやめて黙祷したものなのに、今では登校の途中ずっと朗らかに談笑しているのに気づいたのである。私は「イエスを信じる者」の誓に無理矢理に署名させられたことを後悔しなかった。唯一神の信仰は、私を別人にした。私は豆や卵を食べるようになった。私はキリスト教のすべてが解ったように思った。唯一神という思想は、それほど深く私の心を動かしたのである。新しい信仰がもたらした精神の新たな自由は、心身に健全な作用を及ぼした。私は一そう勉強にうちこむようになった。身体に新しく注がれた活動力に心おどらせて野山を歩きまわり、谷の百合、空の鳥を観察し、大自然を通して大自然の神と交わろうとした。」


牧師・ミニチャーチ集会(兼祈祷会)

2013年05月28日 05時01分14秒 | インポート
・祈りの諸課題の祈祷
・聖書マタイ13:31節。からし種は「どんな種より小さいのですが、生長すると、どの野菜よりもおおきくなる。」43節「そのとき、正しい者たちは、天の父の御国で太陽のように輝きます。」これらは真実です。この二つ、混じりけの無い小さな真実はやがて御国で太陽のように輝く存在になること主は仰せになる、これを信じますか。信じてください。


牧師・礼拝メッセージ(要約)

2013年05月27日 03時56分17秒 | インポート
【先週の礼拝説教回想】5月19日
・説教者 山田 隆牧師
・引照聖句 使徒の働き2章22~28節
・説教題 ペテロの説教
▼主イエスが十字架の死をとげ、復活された後50日目に、約束の聖霊が弟子たちに降り、教会が誕生しました。旧約聖書の刈り入れの祝いと合わせてなされた。教会の誕生記念祝日となりました。「五旬節」とはギリシャ語由来。(レビ記23:15以下)。大麦の初穂の束をささげる日から数えて50日目に行われました。聖霊を主は降されたわけです。ユダヤ人、改宗者たちが当時の世界から祭りとして祝いにエルサレムに上っていた時に起こりました。
ペテロは復活された主の扱いを受けて、主の弟子・それも筆頭に取り立てられました。
▼14節、罪の悔い改めと天からの聖霊の注ぎで、仲間の弟子を立たせて、彼は驚く民衆に語り出しました。その条件は主を裏切ったことを悔いつつイエス様への愛でした。結果、キリストの羊を飼うことを命じられました。民衆へのことばは十字架の死と復活したことでした。人々の悔い改めと、キリストを信じることでした。ペンテコステの経験は、神が内側に内住された経験です。罪の性質がきよめられ、福音を伝える事が神の御心で、自分の使命と思えたのです。
 神の愛と権威と熱心さに満ちたのです。
▼キリストを証しすることと、聖書を土台にして語る器と化しました。凄い経験や大胆で人々を恐れないでやっていることは、奇異なことではなく神が約束しておられたことを強調しております。あくまで神の働きで、自分は神に仕えるしもべに過ぎない精神で語ることができました。
・17~21節は、ヨエル書の2:28~32からの引用。
・25~28節ダビデの詩篇16:8~16です。
・34、35には同じくダビデが証したことを出しております。
▼彼らは聖霊に満たされ、聖書はキリストを証しし、みな関連している事が見えてきたのです。また見るべき聖書のことばが開けるようにされたのです。
皆様方は日ごとの聖書通読を勧められ、長い年月読んでおられる方々もあります。それが聖霊によって現在、神が共にいますことをうなずいておられるはずです。
▼聖霊経験は、深い罪の悔い改めと赦し、神への愛と誠実がそれをもたらせると知ります。ペテロの説教はそれを証しをし、また、私たちも小さなペテロなることができると知ります。
▼ペテロの様に人々に大胆に福音を伝えたい。


牧師・エッセイ

2013年05月26日 20時19分46秒 | インポート
『イエスがキリストであると信じる者はだれでも、神によって生まれたのです。生んでくださった方を愛する者はだれでも、その方によって生まれた者をも愛します。』(ヨハネの手紙第一5章1節)

祈り
☆先週のミニチャーチ集会後、霧降高原を越えて、大笹牧場に出かけ、美しい緑や、雄大な風景を満喫し、至福の時でした。

♪今週半ばの集会案内♪
5月28日(火)聖書に学ぶ会   10:30~
6月 1日(土)公園CS       15:00~ ニュー富士見ヶ丘2号児童公園
教会?028(621)8661

教会学校金言? 『みことばを宣べ伝えなさい。時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。』(テモテの手紙第二4章2節)  迫害をも恐れないステパノの信仰を学びました。

