出版屋の仕事

知識も経験もコネもないのに出版社になった。おまけに、すべての業務をたった一人でこなす私。汗と涙と苦笑いの細腕苦労記。

版権交渉1 コンタクト

2014年04月17日 | 翻訳出版
新しく発見することが減って1年半放ってあったが、この1年半にいろいろ勉強した。いろいろと言っても関係する本は1点だけで、作っている最中の本について語るのは躊躇われたので、これからまとめて書く。他でもちょろちょろ書いたので、それを読んでくださっていたら内容はずいぶんダブるが、何回かに分けて改めて振り返ってみることにする。

ある洋書を読んだのが2012年の前半で、とても満足したんだが知り合いに勧めても読んでもらえなくてストレスを感じていた。結構たってから、テメエが日本で出せばいいんだと気づき、原著の版元にメールしたのが、2012年6月。決まれば、うちでは初めての翻訳書となる。

なぜそれまで翻訳書に手を出さなかったのかといえば、一番の理由はコスト高だ。どこかにそう書いてあって、そのまま信じていた。著者に払う印税以外に、翻訳者にも何らかの報酬が発生するので、当然と思われた。少し踏み込んで勉強してみたら、「普段払ってる印税に上乗せして翻訳代がかかる」というわけではなくて、そこは「翻訳書なんだから」という理屈で低めの印税率になるようだった。

よく出るのはアドバンスの話で、出版権を得るために1億円を超える額を…といったニュースも目にしたことがある。ただしこれは売れっ子(それも世界規模で)に限った話だし、実際はアドバンスとは単なる前払印税である。日本でも保証部数を設定することがあるが、その保証分を刊行時でなく契約時に払うだけのことで、別に余分に金がかかるわけではない。取次の支払もそうだが、うちは早く払おうが遅くもらおうが、払い損や取りっぱぐれがない限り問題ないので、アドバンスに目くじら立てる翻訳出版解説書の説明を理解するのに苦しんだ。

後になって分かったのは、刊行できたらただの前払だが、契約後に話がポシャっても払ったものが返ってこないという意味で、要注意項目であるということ。日本でも前払いした分を回収できないリスクはどの業界にもあると思うが、出版業では前払いすること自体あまりないだろう。それが、翻訳出版のアドバンスは「何があっても返さない」という契約がほとんどのようで、「契約する前によく検討しなさいね」ということであろう。

実際、ポシャる不安というのは確かにあった。一口に著者といっても国が違えば出版に関するノウハウがいろいろ違うため、相手がどこでへそ曲げるか、分かりづらいのである。国内だったら、出し慣れてる著者はそれなりに分かっているし、慣れてない著者だったら慣れていないなりに調べているか、こちらが説明すれば済むんだが、出版環境が違えば、「業界の常識・慣習」みたいなことも違う。プラス、遠く離れている者同士のやり取りになるので、「会って話して誤解を解く」わけにいかないということもある。うちの場合、不安だけで危機とまではいかなかったが、払ったものが無駄になるリスクに関しては、やってみて初めて理解できた。

リスクだけでなくて実際にコスト高かと言えば、よほど翻訳出版に慣れている著者でない限り、日本人著者の本よりはかかると思われる。うちでは印税は「本として出せる状態の原稿に対して何パーセント」という考え方をしていて、リライトやら図版による説明やらが絡むと、それらを提供しないオリジナル著者の印税率は下げさせてもらう。この理屈でいくと、翻訳代や監訳代がかかれば原著の著者の印税を下げたいところだが、どこまで交渉できるかで違ってくる。

ちなみに勉強した本には、「コスト高になり過ぎて翻訳書が出なくなるという事態は避けなければならない、わざわざ日本で出すんだから、文化を広めるという大義のために著者としっかり交渉せよ」と書かれていた。この理屈がすんなり通じるのは、自分の本が他国で翻訳出版された経験があり、かつ話が分かる著者だけだと思われる。通じないと、コスト高となる。もしかすると、ただでさえコスト高なんだから、売れると分かってない限り版権交渉に進まなくて、結果的に経験のある著者が占める割合が高いのかもしれない。

日本人以外との契約では、交渉力とは無理を通す力ではなくて、説得しうる論旨の展開ができるかどうかである。相手に低印税率を飲んでもらうための論理をアレコレ読んだりして勉強したが、自分が著者だったら反論できるような理屈しか見つからず、まあ当たってみなければ分からないと覚悟を決めた。

というわけで、向こうの版元にメールを送ったとき、私が気にしていたのは印税率だけであった。ちなみに今回の「向こう」とは米国のことだが、日本で翻訳出版されるもののうち米国の本は結構多いと思われる。彼の国では出版社が著者の窓口、もっといえばエージェント的な役割を果たすことが多いと解説本に書いてあったので、素直に従った。著者だろうと出版社の人間だろうとガイジンには変わりないので、どっちでも構わない。

夕方メールを送ったら、翌朝、返事が来ていた。(つづく)

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