「テレビ」と「平和」と「憲法」のblog

元ワイドショープロデューサー仲築間 卓蔵(なかつくま・たくぞう)のブログ

紅白歌合戦・考

2012-01-11 15:03:13 | Weblog
 ちょっと古い話になってしまいましたが、何か忘れ物をしているような、そんな気持ちでいたものですから、さっぱりしたくて書いてしまいます。
 昨年末のNHK『紅白歌合戦』のことです。

 東日本大震災の復興支援がテーマでした。
 「世界からのメッセージ」コーナーには、ドイツで活躍のサッカー選手・長谷部誠さん、香港の俳優・ジャッキー・チェンさん、アメリカの人気歌手・レディー・ガガさんがコメントを寄せ、福島出身の4人組バンド”猪苗代湖ズ”が初登場で『Ilobe you &Ineed you フクシマ』を、歌手・長渕剛さんは、石巻市の小学校校庭から、”ぼくは 悲しみを抱きしめようと
決めたァ!”と新曲『ひとつ』を熱唱、フクシマ出身の俳優・西田敏行さんは、涙をこらえながら ”あの街に生まれてよかったといわせてくれ 大切なものが何か 教えてくれた故郷よ”と謳いあげました。
 西田さんの場面では、集会場に集まった(涙を拭きながら)聴く被災者の方々の姿が中継されました。
 視聴していた多くの人たちと被災地が 心を寄せ合った瞬間だったかもしれません。

 それが 気になったのです。
 3.11直後から流されたAC広告と、なぜかダブって見えたのです。
 あの頃、「思いやり」とか「日本は強い国」とか「日本はひとつ」とか・・・・・、有名タレント、有名スポーツ選手を登場させて、結果的には、東京電力と国に対する責任追及から目を反らさせる役割を果たした あのAC広告とです。
 私には、あのAC広告の「年末集大成版」に見えたのです。

 現実は・・・被災地は大変な寒さです。
 東電福島原発事故は「レベル7」
 放出された放射性セシュウムは広島原発168個分
 県内経済にも大打撃
 避難している人 15万人。6万人強が県外での生活を余儀なくされています
 炉心の中がどうなっているか わかっていません
 放射能汚染の広がりも知らされていません 海洋汚染の実態もわかっていません
 瓦礫の処理も
 岩手、宮城、福島の小中学校のほぼ半数は 復帰のめどが立っていません。

 福島県議会は、県内原発全10基の廃炉を求める請願を採択しました。
 福島では、「放射能除染、全面賠償、原発ゼロ」という願いを受けて、「国・東電」に対する日本共産党を含めた「オール福島」のたたかいという状況が生まれています。

 「国民的番組」といわれたこともある『紅白歌合戦』です。
 未曾有の、歴史的な、大震災、原発震災の年に わざわざ「復興支援」と銘打ってやったのですから、国民的「怒り」が滲み出るものであってほしかった。
 「それは期待しすぎだよ」といわれるかもしれませんが、(大変な制作費をかけたでしょうに)一歩踏み込んだ、一工夫(ほんの僅かなシーン、僅かなカットでいい)がほしかったのですよ。
 これは望み過ぎでしょうか。私ひとりの「天邪鬼(あまのじゃく)」な見方でしょうか。

 いずれにしても、書いてホッとしています。
 読んでいただいてありがとうございます。

 
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謹賀怒龍年

2012-01-02 12:00:34 | Weblog
 革新都政の会ニュースに寄せた「新春随想」です
 年初のご挨拶としては 手抜きかな。

 私の賀状。ことしは
   あけまして めでたいかどうか・・・
   おわってみなければわかりませんが
   謹賀怒龍年
   激動之年 選択之年
   ことしもよろしくおねがいします
   2012年 はじめに 
です。

 「漂流」状態の民主党内閣は、昨年末も押し詰まったタイミングで本性を露呈しました。
 普天間飛行場の移設に向けた環境影響評価書(アセスメント)を、こっそり沖縄県庁に運び込んだのは12月28日未明。
 翌29日には、「コンクリートから人へ」のマニフェストを投げ捨て、八ッ場ダム「建設再開」を決定。
 その日の夜の同党税制調査会は、2015年10月までに消費税率を10%とする案をまとめたのです。
 原発事故の収束も、被災地の復旧・復興の目途も立っていないというのに、「国民のいのちと生活」は置き去りにしたままです。『龍』も怒る年になること必然です。

