「テレビ」と「平和」と「憲法」のblog

元ワイドショープロデューサー仲築間 卓蔵(なかつくま・たくぞう)のブログ

徳光和夫と(被災地と東京の)少年野球親善試合

2011-10-03 10:34:04 | Weblog
 今回は、ちょっと違う目で世の中を見てみます。
 先日、城南信用金庫の副理事長、秘書室長に、なんと目黒の高級料亭でご馳走になったのですよ。
 理由は?
 知人からの依頼の電話がきっかけです。
 「10月2日、被災地の少年野球チームと東京の少年野球チームの親善野球を東京ドームで行う」「野球といえば徳光。大会の総合司会を徳光和夫さんにお願いしたい。仲介してくれないか」・・・からはじまったのです。

 普通の金融機関だと二の足を踏むところですが、「城南信用金庫」と聞いてその気になりましたね。
 ご存知の方も多いでしょう。城南信用金庫が、4月8日の公式ホームページ上で、吉原 毅理事長の「脱原発」といえるコメントを発表しました。吉原さんは「原発の危険性をあらためて認識した」「私たちは、原子力エネルギーに依存することはあまりにも危険性が大きすぎるということを学んだ」「原発に頼らない安心できる社会へ」「普通の企業としても、金融機関としても、社会的存在を自覚したい」「企業としても発言し、行動していくことが必要」と述べたのです。
 大手メディアも、そのことを報じました。
そのことを、報道を通じて知って、城南信金がいっぺんに好きになったのです。

聞くところによれば、その後 城南信金の顧客が増えているようですね。それも大口の預金だというじゃありませんか。
 さもありなん ですね。

 早速、徳光和夫のマネージャーと連絡とりました。「当日(10月2日)は午後の予定があるが、午前中ならOK」ということでした。東京ドームは、まだプロ野球戦の最中ですが、「午前中なら」というので協力してくれることになったのだそうです。
 招待されたのは、気仙沼の中井小学校少年野球クラブ、宮古の田老リトルズスポーツ少年団、石巻の鹿妻・子鹿クラブスポーツ少年団です。1日は巨人・広島戦を観戦するといいます。
 親善試合は2日の7時15分からです。東京チームは大田区の池雪ジュニアストロングをはじめ8チーム。

 東北勢の3チームに、東京の8チームが順番に挑むのですから勝敗は決まったも同然です。結果は2勝1分けで東京チームが勝ったそうです。
 今朝(3日)、秘書室長から電話がありました。「大成功だった」「結果は東北が負けたが、こどもたちはあらたな元気をもらったようだ」と。
 そして、「徳光さんは、出演料を受け取ってくれませんでした。宮古に親戚がいるそうです。出演料は被災地に支援に役立ててくださいということでした」と。
 うれしいですねえ。このところ朝夕は寒さを感じるようになりましたが、城南信金と少年野球親善試合、そして徳光和夫、なんだか「こころほのぼの」気分です。
 
 いま、大企業の「社会的責任」が問われているじゃありませんか。250兆ともいえる内部留保金のほんの一部を(復興公債などに)活用してはどうかという提案がなされていますが、何の反応もありませんね。それどころか「法人税減税」だといっているようです。このままだと、被災者をはじめ 庶民生活に救いはありません。またも 犠牲になるのは国民で、肥え太るのは大企業という「いつか来た道」の図式になりそうです。
 戦後、さまざまな分野で「戦争責任」について反省されました。「あのとき ああしていれば・・・」という声を聞いたものです。いま その時期が再びきているのじゃありませんかね? 大企業のみなさんに言いたい。少しは「社会的存在を意識してほしい」と。

 城南信用金庫の「脱原発」宣言は、理事長一人の発想ではないようです。経営陣で話し合った上の、一致した認識なのです。
 城南信金の考え方が(速度は遅くとも)伝播していけば、日本も捨てたものではありません。まだまだ未来はあるかもしれない。今の政治状況に がっかりすることはない。あきらめることはない!・・・・政治の世界だってわかりやすくなってきましたよ。被災地支援、放射能対策、原発に対する姿勢・・・「本気度」が見えないことがはっきりしてきた。
 やがて総選挙になるでしょう。歴史的な総選挙ということになります。「政治リテラシー」「政党リテラシー」(見きわめる目ですね)を、たまには衆・参の予算委員会中継でも見ながら、どの政党が どんなことを言っているのか・・自分の目で見、自分の耳で聞いて政治を「読み解く目」を養っていこうじゃありませんか。国民が犠牲になるのは もうごめんです。もうそろそろ、あたらしい日本の姿を見たい・・・・・・。そんなことを思っているきょうこの頃です。

 気候の変わり目です。くれぐれも体調にご留意ください。
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「翼賛体制」軍による「国民生活包囲」作戦・・・OH!ノー ダ!

