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保守記事.103-5 サブカルチャーかカルチャーか?

2007-09-26 09:56:37 | 記事保守
「先生、私はセーラームーンを見て日本に来たんです」 (中国"動漫"新人類):NBonline(日経ビジネス オンライン)

「先生、先生がもし中国の若者と日本の動漫(アニメ・漫画)について書くのだったら、『セーラームーン』のことを書かなければなりません。あれを無視することはできませんよ!」

 私は現在、帝京大学の「中国文化論」という講義の中で、中国の若者文化を日本人の若者たちに紹介しているが、その受講生の中にいる中国人留学生が、講義を終えて研究室に戻ろうとする私の後を追いかけてきた。社会学を学ぶ大学 3年生、石暁宇(セキ・ギョウウ)さん(女性)だ。

*若い世代にどう日本動漫が浸透したのかを知るチャンス

「書かなければならないって、あなた、それって……」
「いえ、先生。絶対に書いてほしいんです。私が小さい頃、中国には日本のアニメや漫画に出てくる"変身"という概念はありませんでした。けれども中学生になるころ、セーラームーンをはじめてテレビで見てびっくりしました。だって主人公が変身するんですもの。彼女たちは変身して正義のために闘うことを教えてくれた。私たち女の子はセーラームーンに"変身"しては、クラスの男の子をやっつけていました。あんな楽しい思い出を残してくれたアニメはありません。私は、だから日本に来たんです」

 いつもはどちらかと言うと無口で無愛想で、やや批判的な目で講義を聴いているような感じの彼女が、突然私を追いかけてきて「セーラームーン!」と熱く叫びだすとは、何とも意外だった。講義の最初のアンケートには「自分は日本人に中国語を教えているが、中国の文化に関して聞かれることがあり、回答できないことが多いので受講します」と書いていた女性だ。 23歳にしては大人びた顔だちで、体つきも女性としてはいささかがっちりした感じなので、咄嗟にかわいらしい「セーラームーン」のイメージと結びつかず、意表を突かれてしまった。

 ここまで言われては無碍(むげ)に断ることはできない。それに前回お話ししたとおり、中国の若い世代にどう日本の「動漫」が浸透したのかについて、具体的に知るチャンスだ。私はお茶を用意して、彼女の話をじっくりと聞くことにした。

             **************

 石暁宇さんは1983年、中国の北の方にある遼寧省大連市で生まれた。来日は 2003年。幼稚園の時にアニメの「一休さん」を見て、日本の動漫にハマりだした。「一休さんは多くの知恵を教えてくれた。だから、きっと頭がよくなれば人に好かれ、友達ができるにちがいないと思って、たくさん勉強しよう」と幼心に思ったそうだ。

 小学生になると今度は「ドラえもん」だ。「日本の建築や部屋の中のインテリア、ご飯のおかず、お風呂の入り方など、日本の生活スタイルにアニメを通して初めて接して、何てステキなんだろうと思って、日本への憧れを抱くようになったんですよ」。

 アニメが見せてくれる画像は、日本がまるで自分の目の前にあり、手の届くところにあるように感じさせてくれた。テレビの画面は、それこそドラえもんの秘密道具「どこでもドア」そのものだったという。この頃から彼女にとって、テレビの画面は自分を別の世界へ連れて行ってくれる「特別な道具」と化していた。テレビの向こう側の世界は夢に満ち、自分が独占でき、疑似体験をさせてくれる場所への「ドア」だった。

 中国で日本の動漫ブームが凄まじい勢いで起き始めたのは、石さんが中学生になった頃。女の子は「セーラームーン」、男の子たちは「スラムダンク」に夢中になった。スラムダンクは女の子にも人気があったので、バスケットボールがうまい男の子は女の子たちの憧れの的になった。男の子もそれを意識してか、バスケをやる男の子が急激に増えた。クラス全体でも、「スラムダンク」で描かれたような、チームワークの大切さとか、友情の重さとか、頑張るということが「かっこいい」というムードになり、それは勉強の面においてもプラスに働いた。

 中学生の石さんはどんなふうに「セーラームーン」ごっこをやっていたのだろう。何と彼女は仲良しの女の子3人でセーラームーンのグループを作り、昼休みになると急いで弁当を平らげ、その日の闘いのストーリーを練ったという。

