意思による楽観のための読書日記

犬と鬼 アレックス・カー ****

日本はその景観と国土の破壊、文化の破壊にブレーキをかけ、膨大なGDP以上の赤字を解消することはできるのか、筆者の答えは悲観的である。数十年はこのままでもやっていけるだけの蓄えはある、これこそが日本の悲劇だ、と指摘、大正ルネッサンスが崩壊して世界恐慌から太平洋戦争敗戦に至るまで軌道修正できなかった歴史と同じ轍を踏むのではないかという筆者、日本が目覚めるのは、国家的破綻をしてしまったときだという。

【土建国家】ニューヨークで元アンカーマンだったマクニールが広島から東京まで目にした光景は、味も素っ気もない効率一点張りのごみごみした風景、トンネルにはいるとほっとした、という。国中どこでも土地の改良がなされている。幅1メートルの小川もU字型水路に、林道建設のために山腹を爆破、川は土手だけでなく河床まで塗りつぶす。国土交通省は133の河川のうち130にダム建設、流路変更を実施、2800のダムがあるのにさらに500を建設予定だ。山村にとっては不要なダムやテトラポッド、しかし建設を止めると補助金が下りなくなるので止められない。1995年から2007年までに公共工事費として使われた予算は650兆円、同時期のアメリカの3ー4倍である。1993年には海岸の55%、2000年には60%がコンクリートで覆われた。

【治山治水】「埋める・建てる」精神が日本を覆っている。工業化の後に訪れる脱工業化に日本は失敗しているのではないかと指摘。日本人が「落ち葉に迷惑している」という住民の声から木を切り倒すようなことを繰り返しているという。自然である土や泥、落ち葉や昆虫などを不潔と感じ、金属プレートや平らなコンクリートの壁をきれいと感じる日本人の感覚は本当だろうかと疑問を呈する。

【ステロイド漬けの開発】阪神淡路大震災後の汚染土地浄化を怠ったこと、那須近郊での廃棄物処分場周辺で野生生物が死に始めていることへの対応、所沢でのダイオキシン汚染での行政としての対応、すべてが茶番である。ゴミは蓄積する、適切に処理なければ生物や人間にも悪影響が出る、当たり前のことを怠り、経済活動を優先させる、それはステロイド漬けの開発と呼ばなければならない。

【低金利の影響】日本がとっている低金利政策は年金や庶民の資産形成に大きな影響を与えている。企業にとっては資金を安い金利で借りられるだけ借りて、買えるだけの固定資産を買い絶対にそれを売らない、というのが配当をしないなら得策になる。さらに土地を担保に資金を調達、株式に投資すればいいことになる。バブルはこうして形成された。その結果が低金利である。低金利は日米の金融資産格差を大きなものにしている、このことに日本人は本当に気がついているのか。

【技術大国日本】タンカー転覆で流出した油は結局ひしゃくを持った女性達が除去している、ダイオキシンの土壌水源汚染データは公表されない、産業廃棄物処分場からの侵出水には遮水処理をしないで放置する、BSE問題で陽性の牛がいたのに焼却処理処分の確認もしない、これが技術大国の姿である。

【官僚制】典型的な官僚の働き例を挙げている、エアロビクスインストラクター資格を官僚が操る例である。厚生労働省は健康・体力づくり事業財団を設立、健康運動指導士と健康運動実践指導者という二つの資格を与える。厚生労働省と文部科学省は日本健康スポーツ連盟に出資、職種認定を行い、日本エアロビックフィットネス協会を設立して認定証を発行する。文科省は日本体育協会を設立、スポーツプログラマー1種、2種という資格を創出、9万円、50万円という認定料を取り立てる。さらに中央労働災害防止協会は20日間の研修を義務づけ17万円を徴収する。エアロビクストレーナーになるにはこうした研修と資格が必要、と言うわけである。

【外郭団体】道路公団が最大の団体である。事業予算は4兆5000億円、半分は高速道路からの業務収入、残りは財政投融資の4%にものぼる借金である。累積赤字は27兆円、国鉄の28兆円に迫っていて超えることは確実。SAやPAの売り上げは道路施設協会が管理、730億円、しかし協会は道路公団に70億円しか料金を払わず、残りは協会の天下り役人の給料になっている。協会は103の会社に業務を外注、5450億円の売り上げを計上、26000人の社員が雇用されている。道路公団の予算の内、道路管理の儲かる部分は官僚OBのポケットに入る仕組みになっているのだ。既に建設済みの6000Kmの道路に加えて9200Kmの道路を造る、というのはさらなる官僚OBの収入源獲得には必須のものである。

