意志による楽観主義のための読書日記

面白きこともなき世を面白くするのは楽観力、意志に力を与えるのが良い本 *****必読****推奨**閑なれば*ムダ 

誰がこの国を動かしているのか 鳩山由紀夫、白井聡、木村朗 ****

2016年07月29日 | 本の読後感
「永続敗戦論」の著者白井聡は、「戦後政治を終わらせる」で知った。日米安保条約と日本国憲法について、上っ面の賛成、反対、護憲、改憲などではなく、その成立の歴史から、世界情勢の変化を受けて、日本国としての立ち位置を戦後70年という時間軸で見せてくれた。「米国が隠す日本の真実~戦後日本の知られざる暗部を明かす」の著者木村朗は、安保、消費税判断、TPP、原発、メディアの劣化、などにおける米国による日本支配を解説して見せた。鳩山由紀夫はご存知の元首相、「宇宙人」として知られるが、沖縄基地問題では「最低でも県外」でミソをつけた。

本書によれば、普天間の県外移設では外務省の官僚たちがその移転が無理だということを、ヘリコプターの継続運行距離や基地の位置などを根拠にする文書を示して当時の首相であった鳩山由紀夫を説得したという。その根拠がねつ造だった、というのが本書のハイライトである。極秘という印影がある文書を掲載してまでそれを示す。

戦後の政治を長く治めてきたのは自民党であるが、池田、前尾、大平、鈴木、宮沢、加藤と続いてきた宏池会に代表される護憲派であり民権派と、岸、佐藤、中曽根、小泉、安倍とつながる改憲論者、国権主義者の流れに分かれていて、小泉政権のころから加藤の乱があり、民権派の人たちが激減、今や国権派が大勢力をなしているという。現政権でも宏池会の流れをくむのは岸田、谷垣の両氏ではあるが、民権の意見を表面化させることはなくなっている。同じ自民党ではあるがこの20年ですっかりその中身は変容してしまったというのが本書での解説。

さらに、鳩山由紀夫元首相が打ち出した「東アジア地域構想」に一番反発したのがアメリカであり、あらゆる手段でそれを葬り去ろうとする力を感じたという。アメリカのアジア戦略に益がないとみなされたためである。「最低でも県外」の主張は、その入り口から閉ざされていたといえる。

原発問題では、いまだに核攻撃に対する防衛策としての「核オプション」を捨てられないために、原発廃絶ができないと解説、しかし、核による核抑止はいまや意味がなくなったという。核保有国が安保常任理事国だけではない今、無法者の一発で核戦争が始まってしまうリスクが高まっているからである。

さらに沖縄の基地問題、本土の日本人は「日米安保があるから基地はなくせないし、対中国戦略上、沖縄に存在する米軍基地はなくせない」と考えているが、沖縄人からすれば、米ソ冷戦に代わる脅威論が対中国戦略に過ぎない、と見える。テロとの戦いもアメリカの世界戦略に協力させるための一つのきっかけに過ぎない。沖縄の基地問題は、今後の日本の安全保障政策を、相変わらずアメリカとの条約継続で組み立てるのか、世界情勢変化を受けて根本から見直すのかを問いかける問題であるという。それが「永続敗戦論」での戦後レジームからの脱却の主張でもある。

冷戦に代わる中国脅威論で日米安保を継続するのか、それとも国連主導や東アジア構想などに基づく新たな安全保障政策を打ち出すのか、日本は大きな岐路に立っている、という主張である。



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池上無双 テレビ東京報道の「下克上」 福田裕昭 ***

2016年07月20日 | 本の読後感
最近の選挙開票速報は8時の時点で各党の予想獲得議席が「バーン」と画面に出て、そのあとはいかに早く当確を打つか、という報道になり、昔のように11時過ぎても最後まで速報を見てしまう、ということがなくなった。今回の参議院選挙でも8時のNHKで予想獲得議席がでて、その後は改憲勢力3分の2はどうか、に絞られていたように見えた。そこで見たのがテレビ東京の池上さんの速報報道、これは面白かった。ネットなどでは評判になっていたようだが見たのは初めて、当選したインタビューは他局では「おめでとうございます、支持者に一言お願いします」なんていう面白みのないものが多いのだが、池上さんは、タレント候補の政治的知識のなさや見識不足を燻り出すような質問を繰り出している。当選おめでとうインタビューなので、候補者も一瞬顔をしかめるなどの反応もあるが、3分ほどの辛抱で終わりなのでなんとか笑顔を維持している。

今回の参議院選挙の各党首へのインタビューでは、池上さんも党首の方も準備と覚悟があるようで、安倍さん、山口さんは終始笑顔、慣れたものであった。岡田さんは「三重県という一つの地方の結果で日本全国対応の党首が辞任する判断にするというのはいかがなものでしょうか」という池上さんのツッコミに「なんでそんな事を言うのか、地方と全国は切り離して考えています」という回答にならないような返答をしてしまう。今井絵理子さんには「沖縄出身者として選挙中もっと沖縄の問題に触れても良かったのではないでしょうか」というツッコミに「沖縄で育ったのは12年間、実はあまり知らないので、これから勉強します」なんていう正直な答えを引き出す。ビーチバレー選手出身で選出の新人議員は「スポーツ経験を活かしていきたい」と言ったものだから、逆に「それでは具体的にはどのような委員会などで専門性を発揮していきたいのですか」ときかれ「スポーツは文部科学省管轄なのでそうした分野になると思います」と回答、池上さんは専門委員会の具体名を知らなかったのですね、などと解説される始末であった。

池上さんは事前調査もさることながら、その時のインタビューの答えをすぐに逆手にとってのツッコミ質問をするところが強み、他局の局アナやタレント司会者との大きな違いとなっていた。また、各党の支持母体や関連する組織を取材するという企画、今回は自民党が日本会議、公明党が創価学会、民進党は連合、共産党が民青など、これも他局はまずはやらない内容で、面白かった。取材に深みがあるわけではないが、視聴者にそうした存在と各党との関係をお知らせする、という意味はある。

そこで、本屋で見た本書を買ってしまったという次第。内容はすべて見たことの確認ができる内容ではあったが、テレビ東京のプロデューサーが報道番組で他局との違い、特にNHKなど圧倒的なマンパワーで行っている出口調査にはかなわないことを自覚して、当確報道の速さではなく、視聴者が知りたい聞きたいことを候補者、当選者、党首にきくという姿勢を貫いていることを再確認した。テレビの宣伝を本でも行うという意味では、メディアミックスとしては正しい。

最近テレビを見るときに気がついてみると、「ガイアの夜明け」「カンブリア宮殿」「和風総本家」「WBS」ついでにいうと「Youは何しにニッポンへ」など7時のニュースはNHK、そのあとはテレビ東京を見ていることが多い。開票速報の視聴率ではNHKについで第二位、時間帯によっては一位だったとも言うが、それも頷ける。関東テレビ局は3強1弱1番外と言われていたテレビ朝日と東京12ちゃんねるが、地デジ時代になって番組表の構成が変わり、東京では新聞での番組表のチャネルの並びが1,3,4,5,6,7,8というとなり、フジの8ちゃんねるが苦戦している。フジはこの際テレビ東京の姿勢に学ぶところがあるのではないかと感じるがどうだろうか。

テレ東は京都や長野にいる時に見られないのが難点だが、自宅のテレビはREGZAの全番組録画機能でバッチリ抑えているので、1週間まとめてみているので安心。次は都知事選だが、ちょっとした矛盾は、この開票速報を見て投票には行かなかったが、初めて選挙の面白さや、争点に気がつく視聴者もきっと居るという点。選挙前に放送しても見てもらえないし、番組を見て投票しても良かったなと思ってしまう、自己矛盾である。今後の工夫はあるのだろうか。

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大往生したけりゃ医療とかかわるな「自然死」のすすめ 中村仁一 *****

2016年07月19日 | 本の読後感
長年医療に関わってきた筆者、現在は社会福祉老人ホームの所長を務めるが、高齢者、子供を育て終わった人は無理な医療で延命などせず、ガンでも自分の免疫力を頼りにして対応すれば自然に死ねて安楽死ができて幸せな一生を終えられると提唱、筆者は「繁殖期終了の人」と表現するが、一定以上の年齢になれば人間ドックなどの受診はしないほうがいいとすすめる。筆者の介護医療や死生観に共感できるし、本書の最後に示した自分の最期にあたっての「指示書」は自分の指示書にしておきたいと思う。