2011-09-04 16:29:40 | Weblog
 民主党政権になって2年の間に、3人目の総理大臣の誕生です。
 方針が行き詰る度に総理大臣の顔が替わる。・・・自・公政権時代とそっくりです。
 民主党代表選について、ぼくの周囲では、「小沢さんが支持にまわったから海江田だろう」という声がもっぱらでしたね。
 それがどんでん返し。野田ということになった。
 「反小沢バネが発揮された」「民主党にも良識がある」などと、代表選結果をめぐる評価は百家争鳴でしたよ。

 野田勝利の原因は15分の演説だった(細川元総理)といいます。「どじょう」という表現がよかったのだそうです。
 テレビ番組のコメンテーターは、「民主党役員人事は 自民党も簡単に批判できない配置だ」「閣僚人事はバランスがいい。安定感がある」などと、まるで安定政権の誕生のような持ち上げぶりです。「どじょう鍋は熱いうちに食べなければならない。スピード感がある」などという人まであらわれましたよ。

 しかし、ちょっと考えてみましょうよ。
 「どじょう」という言葉は 「庶民」という言葉と同義語じゃないですかね。だとすれば 「庶民目線の政治」ということになるはずですよね。・・・だが、「どじょう」は言葉だけで、実態は「金魚」だということが早くも露見しているじゃありませんか。
 野田氏は、組閣前に経団連の会長に会っています。経団連会長からは「信頼できる」というお言葉をもらったそうです。
 野田氏は組閣後の記者会見で、さっそく「消費税増税」「TPP(環太平洋連携協定)推進の立場をあらためて表明しましたよ。
 また、組閣前に自民・公明の党首とも会談したそうじゃありませんか。増税推進の「翼賛体制」構築を進める方向を明確にしましたね。

 原発問題は・・・・。原発の「げ」の字もありません。「原発ゼロ」なんて頭の中にはなさそうです。
 普天間問題は・・・。沖縄県名護市辺野古に新しい米軍基地を建設する「日米合意」についても推進する考えです。
 いったい、どこに「どじょう」の思想があるというのですかね。
 星条旗をバックに、財界の馬車を護りながら進む「翼賛体制軍団」・・・・まるで西部劇です。

 翼賛体制の幌馬車隊は、被災地の復旧に苦しんでいる人、原発被害に苦しんでいる人、(TPP推進の地ならしといえる)復興特区構想に怒っている人、そして、沖縄の怒り・・・・の中に突入してくることになるのでしょう。
 オー 野ー田 です。
 われら「どじょう」。連帯して押し戻したいですね。
 そのとき、大手メディアはどちらにつくのでしょうかね。
 これからの1年。かつてない「正念場」になりそうです。
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ソマリア問題とテレビ

2011-08-18 14:52:12 | Weblog
 東日本大震災の収束の、先は見えないままですが、ちょっとソマリアに目を向けてみましょう。
 世界保健機関(WHO)は8月12日、干ばつによる深刻な食料不足に見舞われている東アフリカのソマリアで、コレラ感染が広がっていることを明らかにしました。衛生状態の悪化が原因といい、今年に入り首都モガディシオでは181人がコレラの疑いで死亡したといいます。患者の7割以上が体力の弱い5歳以下の子どもといいます。

 そんなとき、日本テレビ系ニュース番組『ZERO』が8月16日、現地取材を交えてソマリア問題をとりあげていました。感心しましたねえ。
 ソマリアは長い間内戦がつづいています。疲弊しきっている人々に追い打ちをかけるような干ばつなのです。番組は、ソマリアから隣国ケニアに歩いて避難する人々の姿を伝えていました。ケニアが(避難民を)受け入れる許容量は9万人だそうですが、すでに44万人が流れてきているといいます。食料も 水も 医療体制も不足しています。「世界最大の危機にある」と報じていました。映像はその惨状を伝えていました。
 とかく見落としがちなソマリア問題をとりあげたことに敬意です・・・・・が、男性キャスターのコメントには違和感をおぼえましたね。「終わりよければ すべてよし」という言葉がありますが、終わりの一言で 折角の番組を「平易」なものにしてしまう場合があるのです。
 彼の一言は、「日本は、東日本震災で外国に支援されてきた。そんな時だけれど なんとかソマリア支援を考えねば・・・」でした。そんな程度のコメントなら 子どもにだって言えることですよ。もう少し掘り下げた発言にならないのでしょうかねえ。

      閑話休題 ソマリア沖の「海賊対処法案」が審議されたのは2009年4月でした。
           24日本会議採決というスケジュールを 1日前倒しで採決を強行しました。
           その日(23日)何が起きたか。SUMAPの草薙某が赤坂の公園で 深夜、大声で暴れた?というので
           メディアは大騒ぎしたのです。彼の拘留は1週間つづきました。その間、メディアは(とりわけテレビ
           は)「海賊対処法案」のことなどそっちのけで草薙報道に目を向けつづけたのです。
           えてして、大事な時期に おかしな事件が起きるのです。

 「海賊対処法」は、自衛隊を海外へ派兵できるようにするための法案でしたよね。法案さえ通ってしまえば「一丁あがり」です。その後、ソマリア沖海賊問題がどうなっているのかなんて、大手メディアは無関心です。
 ソマリア問題を考える素材はあったのです。
 8月10日の衆院海賊テロ特別委員会はその一つでしょうね。赤嶺政賢議員が「2008年以来海賊対策として東アフリカ・ソマリア沖に各国が軍隊を派遣しながら、海賊行為の発生件数は逆に増加している」として、自衛隊派遣をやめるべきだと求めていました。
 赤嶺議員によれば、「今年の海賊行為の発生件数は177件と昨年同期比で1.6倍、発生地域は遠くインド洋やモザンビーク海峡にまで及ぶ」「軍隊が派遣されていない地域に発生場所が移っただけで、いたちごっこだ」とも。
 松本外相の答弁は「広い海ですべてをカバーすることは大変難しい」といいながら、「目の前にある犯罪を取り締まらなくてはいけない」です。
 赤嶺議員は、「大干ばつによる飢饉で危機的状況にあるソマリアに対しては、内戦終結と貧困解消など根本的な問題解決で役割を発揮すべきだ」と主張していました。・・・・・キャスターに この「視点」があったら 「鋭い番組」という評価につながったと思うのですが、どうですかね。
 ソマリア沖を航行する民間船舶の対応方針=「ベスト・マネージメント・プラクティス」(昨年6月公表)は、
 18ノット以上で航行していれば海賊に乗り込まれない。
 水面より8メートルを超える高さがある船舶は攻撃を回避できる可能性が高い。
と指摘しているといいます。「海軍の力だけでなく、船舶自らも防衛力を高める』必要がある とも。海運業界自身の努力も大事なんですね。