 教育問題や大型公共事業など難問山積の東京都政ですが、生活時間の半分を都内で費やしている身として心配なのは「大震災」です。
 石橋克彦・神戸大学教授が衆院予算委員会公聴会(2005年2月23日)で公述した話を思い出しています。それは
 「日本列島はほぼ全域で大地震の活動期に入りつつある」
 「どういう震災が起きるか・・・広域複合愛震災、長周期震災、超高層ビル震災とかオイルタンク震災。そして、原発震災というものが将来起こりうる」
 「人類が、まだ見たこともないないような、体験したことこともないような震災が生ずる可能性がある」
 「巨大地震が起きると、非常にゆったり大きく揺れる長周期の地震波を放出する」
 「最近の超高層ビルは制震装置というのを備えて揺れを抑えるといわれているが、まだ実際の長周期震動に洗礼されたことがない。その構造物自体が損傷するかもしれない。これが長周期震災」
 「オイルタンク火災、コンビナート火災は、津波によって火のついた油を乗せた海水が市街地に遡上して、市街地延焼化作用を誘発することも起こりうる」
 というものでした。
 この警告は、予算委員長(当時は自民党)の「ありがとうございました」の一言で片付けられています。
 しかし、石橋教授の公述どおりのことが、6年後に起きたのです。

 いま、巨大地震による長周期震災が東京に起きたら・・・。
 オリンピック誘致や、1メートル1億円の道路建設などを発想すること自体 不思議です。
 安心して住み、働きつづけられる東京にしていきたい。
 その「思い」をあらたにしている『龍年』の初めです。
 
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金正日総書記死去で思い出したこと

2011-12-20 12:07:45 | Weblog
 12月14日。なかのZERO大ホール。「いのちを歌う あしたを語る」へのご参加ありがとうございました。
 900名を超える参加でした。
 12月だというのに30分も延びるなど、舞台進行担当としては反省の多いイベントでした。日頃から「こんな集まりならまたきてみよう」と思っていただけるものにするために、その都度工夫をこらしてきたのですが、今回はきわめて不十分なものとなってしまいました。
 次回は、今回の反省をこころにとめて努力いたします。今後ともよろしくお願いいたします。

 そんな矢先、金正日朝鮮労働党総書記が17日午前8時30分、現地指導の際、過労により列車内で死亡したという報道がありました。死因については、心筋梗塞を起こし、心原性ショックを併発したためだそうです。
 後継者については、朝鮮労働党中央委員会、党中央軍事委員会などが連名で発表した報道文には、「尊敬する金正恩指導者の領導に忠実に従おう」とあり、金総書記の三男の金正恩中央軍事委員会副委員長(28歳)が後継者となることを示唆しています。
 日本政府は安全保障会を開催し、不測の事態に備え万全の体制構築を指示したといい、韓国も国家安全保障会議を緊急招集。中国も国境警備を強化したといいます。
 何年前でしたか、「テポドン」の発射訓練で大騒ぎしたことがありましたね。韓国海軍の哨戒艦が沈没した事件もありました。哨戒艦のときは、(事件の真相がわからぬまま)鳩山首相(当時)は「だから”抑止力”が必要」といい、沖縄の基地の重要性を強調したものです。
 原発問題に収束のメドはたたず、被災地復興は掛け声ばかり、TPPは・・・消費税は・・・年金は・・・。国民の怒りが増すばかりのいま、金正日総書記死去への対応が「目くらまし」に利用されないように注目する必要がありそうです。

 後継者問題で思い出したことがあります。
 2009年7月。韓国記者協会主催のジャーナリスト世界会議に参加したときのことです。ぼくが参加した目的は、北朝鮮に詳しい慶南大学教授・LIM EUL-CHOOL(リン・オンチョル)さんの話を聴くためでした。
 リン教授はいいます。「後継者といわれているのは金正恩。26歳(実際は23歳、業績を上乗せするために年齢を多くみせるという)。北朝鮮は内部的後継者を急いでいる。金正日総書記の健康問題」と。
 2009年に23歳だといいますから、いまは25歳ということになります(発表は28歳となっている)
 金正恩氏が軍事委員会副委員長になったとされるのが2010年9月ですから、リン教授の予測は当たっているといえますね。
 リン教授はさらにつづけます。「ただちに金正恩体制にはならないだろう。後見人が仕切ることになる」「その後見人は、金正日の妹婿のチョン・ソンテツ氏。この人は国内で支持が多い」と。
 そこで北朝鮮はどのようになるのかに関心が集まります。
 リン教授は、「内部で変化の可能性が高い」「どのように変化させていくか さまざまな(人権問題、経済協力、軍事的なものも)要素を少しづつ替えることになるだろう」と。

 いまのところ、体制はリン教授の分析どおりにすすんでいるように見えます。
 国際社会の責任ある一員としての道をすすむ条件をつくりだす土壌は(不確実ながら)つくられていくことになるかもしれません。この際、北東アジアの平和に向けて、日本も外交的努力をする時期にきているといえます。
 いろんな意味で、いま 日本は重要な局面にあることをつくづく認識させられていますよ。
 いろんな場所でああでもないこうでもないと話し合いながら、注意深く見守っていこうではありませんか。
 よいお年をお迎えください。
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『坂の上の雲』と城南信用金庫

