モノトーンでのときめき

ときめかなくなって久しいことに気づいた私は、ときめきの探検を始める。

メキシコのサルビアとプラントハンターの物語 No7

2010-06-28 14:41:04 | メキシコのサルビアとプラントハンター
No7:サルビア・パテンスを園芸市場に持ち込んだプラントハンター、ハートウェグ

(写真)サルビア・パテンス
 
サルビア・パテンスについてはここを参照

「サルビア・パテンス」のこれまでの謎
6月ともなるとこの美しいブルーの花が咲く。サルビアの中では大柄な花であり、花数は少なく、しかも一日花では無いが二日程度しか咲いていない。
この印象に残る美しい花なのに、園芸の歴史的記録に残されていない事実がある。

「サルビア・パテンス(Salvia patens Cav.)」の学名は 、1799年にスペインの植物学者カバニレス(Cavanilles, Antonio José(Joseph) 1745-1804)によって命名されているが誰が採取したか不明だった。

一方、ミズリー植物園のデータベースに記録されているコレクター(発見・採取者)で最も早いのは、1863年にエンゲルマン(Engelmann, George 1809–1884)がメキシコで採取したとあるので、命名時期より相当時間がたってからの記録となる。

そして、園芸市場に登場したのは1838年頃とBetsy Clebsch著「The New Book of SALVIAS」に書かれているが、誰が園芸市場に持ち込んだかもわからない謎があった。

この「サルビア・パテンス」を園芸市場に持ち込んだのが、ロンドン園芸協会からメキシコに1836年に派遣されたプラントハンター、ハートウェグ(Hartweg, Karl Theodor 1812-1871)のようだ。
これは、“Mexconnect”というメキシコの専門Webに掲載されたTony Burtonの論文に書かれていて、時期及びハートウェグの探検コースから見ても納得できる要素がある。

ハートウェグが採取した植物で有名なのは、その後大ブームとなったラン、英国では落葉樹が多く針葉樹が少ないこともあり様々な針葉樹などであり、パトロンの園芸協会も興味関心からサルビアは外れていたのだろう。
この「サルビア・パテンス」に関心が向くのは、自然で野性的な庭作りを提唱したウイリアム・ロビンソン(William Robinson 1838-1935)が「英国のフラワーガーデン」1933年版で“園芸品種の中で最も素晴らしい植物のひとつ”と絶賛してからであり、それまで忘れられていたようだ。
“美”とは、それを受け入れる認識が出来ないと美しく感じないのだろう。

ハートウェグのキャリア
1830年代にメキシコを探検したプラントハンターは3人いる。シリーズNo3のフランス人と思われるアンドリュー(Andrieux, G. 活躍した時期1833)、シリーズNo4のベルギーのリンデン(Linden, Jean Jules 1817-1898)とその仲間達。
そして、三番目がドイツ人のプラントハンター、ハートウェグ(Hartweg, Karl Theodor 1812-1871)だった。

ハートウェグは、ドイツ、カールスルーエの庭師の家系に生れ、早くから植物学の英才教育を受けた。パリに出てパリ植物園で働いていた頃、キュー植物園のフッカー(Hooker,William Jackson 1785-1865)にその才能を見出されロンドン園芸協会のプラントハンターとして採用された。

最初の探検旅行は、ハートウェグ24歳のときの1836年にメキシコに派遣された。メキシコが選ばれたのは、この時期には中南米の植物が魅力的であることが知られており、
3年間の予定であったが7年間にもなり、1843年に英国に戻るまでにメキシコ,中央アメリカ、南アメリカとジャマイカを探検し、ヨーロッパで知られていなかった数多くの植物をロンドンの園芸協会に送った。

同時期に中南米で活躍したベルギーのプラントハンター、リンデンも数多くのランを採取し、“リンデンのラン帝国”といわれるほどの園芸種を栽培して販売したが、ハートウェグも数多くのランを採取しランブームを演出した。しかもこの二人は、メキシコとコロンビアで遭遇していてプラントハンターとして熾烈な競争相手でもあったようだ。