 ソマリア問題にしろ、原発問題にしろ、根本的な問題解決が求められるきょうこの頃なのでしょうね。
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前田武彦さんが逝った

2011-08-06 12:54:08 | Weblog
 8月5日。元スポーツニッポンの記者・Mさんから「前武さんが亡くなった」という連絡が入った。
 「タレントの誰か 談話を出してくれる人はいないか」という。「大橋巨泉さんは、いま海外でちょうど睡眠中でだめだ」という。前武さんといえば、巨泉さんとのコンビでテレビ界に名を残した『ゲバゲバ90分!』のプロデューサー井原高忠さんしかいない。
 井原さんが(長い間ハワイに住んでいたが、ハワイの喧騒に嫌気をさしてアトランタに移り住んだ。しかし、どうも肌に合わないらしくて、再び、今春ハワイに戻っている)ハワイだということをMさんは知らない。ぼくも、度々メールのやりとりはさせてもらっているが、電話は知らない。井原さんの東京の連絡先は、たしか曲直瀬プロダクションである。
 どうやら連絡がとれたらしい。
 6日のスポニチと東京新聞が、大きく「名司会者前田武彦さん死去」を報じた。
 井原さんの談話は(「戦友の一人がまた旅立った」という小見出しで)「嗚呼、また共にテレビの開拓時代を過ごした戦友が一人逝ってしまったか、という思いです。同時代に生きた仲間である彼にとって、きっと今の日本は腹立たしいことだらけだったと推測します。楽しかった”あの時代”の思い出を胸に旅立ったことでしょう」である。いい談話である。

 ぼくが労働組合運動にのめり込んでいくまでは番組宣伝のしごとをしていた。
 前武さんとのつきあいは長いが、残る思い出は二つある。
 『天下のライバル』(井原さんがプロデューサーだった)の司会に起用されたのが前武さんだった。麹町のマンションの一角に事務所があった。番組タイトルを将棋の大山康晴名人に書いてもらおうと阿佐ヶ谷の自宅にお伺いした。名人の奥さんが「あなた麻雀がお好きなの?。だったら主人とおやりなさいよ」という。名人とやるなんてと興奮したものだが、次の言葉を聞いて尻尾を巻いた。「一度はお勝ちになるかもしれませんが、二度目からはだめね」とおっしゃる。「主人は、一度牌に触れると全部憶えてしまうのよ」とおっしゃる。当時の牌は竹でできていた。竹の「目」が一つひとつ違う。名人は、それを憶えてしまうというのだ。名人にしてみれば、牌を表にしてやるようなものである。お手合わせは遠慮させてもらった。
 色紙を書いてくれると言う。「麻雀が好きなら」と書いてくれた文字は『天和』(テンホー、親の役満)だった。この色紙、いまも身近なところに大事に飾ってある。(これは前武さんと直接関係ないが)前武さん司会番組を通しての思い出のひとつである。
 二つ目は、『ゲバゲバ』である。
 その頃、藤原弘達さんの著作『創価学会を斬る』をめぐって、「言論・報道の自由」についてのたたかいが起きていた。
 「文京公会堂で集会がもたれるが、誰か話してくれる人はいないかねえ」と相談された。
 たまたま居合わせた前武さんに話したところ、「行ってもいいよ」という。
 『ゲバゲバ』は、ハナ肇さんの「アットおどろくタメゴロー!」をはじめとして、ギャグの多くは収録されていたが、巨線さんと前武さんの司会は生放送である。その時々の社会情勢を二人がトークするのだから、生放送は当然である。『ゲバゲバ』がうけたのは、練りに練ったギャグの面白さ、テンポのよさのほかに、二人の生トークが評価されていたからだと思う。
 リハーサルの合間に、二人で文京公会堂に駆けつけた。前武さんが何をしゃべったか、まるで記憶にない。
 慌てて帰ったら、巨泉さんが「どこに行ってたのよ」と訊いてきた。生半可な返事でごまかした記憶がある。
 井原さんには無許可でやってしまった。もし、リハーサルに間に合わなかったら(井原さんは 時間には厳しいひとだったから)どんなことになっていたか。いま考えても冷汗ものである。井原さんには、ずっと後になって打ち明けた。と思っている。たあさま(ぼくは井原さんのことをこう呼んでいる)あのときは、無断でごめんなさい。

 前武さんは、その後、フジテレビの歌番組で、日本共産党の(たしか大阪選出の沓脱たけ子さんだったか)参院議員の当選でバンザイをやったとかで話題になったが、真相は知らない。でも、前武さんとはそんな人である。
 その後、かなり経って、川崎あたりの生涯学習センターで前武さんといっしょに(テレビについての)シンポジュームをやったことがあるが、それがお会いした最後である。
 一昨年、井原さんの「傘寿」の会が赤坂プリンスホテルで華やかに催されたが、その席に前武ご夫妻も参加されていたという。お会いしておけばよかった。萩本欽一さんなどと喫煙所でたむろしていたのがよくなかった。
 あのとき参加していた井上ひさしさんも、もういない。
 井原さんではないが、「今の日本は腹立たしいことだらけ」だけに、「もの言う人」が逝ってしまうのは口惜しい。
 前田武彦さんのご冥福を祈りながら・・・・。

 8月6日8時15分。NHKの「広島平和記念式典」の中継を見ながら黙祷しました。
 9日、長崎では また山里小学校の児童たちが「あの子が生きていたならば」を歌うのだろう。
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アナログテレビ放送打ち切り強行に抗議する!