2011-12-11 14:22:40 | Weblog
 NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』。第三部(完結編)がはじまりましたねえ。各方面から 「いま なぜ 『坂の上の雲』なのか」と問われつづけてきましたが、走り始めた車は止まらないようです。
 第三部第一回は「旅順総攻撃」。日本の近現代史を教わっていない人にとっては 何がなんだかわからないのではないでしょうかね。つくる側だけが「自己陶酔」している。なんとか見てもらおうと、NHKも苦労してますね。放送日に合わせて電車の車内吊り広告をやっていました。JRと京浜急行のタイアップです。
 でも、第一回の視聴率は12.7パーセント(ビデオリサーチ調べ)。”視聴率至上主義”でいうわけではありませんが、テレビドラマの視聴率は(民放では)昔は25パーセントが合格点でしたね。局間競争が激しくなるにつれて その数字も下がってきました。20%になり、いまや15%です。15%以下なら失敗作の烙印を押されるのです。
 
 もともと、司馬遼太郎は「軍国主義の鼓舞につながると思われるから」と映像化を許可していなかったのです。
 それを2001年(海老沢会長時代)に映像化権を得たのです。この年は、「従軍慰安婦」問題を扱った『ETV2001』が政治家の圧力で無残に改ざんされた年です。「靖国派におもねった企画」といわれていました。なにせ「坂の上の雲」は、中曽根康弘氏なんかは「われわれにとって すばらしい歴史教科書」とべた褒めしていたものです。
 第一部から第二部は 3人の主人公(秋山好古、真之兄弟と正岡子規)が松山を出て東京で「出世」していきながら、日清・日露戦争で活躍していく姿が描かれました。日清戦争は、朝鮮を植民地化する戦争でしたが、司馬遼太郎はそのことを描いていません。「司馬遼太郎の歴史観」は、多くの歴史学者、マスコミ人から批判されてきたものです。
 司馬自身、小説の中で「これからは日露戦争を書くことになる」といっているように、日本がいかにしてロシアに勝っていったかの戦術がこれでもかと描かれているのです。
 見る人は、歴史的背景を知らされないままですから、「何がなんだかわからない」ことになるのです。
 第二回は「203高地」。この戦いで6万人の死傷者を出したといわれています。第三回は「敵艦見ゆ」。最終回は「日本海海戦」です。

 民主党は、当初、まがりなりにも「東アジアの平和」といっていました。この作品を見た韓国・中国の人たちはどんな印象をもつのでしょうか。視聴率12,7パーセントといっても、全国で(猫が見ていても視聴率ですが)1270万人が見た計算になります。「いまの閉塞感を、明治の気概で乗り切ろう」などと思う人だって現れるかもしれません。あらためて歴史認識について
周囲で話し合ってみてはどうでしょうか。

 一方で、歴史を前にすすめようとしている企業もあります。
 以前 このブログでも紹介しましたが城南信用金庫です。理事長が「脱原発」といえるメッセージを発表したことで一躍脚光を浴びています。以来、顧客が増えているそうじゃありませんか。
 その後、同金庫は東京電力との契約を解除したそうです。「原発に頼らない安心できる社会」に向けて、具体的に踏み出したのです。「営業活動のなかでも呼びかけ、国民運動として展開したい」といっているのです。日本も捨てたものではありません。

 ところで、12月14日、九条の会・東京連絡会が「さようなら原発 平和・9条ーー音楽と講演のつどいーーいのちを歌う、あしたを語る」を開催します(なかのZEROホール 19時開演)。魂のテノール歌手・新垣勉さんの歌と、九条の会事務局長・小森陽一さんの講演です。これだけでも納得の内容ですが、福島九条の会・事務局長の真木実彦(東北大学名誉教授)の訴えと、なんと、城南信用金庫の吉原毅・理事長からのメッセージが紹介されます。メッセージの中身は、当日のおたのしみということにしておきます。
司会は、元TBSアナウンサーの藤田恒美さんが引き受けてくれました。これもおたのしみの一つです。
 日本は いま 大きな曲がり角。この「つどい」で、あたらしい年に向かいたいたいものです。
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タイの洪水に思うこと・二題

2011-10-26 10:52:06 | Weblog
 記録的な大雨でタイは大変です。
 バンコク中心部も氾濫の恐れがあるといいます。
 ここで思い出したこと、気づいたことを書くことにしましょう。

◆かつてバンコクは「東洋のベニス」といわれていた
 大雨による被害は ”人災”

  思えば、34年前です。1977年9月25日から13日間。新聞、民放の労働者代表による「ベトナム友好訪問団」の一
 員としてベトナムを訪ねたときのことです。ハノイに入るためにはタイ(ドーンムアン空港)、ラオス(ビエンチャン)経
 由でした。往路、帰路ともバンコクに泊まりました。当時、タイは軍事政権下で、政情も不安定でしたね。
  帰国して、日本テレビ労働組合の組合ニュースに印象記『トンニャットベトナムを訪ねて』を連載しました。

