「テレビ」と「平和」と「憲法」のblog

元ワイドショープロデューサー仲築間 卓蔵(なかつくま・たくぞう)のブログ

「指定公共機関』のこと

2004-12-18 16:22:41 | Weblog
有事法案が衆院有事特別委員会で強行採決されたのは 昨年5月15日だった。
そのときテレビは「タマちゃん」「白装束集団」の報道に明け暮れた。
採決された途端 タマちゃんはいなくなった 白装束集団報道もピタリと止んだ。「陰謀ではないか」という声があがるほどの状況だった。忘れはしない。
十分な審議もされないままに 6月14日有事法は成立してしまった。

その後に起きたこと
電気 ガス 交通 放送などの事業者160社が「指定公共機関」に指定された。
有事関連法の一つである「国民保護法」にもとずいてのものである。
「国民保護法』とは 「地方公共団体 指定公共機関等の責務や役割分担を明確にし 国の方針の下で 国全体として万全の措置を講ずることができるようにする」ためのものだ。一旦緩急があれば 指定された機関は協力しなければならないことになる。

放送局で指定を受けたのはNHKと東京 名古屋 大阪の広域圏民放19社。19社を除く地方民放局は「指定公共機関」として 都道府県知事の指定を受けることになる。
すでに東京のMXテレビ テレビ神奈川 青森のテレビ局が打診されているという。

このような動きは 一般に知られていない。
一旦緩急があれば なにをおいても報道するのは放送局の当然の役割である。いちいち政府から あれこれ指図されるものではない。わざわざ「指定公共機関」に指定するというのは 報道のありかたを政府や知事が監視するということだ。誰だってそう思うだろう。

15年戦争時(満州事変 日中戦争 太平洋戦争)の新聞を読み直してみよう。軍の発表の垂れ流し記事でいっぱいである。「指定公共機関」はそれを連想させる。言論統制の前触れである。「国民の保護」ではなく「国民を統制する」役割を担わされることになる。

日本民間放送連盟の月間『民放』は 「都道府県の国民保護計画は 政府が05年3月ごろに定める<国民保護に関する基本指針>に基ずくことが同法で定められているため 基本指針を踏まない計画策定は 手続きに瑕疵がある」と指摘している。おかしいんじゃないの?といっている。
民放労連も「指定公共機関」とすることに反対してきた。「有事体制に放送局が組み込まれることによって 国家権力からの独立・自律が最大の前提である言論・表現の自由が脅かされ<真実>が国民の目から覆い隠される事態を何よりも懸念した」ためである。そして「国民保護法など関連法の成立から 「指定公共機関」選定に至る経過は 私たちのこうした懸念を解消するどころか ますます強める結果となっている。今回 政府の一方的な決定によって放送局が指定公共機関に指定されたことに強く抗議するとともに 有事法制を発動させないために 労働組合 諸団体と連携して取り組みを進めていく決意である」という委員長談話を発表している。

「指定公共機関」について知ってほしい。
そして いま 憲法九条 教育基本法。
「いつかきた道」に戻ることはゆるされない。

S君からの手紙

2004-12-15 15:10:19 | Weblog
12月9日 駒場で話したあと 文科二類1年のS君から手紙が届いた。

仲築間卓蔵さんがお話くださったことは どれも非常に参考になりましたが、あえて一つを挙げるとするなら やはり 制作者の理念といったものが最も印象に残りました。
番組責任者であるプロデューサーが負わなければならない「個」の責任。多忙なスケジュールの中でも仲間と相談を行い よりよい番組を目指したという強い信念は 情報通信産業に留まらず 全ての事業にとって最も重要なものであると私は考えます。
ところで 本日私は法と社会と人権ゼミの活動の一環で かって勤めていらっしゃった日本テレビへ仲築間卓蔵さんのお口添えのおかげで行くことができました。通常では決してみることのできない実際の報道制作現場に立ち会うことができたのは マスメディアに対する考察を行う上で 貴重な体験をさせて頂きました。重ねてお礼申し上げます。
これからも私達は 視聴者 読者という立場でマスメディアと接していくことになるのですが 的確な視点からマスメディアの長所 あるいは改善点を見つけ 積極的な提言を行えるよう精進していきたいと思います。
最後になりますが 仲築間卓蔵さんの貴重な体験と 日本ジャーナリスト会議の活動を私達の後輩に伝えるためにも 今回のようなお話を今後ともして下さることをお願い申し上げます。

というものだ。
ぼくの現役時代の仕事というのは 番組の宣伝(けっこう頑張ったのですよ)とワイドショーのプロデューサーぐらいのもので ほとんどは労働組合運動だった。だから 番組のディレクターという経験はほとんどないといってもいい。
「そんな奴が 偉そうに」という向きがあるかもしれない。しかし この間僅かでも努力したこと 気になってきたことについて話すことは それなりに意味があると思っている。
声がかかれば どこへでも行くつもりでいる。
「日本テレビを見学するにあたって どこを注意して見ればいいですか」と聞かれた。返事に困ったが 「働いている人達の顔色 表情を観察してみたら」と答えてしまった。じつはぼくにも関心があったからだ。「成果主義」が導入されてからそんなに時間は経っていないが 社内の雰囲気は悪くなっているということを聞いていたからだ。明るく楽しく 活発に議論されているなんてことが伝わってはこないだろうと思っていたからだ。S君の返事に そのことは触れられていなかったが どうだったのだろう。