2011-07-26 14:13:58 | Weblog
 7月24日正午。アナログテレビから番組は消え、「ご覧のアナログ放送の番組はきょう正午に終了しました」という画面に切り替わった。
 58年間つづいたアナログテレビ放送が、「放送終了は延期してくれ!」という声を無視して、ついに強行された。
 このための電波法改定がなされたのは2001年である。2011年7月24日にデジタル放送完全移行が決められた。「移行予定の1年前になったら、デジタル受像機の普及状況を調査し、その時点で移行するかどうか判断することにしたらどうか」(日本共産党の提案)は否決された。、
 「デジタル元年」と宣伝しはじめたのは2003年である。東京・名古屋・大阪からはじまった。7年余経ったが、難視聴地域は解消されていない。ぼくの住む鎌倉も、(市役所の屋上や大船に中継用アンテナを立てたりしているが)谷戸(山と山の間)が多い地域がきちんとカバーされているかどうか定かではない。非課税世帯のみなさんがどうなっているのかも定かではない。デジタル化にともなっては、技術的に見れない地域があるだけではない、ジャーナリストの坂本衛さんは、「80歳以上のみ世帯250万の地デジ普及率が不明なままアナログ放送を打ち切った棄老政策は、政府と放送局の一大汚点だ」「当事者企業と政府がウソをつき、学者もメディアも黙認する点で、地デジ問題は福島第一原発問題とよく似ている」という。そのとおりである。

 あちこちでテレビの話をさせられてきたが、その都度、冒頭に「地デジ問題」に触れた。
 「テレビの歴史は 1953年の白黒テレビからはじまった。やがてカラーテレビに移行した。このときは 白黒の受像機でも番組をみることができた」「だが、デジタルにれば(従来の受像機では)見ることが出来ない」「難視聴地域が解消され、高齢者世帯、買い替えることができない(生活するだけで精一杯の)人たちが、後期高齢者医療制度がなくなり、賃金が上がり、そろそろ買い替えようかと思える時期まで延期すればいい」「このままで完全移行はムリだ」と言ってきた。「慌てて、ムリして買い替えなくていいね?」という質問に、「完全移行の条件は整っていない。テレビは、いまや生活の一部。見れない、買い替えできない人たちを見捨てるのは、文化の問題であり、民主主義の問題」と言い続けてきた。真実、そう思ってきた。いまもその考えに変わりはない。この、日本という国は、いったい誰のための国なのだろうか。ぼくは、テレビ技術の発達に「異」を唱えるものではない。
東北3県(岩手、宮城、福島)は、「来年3月まで(移行を)延期」したが、これに対して、日本民間放送連盟の広瀬道貞会長はこんなコメントを出している。「この時期に政府が被災3県のアナログ放送の延長を表明したことは極めて残念である」と。いったい 何を考えているのだろうか。被災地のみなさんの生活は、いまだに先行き不透明である。「3県延長したとしても、多くの人は広く各地に避難生活している。被災者のための延長なら全国一律に延長すればいいではないか」という人もいる。至極ごもっともな意見だと思う。
 放送に関する研究は今後も進むだろう。新技術を取り込む受像機だってできてくるだろう。その場合、買い替えることができる人はどんどん替えればいい。
 何度も言うが、完全デジタル化問題は、有無を言わさず「買い替えさせられる」ところにある。「買い替えないものは放っておけばいい」という政策に腹が立つ。まるでファシズムではないか。
 これで、テレビに対する信頼度は、さらに低下することになるだろう。7月24日は、「悲しい日」として残ることになる。
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成功裏におわった7.18日比谷公会堂 

2011-07-22 13:00:41 | Weblog
 半年かけて準備した”上野の森に「広島・長崎の火」を灯しつづけて20年”「2011非核・平和をうたうつどい」
 暑い最中でしたが、1700人を超える参加で 無事終了しました。
 予定の2時間50分を「3分オーバー」しただけでしたよ。発言者が、時間をきちんと守ってくれたのが成功の第一の要因でしたね。みなさん ごくろうさまでした。
 このイベントは 「JCJCAST](インターネット)で生中継されました。現在は録画されたものが放送されていますから、ゆっくりご覧下さい。
 インターネット中継だけでなく、舞台の看板やスクリーン用の映像など裏方は「マスコミ九条の会」が手伝ったりしたのですよ。ま うまくいったと思いますね。

 鎌倉から参加してくれた女性Uさんが、メールで感想を寄せてくれました。
 「まず、初っぱな子どもたちが可愛くて・・・いい演出でした」と。
       合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」のことです。これは、ぼくの演出と関係ないのです。長い間歌い続けて
       きた成果なのです。もはや完璧の舞台といっていいでしょう。
       子どもたちは、いつもすばらしいのです。
       戦争中、各地の動物園では動物たちが次々に殺されました。そんな中、名古屋の東山動物園では象たちを必死で
       守り抜きました。
       「本物の象が見たい・・・」。そんな東京の子どもたちのために、特別仕立ての「象列車」が走ったのです。
       実話にもとづいた合唱構成なのです。