 たとえばお弁当にゆで卵があれば、卵を大量に食べさせて悪者をやっつけるストーリーを創り上げる。お弁当を食べ終わるのも待てずに、持っているお箸で「変身」ポーズを決める。

*変身ごっこに明け暮れた中学時代

 「バカか…」とつぶやく男の子がいたら、しめたもの。その男の子を悪者に仕立て上げ、創り上げていたストーリーの罪名をつけて、男の子を 3人でやっつける。男の子がなかなかやられない時は、クラスメートの中の女の子を適宜2人誘って、5人グループでパワーアップして、「月に代わってお仕置きよ!」とやっつける。いくらやられても男の子はさらに笑いものにしようとするので、彼女たちもますますパワーアップして、男の子をやっつけていく。こんなことを来る日も来る日も続けていたそうだ。

 日本の中学生の女子でこれをやっていたら、かなりクラスで浮いてしまいそうだ。当時のクラスメートはどんな雰囲気で彼女たちを見ていたのだろう?

「ぜんぜん普通でしたよ。女の子たちはみんな日本動漫の漫画を描くことに夢中だったし、全員がセーラームーンを見ていたので、私たちの変身ごっこを喜んで見ていました。だからパワーアップする時に加わってもらう 2人も、いつも簡単に見つかったんです」

 大ヒット中のセーラームーンのアニメを見ていない女の子は、クラスに1人もいなかった。毎日、授業の休み時間には前の日のセーラームーンの展開に関してきゃあきゃあと話題が盛り上がる。その輪の中に入れなかったら仲間はずれになるので、ますます全員がきちんと放映をチェックするようになっていた。

 詳しく聞いてみると、さすがに中学生で「変身」は恥ずかしい、というメンタリティはクラスのみんなにもあったそうだ。ところが石さんたちの 3人グループは誕生月が一番遅く、まだ12歳。また偶然にも背が低かった。いわば、小学6年生に近いと思われていて、「この3人がやるのなら」という雰囲気がクラスの中にあった。「私たち3人が先にやってくれれば、自分たちが続けてやっても、そう恥ずかしいことではない、とみんな思っていたようです」と石さん。自分からやりたい、と言い出せないクラスメートたちは、この 3人の変身が始まるのを心待ちにして、パワーアップの時には喜んで「残りの2名」に志願した、というわけだ。その結果、いつのまにかクラスの女の子のほぼ全員がセーラームーンに「変身」したことがあるようになったという。

 そんな娘を、彼女の両親はどう見ていたかというと、これはやっぱり厳しい顔をしていたようだ。

 「アニメの『セーラームーン』は夕方の7時のニュースの前に放映するんですよ。どんなことがあっても、その時間帯だけは、テレビの前にいたいのですが、私の親はその時に限って、『早くご飯を食べなさい』とか『今すぐ食べないんだったら、後で温めたりしてあげないからね』と言っては、アニメを見る私を叱りました。両親とも医者で、かなり厳格なしつけを私におしつけていましたから、うるさくてたまらなかったですよ。『私は今、この画面の中に入りきって、その世界の人間になっている。そこは既にバーチャルな世界ではなく、現実の世界なのだ。そして私自身の世界、私が独占している世界なのだ。邪魔をしないでほしい』って願っていました」

*「Ka-wa-i――!」に憧れる

 何を言われようと、彼女の心は画面の中の世界に首ったけになっていた。日本の制服に憧れた。変身するとセーラー服になるのも美しかった。日本という国には、なんてきれいな服があるのだろうと思った。あの服を着てみたい。主人公のようになりたい。

 セーラー戦士たちがやっつけられそうになると、必ず現れる「タキシード仮面」にも憧れた。いつも冷静で、口数が少ないが、周りの人が困った時だけ現れては勇敢な戦士となって闘う。画面の中で、すっかり主人公になってしまっている彼女にとって、「タキシード仮面」は、彼女自身を助けに来てくれた「王子さま」に思えたそうだ。「もし自分が大きくなって恋人を選ぶなら、絶対にタキシード仮面のような男性を選ぼうと思いましたね」。そういう彼女に「今は?」と聞いたら「あのときの気持ちは大人になった今でも変わらないですよ」。そう、彼女はいまだに、彼女のタキシード仮面が現れるのを待っているのである。