本書の主な主張は、章立てに明確に現れている、それらは以下のとおり。
1. 医療が穏やかな死を邪魔している。(本人が直せないものを医療は直せるはずがない)
2. できるだけ手を尽くすというのは「できるだけ苦しめる」こと。(延命治療は患者本人にとっては苦しみの延長である)
3. ガンは完全放置すれば痛まない(自然にモルヒネ成分のエンドルフィンが分泌される)
4. 自分の死について考えると生き方が変わる。(生前葬のススメ)
5. 健康には振り回されず、死には妙にあらがわず、医療は限定利用に心がける。(年寄りはどこかが具合が悪いのは当たり前)
6. 私の生前葬ショー(終末医療への事前指示書)

筆者の終末医療に関する事前指示書は次の通り。
「医療死よりは自然死を選択するため、意識不明、判断不能に落ちいった場合には次の指示に従ってほしい。
・できるだけ救急車は呼ばない
・脳の実質に損傷があることが想定される場合には開頭手術はしない
・人工透析はしない
・経口摂取ができなくなれば寿命が尽きたと考え静脈栄養や胃瘻は行わない
・改善の見込みが無い場合には人工呼吸器は取り外す」

さらに、死後の振る舞いについても事前指示をしている。
・臓器提供はしない(臓器提供適応基準によれば、心臓、心肺同時は50歳以下、膵臓、小腸は60歳以下、肺、腎臓は70歳以下、肝臓は年齢制限なし、とのこと)
・葬儀は家族葬とする
・戒名、読経、告別式、供花、香典は不要
・死体処理は凍結完全粉砕か完全に灰にする
・年忌法要、墓石、墓参りは不要

この事前指示書の内容は、以前より私も家族に指示してきた内容とほとんどが一致する。終末医療については、保護者の義務違反には注意が必要、死後の取り扱いについては遺族の世間体や親族の意向もあるはずなので、無理強いは難しい部分もあるものの、本人の意志はあらためて家族に指示しておこうと確信した。


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テレビに映る中国の97%は嘘である 小林史憲 ***

2016年07月18日 | 本の読後感
テレビ東京プロデューサーによる中国体験レポート、タイトルに惹かれて買ってしまった。カンブリア宮殿の番組ディレクターを経て2008年から2013年まで北京支局特派員、中国共産党政府がセンシティブに感じる場所を取材するたびに21回も拘束されたという。

中国の反日デモの実体やチベットウイグル自治区の実体など、なんどかテレビでも報道されている内容であったが、筆者が自分で体験してきたことは実感がこもっていて迫力もある。尖閣諸島の国有化をきっかけとした中国政府の反応と反日デモについても、共産党が容認した、もしくは一部では動員して煽った実体も報告。外交に疎かった民主党政権と当時の石原都知事のゴリ押しをきっかけに、日中国交回復時には先延ばしにしたと言われている「尖閣問題」に火をつけてしまい中国政府の感情を逆撫でした。領土問題を外交交渉に使う口実を与えてしまったとも言える。

中国の農村に出現した「金持ち村」、先進的考えを持ち実行力もある一人の村民により、資本主義的考え方で向上などを誘致して経済的に成功した村を紹介。いまや近隣の村々も合併して発展を続けているが、そのある村民が2013年に死去、今後が心配されている。バブルの象徴のような高層ビルやホテルまで開設しているが、10年以内に廃墟になるだろうと筆者は予言している。

習近平主席が主席就任前には賄賂が横行していた。当時は役人への賄賂に茅台酒がよく使われ、その茅台酒の価格も高騰していた。茅台酒を贈られた側もそんなに酒ばかりは飲めないので再販売ルートも確立していたが、習近平政権になり、賄賂が厳しく取り締まられるようになり、茅台酒の贈答需要が激減、相場も十分の一以下に急落した。

チベット族への直接取材、毒入り餃子事件の犯人の親への取材、朝鮮国境の村での取材なども紹介、突撃取材の精神は素晴らしい。本の内容はここまで。

中国の経済は行き詰まっている、という評価と、中国はまだまだ伸びる余地がある、という評価が入り交じるような現在の中国であるが、南沙諸島問題では難問を抱え込んでしまったように見える。南沙諸島をめぐっての領土問題なので外交問題のように思えるが、実は中国にとっては内政問題、中国国民の愛国心は領土問題で燃え上がってしまっていて、仲裁裁判の結果を受け入れるなどとは決して言えなくなっている現政権、それでも国際的にはそれでは通らないことも明白。今後もG20やASEAN会議などを開くたびに必ず問題になるはずで、どのようにハンドリングするつもりなのか、南沙諸島を埋め立て始めた時にはこういう自体を想定していなかったのだろうか。大きすぎる国家を力で統治し続けるのはかなり困難、という感想を持つ。

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誰が沖縄を殺すのか ロバート・D・エルドリッヂ ***

2016年07月13日 | 本の読後感
日本の神戸大学で政治学博士号を取得、大阪大学国際公共政策研究科准教授ののち2009-2015年まで沖縄の米国海兵隊政務外交部次長を勤めた筆者、日米同盟は最重要の同盟だという主張を背景に、今までの沖縄での基地反対運動の問題点を述べる。

指摘のポイントはいくつかあるが、まとめると次の通り。
1. 沖縄の二大新聞である琉球新報と沖縄タイムズは、基地反対の主張が強すぎて、中立的な報道ができていない。そのために沖縄に住む日本人たちは非常に偏った情報の上に判断を強いられることになっている。
2. 日米安保条約は民主的な手続きを経て日本がアメリカと合意した条約であり、日本の安全保障政策の根幹。歴史的経緯と対中国戦略から沖縄に多くの基地があることは事実であるが、だからと言ってアメリカ軍の基地が沖縄からなくなってしまっていいのだろうか。
3. 紆余曲折はあったが、正当に選挙された仲井間知事が一度は受け入れた辺野古移設、それは、その後政府間の交渉を経てアメリカとの約束にもなった。そののちに選挙で選ばれた翁長知事は、民意だからと言って、一度は国家間で合意した移設を反故にすると主張している。事実よりも感情論が先行した反対運動には、日本国としての安全保障ビジョンが見えず、第二次大戦後の最大のパートナーであるアメリカとの将来を見据えた良好な関係に好影響を与えない。

沖縄での議論の中には、複数の次元(関係)が存在する。日米の二国関係、沖縄県と東京にある政府という国内関係、沖縄県内での南北格差、名護市内でもひらけている西部と人口が少ない東部(辺野古のある側)の格差、辺野古の中にもある賛成派と反対派の対立、そして辺野古に暮らす各家庭内での対立、そして最後に個人の中にさえ存在する反対と賛成のせめぎあい。基地反対運動で表に見えているのは「オール沖縄が反対している」ような報道であるが、賛成派もいてサイレントにならざるを得ない雰囲気がある。基地をなくしたら沖縄の経済問題は解決するのか、教育や福祉、その他の問題はどうなのか。

日米同盟の今後の課題について筆者は次のように示す。
1. 国際安全保障の確保、テロ対策、防衛協力などで集団的自衛権行使が重要である。
2. 中国対策として、責任ある大国としての位置づけを認識させることが重要である。
3. イスラム系社会との融和対策における日米協力。
4. 国際的な経済的格差緩和における日米協力。
5. 地球環境との共生。
ここまでが筆者の主張。
筆者の主張で共感できるのは、事実に基づく報道が重要というポイントである。

沖縄基地問題は、基地の是非の前に、日本の安全保障政策をどうするのか、という判断とその上に立った政策実行が必要である。それは戦後の長きにわたり継続してきた日米安保条約を今後どのようにしていくのか、それともそれに代わる新たな安全保障政策に踏み出すのかという大きな判断であるはず。長期的にはその判断を受けて基地問題はどうする、ということになろうが、現時点では日米安保条約は民主主義手続き的には国民の判断として継続中であり、将来の安全保障政策を示さずして沖縄から米軍を追い出す、ということは非現実的である。しかし、国際情勢の変化と日本や米国の国力変化、時間の経過などの要素を踏まえた地位協定や条約本体も含めた日米交渉の継続も重要。つまり沖縄基地問題は日本の安全保障政策の問題である。

