萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第77話 結氷 act.5-side story「陽はまた昇る」

2014-07-03 23:30:00 | 陽はまた昇るside story
snowbank 時の堆積



第77話 結氷 act.5-side story「陽はまた昇る」

古い紙の香、蒼白い蛍光灯、目の前には白髪の老人。

無機質な光にグレーのスーツは泰然と脚を組む、その手はパソコンのキーボードに白い。
もう九十歳を超えるはず、それでも電子機器を遣ってしまう明晰は老人とは言えない。
その瞳は底深く明るい冷酷が聡い、こんな眼差しに英二は詩の微笑を見た。

or but came to cast 
A song into the air, and singing passed To smile on the pale dawn
The sad, the lonely, the insatiable, To these Old Night shall all her mystery tell;

運試しの賽投げつけ
虚ろなる空に歌い、謳いながら透り過ぎ去り、蒼白の黎明に微笑む、
悲哀、孤愁、渇望、 これらの者へ古き夜はその謎すべてを説くだろう。

『The Rose of Battle』

戦の薔薇、そう名付けられた詩を菫色の瞳が謳ってくれた。
ふたつの祖国をもつ瞳は何を想いあの詩を教えてくれたのだろう?

『英二さん、この詩は祖国を護りたい願いが謳われているのです、』

懐かしいアルトの声が微笑んで栗色の髪が陽だまり煌めく。
英国と日本、遠くても海に融けあう菫色の瞳は祖国への温もり微笑んだ。
あの優しい幼い記憶とは真逆の微笑が今は見つめる、そして穏やかな声が問いかけた。

「宮田君、君は蒔田君を信頼していますか?」

ほら、尋問はまた始められる。

優しげな笑顔、声、けれど詰問の底には冷徹が微笑む。
その意図は紺青色の日記と一冊の小説が語る通りなのだろう?
そんな確信は詩からグレーのスーツ姿へ結晶する、けれど朗らかに笑いかけた。

「アイスクライミングを教わりたいと思っています、」

Yes or No どちらでもない答えかもしれない?
けれど山に駈ける者なら答えなど簡単だ、そんな符号に老人は瞳細めた。

「なるほど、蒔田君は北海道の出身でしたね?」
「はい、」

微笑んで頷きながらファイルを閉じる。
本当はコピー機もOFFにしたい、だってもう使わないだろう?

―このまま尋問するつもりなんだろ、でもどう訊く?

ストレートに訊くのか誘導尋問か?
二択に見つめるまま穏やかな笑顔は言った。

「まだ2年目の君が地域部長とそんなに親しいとは面白いですね、鷲田君からの紹介ですか?」

この質問の意図は「数列」祖父のIDが入力された理由だろう?

“ 2151194540 ”

この数列が蒔田のパソコンから入力された、その理由を知りたがっている。
だから蒔田と祖父の接点を探りたい、その接点は自分だと考えることは当り前だ。
この自分が祖父の孫だと知っている、そして自分と蒔田が親しいなら「蒔田の端末から鷲田のID」は考えられる。

―それだと蒔田さんが主犯ってことにされるな、でも防犯カメラは観たんだろうけど、

『宮田君は蒔田君とも親しいのでしょう?昨日も一緒の所を見かけたと聴きました、』

さっき観碕が言った「見かけた」は蒔田の執務室に訪れた1度目を指すだろう。
あのとき防犯カメラに撮られた映像と「鷲田の孫」を結びつければ「蒔田の端末から鷲田のID」に説明はつく。

けれど「映像=鷲田の孫」である確信は無い?

「後藤副隊長のご紹介です、鷲田の祖父と私は親しくありません、」

現実ありのまま答えながら相手の理解構造を辿りだす。
仮定「映像=鷲田の孫」であるなら観碕はどんな推定を組み立てる?

―両方のIDとパスを使ったんだ、それだけの力と理由を俺に見つけられる可能性は、

“ 2151194540 ”そして“ 5921194211 ”この数列ふたつ共に解く理由と証拠は?

なぜ「鷲田の孫」が「観碕の」IDとパスワードを破る「必要」があるのか、その目的は?
それを観碕なら考え無いはずはない、その程度には周到だろう笑顔は穏やかに問いかけた。

「でも鷲田君は君を可愛がっていますよ?宮田次長検事の葬儀でも君をよろしくと皆に言っていました、」
「そういうのお恥ずかしいですね、」

答えながら見つめる先で老人は穏やかに笑う。
あくまで親しげ、そして過去の繋がりから惹き寄せようとする。
こんな応対に意図したいことは「どちら」だろう?その謀りに事実のまま笑いかけた。