 「名前もストーリーも分からないキャラクターでも、日本のキャラクターの美しさに惹かれて、いろいろなグッズを買いあさりましたよ。メモ帳、ボールペン、便箋、消しゴム、アドレス帳や小物入れ。どれも可愛かったなぁ。こういう時に『 Ka-wa-i――!』と言うのだということを、アニメを見て知っていたので、日本語も分からなかったのに『Ka-wa-i――!』と叫んで、ね」。

 これらの多くは、おそらくコピー商品だったのだろうけれど、日本の便箋や日記帳などには紙の上にキャラクターだけでなく、何だか分からない日本語が書いてある。「どうしよう~!」とか「ウキウキ――!」といった具合だが、その文字までが彼女の目には、きれいに映ったそうだ。

 この文字が読めるようになりたい。そうすれば、自分はもっとセーラームーンの世界に近づける。この憧れがやがて彼女に日本語を学ぼうという気持ちを起こさせる。そして遂に、その日本にやって来たのだという。

 繰り返すが、彼女は今では中国語を教える知的な女性に成長しており、どちらかというと厳格なタイプにすら見える。それが、セーラームーンのアニメのことを語る時は、こんなふうに「中学生の少女」に戻ってしまう。そのくらいこのアニメを愛し、そのくらいこのアニメに影響を受けていたのだ。

*「強い女」志向と、一人っ子政策の影響もあるのかも

 さすがに、石暁宇さんののめり込みぶりが中国の女の子の普遍的ケースとまでは私も思わない。ただ、彼女から聞いたクラスメートたちの雰囲気から考えても、彼女がそれほど特殊だったわけではなさそうだ。

 何でも自分で確認したくなる私は早速、彼女と話した後すぐに訪れた北京の街で、すれ違う20歳を過ぎたと思われる女性たちを次々とつかまえて、昔好きだったアニメについて聞いてみた。答えはまちまちだったが、「自分はやっていないけど、セーラームーンごっこで変身して遊んだ女の子もいましたねぇ」という話をしてくれたり、「『変身』という概念が面白かった」という答えもいくつか返ってきた。なお、若い男性の場合は、「スラムダンクが好きだった」と答える人が共通して多かった。

 最初の回で申し上げたように、私は日本の“動漫”については全く知らないと言っても過言ではない。ただ、中国で生まれ育ち、その後も中国と日本を行き来している者の目からすると、これほどまでにセーラームーンのアニメが受け入れられた理由には、思い当たる点がある。

それは、中国の女性には、ごくごく最近は別として、「可愛い子になろう」「男性の関心を惹き付けよう」とするよりも「強い女になろう」という願望の方が勝っているケースが多いということだ。

 中国では、1949年の中華人民共和国建国以来、「男女平等」が社会的通念となっており、女性が男性に伍して働いてきたという文化的土壌がある。奇妙なもので、「女性に対する尊重心」の結果か、たとえば会社を登記する時など、女性の方が許可が下りやすいという甘い目が社会にあることも否めない。さらに一人っ子政策により 両親にチヤホヤされて、「私は偉いのよ」という自信に満ち満ちた女性も増えてきた。

 そんなこんなで、今の中国では、「女強人」という群像が羽振りをきかしているのが現状だ。彼女たちは「男の庇護の下で可愛がられるような女になろう」とはちっとも考えず、威勢がいい。仕事のできる強い女こそが魅力的だと思っている。それだけに、「可愛い少女」が「強い女」に変身するセーラームーンのような日本動漫は、中国の女の子の心に、すんなりと入っていったのかもしれない。

 では、男の子と日本動漫の関係はどうだろう? 次回は「スラムダンク」を読んで育った男子のお話をしよう。

【過去記事】保守記事.103 サブカルチャーかカルチャーか?
保守記事.103-2 サブカルチャーかカルチャーか?
保守記事.103-3 サブカルチャーかカルチャーか?

保守記事.103-4 サブカルチャーかカルチャーか?


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