日本政府に求めたいのは、戦後国際社会と約束したポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約を含めた歴史認識をあらためて明らかにすること、そして今後の日本国としての安全保障政策の方向性を示し、国連を中心に米国やその他の国際社会との折り合いをつけていくこと。憲法改正の議論はこうした手順の中の一つだと考える。国民の意見は二分するだろうし、こうした全体像を国民に示したうえでこれが現在の自民党政権でできるのか、はたまた民進党ならできるのかは不明瞭である。しかし中国の動きは海洋法条約に基づく仲裁裁定などもあり一層加速することも予測される。ゆっくりと時間をかけて議論したいところだが、今後数年、何が起きるかは非常に流動的とみるべきだろう。

参議院選挙は政権与党が勝利した結果とはなったが、最適な投票先が見当たらなかった末の投票だったように思える。現時点でいえば二大政党である自民党、民進党のなかから、基本的人権と民主主義を理解し、歴史認識がしっかりしたもっとバランスの取れたリーダーがでてきて、将来ビジョンを示し議論を進める素地ができないものかと期待するところである。

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不愉快な現実 中国の大国化、米国の戦略転換 孫崎享 ***

2016年07月11日 | 本の読後感
元外交官の孫崎享が2011年に執筆した本。日本人が中国の大国化の現実を直視せず、同時に起きている米国の世界戦略転換をも直視できていないことを指摘、対中国戦略の見直しを、多くの日本人が潜在的に持ちたがっている中国に対する優越した意識から変えていく必要があると説く。

1. 経済面で中国が米国を凌駕するのは2020年、その時中国の経済規模は日本の約三倍。中国の国防支出は米国並みを目指しているため、日本の防衛費の12倍となる。
2. 米国はこうした変化を受け、第二次大戦後日本をアジアにおける最重要パートナーと位置づけてきたが、2020年までに中国を東アジアでもっとも重要な国と位置づけるだろう。
3. こうした状況下、米国は日本を防衛するために中国と軍事的対決をすることはない。その条件とは以下のとおり。
 ・中国の核兵器が米国を攻撃できる能力を十分持つ。
 ・日本と韓国に分散した基地しか持たない米国と全土に軍事基地を展開する中国との軍事バランスが中国優位になる。
 ・日本の少子化、高齢化が進展、経済停滞から国際競争力が一層低下する。

こうした認識のもと、日本が尖閣諸島の実効支配を既得権益と考え、中国への敵対的姿勢を継続するなら、中国との軍事的衝突は避けられず、その時には米国は手を出せず、日本に勝ち目はないいだろうと予測する。米国は「領土問題には中立を唱えており、日本の施政下にある場所には安保条約が適用される」としか言っていない。つまり、軍事的に中国が尖閣諸島を実効支配してしまった場合には、その防衛は自衛隊が行うのであり、防衛に成功できない場合にはその場所には安保条約は適用されないと言っているに等しい。

ロシアとの北方領土交渉の中で、ロシアは第2次大戦で国後、択捉を含めた千島列島はロシア領となった、と主張している。つまり、日本はポツダム宣言を受け入れ、サンフランシスコ講和条約で国後、択捉を放棄したはず、だからその事実を認めないかぎり北方4島の交渉には入れないということ。日本政府はポツダム宣言受諾とサンフランシスコ講和条約締結を出発点とする限りはまずはその主張を認める必要がある、というのが筆者の主張。

竹島に対する韓国の主張にも耳を傾ける必要があり、自国の主張のみを唱える外交交渉は成立しないと説く。

ではロシア、中国、韓国という隣国との対話はどのようにするべきなのか。まずは領土問題を武力衝突にしない、という決意が必要。そして、二回の大戦を経てフランスとドイツがEUという形で手を結んだように、領土問題を勝利する、という考え方から離れ、アジア諸国との共存共栄のための戦略を平和的手段で進める方法を探る必要がある。そのためにはASEANや国連の枠組みを活用、米国はこれを望んでいないのだが東アジア共同体構想を進めることが重要と説く。鳩山元首相時代にこの構想を持ちだした時にはすぐさま米国に叩かれ首相の座を追われてしまったが、日米安保条約も含めた大きな枠組を見直す必要があるというのが筆者の認識である。ここまでが筆者の主張。

さて、日米安保条約がある時代しか経験していない多くの日本人にとって、より大きな枠組の安全保障体制を考えて、実現することは可能なのだろうか。ポツダム宣言受諾とサンフランシスコ講和条約、そして日米安全保障条約はそのすべてが現在の日本の出発点となった事柄であり、それらの否定は歴史認識を誤ることに繋がる。つまり、一部の学者や政治家のように占領下のGHQにより押し付けられた憲法だから見直しが必要だ、といっても、現憲法自体を否定することは不可能である。しかし、一方で米国との安全保障条約を見なおし、基地を撤廃してしまったフィリピンは、その後中国に幾つかの岩礁を奪い取られ、慌てて再び米国の軍隊の駐留を認める動きである。ナショナリストである安倍政権下での憲法改正議論に加わりたくはないのだが、憲法を含めた日本の安全保障の枠組みについての議論と将来ビジョンの提示が必要となっていることをひしひしと感じる。

2020年までに、と予測する筆者の言うようにならなければいいが、いざ尖閣列島での有事発生の際に、なにが日本にできるのか、それまでにやるべきことは何か、時間はもう数年しかないということである。

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大人にはわからない日本文学史 高橋源一郎 ***

2016年07月03日 | 本の読後感
筆者である高橋源一郎は、明治学院大学の教授だとのことだが、私にとってはNHKラジオ「すっぴん」の金曜日朝に登場するパーソナリティで、時には新聞紙上で時事評論なども展開する知識人である。「大人にはわからない・・・」というタイトルは「文学史について訳のわからない子供のようなことを言ってみる」ということらしい。作家ではあるが、文学史を何かの学問のように評論するわけではなく、自分の感性と感じ方に素直に従って考えてみたということ。

筆者によれば、日本文学が形作られたのは明治以降であり、その最初が明治17年の三遊亭円朝の「牡丹灯籠」であり、それに続いて18年に坪内逍遥の「小説神髄」、20年には二葉亭四迷の「浮雲」それに続いて「あひびき」が書かれた。最初の言文一致小説は山田美妙の「武蔵野」そして「夏木立」と続く。22年には幸田露伴の「風流仏」、23年には森鴎外の「舞姫」、24年には幸田露伴の「五重塔」26年には北村透谷の「内部生命論」、27年には高山樗牛の「滝口入道」、そして28年に樋口一葉の「にごりえ」「たけくらべ」が登場する。筆者はこの樋口一葉を明治文学の折り返し点と位置づけ、次のように評価して見せる。

「わたしは、一葉の小説の中にあるのは、明治二十年代後半という、興隆しつつある資本主義社会のもと、新しい言語による支配が確立されて行こうとする時代の、そして当然ながら男性中心社会の、そのいずれにおいても少数者であるような若く、金を持たない、教育を受けていない女性のリアリズムではないかと考えるのです。明治28年の読者たち、とりわけ女性たちは、この小説の中に私がいる、と感じたのではないかと思うのです。そして現代の読者の自分たちにとってもにごりえに登場する人物は現代小説に登場してくる人の感想や感覚とほとんど変わらないと思えるのです。」

そのあとに、現代小説の綿矢りさについて目を転じて、「蹴りたい背中」「インストール」を読んで見せる。綿矢りさの比喩を伴う複雑な修飾の多い文章を、現代文学の究極の言語表現であり、小説というのは比喩を書くことであるからその極点にまで到達していると評価する。近代文学というものはあいまいなものに明確な輪郭を与えようとして自然主義的リアリズムを生み出した。目に見えないものを目に見えるように書くことこれがリアリズムの根本である、として綿矢りさを評価する。

筆者は、小説を書く人には、小説家のOS(オペレーティングシステム)というものがある、と表現、作家はそれぞれの範囲で過去の文学作品を読んで、そのうえに自分の作品を書き上げる。現代の小説家なら少し昔から現代までの小説を読んでいるだろうし、そしてその作家が生きてきた近い過去から現代の社会環境の影響を受けている。そしてそのOSは20世紀末で新しいものに入れ替わったのではないかと表現する。つまり作家の世代交代なのであろうが、OSとは筆者独特の表現である。

現代小説を読みながら、過去の小説を思い起こし、そのつながりや比較をしてみること、単に小説の歴史に詳しい、ということではなく、小説を味わう方法について一家言ありという筆者の面目躍如ともいえる一冊である。


