意思による楽観のための読書日記

疾走 重松清 ****

暗らーいお話、とても暗い。大人しい大工の父と専業主婦の母、秀才の長男と優しい次男シュウジが主人公、「浜」と呼ばれる街にシュウジは家族と暮らしていた。シュウジの故郷は干拓地の「沖」を挟んだ埋め立て地ではない「浜」にあり、古くからある「浜」の人たちは「沖」の人たちを差別していた。シュウジを絶えず「おまえ」と呼び続けて話は進んでいくが、これはシュウジの故郷にある教会の神父・宮原によって淡々とした口調で語られている。この神父の宮原も非常に重い過去の罪の影をひきずりながら信仰の人生を歩んでいる。

「沖」の外れのバラックには、荒くれ者の前科を持った極道「鬼ケン」と情婦のアカネが住んでいた。酒に酔っていつも荒れている鬼ケンのことを村の人たちは恐れて嫌っていた。シュウジが新しく買って貰った野球のグローブが嬉しくて自転車で駆け回っていたとき、鬼ケンと出会った。鬼ケンの軽トラはいつも何かを振り払うように爆走していることで有名であり、農道で100km/h出していることもいつものことだった。シュウジのグローブが自転車から落ちたと気がついたときには遅く、探し回っても見つからなかった。ボコボコになった軽トラに乗った鬼ケンが通りかかったのはシュウジが呆然と泣いている時だった。「どないしたんや」鬼ケンの関西なまりの言葉はシュウジには優しかった。鬼ケンはシュウジの自転車に近づいてギアがすり減っていることを知って、「浜」の子供であることを聞いてから送って行ってやるといった。怖い鬼ケンを前にしても、必要以上の言葉や悲鳴を発しないし、泣きもしないシュウジ。鬼ケンに「肝っ玉すわってるな」と言われる。鬼ケンの軽トラからクラクションの鋭い音、若い女も乗っていた。シュウジは軽トラに乗せられ、鬼ケンと女の卑猥なやりとりを耳にして、シュウジの目も気にせずアカネの艶めかしく若い肢体をまさぐる鬼ケンの姿を見て“性”に目覚める。鬼ケンはそれからすぐに死んだ。狂ったように軽トラを飛ばして『アホどもが』という言葉を口癖のように語っていた豪胆な極道の鬼ケンは、その年が暮れるのを待たずに、両手両足の爪をはがされ徹底的に痛めつけられた哀れな死体となって発見されたのだ。抗争に巻き込まれたとかいう話を聞いたが確かなことは解らない。「鬼ケン」が変死を遂げたことを知りシュウジはひとりで泣いた。

「浜」と「沖」両方が一つの中学校に来るようになった。中学生になったシュウジは「沖」によく行く。「沖」にある教会に興味を抱き、通い始める。小学校6年の時には、シュウジは「浜」の県営住宅に住む徹夫と仲が良かったが、お調子者で陽気な性格だけど臆病な徹夫は小学校で馬鹿にされていじめにあっていた。宮原が神父を務める「沖」の教会に通わなくなってからシュウジと友人の徹夫との関係は修復不可能な形で破綻したが、小学6年だったシュウジと徹夫がエリに初めて会ったのもその教会だった。中学生になると徹夫はいじめられなくなり、ひょうきんな性格を生かしてクラスの人気者に、自宅の料理屋「みよし」にリゾート開発の地上げにきた極道の青稜会の連中がくるようになって、徹夫は次第に意地悪で陰湿な性格に変貌、不良グループの中で幅を効かせるようになる。好景気になって「沖」の開発話が持ち上がり、地上げが行われた。

入学式の日に校則違反のポニーテールで登校してきたエリは、教師に迎合することなく同級生に合わせることもなくクールにいつもひとりで過ごしていた。エリは家庭でも学校でもいつもひとりだった。毎日中学校で仲間外れにされ罵倒を浴びせられ教科書や持ち物に嫌がらせをされて「ひとり」になったシュウジの心の支えが、「ひとり」であることに何の不安も迷いも卑屈さも見せないエリの存在だった。エリの「ひとり」は筋金入り、彼女には友人もいなければ家族もいなかった。シュウジも入っていた陸上部でアスリートとしての能力を磨いていたエリはリゾート開発の土建業者のトラックに引かれて二度と走れない体になった。それでもエリは涙を見せることなく松葉杖を使って淡々と走る練習をしようとしていた。

