出版屋の仕事

知識も経験もコネもないのに出版社になった。おまけに、すべての業務をたった一人でこなす私。汗と涙と苦笑いの細腕苦労記。

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翻訳 編集魂

2014年11月13日 | 翻訳出版
※ 「翻訳出版」カテゴリのエントリーは、過去を振り返って書いています。

契約締結が完了し、いよいよ翻訳に取りかかることになった。原書はA5判より少し大きい判型で約370ページ。

普段、日本人の著者に執筆を頼んでいるときは、本文が完成するまでが大変で、「参考文献、リストアップしておいてくださいね」とか「あとがき、どうしますか?」なんていうのは、私にとってはゴールが見えてきて嬉しい段階である。なのでその感覚で、本文の前に謝辞や推薦文などが10ページ以上あったが後回しにすることにした。

とりあえず本文から訳し始めたが、今の私は翻訳家として食べているわけではない。契約書やマニュアルを訳していたこともあるが、今は友人知人に頼まれて手紙やメールなどを訳したりする程度である。話すほうは問題ないが、プロの翻訳家ではない。それでも、たまに見る不自然な和訳が嫌で決めたことなので、何度もくじけそうになりながら頑張った。頑張った…というのは、訳すのに苦労したとか訳が分からないということではなくて、そのボリュームに怖じ気づき、いったいいつになったら終わるのかと不安だったのである。

途中、本文のまっただ中に写真ばかりのページがある。口絵でもなんでもなく、なぜ本文中の関係あるところに入れないのか不思議だったが、とりあえず訳していく上で「折り返し点」のような存在になった。これがなかったら、めげることがもっと多く、時間ももっとかかっていたかもしれない。

あと、普段しょっちゅう翻訳しているわけではないので、全部で23章あるうちの最初の2、3章は、ペースが乗らなくて大変だった。スピードもそうだが、訳文の自然さやリズムの点で乗り切れなくて苦労した。最終的に全部訳した後も、これらの章だけノリの悪さが気になって、何度も推敲することになってしまった。

しかし一番の問題は、「編集したくなってしまう」ことだった。疑問に思うことは著者と確認していったんだが、明らかな事実誤認などは「あなたが正しいと思うなら変えていい」というなんともタカビーな返事をもらいながらも、少なくとも修正できるわけで、これらは問題ない。そうでなくて「こういう構成のほうがいい」とか「ここの部分は分かりづらい」とか、日本語の原稿で言う読みやすさ的観点で赤を入れたくなる部分が多かったのである。一読者として原書を読んでいたときには気づかなくても、訳しながらだと感じることが結構あった。

なので、「こうしたほうがいいと思うには思うが、あくまでも翻訳書なのだから黙っているべき」とか、「さすがにこれは著者に確認したほうがよかろう」などと、編集者魂(こんな私にもそういうものが身に付いたのだ!)との兼ね合いで悩むことが何度もあった。翻訳だけ請け負っていたら、そういう悩みはなかったと思う。

それから、本書は膨大なインタビューをテーマや時系列に合わせて著者がまとめたものなのだが、著者がインタビューした相手の中にひとり日本人がいた。理由は端折るが彼と会う必要があり、そこで「インタビューで本意が伝わってない可能性があり、日本語バージョンが出るなら、自分が語った部分に関しては出る前に確認したい」と言われた。

私にとっては何の問題もないので赤を入れてもらって著者に確認したら、一部変更を認めてくれたものの、「流れをぶった切るのでダメ」というところがいくつか出てきた。「まあそうだよな」と思うところは日本人氏に説明して納得してもらったが、「いや、流れ的にもOKじゃん」というところもある。そういうところに限って、日本人氏が「そうは言ってない」とこだわったりして、調整が結構大変だった。

翻訳そのものに関する苦労は他にもあるんだがそれは別の記事に書くとして、本来しない(すべきでない?)編集的口出しを自分の中で押さえ込んだり、押さえ込めないものは確認したりしたので、ますます時間がかかってしまった。