  その第一回の一部を紹介しましょう。

  「・・・昨夜、ホテルのレストランの窓から見た光景が脳裡をよぎります。バンコックは戒厳令の街。1時から4時30分
 まで外出禁止。1時直前、一台のタクシーが、眼下の無人の道を泡を食ったように走り去ります。軍隊のトラックが不気味な
 ライトの光を残してゆっくり走り去ったあとは、もう静寂。犬が一匹、道路の真ん中に立ったままです。
  帰路のバンコックは雨。まるで台風のあとのように道路に水があふれています。
  空港から市内へ向かうバスの中で、案内人のTさんは”間違えないで下サイ。川ではありまセン、道デス”とみんなを笑わ
 せます。Tさんは笑いながら、”これは役人のワイロのためデス””バンコックは東洋のベニスといわれていた。大きな運河
 が縦横に走っていたが、道をつくるために埋めてしまった””雨が降れば、水はどこへ行っていいかわからない””先日、工
 事途中の建物がつぶれるという事件があった””ビルの柱に入れる鉄筋は、コンクリートでかくせばわからない。ワイロをと
 れば鉄筋の数は減る。だから壊れる”。
  わたしたちがベトナムの帰りだと知っているTさんが、そっと質問してきました。”タイは社会主義になったらいいと思う
 か”」。

  この連載は7回つづいていました。何かの機会にまた紹介することがあるでしょう。
  「東洋のベニス」といわれ、縦横に走っていた運河が埋められてしまい、ちょっとした雨でも道路が川になったのですから
 記録的な大雨で大洪水になるのは必然です。「政治の腐敗」を実感しましたね。”人災”(いや ”政治災害”といってい  い)という意味はそこにあるのです。

◆アユタヤの空から見えた「日本の産業空洞化」

  大洪水の報道はアユタヤの映像からはじまりました。
  空撮で、「屋根だけ見せて、たくさんの車が浮かんでいます!」と報じていました。
  「アユタヤには七つの工業団地があり、460の日本の企業が集まっている」と。
  『報道ステーション』(テレビ朝日系)で、鳥越俊太郎さんが、「こんなにもたくさん日本の企業が集まっていたとは・
 ・・・・」と、おどろきをあらたにしていました。次に何かコメントしそうな雰囲気でしたが、残念ながらありませんでし
 たね。
  自動車、精密機器などの会社が460も進出していたとは、ぼくも、不覚にもしりませんでしたよ。
  あの空撮を見せられて、瞬間 「日本の産業空洞化の実態」を 言葉でなく映像で思い知らされましたよ。
  「あの分だけ、日本の雇用が減らされている」「これはタイだけのこと、中国や東南アジアに進出している企業の実態を
 映像でまとめたら、日本人はあらためて”慄然”とするに違いない」と思いましたねえ。
  メディアの「目」は「洪水被害」だけです。そこから見えるものに言及しません。鳥越さんの「口ごもり」は、「それ以上
 は言えない」ことのあらわれですかね。
  いつだったか、中国の(日本の企業で働く)労働者が労働条件改善要求でストライキをやりましたね。タイの労働者とて
 同じだと思いますよ。
  安い労働力を求めて海外に出る大企業。その国の状況次第(今回は洪水被害ですが)で、次は 何処へ と行き場所を求め
 て彷徨(さまよ)うことになるのでしょうね。いみじくも、タイの洪水映像は、大企業の身勝手さ、「産業空洞化の実態」を
 見せてくれました。そんな目で見たのは ぼくだけなのでしょうか。

  折りしもTPP(環太平洋連携協定)です。議論は白熱しはじめています。野田政権はTPPについて「NOだ」といえないようで
 す。ここでも アメリカにもの申せないのですね。このままだと 日本「丸ごと空洞化」、アメリカの一州になりかねません
 よ。TPP問題、おろそかにできませんね。
  今回は 「タイから見えたあれこれ」でした。
 
 
  
  
  
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徳光和夫と(被災地と東京の)少年野球親善試合

2011-10-03 10:34:04 | Weblog
 今回は、ちょっと違う目で世の中を見てみます。
 先日、城南信用金庫の副理事長、秘書室長に、なんと目黒の高級料亭でご馳走になったのですよ。
 理由は?
 知人からの依頼の電話がきっかけです。
 「10月2日、被災地の少年野球チームと東京の少年野球チームの親善野球を東京ドームで行う」「野球といえば徳光。大会の総合司会を徳光和夫さんにお願いしたい。仲介してくれないか」・・・からはじまったのです。