 「印象に残ったのは”灯”の主人公の山本達雄さんとお婆さん。何かそこら辺で見かける、近くにいる感じの人たちなのに、
 歌が上手かったりして・・・感激しました」と。
       カンタータ「この灯を永遠に」のことです。
       作曲・指揮の安藤由布樹さんに、短かめのバージョンにしてもらいました。
       福岡県星野村から出征した一兵士山本達雄さんが、広島から大事に持ち帰った「火」にまつわる物語です。
       達雄さんにとっては「恨みの火」でしたが、やがて「平和を求める火」に変わっていきます。
       このカンタータは、まだまだ進化していくでしょう。
       達雄さんの息子の拓道さんと、八女市長(星野村は合併されました)の三田村統之さんが遠いところを参加して       くれました。星野村の「火」は灯りつづけます。
       いま、全国に45ヶ所 「火」は灯されています。ぼくの住む大船の「大船観音」にも灯っているのです。

 「あと、残留孤児のみなさんの訴えも心に残りました。素晴らしい演出だと思いましたよ!」と。
       ここにも演出なんて存在しないのです。中国残留日本人孤児のみなさんの 語る中身がよかったのです。
       「中国では”日本人だ”と軽蔑され、日本に帰ったら”中国人だ”と軽蔑されてきた」そうです。それでも、
       「私たちは日本人です」と。そして、「これから 日本のみなさんに恩返ししたい」と。

 「ただ、残念ながら人の出入りや カメラマンがウルサかった。次回は後ろの出入り口とか、アナウンスした方がいいかも。
 本当にお疲れ様でした。大盛況で良かった 〃 〃」とも。
       舞台の合間に、客席の後ろで雰囲気を見ましたが、そんなこととは知りませんでしたね。観てくれている人の
       立場で考えることは大事です。Uさん ありがとう。

 合唱の合間に、福島県農民連事務局長・根本敬さんが「思い」を話してくれました。背景に「復旧・復興は 被災者が主役で」という大きな看板を下ろしました。この看板は この一瞬のためにつくったのです。
 あえて「演出」というなら「看板」ですね。緞帳の上手の花道に「2011非核・平和をうたうつどい」という大きな看板を置きましたね。途中、あげたり下げたりしたのが 「上野の森に”広島・長崎の火”」(これは上手)「灯しつづけて20年」(これは下手)です。最後に下りてくるのが 「繰り返すまい!広島・長崎・福島 上野の森の灯を 日本の各地に そして世界に」です。インパクトがあったと思いますよ。(我田引水)

 被爆者の代表と 「灯す会」の木村康子さんが 東照宮に灯されるまでの経緯を話してくれました。
 前日おこなわれた「灯す会サミット」について山口義夫さんの報告があったり、被爆者、大空襲犠牲者、沖縄民間戦争被害者(弁護士の瑞慶山茂さんの「瑞」が「端」になっていました。古くからおつき合いしている瑞慶山さん。失礼いたしました)、中国残留日本人孤児。そして、若者代表で話してくれたのはプロボクシング元日本ウエルター級チャンピオン・小林秀一さん。
いまは街のお豆腐やさんをしながら「核廃絶」運動に取り組んでいます。彼の提起で21万羽の折鶴が取り組まれています。21万という数字は 広島・長崎で亡くなった人の数です。みなさんによって折られた鶴は 広島・長崎の平和大会に届けられます。この日 折られた鶴は800を超えたそうです。
 被爆者、大空襲犠牲者の話の背景に 悲惨な状況が描かれた絵が映し出されます。「はじめて聞きました」というひともいましたね。それだけでも この日の「つどい」の意味があったと思いましね。

 エンディングは、女性合唱で『一本の鉛筆』(美空ひばりさんが、第一回広島平和音楽祭で歌ったもの)、『原爆を許すまじ』、『青い空は』です。
 『原爆を許すまじ』のところで、舞台中央に「ボッ」と火が燃えました。だれも知らないサプライズの趣向です。舞台の袖で思わず涙ぐんだのは どうしてでしょうかね。
 この「火」は、日比谷公会堂の副館長・藤村恭一さんの協力によるものでした。ありがとうです。
司会は(都教祖の)古沢美代子さんでした。ゆっくりした司会ぶりは玄人はだしです。なにかの機会に またお願いしようと思っているのです。おつかれさまでした。
 
なにはともあれ、無事に終わってよかった。
参加された方々の胸に、平和の「火」が あらためて灯ってくれればうれしいですねえ。
 また暑くなるようです。お互い 健康に留意していきましょうね。
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上野の森の”広島・長崎の「火」”をご存知ですか?

2011-07-08 23:01:23 | Weblog
 パンダで賑わう東京・上野動物園。
 戦時中(太平洋戦争)、多くの動物園の猛獣たちは殺されていきました。上野動物園も例外ではありませんでした。
 その上野動物園の隣。上野東照宮の一角に「広島・長崎の火」が灯されているモニュメントがあるのです。
 この「火」は、福岡県星野村(現在は八女市)から出征した一兵士山本達雄さんが、広島の焼け跡から持ち帰った「火」です。
 この「火」は、星野村に灯されました。いまも灯されつづけています。

 この「火」と、長崎の原爆瓦から採った「火」が、上野東照宮の「火」なのです。
 ことしは、この「火」が上野に灯されて20年になります。

 さらに、上野東照宮の近くには「時忘れじの塔」というのがあります。東京大空襲を忘れない碑です。
 碑には、「平和な時代へと時をつなげる心の目印」と記されています。
 上野の山は、平和の山なのですよ。