翻訳出版でも、ビジネス書でコンセプト(と著者名)だけ輸入したり、実用書で日本の読者に合うように編集するようなケースはあると読んだことがある。私の場合、始めに「あなたの本にホレました!」とコンタクトしたこともあり、編集したくなるとは契約段階では思いもよらなかった。翻訳出版を数多く手掛けている版元はきっと、そういう可能性についてきちんと認識していて、編集や営業の方針を決め、著者とも契約する前に確認するんだろうなと、今になって思う。
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印税

2014年09月05日 | 翻訳出版
ちょっと話は前後する。翻訳出版の契約の中でも重要…というか私がいちばん気にしていた印税について書くのを忘れていた。

ガイド本には、「日本での採算を考えると一般書で5~8%」と書いてあった。プラス翻訳印税も発生するので大変だなと思ったが、今回は自分で訳すので、とりあえず著者に払う印税だけ気にすればいい。いいんだが、問題は2つあった。

1つは、著者がオリジナル本の出版契約とうちとの契約とを同じように(というか、同じ種類の契約と)考えていて、米国では10%なのになぜ下げる必要があるのかと、当初食い下がったこと。よく考えてみれば、著者にとってはどこで出ようが自分が書いたものに対するロイヤルティーなのだから、同じ印税率を求めて当然という姿勢も分からんではない。翻訳料がかかるからとか市場が違うからとかいうのは、版元側の理屈である。日本人著者の本よりコスト高だから…という理由は、相手に「お願いする」根拠にはなっても「説得する」材料にはならない。契約交渉において、あまり「お願い」はしたくない。

もう1つは、長く売っていきたいが、この円安の流れで将来の計算が成り立たないようなことはしたくないということ。ついでに言うと、私はいろんな相場に手を出してきたが、広い意味での外為ではプラマイゼロに近い成績なのである。つまり、悪いほうに傾く可能性も無視できないということ。

さらに、長く売っていきたいという希望絡みの話で、最近はオンデマンド(千部未満)印刷も安くなってきたのでうちでは増刷によく利用する。新刊時みたいに在庫がドーン!ということにならず、かつ品切・重版未定にしなくて済むので、助かっている。が、安くなってきたと言っても、初版時より単価は上がる。その上円高で印税も値上がりとなると、とても痛い。痛いで済むならいいが、うちみたいに刊行点数が少ないと、1点たりとも赤字にするわけにはいかないのである。

そこで、円建ての数字をオファーしてみた。交渉時のレートではダメだが、オリジナル版が出た当時の為替レートで計算すると著者の希望である10%にずいぶん近くなる。屁理屈だが、数字に弱そうな著者はこれで説得されつつあるようであった。そこへ、「エージェントを通さないでこうして交渉している恩恵を受ける(手数料引かれない)のはアナタ」、「なかなか返事をくれなかったのもアナタ、1年前ならもっと払えたのに(円高だったから)…」と畳み掛けたら、一気に話がまとまった。

こちらは…と言えば、ただでさえ初めての経験でいろいろ予測しにくい出版で、印税に関して予算を固定できるのは大助かりであった。後になってページ数が決まって刷り部数を決めたとき、本体価格の算出で悩まずに済んだ。

ちなみに、結果的には約6%。写真や協力者への謝礼込みで「すべてのコンテンツ」に対して10%、つまり通常のうちの「印刷製本に入れる原稿」に対して10%という目標をクリアできた。
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契約完了

2014年08月13日 | 翻訳出版
コンタクトから1年かけて契約交渉し、ようやくすべて合意にこぎつけたので、契約書と税金関係の書類を送る。日本は著者が住む米国と租税条約を交わしていて、所得税を源泉しなくてもいいのである。著者の手取りと確定申告時の手間が違うだけでこちらには関係ないが、そうせよと翻訳出版の本に書いてあった。書類のやり取りと税務署への提出だけで済むので大したことはない。

米国人だと、「租税条約に関する届出書」と「特典条項に関する付表(米)」という2種類の書類(各1枚)があって、税務署でちょろっと説明してもらう。別に何も難しいことはない。タイトルや印税額などほとんどの必要項目をこちらで記入し、念のために住所などはあちらで書いてもらうことにして、あとはサインすべきところなどに印を付けて送った。

