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岩山をよじ登ったり、ぬかるみを歩いたり、ごつごつした石の上を歩いたりすると、当然足が痛む。
それも毎日、毎日歩き続けるのである。厚底の登山用の靴を履いていても、いかにも慣れていないので、小指が擦り切れ、踵が靴の内側とこすりあって耐えられないくらい痛むようになる。
薬を取り出し手当をしたり、絆創膏を貼ったりしても効果がない。挙句には、靴を脱いでしまって靴下だけで歩くことになった。足が直接地面にあたる感じで、石ころを避けながら歩いていたが、それでも靴を履いて歩いていた時より痛みを感じない。そのうち慣れてきたのか、靴下も脱いで、それこそ裸足で何日も歩く羽目になった。おかげで、小指の痛み、踵のすり切れは、小康を得た。一時は、どうしようもなく、家に帰ってしまうほうがいいのではと考えたこともあった。
夕方野営する場所を決めてから、近くの水場に行って、足の痛い部分を洗い、薬で消毒したりしていた。
時々「Hot Spring」と書かれたロードサインに出くわすことがある。これは温泉があるしるしで、このときは、裸で、温かい温泉につかって体も心も癒すことができた。
大体は、川岸の岩場を誰かが丸く掘ったもので、天蓋、囲いなどなく、野趣あふれる、ちょうど日本の露店風呂みたいになっていて、裸で入っていると、周りの山や川の景色が一望できた。
のんびり小鳥たちの声を聞きながらしばらく温まると、また頑張ろうかなあという浩然の気を養うことができたのである。
ついでに下着など衣類を洗濯したこともある。誰かに教わったことであるが、スイムウエアのような繊維で出来ていて体に密着する下着が、温かく、洗っても速乾性になっているようで、これは重宝ですよ、ということだったので、今度サプライ・タウンに行ったときに、探してみようかと思っている。
ゴールをまじかにして、もう必要ないからとあるハイカーから、ナイロン製の軽いロープをもらった。
ロープが必需品だと知ったのは、ずいぶん経ってからだった。
キャンプサイトで、宿泊するとき、ハイカーの皆さんは、リュックを地面に置かず、高い木の枝などにロープを渡し、吊り上げている。
これは、クマなど食べ物を狙ってやってくる動物は、リュックサックを食いちぎり、中の食べ物を食べつくして去っていく。
ボランティア団体などが、野営地の高い木などにロープを吊り下げてくれているので、それを利用することもできるが、ロープなどないところもあって、そのようなときは、自分で適当な木の枝を見つけ、ロープを渡し、リュックなどを釣り上げる必要があるのだ。
別の人からは、水を浄水する装置をもらった。
ビニールの袋に水を入れて、プラスティックのボトルを装着し、木にぶら下げておくと、水滴がボトルのほうに流れ落ちて、ろ過され、浄水化されて飲み水になる。
ちょっとレモンエッセンスを加えると、これが、本当においしい水になるのである。このようなものがあるとは知らなかった。
各州のボランティア団体が、トレイルの維持管理をしている。
ロード標識の設置、道やキャンプサイトの清掃、防護壁、吊り橋の設置、案内板を作ったりと、これらは、ハイカーたちにとってはありがたい限りである。
矢印に従っていけば先ず道を間違えることはない。
だんだん歩くにつれて、野生動物にどう対処したらいいかもわかってきて慣れてくる。
クマが出てきても慌てない、毒ヘビに出くわしても対処の仕方がある。むしろ愛すべく動物たちのほうが多いのである。
休憩していたら、藪がごそごそ動いて2頭のヤギが出てきた。恐れる風もなく近づいてきて、鼻をクンクン鳴らしながら、ジムの周りを嗅ぎまわっていた。
むき出しの足の脛を舐め始めたのである。何ともかわいい仕草で、ヤギたちをじっと見つめていた。
後日、この話をハイカーの人たちにすると、ヤギはおそらくあなたの足の汗に含まれる塩分を舐めていたのでしょうということだった。
トカゲは、ちょっとグロテスクだが、リスは可愛い。それに人懐こいのである。色とりどりの小鳥たちも、身近にやってきて愛嬌を振りまいてくれる。本当に自然の中にいる実感を楽しむことができるのである。