ハートウェグが送った植物は、英国で19世紀最高の植物学者と評されるようになるベンサム(Bentham ,George 1800-1884)によって分類され1839年からシリーズで出版した『Plantae Hartwegianae』に記載された。このベンサムは、中南米の植物の権威となり、なかでもシソ科・サルビア属の権威ともなったが、ハートウェグ、G.J.グラハム(Graham, George John 1803-1878)などのプラントハンターが採取した植物標本が彼の元に集まったから整理・分類できた。

英国の素晴らしさは、園芸協会のようなプラントハンターのスポンサーだけでなく、キュー植物園・植物学者などとの連携をとり、実業だけでなく基礎研究も同時に進めたところにありそうだ。ワンソースマルチユースを実践しているところが素晴らしい。
唯一不満なのは、ベンサムも同じだが、植物学者として登場する者の多くが親の膨大な遺産を受け継いだ貴族・富裕階級であり、その資産を使った暇つぶし的、趣味的なところがあることだ。プラントハンターにはこの出自の良さが無く、ハングリーで結果勝負だからシンプルだ。

ハートウェグのメキシコの探検
1836年メキシコの大西洋岸にあるベラクルーズに到着したハートウェグは、ドイツの植物学者サルトリウス(Sartorius ,Carl 1796-1872)を訪ねている。

サルトリウスは、ハートウェグより10年前にメキシコに来て、ユカタン半島の付け根部分に当たる現在ではグアテマラ北部に位置するエル・ミラドールで牧場とサトウキビ農場を経営し、かたわらでベルリン植物園のプラントハンターとしてメキシコの植物を採取して送っていた先輩に当たる。
サルトリウスは、ヨーロッパからメキシコに来た植物学者・プラントハンターが表敬訪問するキーマンとなっていて、ベルギーのプラントハンター、リンデンも彼を訪問している。

ところでこの エル・ミラドール(El Mirador) だが、ジャングルに覆われていたところから1926年にマヤ古代都市がここにあったことが発見されたところであり、紀元前6世紀頃には人口10万人を超える繁栄を誇ったが、燃料となる樹木を刈りつくしたか或いは水がなくなったのか都市を維持できなくなり、放棄されジャングルに覆われていたという古代ミステリーの地でもある。

(参考映像)The Tombs of El Mirador

ハートウェグの歩いたところを地図に描いたが、1836年から1839年までメキシコを探検した。コースは、ベラクルーズからレオン、ラゴスデモレノ、アグアスカリエンテス、そして1837年10月の初めには鉱山町のボラーニョスに着いた。ここからは、サカテカスに向かい、1838年2月にサンルイスポトシに着いた。グアダラハラ、モレリア、メキシコシティと南下し、メキシコシティから英国に収集した植物などを荷造りして送り出した。この中に、サンルイスポトシあたりで採取した「サルビア・パテンス」が含まれていたのだろう。
とすると、1838年に英国に届き庭園に植えられた可能性が高まる。

さらに南下してオアハカ、チャパスに向かい、グアテマラ、エクアドル(1841-1842)、ペルーとジャマイカに旅行し、1843年に英国に戻った。

(写真)ハートウェグの探検コース(黒:第一回、赤:第二回)
  

第一回の探検が大成功だったので、同じ目的で第二回の探検として、1845年から1848年までメキシコ、カリフォルニアへの探検に出発した。
メキシコのベラクルーズに到着したのは1845年の11月で、太平洋側のマサトランに向かってメキシコを横切り、雪をかぶったOrizabas山の東側で「Hartwegia purpurea」と名づけられたランを発見した。

カリフォルニアへの出発は1846年5月まで出来なかった。英国と米国の間でビバカリフォルニアの領有問題があったためで、6月になってやっと出発することが出来、サンフランシスコ、サクラメントバレー、そしてシェラ山麓に旅をした。南方では、ソウルダット、サンアントニオ、サンタルチア山脈を探検し、耐寒性の強い植物。樹木、ランなどを採取し、これらの植物は園芸協会を満足させるものであった。

彼がメキシコの高地で種を集めた多数の針葉樹と彼がうまく耕作に導入した多数の新しいランを含むいくつかの重要な発見をした。

ハートウェグが採取したサルビア
ハートウェグは、メキシコで8種類、その他の地域で8種類、合計16種類のサルビアを採取している。そのいくつかを紹介すると。
(1)サルビア・メリッソドラ(Salvia melissodora)