【京都を台無しにしたのは】90年代のことである。90年代だけで京都から4万軒の古い木造建築が消えたという。洗濯物がはためくマンションに遮られた東山の稜線、空を通る電線、大徳寺の中には車が通る道路、比叡山には駐車場と頂上には遊園地、ガソリンスタンドや市バスでは機械音を鳴らし続け、バスの車体には子供の落書きのようなデザインがある。町中の建物のデザインと色彩はバラバラ、だれがこういう京都にしたのであろうか。60年代の京都タワー、90年代の京都ホテル、そして京都駅、住民の反対は押し切られた。先斗町のポンデザールと称される橋の建設は見送られたが中止にはなっていないという。

【ゾーニング】地域を機能的に分類して有効利用することであるが、日本では役所の書類上だけにあって実際にはできたためしがない。住宅地に中古車販売店があり、明かりが煌々と付けられたゴルフ練習場も混在する。ネオンサイン、看板、ライト、広告など、規制はあるのかと思いたくなる。さらに都市を破壊するのが高い相続税と日照権である。相続税が高いため、相続者は土地を手放し、購入者は土地有効利用のために平屋を壊して高層ビルを建てる。日照権の問題から屋上付近は斜めに切られて景観を壊す。容積率の問題より空調設備は屋上にむき出しになりさらに醜悪な景色を都市に作り出す。電信柱と電線はなぜ地中に埋められないのか。優先度、地下化できないのは地震対策と言い訳する不勉強、電柱製造と設置にかかわる利権、PHSの拡大などが原因であるが、責任者は不在である。

【ブレーキ】環境破壊や財政破綻にまっしぐらに進んでいても、官僚にはブレーキをかける仕組みがない。ファンタジアで水をくむ呪文しか知らなかった主人公のようである。序破急という伝統芸能では急は突進であり終局にむかって速く進む、激突でしか止まれないのではないか。

【モニュメント】地方都市には無数のモニュメントが建設されている。岡山県奈義町では磯崎新に美術館建設を打診、書道美術館の構想だったが、磯崎は知り合いの作品2点と妻の作品1点、この3点を展示する現代美術館を作った。町はこれに文句も言えず、美術品の値段3億円を支払った。人口15000人の山口県周東町では公民館を建てるつもりで竹山聖に相談、コンサートホールなら良いよとなり、田んぼの真ん中に屋上に1500人収容の野外劇場を持つコンサートホールができてしまった。建設費は補助金が出たが、維持費は町の負担となる。

【借金】日本の歳入不足額は99年度31兆円、長期債務は395兆円、自治体の歳入不足は160兆円、合計555兆円。国鉄債務、道路公団など財政投資の隠れ借金が数兆円、合計すればGDPの117%にもなる。これは庶民を貧しく、国を経済大国にする、ということが国家目標であれば正しい選択なのかもしれない。

【教育】幼稚園ではみんなと同じ弁当を持ってきて、同じやり方で一緒に遊ぶことを教えられ、小学校では組に分けられて軍隊のように規律を守り時には我慢することを教えられ、中高では学校でも家庭でも規則通りに勉強と生活をすることを求められる。授業内容は記憶と訓練であり、分析や思考ではない。入試のために塾に通い睡眠不足にまでなって入った大学では勉強しなくても卒業させるという高校のおまけのような内容、大学院でも似たり寄ったりでレベルが低くて4年間がもったいない。

【幼稚】日本では手すりにつかまって、降り乗りは続いて、手回り品に気をつけて、傘は忘れないで、などなど大人に対して子供に言うようなアナウンスがあふれている。危険、危ない、という警告が鳴り響く国、これが日本だ。日本人の幼児化ではないか。いまはやりの「かわいい」これも幼児化のひとつである。

【実がない】目的なく進める土木工事、周りの環境とニーズに無関係のモニュメント、歴史や方程式の暗記中心の教育、古きを壊す街づくり、配当を払わない株式市場、利潤を生まない不動産、就職までのつなぎでしかない大学教育、世界を閉め出す日本的国際化、真のニーズに関係のないところに金を使う官僚、粉飾が見破れない企業のバランスシート、環境保護に無関心な環境省、テストされていない模倣薬、官僚による曖昧で秘密嘘の情報操作、人間を運ばず大根野菜を運ぶ地方空港、いずれも実がない。

筆者の結論は、「家路を探し求めるーこれが21世紀の課題だ」

日本人としてここまで指摘されると、反発もしたくなる。破壊や誤りを止めたり、元に戻す動きはあるが、わずかな成果しか出ていないのかもしれない。在日外国人数は増えているかもしれないが、筆者のように日本の歴史と文化を愛した外国人は日本を去っている。日本を訪れる外国観光客数はなかなか増えない。根本原因は筆者が指摘する数多くの問題に根底があるのかもしれないが日本人がゆでガエルになっているので、気づいているのにアクションにつながっていない。教育からのやり直し、時間はかかるがこれが処方箋だと思う。

犬と鬼-知られざる日本の肖像-
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