◆ 上野の「火」20年を記念してのイベントを紹介しましょう。
  題して 『上野の森に「広島・長崎の火」を灯しつづけて20年ーーーうたとトークでつづる きのう きょう 明日』
      「2011 非核・平和をうたうつどい」です。
  ちょっと長いタイトルですね。充実した中身のイベントですから、長いタイトルも理解されるのではないかとおもったりし
 ています。
  構成・演出は、不肖 私が担当です。「だったら行かない?」・・・そんなことを言わないでください。テンポのある内容
 ですから、感動してもらえると思っているのです(自画自賛)。

◆ 日時は 7月18日(月、祝日です)
      13時開場、13時30分開会。時間きっちりに開会します。
  場所は 日比谷公会堂です。暑い最中です。ゆっくりご来場ください。
◆ 参加費は おとな1000円
       こども 500円 です。

◆ 中身ですか?
  合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」で幕開けです。250人の合唱ですよ。60人は子どもたち。この子どもたちが
      いいんですよ。
   山本達雄さんの息子さんや、八女市長、プロボクシング・元日本ウエルター級チャンピオンの小林秀一さんなどの
  のトークをはさみながら
   カンタータ「この灯を永遠に」です。これは100人規模です。
      前述の、山本達雄さんが主人公のカンタータ(演奏会式オペラといっていいでしょうね)です。
  美空ひばりさんの名曲「一本の鉛筆」など、すばらしい女性コーラスもあるという贅沢なものなのです。
 
  きっと、あなたのこころに「火」が灯ることになるでしょう。かな?
  広島・長崎・・・そして福島。
  紹介し忘れました。被災地福島からのお話もあります。
  お忙しいとは思いますが、お越しいただければ うれしいのです。
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日テレと原発と正力松太郎

2011-06-27 09:44:09 | Weblog
 最近は、出身が日本テレビということで、いささか「肩身の狭さ」を感じているのですよ。
 それというのも、日本テレビの創立者(創立は1953年)で、読売新聞社主の正力松太郎氏が1955年、原子力担当国務大臣になり、原子力委員長として原発推進の先導役を担ってきたからです。「プロ野球の父」「テレビの父」と呼ばれた正力氏は、「原子力の父」と呼ばれるようにもなりました。

 日本の「テレビ」も「原子力発電」も、出自はアメリカの世界支配と深く結びついています。
 原発は、アイゼンハワー大統領のアメリカによる世界エネルギー支配を目指した”平和利用”政策に沿ったものでした。
 正力氏は、原発によって日本の共産主義化が防げると考えていたといわれています。
 「このまま貧しさの中に閉じ込められてしまうと、日本は共産化する。生活水準の上昇を拒む諸悪の根源は・・・エネルギー不足問題にあり」「原発が可能になれば、エネルギー不足は解決し、共産化を防ぐこともできるはずだ」とまじめに信じていたと・・・・(内橋克人『日本の原発、どこで間違えたのか』)
 正力氏によってアメリカと「原子力協定」が進んでいきますが、それに抗議して、湯川秀樹博士が原子力委員を辞任していますね。

 テレビの導入も同じ道をたどりました。
 日本にテレビネットワークをつくるきっかけは、カール・ムントというアメリカ上院議員の「台頭する共産主義勢力に対抗するため、ラジオのVOA(ボイス・オブ・アメリカ)をテレビジョン化した”ビジョン・オブ・アメリカ”をドイツと日本に設置せよ」という議会演説だったのです。
 正力松太郎氏とその周辺は、「日本でのテレビネットワークは(アメリカでなく)日本でやる」と進言しています。「計画を日本人みずからやってくれるなら、それが何よりも望ましい(日本テレビ50年史・経営編)」と、ネットワーク構想実現を正力氏に任せることになります。
 当時、正力氏はマッカーサー司令部による「公職追放」の身でしたが、それが解除されます。最近、アメリカの公文書館で正力氏がアメリカ情報局の暗号名で呼ばれていたことが明らかになっていますが、それもうなずけますね。
 テレビ創設のための技術、設備、必要なドルまでも面倒をみてくれたのです。
日テレが、NHKに先駆けて放送免許を獲ったのもうなずけますね。

 日本テレビの正式名称は日本テレビ放送網株式会社です。あまたテレビ局があるなかで、「網」と名のつく局はありません。「網」は反共ネットワークの「網」だといわれる所以はこんなところにあったのですね。「肩身の狭さ」は、そんな経緯が知られてきたからなのですよ。

 だから、日テレが原発問題にどのように向かい合っていくか・・・注目せざるを得ません。
 「電力不足が心配」という原発推進論が聞かれるなかで、「NNNドキュメント’11」(日曜深夜)『原発はなぜ爆発した?』は、安全性を過信してきた東京電力と国の怠慢ぶりを冷静に批判していましたね。「肩身の狭さ」の幾らかは解消しそうです。原発からの撤退に確信をもった報道に期待したい。「頑張れ日テレ!」のきょうこの頃なのです。
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「内閣不信任案」・・・あなたならどうする?