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違和感の正体 先崎彰容 ***

2016年06月26日 | 本の読後感
筆者は日大教授で、著書に「ナショナリズムの復権」「個人主義から自分らしさへ」などがある。近年メディアで知識人たちがコメントを言う、webでたたかれるなどの様々な局面でちょっと感じる違和感、「なにか共感できない」と感じても自分では表現しきれない何かを、日本の思想家たちの知恵を借りて読み解いてみるという著作。そこには、善悪判断のものさしが不在であること、そして処方箋を早くほしがる社会の存在があると解いた。内容は、現在のメディアの問題で極端なナショナリズムと極端な権力批判に分かれるような単純化した二項対立をあおるようなコメントが横行しているのではないかという指摘、他者を理解するのはそんなに単純ではなく、それを言葉で補うことこそが知識人の仕事であるはずなのに、テレビで見る知識人たちにそれができていないという意見である。

「反知性主義批判」批判では、反知性主義者とは「自分の正義を疑うことができず、他人の意見に耳を傾けることができない人」のことを言うと定義。これも二項対立で、知性主義を善、反知性主義を悪、と決めつけた意見が大勢をし見えてはいないかと指摘。アメリカで知性主義とは「ピューリタニズムの極端な知性主義」であり、自分で聖書を読んで理解できる教養を持つことであったと。そのアンチテーゼがアメリカでの反知性主義であった。現世利益、努力は報われる、自由と民主主義への集団による熱狂とが英国からの独立、奴隷制度廃止、公民権運動などにつながっていった。つまり「反知性主義」とアメリカで言われる意味と現在日本で使われている意味では異なるということ。対米従属批判をする人たちは親米路線論者を「反知性主義」とレッテル付けをする場合が多いが、アメリカがこの百年間に日本にもたらした価値をどのように評価するのか、それがなければ、対米従属はもうやめるべき、などという単純な主張はできないという指摘。アメリカとの対峙のためには、そのアメリカの国としての成立背景や思想を理解したうえでなければ、「処方箋を焦る」という状況そのものではないかと。ここまでが本書の内容。

1980年代までは日本国民はGDPと国民所得増大、そして平和憲法のもとで、ひょっとしたら世界一平和で豊かな国に住んでいるのではないかという満足感と幻想を抱いていたのかもしれない。しかし、冷戦終結と日本での経済バブル崩壊後、阪神大震災、企業破たん、小泉改革に伴う非正規社員増加、リーマンショック、東日本大震災と原発事故などの出来事を経て、中国の台頭があり北朝鮮の存在も含めて安全保障上の脅威となる一方で、国民所得は世界で26位、アジアの諸国の中でもシンガポールと香港に抜かれた。日本国内では大多数の国民が向かいたい方向性、例えば経済的な豊かさ向上という目標設定の実現可能性が不明確になり、生活の質や満足度などに置き換わるように、単一の目標設定が難しくなるような出来事が続いている。沖縄の基地問題では地位協定だけではなく、根本となる日米安保条約についての議論も始まる可能性がある。1990年代までの自民党の安保維持と現憲法維持の路線が21世紀に入って目に見えて変わり、左翼勢力は軒並み凋落してしまった。保守と革新という対立状況はすっかり変貌してしまい、憲法、日米安保、エネルギー施策などの各政策論争では左右対立というよりは、各人それぞれの主張が入り乱れ、確たる価値観の軸を示しえない、という状況が現れている。

現在の自民党内部にも護憲で安保見直し論者がおり、民進党内部にも改憲で親米安保推進論者もいる。企業活力増強と小さな政府による新自由主義路線か、福祉と分配による国民の豊かさ向上という社会民主主義路線か、という選択肢があると考えるが、現在国民の前に示されている選択肢は「アベノミクス継続か分配へ政策への転換か」「護憲か改憲か」この二点であるように思う。つまり、本来日本国民が現在考える必要があるはずの安保政策と経済政策は、そのような単純な選択肢でいいのかという「違和感」を私は抱く。現在の自民党と公明党、民進党、共産党などの政党はもはや、現在の日本での判断が必要な政策の基軸に沿っては組織化されていないのではないかという疑問である。アメリカ大統領選挙でも同様の状況が出来しているのではないいか。英国のEU離脱を決めた国民投票は、経済政策や移民問題などの重要な政策判断をEU離脱という単純化した判断に集約して示してしまったことに問題があったのではないかと私は考える。判断基軸がずれた政党や候補者しかいなければ国民は選択しにくいのである。

それでも選挙はある。「違和感」を抱いて考えたうえで選択すること、これこそが国民、特に有権者全員が最低限すぐにでもできることである。

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戦後入門 加藤典洋 *****

2016年06月20日 | 本の読後感
2016年現在の安倍政権が進めようとしている安全保障法制と憲法論議に異論を唱え、護憲ではなく「左折の改憲」とも言える憲法九条の改定案と日米安保条約に代わる国連主義を提言する書。600pを超える大書であり、順を追ってではなく、まずは筆者の結論を紹介する。

憲法九条一項は現状通り。二項には日本が保有する戦力を二つに分けて、一つは国連待機軍とし平和維持活動その他に従事、もう一つは国土防衛隊とすることを明記、平時は国内外への災害救援を任務とする。更に非核三原則と外国軍隊とその施設を国内に設置しないことも明記する。この案は小沢一郎が「日本改造計画」で提唱した案と重なる部分がある。小沢案は、現状の九条に加え、三項として「ただし、前二項の規定は、平和創出のために活動する自衛隊を保有すること、また、要請を受けて国連の指揮下で活動するための国際連合待機軍を保有すること、さらに国連の指揮下においてこの国連待機軍が活動することを妨げない」を付け加えるというもの。

憲法が制定された1946年当時は、GHQの力に押される形で制定された憲法ではあったが、平和憲法は守るという大前提で自民党が進める路線を日本人は支持してきた。戦後長く日本の政治を担ってきた自民党政権が進めてきたのは、日米安保推進、軽武装、経済重視の路線であったが冷戦崩壊とバブル崩壊で前提が崩れた。1990年代以降の経済的停滞の20年を迎え、サンフランシスコ講和条約を起点とした日米安保条約で日本中に米軍基地を設置されながらも、日本人が経済大国として維持してきた国際的評価へのプライドは、すっかり緩んでしまった。それと同時にロシアと米国の国力低下、中国の台頭などの結果、ナショナリスト的主張を強める安倍政権が誕生し、支持を維持してきたと分析。

筆者は、安倍路線の問題点として次の点をあげる。
1. 安倍政権が掲げる「誇りある国づくり」は日本中心主義に根差しており、国際秩序を支える国連中心主義、平和主義、個人の人権尊重、民主主義と合致しないこと。
2. 対米協力路線と「誇りある国づくり」とが合致しない矛盾をはらむ。
3. 日米関係強化だけではロシア、中国との緊張を常にはらみ、国際的な課題の解決はできない。
4. 復古型国家主義への警戒を持つ隣国との敵対的関係が経済的な足かせになる。
5. 少子高齢化、財政問題、産業空洞化などの構造的問題にまともに対処せず金融政策中心の経済刺激策に依存するだけでは、国民が基本的に感じている「将来への不安」に応えきれない。
6. 経済政策でも米国への対応を第一優先とするため、TPPやAIIBへの参画などの大きな問題で選択肢が限定される。

憲法制定時、マッカーサーの頭にあったのは、1946年2月時点で国連で議論されていた国連軍設置であった。その議論はその後の冷戦で実現しなかったが、日本の憲法制定に権限を持っていたGHQとしては、当時の国連での崇高な理想を先取りする形で憲法に取り込んだ、それが「戦争放棄、交戦権放棄」であった。この理想の前提は国連軍が加盟国からの協力を前提に各国がそれぞれ紛争解決手段としての戦争と国連軍を前提として交戦権も放棄することであった。しかし憲法は制定され、崇高な国連軍のポジションには1951年までは占領軍が、その後は日米安保条約に基づいたアメリカ軍が当てはまることになる。つまり交戦権の国連への委譲はアメリカ軍への交戦権の委譲として現在でも機能していることになる。集団的自衛権行使が大きな問題になるのは、自衛権行使の委譲先が米国軍となり、米国の方針には絶対的に反対できない立場で参戦することになる点である。米国の方針が日本国憲法より上位に来るのである。筆者が国連軍への参画を提唱するのはここからである。