 普通の金融機関だと二の足を踏むところですが、「城南信用金庫」と聞いてその気になりましたね。
 ご存知の方も多いでしょう。城南信用金庫が、4月8日の公式ホームページ上で、吉原 毅理事長の「脱原発」といえるコメントを発表しました。吉原さんは「原発の危険性をあらためて認識した」「私たちは、原子力エネルギーに依存することはあまりにも危険性が大きすぎるということを学んだ」「原発に頼らない安心できる社会へ」「普通の企業としても、金融機関としても、社会的存在を自覚したい」「企業としても発言し、行動していくことが必要」と述べたのです。
 大手メディアも、そのことを報じました。
そのことを、報道を通じて知って、城南信金がいっぺんに好きになったのです。

聞くところによれば、その後 城南信金の顧客が増えているようですね。それも大口の預金だというじゃありませんか。
 さもありなん ですね。

 早速、徳光和夫のマネージャーと連絡とりました。「当日(10月2日)は午後の予定があるが、午前中ならOK」ということでした。東京ドームは、まだプロ野球戦の最中ですが、「午前中なら」というので協力してくれることになったのだそうです。
 招待されたのは、気仙沼の中井小学校少年野球クラブ、宮古の田老リトルズスポーツ少年団、石巻の鹿妻・子鹿クラブスポーツ少年団です。1日は巨人・広島戦を観戦するといいます。
 親善試合は2日の7時15分からです。東京チームは大田区の池雪ジュニアストロングをはじめ8チーム。

 東北勢の3チームに、東京の8チームが順番に挑むのですから勝敗は決まったも同然です。結果は2勝1分けで東京チームが勝ったそうです。
 今朝(3日)、秘書室長から電話がありました。「大成功だった」「結果は東北が負けたが、こどもたちはあらたな元気をもらったようだ」と。
 そして、「徳光さんは、出演料を受け取ってくれませんでした。宮古に親戚がいるそうです。出演料は被災地に支援に役立ててくださいということでした」と。
 うれしいですねえ。このところ朝夕は寒さを感じるようになりましたが、城南信金と少年野球親善試合、そして徳光和夫、なんだか「こころほのぼの」気分です。
 
 いま、大企業の「社会的責任」が問われているじゃありませんか。250兆ともいえる内部留保金のほんの一部を(復興公債などに)活用してはどうかという提案がなされていますが、何の反応もありませんね。それどころか「法人税減税」だといっているようです。このままだと、被災者をはじめ 庶民生活に救いはありません。またも 犠牲になるのは国民で、肥え太るのは大企業という「いつか来た道」の図式になりそうです。
 戦後、さまざまな分野で「戦争責任」について反省されました。「あのとき ああしていれば・・・」という声を聞いたものです。いま その時期が再びきているのじゃありませんかね? 大企業のみなさんに言いたい。少しは「社会的存在を意識してほしい」と。

 城南信用金庫の「脱原発」宣言は、理事長一人の発想ではないようです。経営陣で話し合った上の、一致した認識なのです。
 城南信金の考え方が(速度は遅くとも)伝播していけば、日本も捨てたものではありません。まだまだ未来はあるかもしれない。今の政治状況に がっかりすることはない。あきらめることはない!・・・・政治の世界だってわかりやすくなってきましたよ。被災地支援、放射能対策、原発に対する姿勢・・・「本気度」が見えないことがはっきりしてきた。
 やがて総選挙になるでしょう。歴史的な総選挙ということになります。「政治リテラシー」「政党リテラシー」(見きわめる目ですね)を、たまには衆・参の予算委員会中継でも見ながら、どの政党が どんなことを言っているのか・・自分の目で見、自分の耳で聞いて政治を「読み解く目」を養っていこうじゃありませんか。国民が犠牲になるのは もうごめんです。もうそろそろ、あたらしい日本の姿を見たい・・・・・・。そんなことを思っているきょうこの頃です。

 気候の変わり目です。くれぐれも体調にご留意ください。
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「翼賛体制」軍による「国民生活包囲」作戦・・・OH!ノー ダ!

2011-09-04 16:29:40 | Weblog
 民主党政権になって2年の間に、3人目の総理大臣の誕生です。
 方針が行き詰る度に総理大臣の顔が替わる。・・・自・公政権時代とそっくりです。
 民主党代表選について、ぼくの周囲では、「小沢さんが支持にまわったから海江田だろう」という声がもっぱらでしたね。
 それがどんでん返し。野田ということになった。
 「反小沢バネが発揮された」「民主党にも良識がある」などと、代表選結果をめぐる評価は百家争鳴でしたよ。

 野田勝利の原因は15分の演説だった(細川元総理)といいます。「どじょう」という表現がよかったのだそうです。
 テレビ番組のコメンテーターは、「民主党役員人事は 自民党も簡単に批判できない配置だ」「閣僚人事はバランスがいい。安定感がある」などと、まるで安定政権の誕生のような持ち上げぶりです。「どじょう鍋は熱いうちに食べなければならない。スピード感がある」などという人まであらわれましたよ。

