3日、神奈川県相模原市緑区青根の市立青根小学校から出火、木造2階建ての校舎述べ1336平方メートルが全焼した。TV視聴者の撮影した映像から木造火災の怖さを改めて教えられた。前身の校舎火災から2年後、地元民の力で1943年に建造された。県内で最も古い木造校舎で、市登録有形文化財という。5日には入学式と始業式の予定されていた。児童の動揺をしっかりフォローしてほしい。
小学校から高校卒業まで12年間、すべて木造校舎だった。小学校は藩校時代から続く伝統校で、校舎のつくりはしっかりしていた。2階建ての校舎で、天井は高く廊下の幅は広い。木製の窓枠には透明ガラスが入っている。そんな校舎が5列くらい並んでいた。入学は戦後の学制改革施行の1947(昭和22)年、カタカナから平仮名に変わった年。学校の周囲は桜に囲まれていた。
中学の校舎は終戦直後に建てられたもので、その両サイドに突っ支いがあり支えられていた。台風などによる転倒防止のためと勝手に理解していたが、不安定な校舎の記憶が消えない。高校も、2階の廊下は時に波のようにゆらゆらしていた。ここにも支えがあった。冷たい隙間風も思いでの一つだ。今はいづれも鉄筋コンクリート校舎に建て替わり、快適な学習環境にかわった。
青根小学校の木造校舎を思いながら、1970年ころに建て替えのため木造校舎は解体された母校に小学校のHPを開いてみる。何枚かの写真の中にカラーの玄関が載っている。ここを通って校舎に出入りした記憶はないが、写真を眺めると、60年以上も前のあれこれが蘇る。木のぬくもりというのだろうか。