55年体制と言われる自民党誕生の直前、GHQの占領政策や反共主義の意向に従ってきた自由党の吉田政権が54年に総辞職、吉田政権に反発してきた鳩山一郎、岸信介らの民主党が政権をとり保守合同をはたして自民党が誕生、鳩山・岸が目指す憲法改正の主張が掲げられた。改正ポイントは自衛軍備を整えることと駐留外国軍隊の撤退に備えることで対米独立を図ることである。しかしその路線は、60年の日米安保条約改定への国民的反発を招き、その後の池田、佐藤とつながる「憲法維持、軽武装、経済重視、安保維持」路線になり、経済発展の実現から国会議員の過半数を維持する自民党政権が継続することになる。90年代の冷戦崩壊、バブル崩壊、村山政権による「自衛隊合憲、日米安保維持」方針は、それまでの社会党支持者層離反を招き、その後、自民党のハト派であり保守本流であった勢力も後退、自民党ではタカ派的勢力が首班を占めるようになる。

筆者は、現状でどのような対立軸があり、どうふるまうべきかについても提案している。本書に掲載されている図を参照する。その上で、現行の安倍政権やさらなるタカ派勢力である図のB+Cの勢力に対抗するため、内部的には多くの主張は異なるもののA+Dの勢力がBC勢力との対立ポイントを明確にしたうえで国民の選択を乞うことが重要であると唱える。


2016年7月には参議院選挙が実施され、国民はアベノミクスの評価とともに、憲法改正についても問われているが、いったい対立軸は何なのかを、その歴史的意味をも含めて理解したうえで答える必要がある。本書は格好の参考書であると考える。

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「ニッポン社会」入門 コリン・ジョイス ****

2016年06月12日 | 本の読後感
1970年英国生まれのジャーナリスト、ニューズウイーク日本版記者、デイリー・テレグラフ東京特派員などを経て、現在は英国在住。14年の日本在住経験を、英国人の目から見るとどう映ったのか、「日本は礼儀正しく清潔で素晴らしい」というばかりの礼賛でも、皮肉交じりの批判ばかりでもなく、日本に住んで好きになるところも、やはりイギリスがいいと思うところもあった生活者でありジャーナリストでもあった筆者のレポート。文芸春秋に連載されていたので読んだことがある記事もあるかもしれない。

日本語で気の利いた言い回し。「猿も木から落ちる」、英語ならNobody is perfect、日本語のほうがずっと分かりやすいし気が利いている。「猫に小判」、単語三つで的確に意味を伝えている。独創的な言い回し、「全米が泣いた」、安っぽいアメリカ製映画の宣伝文句のようであり、これを皮肉にも使える。

日本語で外国人に伝わりにくい言い回し、「今度来てね」。「今度=this time?」、今度というのは次の回にはということはなかなか分かりにくいという。それじゃあ今週は次の週という意味かと聞き直したくもなる。

日本語にしか見られないという、母音一文字の単語。「鵜の胃と尾の絵」、少し変な文章ではあるが意味は分かる。「u no i to o no e」英語なら35文字も必要なのが十文字で書ける。「ペラペラ」「イライラ」「パチパチ」などは、国宝級の素晴らしい表現ではあるが、日本語学習者にとってはきちんと意味を学ばない限りそれが理解できない擬声語、擬態語である。

筆者お気に入りの日本語表現、ベストスリー。第三位「勝負パンツ」第二位「上目遣い」第一位「おニュー」。なぜそう思ったのはは本を本で見てほしい。

日本以外では見られない光景、山手線で爆睡するサラリーマン、新聞を縦に四つ折りにして隣の人に迷惑にならないように読んでいる人、居酒屋のトイレにある異様に深い洗面台、公園の木陰でアイドリングして寝ているタクシー運転手、プールで強制的に休憩させられる時間、ハチ公前で待ち合わせする人たち、スーパーの陳列棚を見ている自分の前を手刀を切りながら頭を下げ下げして通り過ぎる他人、公衆トイレでハンカチを口にくわえ手洗い後手についたしずくを二回振って水を切るサラリーマン、アパートのベランダでの布団干しとパンパンという布団たたき、電車で前の席が空いて二人つれが席を譲り合い座った方は立っている人の荷物を持ってあげる、こういう小さなことが日本以外では決して目にしない日本らしい風景であると。

1990年代以降の20年を「失われた20年」というのは、ビールとサッカーに関しては真逆である。自由化されたビールはバリエーションを増し、発足したJリーグをベースに実力を向上させたサッカー、いずれも世界に誇っていい。

2006年発刊の書であるが決して古びてはいない。英語版、続編、アメリカ社会版、イギリス社会版もある。





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戦後政治を終わらせる 永続敗戦の、その先へ 白井 聡 ****

2016年06月10日 | 本の読後感
太平洋戦争後のサンフランシスコ講和条約と日米安保条約に込められた意味と55年体制、その後の政治的軋轢と90年代の政権交代、中曽根・小泉政権以降の新自由主義政策の結果、そして現代の安倍政権が目指すもの、こうした動きを70年スパンでモデル化し可視化させてくれた。

戦後、朝鮮戦争、中国革命を経て世界は冷戦時代に突入、日本と安保条約を結んで日本全国に無期限に設置使用可能な軍事基地を手に入れたアメリカは、日本に政治的緊張を維持し、戦前の保守政治の復活を防ぎながら民主化を進めるという微妙なバランスを取るために、多数の保守勢力と過半数には届かない程度の野党勢力としての社会主義政党を容認した。ソ連はその社会党と共産党を支持し、55年体制は冷戦構造の米ソ対立にいわば担保された形でバランスをとっていた。サンフランシスコ講和条約締結を経て、社会党の左右陣営は合同し、その勢力に対応するため、吉田政権の自由党と当時の民主党が合併、これが当初の55年体制となる。さらにアメリカとしては、社会党の左翼勢力が強くなりすぎるのを防ぐために社会党右派を民社党として独立するのを支援した。これは東側勢力が朝鮮半島の北側で食い止められ、韓国というクッションを設けられたという地理的な影響が働いたという。つまり、朝鮮戦争で共産勢力が半島全部を占領したとしていたならば、GHQや連合国は日本での左翼活動や大学でのマルクス主義研究などを自由にさせたかどうかは疑問だったという指摘である。55年体制はイデオロギー対立でもあったので、政策論争で鋭く対立しても、イデオロギー批判を十分させておいて、落としどころを探ることも可能だったと。しかしアメリカの圧力下で制定された憲法改正には手が出せないという、「護憲で安保推進」が東西冷戦構造の代理戦争という形でうまくそして微妙にバランスしていたということ。自民党も社会党も傀儡(かいらい)とまでは言わなくても緩い形での東西陣営の傀儡(くぐつ)であったというのである。

その時の保守合同の立役者は岸信介、保守と革新の二大政党政治を目指していた。そして保守陣営は日本の復興と経済発展、国民生活向上のために、経済発展政策と同時に60年代には福祉国家的な富の再配分政策も実施、社会主義的な配慮までもしていた。一方の社会党は経済成長を体験する国民をしり目に、日米安保反対、アメリカの帝国主義批判を繰り返した。国民側としては豊かさを実感するにつれてこれ以上の社会主義革命など必要ないと考え、キューバ危機以降は第二次大戦以上の第三次大戦の危機も遠のく中で、左翼陣営の唱える政策に現実感を感じなくなっていく。60年代の社会党の中にも現実への展開を唱えた人物がいた、江田三郎である。62年には「アメリカの生活水準」「ソ連の生活保障」「イギリスの議会制民主主義」「日本国憲法の平和主義」の4つを江田ビジョンとして掲げたが社会党内部抗争で社会党の党是にはできなかった。冷戦構造の代理戦争という意識から自民党の資本主義に対抗できる軸はマルクス主義に基づく社会主義であることを変えられなかったともいえる。