ガーデンスポット
エゴの花  新緑  
 
次聖日、6月2日の礼拝説教  箴言23章12節~25節「箴言の知恵」


ふれあい

2013年05月25日 04時15分07秒 | インポート
〈素晴らしい決心〉
「私は生きているかぎり、主をほめたたえよう。いのちのあるかぎり、私の神に、ほめ歌を歌おう。」詩篇146篇2節
 詩篇146篇から150篇までの5つの詩篇は、昔ユダヤ人たちが、シナゴーグでの毎朝の祈りで唱えたそうですので、ユダヤ人にとってこの言葉は、口をついて出てくる決まり文句のようであったかもしれません。でも、よく読んでみると、素晴らしい「決心」だとお思いになりませんか。
 第一に、生涯持ち続けられるよい決心は、素晴らしい力をもっているからです。
 第二に、生涯神を信じ、神に感謝し、神をほめたたえ続けようという決心は、人生を根本的に変えるからです。私は16歳の時、何のために生きるのか、人生の目的が分からず、生まれてきたことを呪っていましたのに、ある宣教師の導きで、私を愛し、大切にし、救ってくださる全知全能の神、造り主の神、いのちを捨てて私を死と滅びから救ってくださった神様の愛を信じることができるようになり、その時からずうっと「神さま、私はあなたを信じます。愛します。従います。」と感謝し祈り続けたのです。私は変わり、私の家族まで全部変わりました。
 第三に決心して毎日、そしていのちのかぎり、神をほめたたえる生涯は、毎日、新しいチャレンジに満ちた、生き生きとした生涯になるからです。ダビデは「わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。」(詩篇103篇2節)と自分の魂に言い聞かせ、神を感謝しほめたたえ続けましたが、神は日々、新しい祝福で彼を満たしてくださり、彼は「あなたの若さは鷲のように新しくなる」とまで証ししました。
 聖書のことば、 「私は生きているかぎり、主をほめたたえよう。いのちのあるかぎり、私の神に、ほめ歌を歌おう。」(詩篇146篇2節)
「ふれあい」ラジオメッセージ第7集 羽鳥 明著 太平洋放送協会より引用・要約しました。A.O


インマヌエル讃美歌

2013年05月24日 05時25分00秒 | インポート
われはおさなご(157番)
1我は幼子(おさなご)  我主に縋(すが)らん
  小さくあれど  信仰抱(いだ)きて

  (くり返し) 絶えず主イェスの  手に依(よ)り縋(すが)らん
         静けき昼も  風吹く夜も

2などか怖(お)ずべき  我主に縋(すが)らん
  神の御霊(みたま)の  導きあれば

  (くり返し) 絶えず主イェスの  手に依(よ)り縋(すが)らん
         静けき昼も  風吹く夜も

3晴れたる朝も  我主に縋(すが)らん
  嵐の夜は  縋り祈りせん

  (くり返し) 絶えず主イェスの  手に依(よ)り縋(すが)らん
         静けき昼も  風吹く夜も

4息を引くとき  我主に縋(すが)らん
  よし天地(あめつち)は  崩(くず)れ去るとも

  (くり返し) 絶えず主イェスの  手に依(よ)り縋(すが)らん
         静けき昼も  風吹く夜も

聖書:見よ。神が私を殺しても、私は神を待ち望み、なおも、私の道を神の前に主張しよう。(ヨブ記13章15節)
と、ゆるぎない信頼を
 聖書、マタイの福音書18章では
『そのとき、弟子たちがイエスのところに来て言った。「それでは、天の御国では、だれが一番偉いのでしょうか。」
そこで、イエスは小さい子どもを呼び寄せ、彼らの真中に立たせて、
言われた。「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、はいれません。
だから、この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。
また、だれでも、このような子どものひとりを、わたしの名のゆえに受け入れる者は、わたしを受け入れるのです。』と記されています。
幼子のように主をよび求めましょう。A.O


牧師・聖書に学ぶ会(要約)

2013年05月23日 04時42分35秒 | インポート
・とりなしの祈り
・学んだ聖書の個所。創世記3:1~24
3:1 さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神は、ほんとうに言われたのですか。」
3:2 女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。
3:3 しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ。』と仰せになりました。」
3:4 そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。
3:5 あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」
3:6 そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。
3:7 このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。
3:8 そよ風の吹くころ、彼らは園を歩き回られる神である主の声を聞いた。それで人とその妻は、神である主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した。
3:9 神である主は、人に呼びかけ、彼に仰せられた。「あなたは、どこにいるのか。」
3:10 彼は答えた。「私は園で、あなたの声を聞きました。それで私は裸なので、恐れて、隠れました。」
3:11 すると、仰せになった。「あなたが裸であるのを、だれがあなたに教えたのか。あなたは、食べてはならない、と命じておいた木から食べたのか。」
3:12 人は言った。「あなたが私のそばに置かれたこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」
3:13 そこで、神である主は女に仰せられた。「あなたは、いったいなんということをしたのか。」女は答えた。「蛇が私を惑わしたのです。それで私は食べたのです。」
3:14 神である主は蛇に仰せられた。「おまえが、こんな事をしたので、おまえは、あらゆる家畜、あらゆる野の獣よりものろわれる。おまえは、一生、腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない。
3:15 わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく。」
3:16 女にはこう仰せられた。「わたしは、あなたのみごもりの苦しみを大いに増す。あなたは、苦しんで子を産まなければならない。しかも、あなたは夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配することになる。」
3:17 また、アダムに仰せられた。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。
3:18 土地は、あなたのために、いばらとあざみを生えさせ、あなたは、野の草を食べなければならない。
3:19 あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついに、あなたは土に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたはちりだから、ちりに帰らなければならない。」
3:20 さて、人は、その妻の名をエバと呼んだ。それは、彼女がすべて生きているものの母であったからである。
3:21 神である主は、アダムとその妻のために、皮の衣を作り、彼らに着せてくださった。
3:22 神である主は仰せられた。「見よ。人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るようになった。今、彼が、手を伸ばし、いのちの木からも取って食べ、永遠に生きないように。」
3:23 そこで神である主は、人をエデンの園から追い出されたので、人は自分がそこから取り出された土を耕すようになった。
3:24 こうして、神は人を追放して、いのちの木への道を守るために、エデンの園の東に、ケルビムと輪を描いて回る炎の剣を置かれた。
例題 人の神に対する不従順は、なぜいけないのでしょう。