 しかし、ちょっと考えてみましょうよ。
 「どじょう」という言葉は 「庶民」という言葉と同義語じゃないですかね。だとすれば 「庶民目線の政治」ということになるはずですよね。・・・だが、「どじょう」は言葉だけで、実態は「金魚」だということが早くも露見しているじゃありませんか。
 野田氏は、組閣前に経団連の会長に会っています。経団連会長からは「信頼できる」というお言葉をもらったそうです。
 野田氏は組閣後の記者会見で、さっそく「消費税増税」「TPP(環太平洋連携協定)推進の立場をあらためて表明しましたよ。
 また、組閣前に自民・公明の党首とも会談したそうじゃありませんか。増税推進の「翼賛体制」構築を進める方向を明確にしましたね。

 原発問題は・・・・。原発の「げ」の字もありません。「原発ゼロ」なんて頭の中にはなさそうです。
 普天間問題は・・・。沖縄県名護市辺野古に新しい米軍基地を建設する「日米合意」についても推進する考えです。
 いったい、どこに「どじょう」の思想があるというのですかね。
 星条旗をバックに、財界の馬車を護りながら進む「翼賛体制軍団」・・・・まるで西部劇です。

 翼賛体制の幌馬車隊は、被災地の復旧に苦しんでいる人、原発被害に苦しんでいる人、(TPP推進の地ならしといえる)復興特区構想に怒っている人、そして、沖縄の怒り・・・・の中に突入してくることになるのでしょう。
 オー 野ー田 です。
 われら「どじょう」。連帯して押し戻したいですね。
 そのとき、大手メディアはどちらにつくのでしょうかね。
 これからの1年。かつてない「正念場」になりそうです。
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ソマリア問題とテレビ

2011-08-18 14:52:12 | Weblog
 東日本大震災の収束の、先は見えないままですが、ちょっとソマリアに目を向けてみましょう。
 世界保健機関(WHO)は8月12日、干ばつによる深刻な食料不足に見舞われている東アフリカのソマリアで、コレラ感染が広がっていることを明らかにしました。衛生状態の悪化が原因といい、今年に入り首都モガディシオでは181人がコレラの疑いで死亡したといいます。患者の7割以上が体力の弱い5歳以下の子どもといいます。

 そんなとき、日本テレビ系ニュース番組『ZERO』が8月16日、現地取材を交えてソマリア問題をとりあげていました。感心しましたねえ。
 ソマリアは長い間内戦がつづいています。疲弊しきっている人々に追い打ちをかけるような干ばつなのです。番組は、ソマリアから隣国ケニアに歩いて避難する人々の姿を伝えていました。ケニアが(避難民を)受け入れる許容量は9万人だそうですが、すでに44万人が流れてきているといいます。食料も 水も 医療体制も不足しています。「世界最大の危機にある」と報じていました。映像はその惨状を伝えていました。
 とかく見落としがちなソマリア問題をとりあげたことに敬意です・・・・・が、男性キャスターのコメントには違和感をおぼえましたね。「終わりよければ すべてよし」という言葉がありますが、終わりの一言で 折角の番組を「平易」なものにしてしまう場合があるのです。
 彼の一言は、「日本は、東日本震災で外国に支援されてきた。そんな時だけれど なんとかソマリア支援を考えねば・・・」でした。そんな程度のコメントなら 子どもにだって言えることですよ。もう少し掘り下げた発言にならないのでしょうかねえ。

      閑話休題 ソマリア沖の「海賊対処法案」が審議されたのは2009年4月でした。
           24日本会議採決というスケジュールを 1日前倒しで採決を強行しました。
           その日(23日)何が起きたか。SUMAPの草薙某が赤坂の公園で 深夜、大声で暴れた?というので
           メディアは大騒ぎしたのです。彼の拘留は1週間つづきました。その間、メディアは(とりわけテレビ
           は)「海賊対処法案」のことなどそっちのけで草薙報道に目を向けつづけたのです。
           えてして、大事な時期に おかしな事件が起きるのです。

 「海賊対処法」は、自衛隊を海外へ派兵できるようにするための法案でしたよね。法案さえ通ってしまえば「一丁あがり」です。その後、ソマリア沖海賊問題がどうなっているのかなんて、大手メディアは無関心です。
 ソマリア問題を考える素材はあったのです。
 8月10日の衆院海賊テロ特別委員会はその一つでしょうね。赤嶺政賢議員が「2008年以来海賊対策として東アフリカ・ソマリア沖に各国が軍隊を派遣しながら、海賊行為の発生件数は逆に増加している」として、自衛隊派遣をやめるべきだと求めていました。
 赤嶺議員によれば、「今年の海賊行為の発生件数は177件と昨年同期比で1.6倍、発生地域は遠くインド洋やモザンビーク海峡にまで及ぶ」「軍隊が派遣されていない地域に発生場所が移っただけで、いたちごっこだ」とも。
 松本外相の答弁は「広い海ですべてをカバーすることは大変難しい」といいながら、「目の前にある犯罪を取り締まらなくてはいけない」です。
 赤嶺議員は、「大干ばつによる飢饉で危機的状況にあるソマリアに対しては、内戦終結と貧困解消など根本的な問題解決で役割を発揮すべきだ」と主張していました。・・・・・キャスターに この「視点」があったら 「鋭い番組」という評価につながったと思うのですが、どうですかね。
 ソマリア沖を航行する民間船舶の対応方針=「ベスト・マネージメント・プラクティス」(昨年6月公表)は、
 18ノット以上で航行していれば海賊に乗り込まれない。
 水面より8メートルを超える高さがある船舶は攻撃を回避できる可能性が高い。
と指摘しているといいます。「海軍の力だけでなく、船舶自らも防衛力を高める』必要がある とも。海運業界自身の努力も大事なんですね。

