ある医療系大学長のつぼやき

鈴鹿医療科学大学学長、元国立大学財務・経営センター理事長、元三重大学学長の「つぶやき」と「ぼやき」のblog

学術文献データベースの読み方(つづき)

2012年07月01日 | 科学

 エルゼビア社のデータベースによる「あまりにも異常な日本の論文数のカーブ」に関連して、学術文献データベースの読み方について、データベースの“くせ”も含めて私の意見をお話しましたが、今日はその追加をしておきます。

 ツイッター上やコメントでもご指摘をいただいたのですが、エルゼビア社のデータベースによる日本の論文数のデータについて、データそのものについての何かのミスや間違いがあることも、可能性としてあげておく必要がありますね。この点については、部会の担当者にエルゼビア社に確認をしていただく必要があると思います。

 前回のブログでは、データベースの論文数は収載した学術誌の論文数なので、実際の論文数の間には乖離があること、そして、収載する学術誌の選択や増やし方によって、各データベースの“くせ”が生じると思われることをお話しましたね。

 前回のグラフ上から、エルゼビア社とトムソン・ロイター社で、論文数は、約1.5倍エルゼビア社の方が多く、トムソン・ロイター社の方が、学術誌を精選していると考えられることをお話しました。

 もう一つ、グラフ上から読み取れる違いとして、1996~2002年ころの横這いに見える時期から、2010年までの増加率を計算すると、トムソン・ロイター社の方が約1.2倍の増加に対して、エルゼビア社の方は、約1.5倍も増えています。つまり、エルゼビア社は、この7~8年、トムソン・ロイター社よりも急速に収載学術誌の数を増やしていることがわかります。これが、コメントでいただいた、エルゼビア社による論文数が2003年以降に飛び跳ねるように増加して見える理由と考えられます。ただし、前回も申しましたようにどちらが実際の論文数の増加のカーブに近いのかは、不明です。

 トムソン・ロイター社は、収載学術誌を精選しており、ある程度の論文の質(?)を反映した論文数ということになると思います。質(?)の高い論文数は、イノベーションとのリンケージの確率が高いこともあり、研究力を推測する指標としては、ひょっとしたら実際の論文数よりも、トムソン・ロイター社などの選択されたデータベースによる論文数の方が適しているという考え方もありかも知れません。研究力は論文の数だけではなく、論文の質(?)にも関係しますからね。

 ここで、論文の質(?)または注目度について、もう少しだけ説明をしておきます。まず、トムソン・ロイター社のデータベースで、相対インパクトという指標があります。これは、世界中の論文(もちろんトムソン・ロイター社のデータベースに収められた論文だけですが)の被引用数の平均を1として、各国や各研究機関の平均被引用数を示したものです。たとえば、相対インパクトが1.5ならば、被引用数が世界平均の1.5倍あるということで、注目度が高いことを意味します。

 下の図は、前回の論文数のデータと同じ国の相対インパクトを示したものです。

 

 

 多くのヨーロッパ諸国では相対インパクトが急速に上昇しており、オランダ、英国、ドイツは、最近まで圧倒的に強かった米国も追い抜いています。日本は0.8から徐々に上昇し、ようやく最近1.0、つまり世界の平均に達しましたが、欧米諸国にかなりの差をつけられています。

 中国、韓国、ブラジルなどの新興国は、0.8程度まで上がってきましたが、この1年急に低下しています。

 このようなカーブをどう読めばいいでしょうか?

 まず、ヨーロッパ諸国の相対インパクトの急上昇についてですが、一つは、もちろん、各国の努力により、実際に注目度が上がったことが考えられます。ヨーロッパ諸国の国際共著論文の比率が約50%と、日本の2倍程度高いことを前回のブログで書きましたが、実は、文科省科学技術政策研究所の阪彩香さんたちの研究で、国際共著論文の方が、そうでない論文よりも注目度が高くなる傾向にあることがわかっています。ヨーロッパ諸国の論文の注目度の上昇は、国際的な共同研究を増やしたことにも関係していると思われます。

 日本の相対インパクトは0.8から1.0に上昇しましたが、これを、果たして、日本の論文の質や注目度の上昇と喜んでいいのかどうか?上がったといっても、まだ世界の平均ですからね。そして、欧米諸国が軒並み急上昇しているカーブに比べると、ずいぶんと差をつけられています。

 新興国のカーブが0.8程度まで上がって、この1年急に低下したことについては、経年的な観察をしないで軽々な判断はできませんが、ひょっとしたら、トムソン・ロイター社が、新興国の学術誌の収載を急に増やしたことが理由かもしれません(確認はしていません)。理論的には、もし、新興国の研究者が多く投稿し、被引用数の少ない論文の多い学術誌がデータベースに収載されると、その国の被引用数の平均値は下がりますからね。

 思考実験ですが、新興国の研究が台頭してくる初期の段階、つまり、新興国の学術誌がデータベースにどんどん収載されて増えつつある状況を考えてみましょう。先進国の研究者は、まだ、新興国の研究者の論文をあまり引用していません。新興国の研究者は、初期の段階では、実績のある先進国の研究者の論文を数多く引用せざるをえません。このような新興国の学術誌収載により、先進国の研究者の被引用数は増え、また、被引用数の少ない新興国の論文が増えるので、先進国の相対インパクトは“自然”に上がることになります。

 これは、あくまで空想であり、確認をしているわけではありませんが、私の言いたいことは、理論的には新興国が台頭してくる時期には、先進国の相対インパクトは上昇しやすいと想像されますが、そういう状況の中で、日本の相対インパクトが0.8から1.0に上昇しても、まったく喜べないのではないか、ということです。

 以前のブログでもお示ししていますが、日本の論文の質(?)を考えさせられるデータを再掲しておきましょう。ただし、これは臨床医学分野だけのデータです。パブメド(PubMed)というアメリカ政府機関が提供している医学関係だけの学術文献データベースがあり、ウェブ上で公開されていますので、これを用いて豊田と北大病院内科の西村正治教授が分析したものです。パブメドが選んだ著名な臨床医学誌119誌の掲載論文を参照することができるサービスを用いて分析しました。

 

 そうすると、2003年頃から日本の論文が激減していることがわかりますね。臨床医学だけの分析ですが、有名な学術誌に日本の論文が急速に掲載されなくなっていることがわかります。これは、日本の臨床医学の論文の質、あるいは質の高い論文数の相対的低下を意味するものと考えています。

(このブログは豊田個人の感想を述べたものであり、豊田が所属する機関の見解ではない。)

 

 

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1 コメント

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Unknown (たとえば)
2012-07-03 12:10:25
日本の論文数と経済成長率との相関を70年代くらいからとってみると興味深いのではないでしょうか。
ぜひよろしくお願いいたします。
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