ところが届いた書類を見た著者から質問が山のように来て、実際は結構大変なことになってしまう。和英並記だし、うちの前にスペインでの刊行も決まっていたんだが、米西間では租税条約は交わされていないようで、かつ他に国外での収入が発生したことがないらしく、制度自体をよく知らないようだった。そのやりとりで、またしても2週間ほどかかった。

さらに、こちらから送った書類2枚はいいとして、彼の地のタックスペイヤーであることの証明書を取ってもらう必要がある。ちなみに日本でいう納税証明みたいなものを想像していたが、送られてきたのは住民票みたいな「単に居住者であることの証明」であった。IRS(合衆国内国歳入庁というらしい)という機関に申請して発行してもらう。どこかで1ヵ月くらいかかると読んでいた(実際には2週間ほどで発行された。州によって違うかもしれない)。

サイン済み契約書と一緒に送り返してくれればいいからと言って気長に待つつもりでいたら、税理士が「申請書のコピーじゃダメなのか」と聞いていると言ってきた。手続きがよくわからなくて税理士に相談したらしいんだが、申請書のコピーなんて言い出すなんて、その税理士、大丈夫か? おまけに、役所の書類には「様式1」とか数字がふってあるが、申請書ともらうべき証明書の番号がごっちゃになって、税理士の指示自体もよく理解しないままこちらに質問してくるので、返事するのに苦労した。

契約書と書類をすべて受け取って、次は印税(アドバンス)の支払い。ちなみに、払うのは税務署に書類を提出した後でないとダメだとのこと。今回のような小額では問題ないだろうが、余計な心配はしなくていいように諸々が終わってからの支払だと著者には前もって言ってあった。「早く現金を!」という著者ではないし、いろんなことに疎いようなので、そのへんはこちらのペースだったが、うるさい著者もいると聞く。

できればペイパルか、出稼ぎ移民が使うような安い手数料のところで送金したかったんだが、そちらも疎いようで銀行から振り込むことになった。

アドバンスの支払が終わって、ようやく契約関係はすべて完了した。最初のコンタクトから1年と2ヵ月かかった。
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版権交渉6 詳細

2014年06月20日 | 翻訳出版
ブラジルでの翻訳出版で使われた契約書が送られてきて、それに対するコメントを送ったところ、著者本人はその契約書をきちんと読まないまま送ってきたことが判明した。つまり雛形変更の理由は、私が日本で入手したものより「長い」ことだけ。

ちなみに、私が送った雛形には全部で15の条項があり、ブラジル版は17だった。長いと言っても大して違わない。ただ日本版には法律的な言い回しで分けているだけの項目もある。著者はエージェントを入れたくないと言いながら、契約(法律)に関する知識はあまりないようで、ひとつのコメントに返事が返ってくるのに最低3日はかかる。が、とにかく辛抱強くやりとりし、大してクリティカルでないことは1ヵ月ほどでクリアした。

ブラジル版雛形の大きな違いは、映画化に関して変な項目が入っていたこと、契約更新の方法、解約に至る条件を指定していたことである。

映画化に関することとは、制作目的か宣伝目的か知らないが「映画会社に何冊ただで提供せよ」というもの。まったく理解できないので全部削除したいと言ったら、自分にすべての権利があるから残したいと言ってきた。「米国版にもスペイン版にも入っている」と言う。こっちは映画化なんか関係ない。実現するかどうかも分からない映画化を前提にして、かつそのときどうせよなどという条項はいらんと言っただけ。まして、すべての権利は著者にあり、翻訳して出版するだけのライセンスであると、もっと前のほうに書いてある。おそらく二次利用のこととごっちゃになっている。何度か説明したら理解してくれて、二次利用権(本契約には含まれない)の条項に「例として映画化」と入れ、この条項自体は削除することに決まった。

契約更新については「毎回お互い確認し合う」となっていたので、日本版の「解約の意思を伝えない限り自動更新」に変更したかったが、これはダメだった。こちらの理由は分かってもらえたが、またしても米国版とスペイン語版も…という話が出てきた。面倒なのでできれば自動更新にしたかったが、単なる手間の話なのでこちらが折れることにする。