1990年にはその冷戦構造が崩壊、55年体制にも変化が表れるはずだった。そのとき、保守陣営を従来型の自由主義と新自由主義に分けた保守二大政党制を唱えたのが小沢一郎だった。93年の細川内閣の誕生で自民党は政権を失い、小沢一郎は二大政党を実現するため小選挙区制の導入を提唱した。しかし基本的に小沢と政策の異なる社会党は政権から離脱、なんと自民党を組んで村山政権を樹立してしまう。「究極の野合」とはこのときの政権であった。安保、自衛隊、憲法すべての路線に関して戦後50年戦ってきた二つの政党が政権を組み、社会党は自民党の政策である、安保を推進、自衛隊を容認する。小選挙区制が導入されているので、アンチ自民党の受け皿だったはずの社会党の変節を見た有権者は、当時新党ブームに乗ってできた新しい勢力に乗り換え、社会党はわずか15議席に激減、その後は現在まで党勢の回復はできていない。そして、55年体制では社会福祉的政策も受容してきたはずの自民党は新自由主義的な政策をとり始め、小泉政権以降ははっきりと政策転向をしてきた。その間、野党勢力は紆余曲折を経ながら民主党、そしていまの民進党となる。しかし自民党が新自由主義的政策に転向してきた現在、対立軸が見えにくい。そして2003年の選挙からは「国民の生活を第一に」というスローガンで社会民主主義的な政策を掲げ、2009年には政権を奪取した。これがポスト55年体制の落ち着きどころのはずだった。実際には菅直人、野田佳彦と続く政権は新自由主義を何ら変わらない政策をとり、自民党との違いがなくなり、官僚との軋轢もあって政権を失ってしまう。対立軸がなくなれば支持を失う、これをもっと理解すべきであった、というのが筆者の主張である。

2011年に発刊された孫崎亨の「戦後史の正体」では、戦後の政権を「対米追随」と「自主派」に分類、対米追随派として、吉田茂、池田勇人、三木武夫、中曽根康弘、小泉純一郎をあげ、自主派には重光葵、芦田均、鳩山一郎、石橋湛山、岸信介、佐藤栄作、田中角栄、福田糾夫、細川護熙、鳩山由紀夫などをあげている。自主派とはいっても対米従属を通じた対米自立志向ていどであり、自主憲法制定とは言いながら憲法改正には至らず、安保は堅持、アメリカの基地は現状維持という政策である。いずれの政権も60年代までは対米関係の確立、60年代以降冷戦崩壊までの対米関係安定の時代を経て、その後は日米関係維持そのものが自己目的化し、経済だけではなく政治体制まで失われた20年になってしまっている、というのが筆者の主張。対米従属の典型例が現在問題になっている日米地位協定。日本の憲法を頂点とした法制度のさらにその上に、アメリカと約束していること、という二重の法制度があるという指摘である。憲法に違反するような条約締結はできないはずが、自衛隊の設置以降、日本人の基本的人権を裏切るように、米軍機は高度何メートルで飛んでもかまわないと日米地位協定で約束され、米国軍属が日本国内で犯した法律違反でも米国軍のための行動であれば日本の司法では裁けない。集団的自衛権の行使容認と新安保法制は、憲法に抵触するが、日米同盟維持のためには必要である。つまり改憲か護憲か、という論争はピント外れであり、アメリカとの現在の関係を継続するのかどうか、という判断こそが根源的問題であることを筆者は指摘する。

日米安保条約に関して、日本国民の間、そして政治家にさえ希望的幻想があるという。それは日本が外国から侵略されるときにはアメリカ軍が出動する、これが安保条約だというもの。NATOにおける出動義務はに比べて日米安保条約の義務は、アメリカ議会に諮られ決まる。つまりその出動がアメリカの国益になるかどうかの判断が必ずなされるということ。ドナルドトランプの主張はこうした現状をさらに明確化しようというものである。そもそも安保条約はアメリカがサンフランシスコ講和条約締結の際に、日本に残留するための手段であった。じつはそれを望んだのは日本側の共産主義への恐怖、特に昭和天皇の意思があった、これが豊下氏著「安保条約の成立」による研究結果であるという。安保条約の意味は冷戦構造崩壊以前であれば、対共産圏共同防衛であったのが、アメリカが世界の警察ではないという宣言以降は、国際秩序の維持、という目的も薄らいできている。直近になると、対中国、北朝鮮、という意味合いがクローズアップされているが、アメリカにとってはもっとグローバル、シリアや中東などへのアメリカ軍出動への後方支援や東南アジア全体での秩序維持などが考えられる。麻生太郎が「ナチスの手法をまねるべき」と言ったのが数年前、ナチスのゲーリングの格言は「国民を戦争に引きずり込むのは簡単だ、外国に攻撃されるぞ、と言えばいい」というのが思い起こされる。アメリカと日本との共通の敵が冷戦構造崩壊で見えなくなった今、対中脅威論に依存するのは国民への説明としては、その意図は明確である。しかし、中国はアメリカにとって最大の貿易相手国であり、共通の脅威であるというのはある意味で一方的思い込みである可能性が高い。アメリカが日本のこうした思い込みに乗ってくれるか、それは政権をだれがとるのか、中国とロシアはどう動くのか、ウクライナ情勢・中東情勢はどうなるかなどの複雑系的要素が絡み合う。

こうした状況下での日本の状況はどうなっているか、そして世界の趨勢はどうかを考える必要がある。共通するのはナショナリズム勢力の勃興、そしてそうした勢力が実際に権力を手にし始めている現実がある。欧州での各種選挙での右翼勢力の増大、日本の安倍政権の向かう方向、アメリカ大統領選、いずれをみても、民主化勢力がどちらかと言えばインテリ左翼と類型化できるならば、右翼勢力は労働者階級の不満を掬い取り、保守の中でもナショナリスト的主張を大同団結するようなスローガンを唱えることで、従来の伝統的保守勢力には統合できなかった層までも食い込んできているという現実である。冷戦構造時代には、寅さんが「おめえ、さしずめインテリだな?」と言えば、理屈をこねている理論家を馬鹿にしながらも、物語全体としては寅さんではうまくいかない、という全体感が共感を受けていたのに対し、冷戦構造崩壊の今になってみると、寅さんの説得力が増していると感じるのは私だけだろうか。

筆者としては、TPP合意は日本の皆保険市場をグローバル資本に売り渡すに等しく、選挙を棄権することは現在の政治状況への不満がないという意思表示になり、官僚の使い方がうまいかどうかなどで現在の政権与党を選ぶなど論外で、政治家の技量の多少の巧拙を選択しているのではなく、戦後の大きな意味での日米安全保障体制とサンフランシスコ講和条約と二大政党政治への審判だと考える必要があるというのである。現在沖縄で起こっている、基地撤去論は、自民か民進か、などという選択ではなく、もっと根源的な選択を日本全体が迫られていることの象徴であると筆者はとらえている。

筆者は、本当の意味での戦後レジーム脱却のためには、政治革命、社会革命、精神革命が必要だと主張、今回の参議院選挙で考えるとしたら、立憲政治か安倍政治かの選択が、一つの判断基準となるという、これが政治革命につながる可能性がある。社会革命とは、基本的人権尊重、国民主権、男女平等などの基本的原理を再確認すること、そしてそれに沿った政策を選択し続けることである。精神革命とは99%の第三者で居続けるのか、それとも自分自身が行動者になれるかの変革であると。こうした現状を、変革は無理、難しいと逃げずに自分の行動変革で打ち破れなければ、戦後レジームからの脱却などできるはずがない、という主張である。

これは考えさせられる。ある意味では、日米安保条約の根本的見直しを含めた、そしてその先には健全なる憲法改正をもにらんだ提案であるからだ。国民が納得できるビジョンを現在の政党が示せるのかは疑問だが、単なる安保論議や憲法論議に一点集中していては打破できないということ。舛添知事の薄汚い疑惑解明は重要ではあるが、そのことに使っている時間などよりももっと重要なことがあるはず。舛添疑惑のワイドショーを見て騒いでいる視聴者を、陰で「もっと騒いでくれればいい」とほくそえみながら見ている人たちがいるのではないかと感じざるを得ない。

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京都ぎらい 井上章一 ****

2016年06月08日 | 本の読後感
京都嵯峨生まれで宇治在住の筆者、本当は京都愛にあふれていることが担保された上での「京都ぎらい」、京都は上京生まれで宇治育ちの自分に重なり共感点多し。