(写真出典)ボタニックガーデン

メキシコ、シエラマドレ西側の山脈地帯で、チワワから南のオアハカまでの1200-2500mの乾燥した山中に自生し、そのたたずまいは上品であり灰緑色の葉からはグレープの香りがし、Grape-scented sageとも呼ばれている。すみれラベンダーの花にはミツバチ・蝶・ハチドリなどがひきつけられ、初霜の時期から春まで開花する。
日本で育てる場合は、温度管理が重要で軒下などの日当たりが良いところで育てる。
メキシコのタラフマラ族のインディオに解熱剤として長く使われてきたハーブでもある。1837年にハートウェグがメキシコで採取。

(2)サルビア・キーリー(Salvia keerlii)
  

これから人気になるサルビアで、1m×1mのワイドな潅木に育ち、夏から秋にかけて短い花序にライラック色の花が咲き誇る。灰緑色の卵型の葉は芳しい香りがする。
1839年にハートウェグがメキシコで採取。

(3)サルビア・ストロニフェラ(Salvia stolonifera)

(写真出典)
http://home.earthlink.net/~salvia1/SlvSum01.htm#stenophylla

メキシコ・オアハカの2500-3000mの雲霧林に自生する落葉性の多年生植物で、レンガ・オレンジ色の大きな花が特徴的で、1839年にハートウェグが採取した。

(4)サルビア・サビンシサ(Salvia subincisa)
   
(写真出典)Intermountain Region Herbarium Network

直立の小型のハーブであり、深い青紫の中に白いマークが入った花色が美しい。
乾燥した砂地やロードサイドに自生する。葉は鋸状の切れ込みがある細長く、この特色が別名で“sawtooth sage(鋸状の歯のセージ)”と呼ばれる。

(5)サルビア・ビティフォリア(Salvia vitifolia)

(写真出典)
http://mailorder.crug-farm.co.uk/default.aspx?pid=11649

夏から秋にサルビア・パテンスに良く似た大型の美しいブルーの花を咲かせる。葉は、緑色の大きなベルベットのようなタッチの葉なのでサルビア・パテンスと区別しやすい。メキシコ・オアハカの森林の中に生息する。1839年にハートウェグが採取。

ハートウェグがメキシコで採取したサルビアを通してみると、どれも素晴らしい。
メキシコ以外で採取したサルビアを最後に記載しておく。

Salvia derasa (Colombia)
Salvia excelsa (Guatemala)
Salvia flocculosa (Ecuador. Riobamba)
Salvia nana var. eglandulosa (Guatemala. Quetzaltenango)
Salvia pauciserrata (Colombia. Bogata)
Salvia pauciserrata subsp. pauciserrata (Colombia. Bogata)
Salvia rufula subsp. latens (Colombia.)


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5 コメント

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サルビアの季節 (きよみどす)
2010-06-30 21:19:46
今年も素敵なサルビアがたくさん咲いていますね!
中南米には,いろいろな素敵な花があったんですね~~。
今,ワールドカップも,中南米が残っていますね。
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ぽち (きよみどす)
2010-06-30 21:21:52
tesuoさんも応援してました?
返信する
きよみ (キャスパー)
2010-07-01 10:31:23
おはようございます。
中南米はサルビアの宝庫のようで、メキシコから南下していく予定です。
それにしても、日本は実力以上に頑張りましたね。チームワークは、個々人の能力の足し算ではなく二乗に効いている感じです。
大切にしたいものはパートナーシップとチームワークでしょうか?
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ほんとうですね! (きよみどす)
2010-07-04 22:01:50
今回の経験はある意味日本チームの原型になりそうですね。
この上に、さらに、個人の力が、つく事で本当の意味で
強くなるのでしょうね。
まずは、毎回ワールドカップに出場できる力が安定して欲しいですね。
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きよみさん (キャスパー)
2010-07-05 12:31:40
確かに日本チームのこれからの原型になりそうですね。俊輔には気の毒ですが、彼をはずしてからチームが廻り始めたので、選手間の下克上という闘いがあり、カメルーン戦で勝って下克上で外れた選手にも認知されたのでしょうか?
負けていたら出口が見えない泥舟に乗ったチームとなったのでしょう。
優れた一匹狼が群れを作り助け合うことで獲物が多く取れることを学んだと思いますので、優れた一匹狼を育てるにはどうすればいいかということでしょうか?
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