萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第86話 花残 act.30 side story「陽はまた昇る」

2024-01-01 00:20:10 | 陽はまた昇るside story
その現実に温もりは
英二24歳4月


第86話 花残 act.30 side story「陽はまた昇る」


雪の道、眼の底が染められる。
光の色だ。

「…まぶしいな、」

細めた視界こぼれる声、ただ雪灯りだけじゃない。
左掌そっと右小指ふれる、今抱えこむ現実に呼ばれた。

「ああ宮田、そこを右折したすぐだ。停まってくれんか、」

ウィンカー出してハンドルゆるくきる。
がりり雪削らす振動、停まった登山用品店にドア開いた。

「いらっしゃいませ、って後藤さんか、」

半白の髪ゆれて初老の笑顔ふりかえる。
常連なのだろう、そんなトーンに上司が笑った。

「おう、肘用のサポーターあるかい?」
「あるよ、後藤さんケガしたか?」

訊かれる言葉に息が詰まる。
けれど山ヤの先輩はからり笑った。

「用心のためだよ。俺も齢だからな、肘に負担かけちゃマズイからなあ?」

かばわれた?
つい見つめた横顔が英二をふりむいた。

「おまえさんもサポーター用意しとくが良いよ、若いうちから大事にしとかんとなあ?」

深い眼差し微笑んで自分を映す。
憐憫でも同情でもない、ただ事実を見つめる目に笑いかけた。

「はい、ありがとうございます、」
「うんうん、体の用心とメンテナンスしっかりしとくれよ?ウチの大事なエースなんだからなあ、」

雪焼けした笑顔ほころばす、この眼差しに懐かしくなる。
こんなふう教えられ学んで、たどった時間のまま温かい。

『俺はおまえさんの味方だよ、』

青梅署の駐車場、言ってくれた言葉。
そのままに今ここへ連れて来てくれた、ほっと吐いた息に響く。

『数ヵ月が、君が山で一生を生きられるかの分岐になるということです、』

数十分前、医師に告げられた現実。
あの医師も山ヤで、だからこそ響く言葉に口ひらいた。

「すみません、俺のサポーター選んでもらえますか?初めて買うので教えてください、」
「初めてか、じゃあ寸法からいこう、」

言われて袖をめくった腕、メジャー当ててくれる。
測られていく左右の腕は見ため1ヵ月前と変わらない、けれど診断が映りこむ。

『今の状態なら手術までは必要ありませんが、この神経は回復しにくい神経です。じっくりと回復に務めなければいけません、』

告げられた右腕の現実、ただ受けとめるしかない。
自尊心に焦り刺されて軋む、それを山ヤの警察官にかばわれた。

『用心のためだよ。俺も齢だからな、肘に負担かけちゃマズイからなあ?』

後藤が店主に言った言葉、それが自分も買える流れ作ってくれた。
そうして守ってくれたのはたぶん、自分のプライドだけじゃない。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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