「沖」にリゾートの開発計画が持ち上がり、怪しげな男が出入りし始めた時、教会にも立ち退きの地上げ屋が現れる。シュウジの家族が崩壊するきっかけを作ったのは、地元一の進学校に進み歪んだエリート意識を持ったシュウイチだった。学歴がない父母を馬鹿にして家庭に君臨した兄のシュウイチだったが、優秀な生徒が集まる高校では勉強についていけず仲間はずれにされて成績も急速に下落した。「沖」で起きた兄シュウイチの絡んだ事件をきっかけにして、それまで仲の良かったシュウジと徹夫の関係は険悪なものとなり、シュウジは徹夫の率いる不良グループからいじめを受けるようになる。このころシュウイチがカンニングで停学処分を受けたことをきっかけに壊れ始め、家族もおかしくなっていく。傲慢な自尊心をコントロールできないために生活が荒廃したシュウイチは、ひきこもって独り言ばかりを言って、結局一家を破滅させる事件を起こす。家族は晩ごはんにも一緒に食卓を囲まず一人で食べる父。村八分、学校でのいじめ、耐え切れず家を出てしまった父親、それでもできのいい兄にしか眼を向けず酒におぼれる母親。中学生の少年は逃げることもできず耐え続ける。

シュウジはエリに恋をする。エリは学校生活や他人の前では一切の弱気や甘えを断ち切った『孤高』を保ち続けていたが、他人に見せない内面の奥深い部分ではいつも『孤独』が渦巻いており、生きるか死ぬかというぎりぎりのラインで懊悩する日々を送っていた。だが、兄が全てを壊してしまった。ここの地方では放火した人間は「赤犬」と呼ばれる。村八分よりも酷い一族郎党を排斥するように町全体が動く。シュウジの唯一の心の支えだったエリは中学1年の終わりに東京に引越していき、兄シュウイチの事件で村八分状態にあったシュウジの父親は出稼ぎに行くと嘘をついて失踪した。「沖」の新興開発の地上げを請け負う極道の幹部の女としてアカネは久々に戻っているが、鬼ケンと全くタイプが違うヤクザの新田の妻になっている。シュウジは圧倒的な孤独と絶望の闇から抜け出すために、アカネの柔らかな肉体とつながりエリの強い精神とつながろうとするが、極道の新田から地獄のような暴力とセックスの責め苦を味わわされ、知りたくなかったエリのつらい過去を聞かされることになる。シュウジは級友がいなくなり、独りぼっちになってしまう。恋の相手であるエリも立ち退きで東京へ行ってしまう。母親は化粧品の販売で身を立てようとするが騙されギャンブルに沈んでいき、とうとう家に寄り付かなくなっていく。シュウジは自分を物心両面で支えてくれる家族をあっという間に剥奪されて学校でも家庭でも文字通りひとりになってしまった。シュウジは何も考えず、何も感じず、一切の希望を捨てた『穴ぼこのような暗い目』をして、エリの住む東京を目指して故郷を捨てる。

10歳以上も年齢の離れた大人の女性であるアカネは、自滅した母親を代替するような存在であり、性的な欲求を初めて抱いた女でもあった。堅気の中年サラリーマンにしか見えない極道の新田は、嫉妬深さと執拗な攻撃性を併せ持つサディスト、鬼ケンとは異質の男だった。新田、アカネ、シュウジの関係の中で激昂した新田がシュウジを執拗にいたぶる。本書にはアカネとエリという二人の女性が登場するが、包容力のある年上のアカネとクールな同級生エリは年齢もタイプも全く違う。アカネはセックスを楽しみ自らの宿命を受けいれている。一方のエリはシュウジの前では何事にも動じない心の強さを見せる。シュウジのアカネとエリに対する態度は全く違っている。二人は少年がどのようにして友達と女性を知っていくかの象徴的存在であろう。シュウジが愛した二人の女性、シュウジは殺人に二度も手を染める、しかしいずれの殺人も愛した二人の女性アカネとエリのためであり、シュウジにとって価値があるものもアカネとエリだけだった。恐れを知らない「鬼ケン」はあるべき父親像、「アカネ」こそがあってほしい母親像、恋人の理想像が「エリ」、これが疾走のフレームワークであろう。
疾走 上 (角川文庫)
疾走 下 (角川文庫)
その日のまえに (文春文庫)
きみの友だち (新潮文庫)
きよしこ (新潮文庫)
流星ワゴン (講談社文庫)
くちぶえ番長 (新潮文庫)
日曜日の夕刊 (新潮文庫)

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