 ソマリア問題にしろ、原発問題にしろ、根本的な問題解決が求められるきょうこの頃なのでしょうね。
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前田武彦さんが逝った

2011-08-06 12:54:08 | Weblog
 8月5日。元スポーツニッポンの記者・Mさんから「前武さんが亡くなった」という連絡が入った。
 「タレントの誰か 談話を出してくれる人はいないか」という。「大橋巨泉さんは、いま海外でちょうど睡眠中でだめだ」という。前武さんといえば、巨泉さんとのコンビでテレビ界に名を残した『ゲバゲバ90分!』のプロデューサー井原高忠さんしかいない。
 井原さんが(長い間ハワイに住んでいたが、ハワイの喧騒に嫌気をさしてアトランタに移り住んだ。しかし、どうも肌に合わないらしくて、再び、今春ハワイに戻っている)ハワイだということをMさんは知らない。ぼくも、度々メールのやりとりはさせてもらっているが、電話は知らない。井原さんの東京の連絡先は、たしか曲直瀬プロダクションである。
 どうやら連絡がとれたらしい。
 6日のスポニチと東京新聞が、大きく「名司会者前田武彦さん死去」を報じた。
 井原さんの談話は(「戦友の一人がまた旅立った」という小見出しで)「嗚呼、また共にテレビの開拓時代を過ごした戦友が一人逝ってしまったか、という思いです。同時代に生きた仲間である彼にとって、きっと今の日本は腹立たしいことだらけだったと推測します。楽しかった”あの時代”の思い出を胸に旅立ったことでしょう」である。いい談話である。

 ぼくが労働組合運動にのめり込んでいくまでは番組宣伝のしごとをしていた。
 前武さんとのつきあいは長いが、残る思い出は二つある。
 『天下のライバル』(井原さんがプロデューサーだった)の司会に起用されたのが前武さんだった。麹町のマンションの一角に事務所があった。番組タイトルを将棋の大山康晴名人に書いてもらおうと阿佐ヶ谷の自宅にお伺いした。名人の奥さんが「あなた麻雀がお好きなの?。だったら主人とおやりなさいよ」という。名人とやるなんてと興奮したものだが、次の言葉を聞いて尻尾を巻いた。「一度はお勝ちになるかもしれませんが、二度目からはだめね」とおっしゃる。「主人は、一度牌に触れると全部憶えてしまうのよ」とおっしゃる。当時の牌は竹でできていた。竹の「目」が一つひとつ違う。名人は、それを憶えてしまうというのだ。名人にしてみれば、牌を表にしてやるようなものである。お手合わせは遠慮させてもらった。
 色紙を書いてくれると言う。「麻雀が好きなら」と書いてくれた文字は『天和』(テンホー、親の役満)だった。この色紙、いまも身近なところに大事に飾ってある。(これは前武さんと直接関係ないが)前武さん司会番組を通しての思い出のひとつである。
 二つ目は、『ゲバゲバ』である。
 その頃、藤原弘達さんの著作『創価学会を斬る』をめぐって、「言論・報道の自由」についてのたたかいが起きていた。
 「文京公会堂で集会がもたれるが、誰か話してくれる人はいないかねえ」と相談された。
 たまたま居合わせた前武さんに話したところ、「行ってもいいよ」という。
 『ゲバゲバ』は、ハナ肇さんの「アットおどろくタメゴロー!」をはじめとして、ギャグの多くは収録されていたが、巨線さんと前武さんの司会は生放送である。その時々の社会情勢を二人がトークするのだから、生放送は当然である。『ゲバゲバ』がうけたのは、練りに練ったギャグの面白さ、テンポのよさのほかに、二人の生トークが評価されていたからだと思う。
 リハーサルの合間に、二人で文京公会堂に駆けつけた。前武さんが何をしゃべったか、まるで記憶にない。
 慌てて帰ったら、巨泉さんが「どこに行ってたのよ」と訊いてきた。生半可な返事でごまかした記憶がある。
 井原さんには無許可でやってしまった。もし、リハーサルに間に合わなかったら(井原さんは 時間には厳しいひとだったから)どんなことになっていたか。いま考えても冷汗ものである。井原さんには、ずっと後になって打ち明けた。と思っている。たあさま(ぼくは井原さんのことをこう呼んでいる)あのときは、無断でごめんなさい。