解約の条件とは、通常の「違反」とか「倒産」とか以外の、「在庫が○冊を切った場合と、年間売上が○冊未満になった場合」という別項目である。著者の気持ちとしては分からなくもない。著者にエージェントがついて活躍している米国では、ある程度常識にもなっているであろう。が、そうかたいこと言わずにずっと売らせてよと言ってみた。売上が細ったら、翻訳し直して出そうという版元など現れないだろう。オリジナルの本の出版契約であれば、別のところから出すなり自費出版に切り替えるなり…という悩みが発生するかもしれないが、日本語版が日本で細々と売れ続けても著者には何の不都合もない。これまた米国版とスペイン語版では…と言い張るので、「在庫は売り続けることができる」という文を入れ、かつ数字を半分にしてもらうことで、こちらが折れた。

また、これらの交渉をしているうちに、ポロッと「日本で文庫化の話が出たら…」などと言ってしまった。これはバカだった。こちらに経験はないし、書店の棚など流通営業がらみのことなどアメリカ在住の著者には理解できないのに、余計なことを言ったもんだから、質問されたり説明したりで10日ほど無駄にした。ただ、契約対象に紙の本の出版はすべて含まれるように、「単行本」という言葉は変えてもらった。

あとは挿入されていた写真に関してで、ブラジル版の雛形にはすべてのコンテンツを含むとあったので「それでいいのか?」と再度確認したら、やっぱり違った。初期の頃にも聞いてあったんだが、そのときは何とも言ってこなかったもの。今回の交渉の後半に弁護士の知り合いとかスペイン版の版元とかに相談し始めたようで、「写真は版元が手配するものと言われた」という返事が返ってきた。そんなことは分かっているから早い時期に尋ねてあったんだが、まあよしとする。ただ、それならレイアウトはこっちの勝手にする…というのは気に入らないと言ってきて、これまたやり取りに結構な時間がかかった。(それに関しては、後日改めて書くと思う)

最終的に、交渉には約1年かかった。版権エージェントを通していたらどういうことになっていたのか、興味深い。ああいう著者にも全部付き合うんだろうか。あるいは、版元からの説明がもっと簡潔になって、とっとと話が進むのか。うちの著者なら納得するまでウンと言わない気もするが、とにかく1年費やしてしまったので分からない。エージェントが版元の代わりに著者を説得してくれることはないだろう。版権交渉の部署があるとか、かつ絶対日本で出したい!という熱意があれば、頑張って交渉(説明)するだろう。が、それを面倒と思って手を抜いていたら、あの感情論重視の著者なら「そういう誠意のない態度の版元とは契約しない」と言ったと思う。

外国で翻訳出版されること自体や印税が入るといったことは、あの著者にとっては二の次で、この本を世に出したいという意思を共有することが最も重要なのだ。考えてみれば当たり前のことだし、そもそもそこまで惚れ込んだから申し入れたのである。コストやいろいろ考えてずっと翻訳出版は手を出さずにいたが、契約までたどり着いて、出版の初心に返った気がした。
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版権交渉5 縦書き右綴じ

2014年06月09日 | 翻訳出版
訳文チェックに合格し、契約条件の交渉を再開したのが、最初にコンタクトしてから半年とちょっと経ってからだった。うちの出版契約書を見たいとのリクエストは、翻訳出版とは関係ないと説明したら、分かったのか分からないのか分からないが、何も言ってこなくなった。が、送った雛形についても何も言ってこない。雛形といっても入れられる数字や日付は入れてある。何か変えたい条項があれば、受け取ったほうがそうと言ってくるべきで、何もなければ一気にサイン!というつもりである。ところが、週に1回ほどのペースで催促しても、まだ確認中という返事しか返ってこない。

ただ、催促とごめんちゃいのやり取りを繰り返しているうちに、結構細かいことを気にする著者だと分かってきた。そうなると、こちらは日本で入手した雛形のおおざっぱさが気になってくる。双方の認識が違ったせいで後から文句を言われるのは避けたい。エキストラコストなしで日本版のためにしてもらいたいことは、最悪の場合諦めれば済むが、何それは契約(印税の対価)に含まれていないと後から言われるのは困るので、念のため確認のメールを送ることにした。