2011-06-03 03:53:50 | Weblog
 寒かったり熱かったり、それでも夏はそこまできていますね。
 ご機嫌はいかがですか。
 「ご機嫌どころではないよ、内閣不信任を巡っての日本共産党の態度はなんだ?」と怒っている人もいるでしょうね。
 そんなこともあって、久しぶりに書き換えました。よろしく。

 内閣不信任案の採決の模様をみながら、いろんな意見が出ましたねえ。「NHKの『日曜討論』で、日本共産党の穀田国対委員長は、自民・公明とは立場が違うが、”内閣不信任案”が出されれば賛成すると言っていた。出されたら”棄権”だという。どうなっているんだ」と声高にいう人もいましたね。
     そのことで盛り上がりそうでしたが、別件があって退席し、次の会合に移りました。
     場所は 有楽町のtTRATTORIA(「酒場」という意味)「SCORPION STAZIONE」というイタリア料理
     の店です。
     感じのいい店でしたねえ。店員さんがいいんですよ。イタリアワインだと「キャンティー」が定番でしたが、そこで
     薦められたのは、同じトスカーナ地方の「Etra e China」(エルタ・エ・キーナと読むそうです。”キーナという
     薬草の生える斜面”という意味だそうです。重くて美味かったねえ。

 良い店だったので、つい話が横道に反れました。内閣不信任案と日本共産党の対応でしたね。
 帰宅したら、信頼する友人からメールが入っていました。「共産党が内閣不信任案に棄権することを決めたそうですね。正直、失望しました」「共産党は最初は不信任案が否決されるだろうという予想のもと、反対票を投じることを決めていたものの、可決されそうになったので棄権したと報道がありました。棄権の理由は、党利党略に巻き込まれたくないとも伝えられていますが、本当でしょうか」「この期に及んで賛成でも反対でもないというのなら、共産党はいったいどうしたいのでしょうか」「これこそ、私には共産党の党利党略に見えてしまうのです」・・・・・大要 そんな意見でした。

 日本共産党に訊いたわけではありませんが、ぼくの感想をいいましょうね。
 たしかに、穀田恵二国対委員長が、NHKの『日曜討論』で「自民・公明とは立場が違うが、不信任案には賛成する」といっていました。事実です。
 不信任案の採決で「棄権」。事実ですね。
 さあ そこで、冷静に「この数日」を振り返ってみましょうよ。
 3.11以降の菅内閣の対応(やたら会議をつくるが具体的な進捗が見られない、大震災のどさくさに紛れて、TPPや消費税増税論、漁業・農業の”会社化”、道州制の目論み・・・など、あげれば切がありません)は、従来の自公政権よりひどい政治に突き進む感じでしたよ。
 不信任案が出されるとしたら、あなたならどうします?。ぼくだって不信任に賛成しますね。

 ところが どうでしょう。不信任案提出を前に やたら水面下で動きがありましたね。
 「不信任案の前に国会解散に打って出るのでは」という報道もありました。小沢グループの動きも報じられました。鳩山氏が2回も菅首相と会っていましたね。「解散が怖い」という議員もいたようです。「亀井静香氏が引導を渡した」なんてことも報じられた。「結局、(退陣の日取りははっきりしないが)退陣する約束をしたらしい」ということでしたね。
 知人の多くは、「不信任案は否決されるよ」と言っていましたよ。
 このような状況を何と表現するのですかね。「茶番劇」といっていいでしょうね。
 真剣に「不信任」を考えている側からすれば、「いい加減にしろ!」と言いたくなりますよ。「そんな茶番劇に付き合っていられるか!」・・・・・日本共産党が「棄権」という対応に変わったのは当然だと思いますよ。まじめに「不信任案に対する態度」を考えていたら、ぼくだって「いい加減にしろ!」と怒りたくなりますよ。「棄権」は、「茶番劇」に対する「いい加減にしろ!」の意思表示でしょう。あなただっら どうしますか?。
 これを「党利党略」というのでしょうか。
 わたしたちは、一瞬立ち止まって、冷静に判断しようじゃありませんか。
 日本共産党が、今回の判断にどのような見解をだすか知りませんが、ぼくは、「棄権」はまともな判断だったと思うのですよ。
 みなさん「政局」がお好きなようですが、この国は 大きな曲がり角に直面していると思いませんか?。
 近い将来、国会解散・総選挙ということになるでしょう。原発(時間はかかりますが)からの撤退、早急に「自然エネルギー」への移行、「国民生活第一」の国の予算の抜本的組み変え・・・政治が決断すればできるのです。そんな政治にしたい。そのチャンスは間もなくくるでしょう。
 この際、あれこれの「政局報道」にうろうろすることをやめて、一人ひとり 冷静に「生活を」「この国の行く末」を考えようじゃありませんか。
 気候の変わり目です。御身大切にお過ごしくださいね。

追伸
 6月5日のNHK『日曜討論』で 「ああそうだったのか」とわかりました。
 各党の幹事長、書記局長の出席でしたが 席上、日本共産党書記局長・市田忠義さんが(棄権したことについて)発言していました。「実は、不信任案が出される直前の野党党首会談で、”不信任案が可決されたらどうするのか”とその後の展望を(日本共産党の志位和夫委員長が)たづねたら、谷垣禎一総裁は”確固たる展望はない”とおっしゃったのです。震災、原発対応について菅内角ではだめだと、私たちも菅内閣の対応には極めて不十分なところや問題があるし、信任できないという態度です。けれども、原発を推進して安全対策も怠ってきたのは、自公、自民党政権だったわけです。その反省もないのに、(新しい政権なら大丈夫と)言ってもその保障がないとの点で不信任案には組しないとした。同時に菅内閣も信任できないという立場から、棄権をしました」と。
 「不信任案が可決されたあとの展望がない」というのは、率直といえば率直ですね。そんなやりとりがあったとは知りませんでした。市田さんのこの指摘について問われた石原幹事長はまともに答えられませんでしたね。
 自民党、公明党は、なにがなんでも(対決の政策も無しで)政権交代なんですね。「茶番劇」というのは当たっていましたかね。
 いま、「大連立」で騒いでいますが、原発をどうするのですか・・・・。どうやら「脱原発」に踏み切れないようです。被災者支援、被災地の復旧、原発被害対策の先は見えません。一方で、消費税を上げるという。国民生活優先の政策を掲げる政党を国会から締め出そうとする「比例定数削減」まで言いはじめていますよ。民主党と自民党の「政権のキャッチボール」というのが どうやら「大連立」構想なんですね。こんなことの繰り返しでは、この国は前へ進めません。いや、後退することになるかもしれませんよ。「体制翼賛国家」にはなりたくありませんねえ。
 