 前武さんは、その後、フジテレビの歌番組で、日本共産党の(たしか大阪選出の沓脱たけ子さんだったか)参院議員の当選でバンザイをやったとかで話題になったが、真相は知らない。でも、前武さんとはそんな人である。
 その後、かなり経って、川崎あたりの生涯学習センターで前武さんといっしょに(テレビについての)シンポジュームをやったことがあるが、それがお会いした最後である。
 一昨年、井原さんの「傘寿」の会が赤坂プリンスホテルで華やかに催されたが、その席に前武ご夫妻も参加されていたという。お会いしておけばよかった。萩本欽一さんなどと喫煙所でたむろしていたのがよくなかった。
 あのとき参加していた井上ひさしさんも、もういない。
 井原さんではないが、「今の日本は腹立たしいことだらけ」だけに、「もの言う人」が逝ってしまうのは口惜しい。
 前田武彦さんのご冥福を祈りながら・・・・。

 8月6日8時15分。NHKの「広島平和記念式典」の中継を見ながら黙祷しました。
 9日、長崎では また山里小学校の児童たちが「あの子が生きていたならば」を歌うのだろう。
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アナログテレビ放送打ち切り強行に抗議する!

2011-07-26 14:13:58 | Weblog
 7月24日正午。アナログテレビから番組は消え、「ご覧のアナログ放送の番組はきょう正午に終了しました」という画面に切り替わった。
 58年間つづいたアナログテレビ放送が、「放送終了は延期してくれ!」という声を無視して、ついに強行された。
 このための電波法改定がなされたのは2001年である。2011年7月24日にデジタル放送完全移行が決められた。「移行予定の1年前になったら、デジタル受像機の普及状況を調査し、その時点で移行するかどうか判断することにしたらどうか」(日本共産党の提案)は否決された。、
 「デジタル元年」と宣伝しはじめたのは2003年である。東京・名古屋・大阪からはじまった。7年余経ったが、難視聴地域は解消されていない。ぼくの住む鎌倉も、(市役所の屋上や大船に中継用アンテナを立てたりしているが)谷戸(山と山の間)が多い地域がきちんとカバーされているかどうか定かではない。非課税世帯のみなさんがどうなっているのかも定かではない。デジタル化にともなっては、技術的に見れない地域があるだけではない、ジャーナリストの坂本衛さんは、「80歳以上のみ世帯250万の地デジ普及率が不明なままアナログ放送を打ち切った棄老政策は、政府と放送局の一大汚点だ」「当事者企業と政府がウソをつき、学者もメディアも黙認する点で、地デジ問題は福島第一原発問題とよく似ている」という。そのとおりである。

 あちこちでテレビの話をさせられてきたが、その都度、冒頭に「地デジ問題」に触れた。
 「テレビの歴史は 1953年の白黒テレビからはじまった。やがてカラーテレビに移行した。このときは 白黒の受像機でも番組をみることができた」「だが、デジタルにれば(従来の受像機では)見ることが出来ない」「難視聴地域が解消され、高齢者世帯、買い替えることができない(生活するだけで精一杯の)人たちが、後期高齢者医療制度がなくなり、賃金が上がり、そろそろ買い替えようかと思える時期まで延期すればいい」「このままで完全移行はムリだ」と言ってきた。「慌てて、ムリして買い替えなくていいね?」という質問に、「完全移行の条件は整っていない。テレビは、いまや生活の一部。見れない、買い替えできない人たちを見捨てるのは、文化の問題であり、民主主義の問題」と言い続けてきた。真実、そう思ってきた。いまもその考えに変わりはない。この、日本という国は、いったい誰のための国なのだろうか。ぼくは、テレビ技術の発達に「異」を唱えるものではない。
東北3県(岩手、宮城、福島)は、「来年3月まで(移行を)延期」したが、これに対して、日本民間放送連盟の広瀬道貞会長はこんなコメントを出している。「この時期に政府が被災3県のアナログ放送の延長を表明したことは極めて残念である」と。いったい 何を考えているのだろうか。被災地のみなさんの生活は、いまだに先行き不透明である。「3県延長したとしても、多くの人は広く各地に避難生活している。被災者のための延長なら全国一律に延長すればいいではないか」という人もいる。至極ごもっともな意見だと思う。
 放送に関する研究は今後も進むだろう。新技術を取り込む受像機だってできてくるだろう。その場合、買い替えることができる人はどんどん替えればいい。
 何度も言うが、完全デジタル化問題は、有無を言わさず「買い替えさせられる」ところにある。「買い替えないものは放っておけばいい」という政策に腹が立つ。まるでファシズムではないか。
 これで、テレビに対する信頼度は、さらに低下することになるだろう。7月24日は、「悲しい日」として残ることになる。
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