「お恥ずかしいついでに言いますが、私は鷲田の祖父に昔から反発しています。先日やっと会いましたが4年ぶりでした、」

先月に会ったことは調べられた可能性が高い。
たぶん蒔田と会ったことも知られている、だから「宮田君は蒔田君とも親しいのでしょう?昨日も」と観碕は言った。
それなら「知られている」ことを逆に利用すればいい、そんな意図と佇んだ蛍光灯に蒼い地下、白髪の微笑は首傾げた。

「4年もですか、それなのに会いに行ったんですか?」
「警視庁の広報に載ったのでその報告に行ったんです、祖父にも立場がありますから、」

この解答は順当な常識だろう?
こんな常識は観碕こそ解かっている、だから異は唱えられない。
そう解かるから答えてファイル示しながら尋ねた。

「観碕さん、いまのコピーに不足ページはありますか?無ければ仕舞ってきます、」
「大丈夫です、ありがとう、」

何事もなく笑ってパソコンにまた向かう。
その白髪ゆたかな横顔は穏やかで悪意など見えない、それは信じているからなのだろう。

A woven silence, or but came to cast
A song into the air, and singing passed
To smile on the pale dawn; and gather you
Who have sought more than is in rain or dew
Or in the sun and moon, or on the earth,
Or sighs amid the wandering, starry mirth,
Or comes in laughter from the sea’s sad lips,
And wage God‘s battles in the long grey ships.
The sad, the lonely, the insatiable,
To these Old Night shall all her mystery tell;

静穏の安らぎ織らす恋人ではなく、運試しの賽投げつけ
虚ろなる空に歌い、謳いながら透り過ぎ去り、
蒼白の黎明に微笑む、そんな相手しかない君よ集え
愁雨や涙の雫より多くを探し求める君よ、
また太陽や月に、大地の上に、
また陽気な星煌めく彷徨に吐息あふれ、
また海の哀しき唇の波間から高らかな笑いで入港し、
そして遥かなる混沌の船に乗り神の戦を闘うがいい。
悲哀、孤愁、渇望、
これらの者へ、盤古の夜はその謎すべてを説くだろう。

『英二さん、この詩は祖国を護りたい願いが謳われているのです、』

二つの祖国を持つ菫色の瞳、あの笑顔が教えてくれた異国の詩を今なぜか想いだす。
そこに謳われている言葉たちと今あの横顔は同じかもしれない。

―でも、それでも俺は赦せない、

祖国を護りたい、それは崇高と呼ばれる想いだろう?
それは半世紀前の日本で現実の願いだった、今も本当は同じかもしれない。
それくらい自分だって理解している、それでも自分にはもう赦すなんて選択肢は消えた。

『お通夜に伺いました、君とも少し話しましたよ、英二君?お母様とも少し話したと思います、鷲田君の御嬢さんだからね、』

こつん、こつん、

書架のはざま歩きながら今の会話が廻りだす、あの言葉に自分の存在が解らなくなる。
大好きな憧れだった宮田の祖父、あの祖父を悼む場で自分は「罠」に仕立てられのだろうか?
そんな可能性に自分が周太と出逢った意味が解らなくなる、その迷いに苛立って尚更もう赦せない。

だって周太、君を護りたい。

―でも観碕は周太と俺のこと解かってないだろな?あの祖父たちの孫の俺だから、

清廉潔白な宮田次長検事、そして鷲田克憲。
あの二人の孫が同性に恋愛しているなんて誰が想うだろう?
そして自分と周太が血縁関係にあるなど普通は解らない、だから馨と自分を重ねることも多分無い。

―馨さんと俺の血縁は知らない、だから「映像」に確信が無くて訊きに来たんだろ?

蒔田地域部長の執務室、あの廊下で防犯カメラに3度映っている。
その2度目と3度目は自分だと解かるだろう、だからこそ1度めの映像が解らなくなる。
だって入室したはずの人間が「退室していない」など有得ない、そして指紋の痕跡にも迷うだろう?

―今日のコピーも顔と指紋の確認だろ?だから余計に迷うだろうな、

昨日、1度目の入室したスーツ姿の貌は「馨」だった。
蒔田のパソコンに残した指紋も全て「馨」ふたつのIDとパスワードに該当するキーボードも指紋は「馨」でいる。
それを調べてくれたなら観碕が訪問した意図は「蒔田と鷲田の接点」と「湯原馨の生存」をこの自分から辿るためだろう。

それは自分を「主犯じゃない」と判断したからだ、そうしたら7年前通り「罠」に自分を使いたがるだろう、それこそ自分の幸運だ?

「…よし、」

独り歩く書架の翳、そっと微笑んでしまう。
さっき「罠」にされたと気づいた瞬間はプライド崩された、解からなくなった。
けれど逆に利用出来てしまうことが嬉しい、だって「罠」を逆に遣われたらどんな貌するのだろう?