いろいろな方が実名で登場してくるところが本当らしくかつ若干いやらしい。京都の町中にある杉本家、下京で300年以上続いている旧家で、今は見学料を取って内部を公開している。公開前に筆者が杉本家の見学に大学生として訪れた際、当主の杉本秀太郎さんに言われたのが、「君は嵯峨の子なんか。昔はあのあたりにいるお百姓さんが、うちへよう肥えをくみにきてくれたんや」。感謝しているような文脈の中に、洛中で暮らしている名家の当主が京都の中では田舎に属する嵯峨の百姓を下に見ている意識がいけずとしてもろに表れている。こういう言い方は実は京都に暮らしている人間ならだれでも一度や二度は耳にするものである。上京に生まれた私も、中京や下京の友人から、祇園祭の鉾町こそが京都であるとか、室町沿いの下京が京都の真ん中だ、などと言われたこともあり、宇治に引っ越してからは、洛外扱い、昔の別荘地扱いで、「わが庵(いほ)は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり」の通りの感覚で、都の東南の憂し山里で鹿なんかが住んでいる場所である。関東人から見ればそんな、どちらも観光地京都でしょ、という違いでしかないが、現代でも東京でいえば港区と川口、志木くらいの違いはある。

1980年代、京都で結婚適齢後期の中京に住む女性の一言、「とうとう山科の男から結婚話があったんや、もうかんにんしてほしいわ」「山科のどこが問題ですか?」「そやかて、山科なんかに行ったら東山が西に見えてしまうやんか」。京都の東の大津との中間点に山科はあり、桜の時期には山科疎水や毘沙門堂などはたいそう美しく、山科駅からその道すがらなどは立派なお屋敷が並んでいるのだが、そんなことなどこの女性には関係なかったのだろう。こういう人には自分が実は宇治に住んでいることなど言えるはずもない。おまけに、結婚話があったことも同時に自慢しているようでもあり、できればこれ以上のかかわりは持ちたくないと考えるのが洛外ものの考え方としては適切なのだろう。

筆者は考える。これは差別的発言なのかと。差別とは自分が優位に立ち劣位の他者を見下そうとする感覚であり、身体的不具合や人種、民族などを理由にする差別的発言や行為は許されるものではない。しかし、デブ、ハゲ、チビ、などは不具合とまでは考えられないので軽い揶揄の表現などとしてからかいの対象になることがある。洛中から見た洛外へのこうした発言はハゲ、デブ、チビに相当する軽い揶揄的発言なのであろう。言われる側の気分がいい訳はない。ヘイトスピーチや賤民蔑視が許されない時代に、ちょうど手ごろなうっぷん解消相手を見つけたという程度なのかもしれないと。

この後、京都での僧侶たちの祇園での遊び具合を紹介し、百人一首の坊主めくりになぞらえて、京都のキャバクラに僧侶が大勢押しかけているさまを「姫坊主姫坊主姫坊主・・・」と揶揄する。また寺社への古都税問題で京都の有力観光寺院が一斉に拝観停止のストライキを10か月ほど実施した時のことに触れ、その後京都市側が折れて古都税が廃止になり、市民に寺社の力の強さを再度思い出させたと紹介している。寺は戦国時代当時から武士層への食い込みを図るため、寺に侍たちを宿泊させていたという。「本能寺の変」もこうした文脈で理解できる。庭の美しさを競ったのもそのころからで、南北朝以降の寺社の庭の発展はこうした慰安施設としての寺社の位置づけが関係しているはずというのが筆者の主張である。和食の味付けに寺がふるまう精進料理の貢献も大きいという。肉なしで客に満足を与えるためには、寺の歴史、庭の蘊蓄、そして禅の思想などを総動員してもてなした。それが現代の和食文化、ブームの礎になっているというのである。

筆者はさらに、靖国神社、日の丸、君が代も1000年の都の視点から評価して見せる。靖国神社の前身は招魂社、明治政府に盾突いた勢力は排除されていた靖国神社、京都から見れば明治政府が定めた以降のたかだか150年の歴史しか感じられない君が代と日の丸にも反発を感じている。明治維新以前にいくつもあたはずの日本各地の、そして都であった京都の象徴にこそ長い歴史と伝統が宿っているのではないかという主張である。

最後に、筆者はこの本の出版社にも反旗を翻している。「ひち」つまり七のこと。京都では七条は「ひちじょう」、上七軒は「かみひちけん」であるのは当たり前なのだが、明治以来の東京政府は「ひち」を「しち」と書き直してきた。京都を走る京阪電車の駅に「七条」があるが、この読み仮名は「しちじょう」とわざわざ書いてある。京都人なら「ひちじょう」、七五三は「ひちごさん」であり、七面鳥は「ひちめんちょう」、七福神だって「ひちふくじん」でしょう、と。本書の発行元朝日新聞社書籍も索引を作る際に、七条をサ行に入れようとして、筆者と小競り合いになったという。鎌倉の七里ガ浜を「しちりがはま」とするのは勝手だが、七条は「ひちじょう」としておいてほしい、というのが筆者の願いである。

京都のことが本当は大好きな筆者、そのことが端々に表れるので、京都の洛中人もにこにこしながらこの本を読むことだろう。


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日本会議の研究 菅野 完 ****

2016年06月03日 | 本の読後感
「日本会議」に関する情報が本として出版されてきている。現在の閣僚の18人中15人が属しているという日本会議は何を目指している組織なのか、いったい安倍政権は何を目指しているのか、右傾化政権と言われて長いのに支持率を保っていられるのはなぜなのか、憲法改正の狙いは何なのか、どんな国を目指しているのか、その中身を知りたいと思って本書を手に取った。2016年7月の参議院選挙の前に読んでおいてよかったと思う。

著者は、ダイアモンドオンラインなどWebで評論を発表している元サラリーマンのジャーナリスト、1年をかけて調査したという記事の集大成である。書いてあるポイントは次の通り。

1. 現在の安倍政権が目指す政策は、日本会議が掲げる政策の実現を目指している。日本会議が目指すのは、皇室を中心とした社会の確立、そのためには個人の尊厳、男女平等を定めた現憲法を見直すこと。祭政一致を基本とし、靖国神社や伊勢神宮参拝など国家の名誉を最優先する政治を目指す。また、こうしたビジョン実現を担う新たな世代を教育するため、歴史認識を見直し、国防力を強めたうえで自衛隊の積極的な海外派遣を行って世界の平和に貢献する。
2. 憲法改正は、最近の国際情勢などから、取り組みやすく賛同が得やすい「緊急事態事項の創設」から着手するというのが日本会議の政策、安倍政権も同様である。その後、憲法24条の「個人の尊厳」を見直し「家族の価値」条項と書き換える。そして本丸の憲法9条第二項の改正へと進むのが日本会議の示す道筋。
3. 現憲法は日本の自主的制定過程を経ていないため、そもそも認められない。よって、96条の改正には3分の2が必要という条項に従う前に、反憲法の姿勢を示し、解釈で実質的な改憲を目指せ、というのが日本会議の方針。
4. 日本会議の推進役は「日本青年協議会」という右翼団体である。
5. 日本青年協議会の会長である椛島有三や日本政策研究センターを率いる伊藤哲夫が安倍晋三総理のブレーンだといわれているが、いずれも1983年以前の「生長の家」出身、谷口雅春の薫陶を受けていた。現在の生長の家は別路線である。
6. 生長の家原理主義ともいえる1983年以前の主張をもとに国会に出てきたのが村上正邦、そして現在それを引っ張っているのが衛藤晟一、稲田朋美、学者では百地章、高橋史郎などの保守派言論人、その淵源には安東巌という生長の家出身者がいる。
7. 戦後70年談話は、50年談話の時に自民党幹事長だった加藤紘一や自治大臣だった野中広務が「太平洋戦争は日本による侵略戦争だったこと」ことを認めてしまったことへの意趣返しの意味合いが強かった。それでも認めなければアメリカや中国からの反発が明確なので、支持者向けに侵略を認めない意思を示すためには主語を曖昧にするしかなかった。

つまり、安倍政権は自民党政権ではあるものの、長く自民党主流派だった宏池会やその他今まで主流だった「安保推進で護憲」という考え方とは全く異なる政治を目指している、ということ。閣僚が靖国参拝にこだわる理由は何か、なぜサミットは伊勢志摩で実施したのか、安倍政権が家父長制を軸に据えたような家族観を憲法に反映したがる理由は何か、男女共同参画に反対する理由は何か、その背景がよく分かった。

本書内容は、極めて政治的な内容であり、記述内容に反発する人もいると思うが、参議院選挙で改憲勢力で3分の2を占めた時に何が起きるかを明確に示す内容であり、選挙前に一読する価値がある。日本会議に関する著作は最近多数発刊されている。