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東北関東大地震と大津波と原発震災、そしてメディア

2011-03-18 07:13:34 | Weblog
 未曾有の大震災。
 被災されたみなさんに こころから こころからお見舞い申し上げます。

 このような時期に、石原慎太郎東京都知事がとんでもない発言をしたといいます。「この津波をうまく利用して(日本人の)我欲を1回洗い落とす必要がある。これはやっぱり天罰だと思う」と言ったのです。どこからこんな発想が出てくるのでしょうかね。即刻、知事を辞任すべきでしょう。都知事選に立候補するそうですが、当然、とりやめるべきでしょう。そして、被災者の皆さんの前で謝罪すべきです。強くそう思います。
 東京都は災害用の特殊車両を持っていたんですってね。きょう(18日)になって被災地に出動させたそうです。「天罰」に支援は必要ないとでも思っていたのでしょうか。

 被災地では、寒さ、避難所の環境の悪さ、物資のなさで命をおとす人が増えています。避難所に「計画停電」が及んだというじゃありませんか。東京電力は慌てて中止したそうですが、すべて後手々々です。
 後手といえば福島原発問題です。
 福島第一原発は40年前に建設されています。「マグニチュード7,9まで絶えられる」「それ以上は100年に一度しかあり得ない」(黒い白鳥)といっていたのです。今回の東北地震はマグニチュード9,0です。100年に一度があり得たのです。
 事故の原因は「津波によって非常用電源が不能になった」といいます。
 3月15日の日経新聞(夕刊)に、第一原発の下請け作業員のコメントが載っていたようです。「『圧力容器内の水位が下がった時点で、容器の下部から水が漏れていたことは明白』。すぐに容器内の圧力を抜き、廃炉覚悟でホウ酸水を入れていれば深刻な被害は避けられたと断言する』。『11日の午後5時ぐらいまでは天災だったが、後は人災。もう、どうしようもない」と。
 東京電力はあくまで「商売」で原発をやっている。だから、人の命が一番ではない。「できれば廃炉したくないのが本音」と言った人がいます。そのとおりでしょうね。後手々々なのですよ。国は、それを後押ししてきた。「政府への連絡が遅い」などと怒っていた首相がいましたが、手遅れですね。

 2005年2月23日の衆議院予算委員会公聴会の議事録を送ってもらいました。石橋克彦・神戸大学教授が公述人として発言しています。要点だけ紹介しましょう。
 「日本列島の大地震の起こり方には、活動期と静穏期がある」「日本の現在の発展がつくられたのは、たまたま巡り合わせた日本列島の地震活動の静穏期に合致していた。ところが現在、日本列島はほぼ全域で大地震の活動期に入りつつある」「人類がまだ見たこともないような、震災が生ずる可能性が非常にあると思っている」
 「”地震”と”震災”という言葉をごっちゃに使っているが、”地震”は地下の現象。自然現象」
 「”震災”というのは社会現象。文明があるところに生ずる」「超高層ビルが建てられているが、まだ実際の長周期振動に洗礼されたことがない。かなり危険性が高い」
 「最悪の災害として原発震災がある。普通、原発の事故というのは”単一故障”といって、どこか一つが壊れる。その場合は多重防護システム、バックアップシステム、安全装置が働いて大丈夫のようにつくられているが、地震の場合は複数の要因の故障で多重防護システムが働かなくなる。最悪の場合、シビアアクシデント(過酷事故)という炉心溶融とか核暴走とかにつながりかねない」といっていました。石橋教授が公述したのは05年。まさにそのことが、いま現実になっているのですよ。
 石橋教授は、さらに
 「日本列島にいる限り、地震と共存する文化というものを確立しなければならない」「全国の原子力発電所の原発震災のリスクというものをきちんと評価して、危険度の高いものから、順に縮小する。そういうことを考えない限り、大変なことが起こって、世界が一斉に救援に来て、同情してくれるでしょうけど、逆に世界中から厳しい非難を浴びるということにもなりかねないわけで、こういうことを急いでやることは日本の責務だろうと思います」と締めくくっていました。そのときの予算委員長は自民党の甘利明議員でしたね。
 
 今回の大震災についてのメディアの対応については別の機会にしますが、ここでは3月15日の官邸記者会見の一齣を紹介しておきましょう。
 あの会見は原発事故が中心でしたが、ある記者が「予算を組み替えるという考えはないのか」と質問していました。いい質問だと感心しましたよ。阪神淡路地震とはケタ違いの大震災ですから、当然の質問ですね。でも、その質問を応援するような質問はありませんでした。枝野官房長官の答えは「いまの(予算案)のままでお願いしたい」というにべもないものでした。その後、民主党の岡田幹事長は「子ども手当て、高速料金などについて見直す」みたいなことをいっていますが、いま、ちょうど本予算審議です。補正予算審議は当然ですが、この際、本予算の抜本的な組み換えをすべきじゃないでしょうか。メディアは、そのために団結して声を上げるときだと思うのです。
 いろんな思いが錯綜していますが、きょうはここまでといたしましょう。
 余震は治まりません。また何かありそうな気配です。
 みなさん、くれぐれも体調に気をつけてお過ごしください。
 
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