“ 1983年 ”

いま手に携えるファイルの事件は一人の男を奈落に落した。
その哀しみも遺された想いも家族も自分は知っている、だから赦せない。
赦せないからこそ自分が利用される事すら使いたいと願う、そんな復讐に微笑んで棚の空白に立止った。

かたん、

微かな音に1983年は陳列されて鎮まらす。
このファイル何倍も詳細つづられた記録も存在する、それを昨日は現実に見た。
あの証拠たち揃えたところで「法の正義」は誰も裁かない、だから自分はあの家に呼ばれたのだろう。

『 La chronique de la maison 』

あの小説に記録された家に自分は呼ばれた。
だから祖母に宛てられた一冊は万年筆のメッセージ遺される。

“ Confession ” 告解

半世紀前に響いた2発の銃声、隠匿された罪と真相、生まれた嘘と涙と束縛のリンク。
あの物語は過去の現実で現在でもある、そんな想い見つめる1983年の向こう内線電話が鳴りだした。

ほら、運命はやっぱり自分に味方する?



(to be continued)

【引用詩文:William B Yeats「The Rose of Battle」】

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山岳点景:夏霧の湖

2014-07-03 22:00:00 | 写真:山岳点景


山岳点景:夏霧の湖

或る日の山中湖です。
霧が濃い日で対岸の山は雲の中でした、梅雨季から夏は見られる風景です。

6月の風景 5ブログトーナメント



第77話「結氷5」加筆校正まだします、
Favonius「少年時譚 act.22」加筆終り、読み直したら校了です。

取り急ぎ、



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雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚141

2014-07-03 00:47:17 | 雑談寓話
週末に本読みまくろうって計画が楽しみです、笑



雑談寓話:或るフィクション×ノンフィクション@御曹司譚141

11月に新しいプロジェクト来た→イキナリ異動になって3週間、
ちょっと落着いてきた頃に元部署の上司から声かけられた、

「俺が居ない隙に異動なんてなあ?ハードらしいじゃないか、」
「ですね、部長はおかげん如何なんですか?」
「もう大丈夫だ、残業は無理できんがな、」

なんて会話しながら廊下を歩いて、今の状況も教えてくれた。

「そのプロジェクトなんだがな、続投は今のところワカランがもう少しで〆だろ?終ったらおまえを戻せって上に言ってあるが、他の部署も同じ感じだよ、」

やっぱりドコも元部署に戻せコールが起きているらしい。
こんな無茶しちゃったトップ判断に疑問になる、そんな隣から上司に言われた。

「でな、御曹司クン雰囲気なんか変わっちまったな?真面目っていうか暗いっていうかで気になるから訊いたらな、おまえが居ないの寂しいってさ、」

そんなこと上司に言ってくれちゃうんだ?

こういうスタンドプレーみたいの困らされながらココ2週間を考えた、
異動1週間後の日曜にゴハン一緒して、それからメールでしか話していない。

そうやって距離とっていけば想い変えてくれる?

なんていう期待から最近ずっと電話はしていない、会っていない、
それで御曹司クンに新しい恋愛が始まる→無事結婚で大団円っていうの期待していた、
だけど上司に言われる程「真面目っていうか暗いっていうか」なのは困る、で、上司は笑って言った、

「あいつも本当に話せるのってオマエだけみたいだしさ、たまには飯とか誘ってやってくれな?モチベーション上げてやってくれ、笑」

これって業務命令?笑

なんて思いながら背く理由なんか無くて、
何言ってイイか解んないまま笑った向こう御曹司クンがやって来た、

「お、ちょうど良いとこ来たな?よろしくなー」

と言って上司は行ってしまい、
代りに少し羞んだみたいな笑顔がやって来た、

「ひさしぶりーなんかホント久しぶりだな?笑顔」

ほんと久しぶり、

って笑顔はなんとなく気恥ずかしそうで、
少し泣きそうにも見えてツイ笑わせたくなったから軽くSった、

「相変わらずヘタレ顔してるね、仕事きっちりやってんの?笑」

すこしムキになって元気になるかな?
なんて思った通りに御曹司クンは拗ねた、

「仕事やってるもんねーでもヘタレ顔は元からですー拗、」

こんな拗ねる位ならソレナリ元気なんだろう?
そんな安心と笑った、

「だね、笑」
「っ、なにその肯定?拗×笑」
「ヘタレはヘタレだからさ、ねえ?じゃあ、笑」

なんて笑って自席へ戻ろうとして、
でも御曹司クンに呼び止められた、

「あのさっ、今夜電話するから、」

今夜=金曜夜、だから遅くなっても差し支えない。
そういうの解かって言ってくれているんだろう、そう解かるから断る理由も結局は見つからない。


とりあえずココで一旦切ります、続きあるんですが反応次第でラストで、笑
Aesculapius「Saturnus16」&不定期連載「Lost article 21」読み直したら校了です。
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取り急ぎ、




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