今日は、この夏に行ったボランティア体験から、考察をまとめてみました。
まず、一番に感じたことは・・・・・
どんなに些細なことでも、当たり前のことはなく、感謝に通じるということ。
平凡な毎日が、どんなに感謝で一杯であるかを感じています。
幸せに暮らしていたある日、一瞬のうちに何も残さないで、全部が流され、
そればかりではなく、まだ、身内の安否の確認ができないまま、
もう、諦めなければならない現実を受け止めておられる方々。
希望のないようなところに希望をかけて、前向きに生きておられる方々・・・
「仕方がない」という諦めからではなく、
何とか、前向きに生きるために、過去を忘れようとしておられる方々からこのことを学びました。
私の出来ることで、繋がることの大切さ!
私たちは、何らかの形で、いろんな方と繋がっているということを感じました。
そして、それは、小さな力でも、大きな力に繋がっているということも・・・。
私たちの前にボランティアに来ておられた、あるミッションスクール(大学)の生徒さんたちは、
仮設住宅に入っておられる方800人に、最後の日、長野名物のおやきを配られたのです。
それは、少しでも、美味しいものを皆さんに食べて欲しいと、頑張られたそうです。
その夜、私たちも食事の時に、そのおやきをいただきました。美味しかったです。
イエスさまと一緒に行ったこの方々の奉仕は、
被災者の方々の心に暖かく優しく繋がったことでしょう。
吉里吉里海岸の清掃では・・・・
長野からの方々、東京大学の先生と生徒さんたち、岩手からの方々と一緒に奉仕作業をしました。
この清掃によって、子どもたちが素足で砂浜を駆けることが出来るようにという思いを込めて、
暑い中に、砂埃をかぶって・・・頑張りました。
それは、多くの方々の奉仕を、今日、私たちが繋いで行ったのです。
そして、明日は、また、違うグループが、この清掃作業を繋いで・・続けてくださるのです。
私たちが来る前に、イスラエル・パレスチナの子どもたちもボランティアに来られたそうです。
このプロジェクトが長崎を訪れた際、私もその集まりに出席しました。
祖国では、敵対している2つの国の子どもたちは、
日本で初めて自分たちの思いをお互いに話し、そこで、民族間の和解を実現したのです。
この子どもたちが、何日もかかって、菜の花の種を植える土地をきれいに耕してくれたのです。
暑さの中、土埃にまみれて・・・頑張ってくれたから、次の私たちが種を蒔くことが出来たのです。
感慨無量でした。
こうして、次の活動に繋がっていることの確かさを感じました。
愛知の方々が種を届けてくださり、私たちが蒔き・・・・
太陽と水で・・・・大きく育ち・・・・
ここに花が咲いて・・・・多くの人の喜びに繋がるのです。
また、これは思いがけないものでしたが、
帰る時に、東京でお会いしたOさんは、
釜石のベースキャンプでボランティアをされたことを分かち合ってくださいました。
その時は、まだ、大槌のベースキャンプとなるホテルの1階は、ヘドロで一杯だったそうで、
そのために釜石から、ボランティアで、ヘドロをかきだす作業をしたそうです。
そういう活動をしてくださったことによって、今、きれいな環境で住むことができるのだと
感謝しました。ここでも次に繋がっていました。
支援し続けてくださっている方がいらっしゃることへの感謝!
このベースキャンプには、毎日のように支援物資が届きます。
仮設住宅に住む方々に配ったり、またその一部は、ボランティアの方々への食糧にもなります。
いろいろな方々の暖かい心と繋がって、
この奉仕が出来ていることへの感謝が溢れました。
そして、共同体の姉妹とも繋がっていました。
私がボランティアに行くことを快く受け入れ、許してくれたのです。
その間、私がしている修道院での奉仕を変わって引き受けてくれました。
このようないろいろな繋がりの中でできたボランティア活動に、
神さまが豊かな実りをくださったのだと感じました。神に感謝!