THE READING JOURNAL

読書日誌と雑文

「原爆の地 原子のあとのキリシタン」

2008-04-12 | Weblog
「日本残酷物語 現代編1 引き裂かれた時代」

第四章 現代の傷痕 原爆の地 原子のあとのキリシタン

ここから「原爆の地」が始まる。
今日の所は、長崎の浦上で被爆したキリシタンの話。

昭和二十年八月九日、長崎に投下された原爆により、浦上天主堂も壊滅した。浦上教区の一万二千人の信者は八千五百余人を一瞬で失った。
彼らが戦後の歴史の起点とするのは、八月十五日でなく八月九日である。この日より前を「原子まえ」といい、後を「原子あと」と呼んでいる。それは、彼らが近代の始まりを明治維新から語るのではなく、浦上の人々が邪教を信ずる者として流罪になった明治3年の「旅の話」から語る事に似ている。

「・・・・・・わたしは、だれかにかつがれて壕のなかに入れてもらいました。それから砂利のうえの藁を敷いてもらって地べたに寝とりました。すぐに蛆がわいてね。おまけに蠅がたかってその肢がただれた体を刺す。でも蛆めのおかげで命が助かったとわたしは思うとります。あいつらが体の腐れを食べてくれたもんで。
・・・・・・・・・後略・・・・・・・・・・・