ただでさえポンポンと物事が進まないのに余計なことは言わないほうがいいかとも思ったが、どのみち催促するなら一緒である。「一応確認」というやりかたで、条項を1つずつ「合意済み」にしていくほうが早いかもしれない。

いくつかの確認事項のうちの1つが「この契約は、本書のすべてのコンテンツを含む」というものだった。今話題の引用は、本来引用なら何の問題もないはずなんだが、新聞記事なんかはうるさいけど大丈夫か?というようなこと。さらに重要なのが写真で、普通に考えたら写真の権利は写真家にあるはずだ。私だったら雛形を読んだ時点で「ちょい待ち! 写真は違うからそっちでやって」と断るんだが、何も言ってこないので確認したのである。

(C)マークがついていたので、写真の使用料を権利者に払うことは尋ねる前から覚悟していた。気になったのは、「著者との契約の中に含まれないなら写真をどうするかはこちらの勝手だということを、著者が認識しているか」である。本文の真ん中あたりに写真をまとめて載せていたので、そんな能のないことはしたくなかったが、それまでのやり取りから推測するに、黙って変えたら文句を言われそうであった。案の定、口絵方式でない(本文と同じモノクロ印刷)にも関わらず、原著のとおりにせよとの返事がきた。

念のためカバーについても「原著のまんまにはならないよ」と言ったら、なら契約しない!と言い出しそうな勢いで、自分がどれだけ考え抜いたか精魂こめて作ったかという説明メールが来た。謝辞を読むと編集者やデザイナーは普通にいたようだが、そのへんの権利は一体どうなっているのか? 原著の版元から「すべての権利は著者にある」と言われて著者とやり取りを始めたんだが、こちらが想像していたのは「版元はエージェントではない」とか「二次利用権の話も著者としてくれ」的なことだけだ。まさかレイアウトとかカバー(あっちの本で言う表紙)デザインまで著者が牛耳ってるとは思わなかった。というか、実際そのへんがどうなっているのか、今も分からない。少なくとも、日本で言う「タイトルとカバーは版元のもの」みたいな理屈が通じる相手ではなさそうだと分かった。

原著はペーパーバックスタイル(発刊形態自体はフツーの初版)で、装丁なんか表1に限らず全く別ものになる予定だ。が、「日本の単行本ってのはねえ!」と説明を繰り返しても埒があかない。オビがあるから表1の写真の使い方が変わるとか、表4に新聞の書評なんか載せないとか、必死で説明しても、とんちんかんな「ダメな理由」が来る。いや、私も個人的にオビ嫌いだし、原著のような体裁の本を日本で売りたいならそれでいいんだが、今回はそうじゃないのである。別に、日本の単行本のカタチにこだわっているわけではない。この本の読者層を考えると、ペーパーバックも「真ん中にまとめて写真」も変だろ…と思うのである。

しょうがないので日本の普通の並製単行本の写真を撮って送ったら、あっさりOKが来た。そこでようやく分かったのは、著者は日本語の縦書き右綴じの本を見たことも触ったこともなかったということ。だから、こっちがいろいろ理由を説明しても、想像できなかったのである。考えてみたら当然であった。「日本の読者のことは私のほうがよく分かっているんだから」と言い張っても、日本の読者は縦書き右綴じの本を読むのだという感覚がそもそもなかったのである。

いや~、勉強になった。一件落着。・・・だったが、突然「ブラジルの出版社からも翻訳出版のオファーが来て、その契約書のほうがいろいろ詳しく書いてあるみたいなので、それを読んでみてくれる?」というメールが来た。こちらが送った雛形がやたら簡潔なので不安だったくらいだから、ブラジル版を叩き台をする分には問題ない。すぐに読んで、いくつか変更したい条項をその理由とともに送った。

翌日なんと、「まあ、あなたはあの契約書を全部読んだのね!」という返事が来て、腰が抜けた。。。(つづく)
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