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日本占領史 1945-1952 福永文夫 *****

2016年05月26日 | 本の読後感
安倍晋三首相がよく言う「戦後レジームからの脱却」とは何を意図した発言で、その背景は何かを考えたくて、この本を手に取った。戦後の政治的争点がよくわかった。

戦後日本の政治対立は、主には安保と日本国憲法であった、と言える。単純化すれば、保守本流は護憲で安保推進、保守でも戦前回帰派は憲法改正して再軍備推進、左翼は護憲で安保反対である。しかしそもそも、象徴天皇とは、連合国の強硬派から天皇を守る国体護持のための方便であり、それと引きかえに、二度と戦争は引き起こしませんから、という約束を東京裁判の前に新憲法制定という形で担保しておくというのが戦争放棄の第九条だった。憲法は占領軍に押し付けられた、という見方かあるが、敗戦国として必死の交渉の結果、勝ち取れた最善の成果だったと考えられる。安保条約はサンフランシスコ講和条約とのペアであり、その大前提は現行憲法であった。

実質的にはアメリカ軍を主体とした占領軍は、軍国日本の徹底した非武装化と民主化の浸透を主眼に、マッカーサーの五大改革(労働改革、財閥解体、教育改革、農地改革、選挙改革と民主憲法制定)を占領後二年間で一気に実行した。そうした改革への評価は、1951年にマッカーサーが解任されて日本を去る際に、銀座から羽田空港迄道の両側に見送りの人垣が切れ目なく続いた、国会ではマッカーサー元帥への感謝決議が行われた、などという事実から推し量れる。更に東京湾にマッカーサーの像を建てようという提案まであったというが、マッカーサー帰国後の、「日本は十二歳レベル」発言で一気に人気は萎んだという。

憲法草案を検討する際に、人権尊重、地方分権、男女平等、労働者の権利、言論の自由などという基本的理解が当時の日本政府にはなかった。ここまでの理解不足を予測していなかったGHQは、検討指示後に毎日新聞が日本政府の憲法草案をすっぱぬいた時にはじめてこのままではまずい、と悟ったのだが、天皇を戦争犯罪人にすべきという極東委員会の発言力が強い東京裁判の前に制定というには時間がなかった。そこで九日間で作成した下書を日本側のメンバーに示して、それを日本政府の草案として発表させたのである。当時の日本政府にも強い抵抗があったが、天皇の地位を守る、ということを最優先事項と考えていた幣原内閣はこれを受け入れた。進歩、自由両党は、天皇制維持、基本的人権尊重、戦争放棄は自党案と一致すると評価、共産党以外の政党は賛成に回ったのである。

しかし、その後の世界的状勢は変化し、朝鮮戦争、中国革命、米ソ対立とアメリカにとっての日本の位置づけが変わってくる。日本の再度の軍備推進を進めたいアメリカに吉田茂は当時の社会党を使って抵抗した。経済的復興優先のため、軍事力は最低限に抑えたいと。GHQは朝鮮戦争への支援のために警察予備隊を結成させた、しかし日本の再軍備に敏感に反応するオーストラリア、ニュージーランド、フィリピンへの配慮も重要だった。アメリカはダレス国務長官が連合国を訪問してポツダム宣言をベースにしたサンフランシスコ講和条約を日米安保条約と戦争放棄条項のある日本国憲法、東京裁判の受け入れを前提にして締結することを説いて回った。

米ソ対立、共産主義への警戒感、北京政府未承認などから、サンフランシスコ講和条約には、連合国49ヶ国が参加したが、ソ連、中国、その他の東側の国は参加しなかった。講和条約締結により、日本は独立を勝ち取り、国連への加盟も認められたが、その代償は、台湾政府を中国として国交回復する、安保条約の実行のため期限の定めなく米軍に基地の提供をすること、沖縄はアメリカの施政権下におくことであった。中国とはその20年後に国交回復、沖縄も返還されたが米軍基地はたくさん残っている。

ここからが現在の問題である。基地の問題に憲法改正、などが選挙の争点になろうとしている。我々が今考えるべきなのは、こうした歴史的背景を知った上で日本の安全保障をどうするのか、そして国際社会で信頼されながら貢献できることは何かであろう。平和が第一、これに反対する人はいない。しかし、ドナルドトランプが大統領になり、尖閣諸島に人民軍が上陸してしまってから考えるのでは遅すぎるはずだ。憲法と安保、性根を据えて考え直すときが来ている。

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天災から日本史を読み直す 磯田道史 ****

2016年04月25日 | 本の読後感
「武士の家計簿」を書いた筆者が、日本史の裏に潜む地震や台風などの天災について書いている興味深い一冊。

先日のNHK大河ドラマ「真田丸」を見ていたら家康が秀吉から攻撃されるの恐れているその時、大地震が起こって命拾いした、というトピックスがあった。これが1586年の天正地震。家康討伐のため明智光秀が築いた坂本の城にいた秀吉はそこで天正地震に被災、家康討伐をうっちゃって飛ぶように大阪に帰ってしまった、とルイス・フロイスが書き残しているという。家康討伐のために大垣城に備蓄しておいた兵糧米は地震のためにお城もろとも焼け落ちてしまう。徳川討伐軍の先鋒を期待されていた山内一豊の長浜城も倒壊、城下では出陣どころではなかった。この時の近江、伊勢、美濃、尾張の震度が5から6と想定される一方、家康のいた三河以東は震度4以下だった。この時、地震が起きていなければ秀吉は家康を討伐し、徳川政権ではなく、豊臣長期政権が誕生していた可能性が高い、と筆者は書いている。今般の熊本地震で熊本城が大きく損壊しているが、天正地震時代のお城はもっともろかったのだと推測できる。天正地震では若狭湾にも津波が発生、福井、高浜地方では4-5メートルの津波が発生していたのではないかと推測、高浜原発の安全性議論にはこうした歴史的事実の検証も重要だというのが筆者の指摘である。

1596年には伏見地震が発生、秀吉は伏見に城を建設したばかりであったが、現在のJR桃山駅の南にあった指月城は倒壊、死者は集められていた美女ばかり700名、丈夫なお城にではなく、簡易的なつくりの長屋にいたため多くが圧死したという。この時倒壊したお城の瓦が重く、そのあとに作られた伏見城では軍事施設は瓦ぶき、それ以外の御殿などはこけら葺き、檜皮葺だったため、その後甲賀忍者が関が原前夜に放った火であっという間に焼け落ちたという。江戸時代に建設された多くのお城はこうした反省の上に設計建設されたと考えられる。熊本城はどうだったのだろうか。こうした地震被害は秀吉を支える大名たちの人心を徳川に移らせるという影響があった。朝鮮出兵で疲弊していた大名たちは地震で被害を受けながらもさらなる出兵やお城の建築を命じられ、こうした地震を契機に潮目が変わったというのが筆者の考えである。

富士山噴火と南海トラフ地震の連動性について過去の事実を確かめると、南海・相模トラフの大地震が9世紀以降13回起きていて、そのうち5-6回は富士山も25年以内に噴火している。富士山の最後の噴火は宝永噴火で1707年11月、1703年には相模トラフを震源とする元禄関東地震が発生している。元禄地震以降5年間は地震が継続的に発生、宝永大噴火へとつながった。1707年10月にはM9の大震災が関東を襲っていて、11月23日に富士山が噴火、江戸の町には12日間火山灰が降り続いた。江戸の町では眼病が多発したという。火山灰はガラス質であるため今ならゴーグルが必需品となる。関東地方に住む方には、富士山噴火対策として食糧と水以外にゴーグルも買っておくことをお勧めする。宝永地震による津波は大阪の街も襲った。その高さは5-6メートル、標高2-3メートルの今宮戎神社や低地に広がる大阪の街はその大半が水没の危険があるということになる。東南海トラフを震源とするなら、津波到達までは1-2時間、その間に減災、避難がどこまでできるかである。

神社のある場所は津波にはあわない、という話があるがどうもそう簡単ではないようだ。神社の場所も様々な事情で移転させられているためである。今般の熊本地震、大きな被害が出ているが、不幸中の幸いとでも言えるのが津波被害がなかったこと。しかし、頻発する余震、大分に広がる地震域、中央構造線沿いに地震が広がっていく様子を見ていると、決して安心はできない。薩摩川内原発はその運転を止めずにいるが、本来リスク回避を考えるなら、まずは停止してから様子を見るのが正論ではないか。歴史から学べることは本当に多い、というのが本書を読んでの強い印象である。



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