彼らの見学にあたって 日本テレビ報道局の田畑総務にお世話になった。ありがとう。

知らなかった『ローマの休日』のこと

2004-12-12 18:27:28 | Weblog
映画監督の小林義明さんからの資料を読んで あらためてアメリカでの映画人弾圧におもいをいたしている。
『ローマの休日』は その脚本の上手さで何度観ても飽きない作品だが 脚本を書いたのはダルトン・トランボ。しかし トランボの名はクレジットにはない。
1947年 非米活動調査委員会は映画界から共産主義者とそのシンパの追放を強行する。委員会に協力(仲間の密告)しなければ映画界から追放され(実際にはほとんどがリベラル派に過ぎなかったようだが)投獄されるという過酷なものだったが これに屈せず証言を拒否した10人(ハリウッド・テン)の一人がダルトン・トランボだったのだ。
トランボは『栄光への脱出』という作品で復活するまで 変名で脚本を書いていたが その一本が『ローマの休日』だった。ロバート・リッチという名で書いた『黒い牡牛』という作品がアカデミー賞を受賞したことは語り草になっているようだが 日本未公開である。
『ローマの休日』50周年記念デジタル版には STORY OF DARUTON・TORANBOのクレジットが入っているという。ぜひ観たいものである。

いまのアメリカはどうなのか。
戦争に反対する俳優は 仕事を失う恐怖を感じているという。
アカデミー授賞式でピースサインをしたスーザン・サランドンは講演会をキャンセルされ 反戦デモに参加したマーティン・シーンのテレビドラマは消え去ろうとしているらしい。ケヴィン・スペイシー エド・ハリス ハリソン・フォード ジュリア・ロバーツなどが 反戦的な人物としてインターネットの保守系サイトに名前が並んでいるという。ブラック・リストである。
あの頃 変名でしか仕事はできなかった。トランボは「運のいい」人だったのかもしれない。レッド・パージで自殺に追い込まれた映画人も少なくなかったという。どれほどの才能が「復活」することなく消えていったか。その損失の大きさに愕然とせざるを得ないのに またもアメリカは 同じ過ちをくりかえそうとしている。

12月9日東大駒場

2004-12-10 01:16:56 | Weblog
今年もまた東大駒場1年生(人権ゼミ)からお呼びがかかった。
駒場で話すようになったきっかけは 弁護士の川人 博さんのお声がかりである。川人さんは駒場で人権ゼミをてがけているのだが 「テレビと人権について話をしてやってほしい」ということだった。
これまでは 私の思いつくままにはなしをしてきたのだが 今回は違った。担当のI嬢が話してほしい内容を指定してきたのだ。
それは 1)製作現場とプロデューサーの役割 2)テレビの長所と短所 3)NHKと民放の違い 4)メディアが多様化する中での今後のテレビのあり方 5)日本ジャーナリスト会議(JCJ)の取り組み

1時間のつもりが 1時間半になったし 熱心な質問が続出した。
「このなかでマスコミ志望のひとはいるの?」ときいてみたら だれもいなかった。マスコミもずいぶん嫌われているのかな 魅力がなくなってきているのかな と思ってしまう。
終わって一人のがくせいが駅まで送ってくれたが どうやら彼はマスコミ志望とみた。それもNHKのようだ。

話の中で ぜひマスコミに興味を持ってほしい」沈滞した現場に 目的意識的に参加してほしい」と言ったが まさかそのせいではあるまい。
でも メディアがいまのままでいいわけがないことは理解してもらえたようだ。
こんな会合は 今後もつづけていきたい。

株保有問題と戦争協力

2004-12-05 13:46:40 | Weblog
 西武グループの証券取引法違反問題に続いて、大手の新聞グループが、地方のテレビ、ラジオ局の株式を第三者名義で実質的に保有していたことが問題になっています。
 マスメディアの持ち株を制限する「集中排除の原則」に反するとみて、総務省が調査を進めています。
 この原則は、マスメディアが他の放送局の株式を保有するのを制限したものです。言論・表現の自由を保つため、電波法にもとづき総務省令で定めています。
 この原則は、放送局の独立性を保つうえできわめて重要ですが、マスメディア側は「緩和してほしい」と考え続けています。
 なぜでしょう。
 たとえば、国民が望んでもいない放送のデジタル化が進むと、経営困難になる地方局が生まれかねません。やむを得ず、地方局を統廃合しようとすると、「集中排除の原則」が障害になってくるからです。
 緩和の要求と同時に、不気味な動きがあります。
 昨年6月に強行成立された「有事法制」(国民保護法など)と無関係とは思えないからです。有事法制で、放送局を「指定公共機関」として、政府に協力させる枠組みができました。
 「戦争のために、再びペンをマイクをカメラをとらない」と決意したのは、マスメディアが戦争に協力させられてきた歴史の反省に立ってのことです。「集中排除の原則」の緩和と引き換えに、マスメディアを戦争に動員する動きが心配です。視聴者にとって、人ごとではない事態が進んでいます。(なかつくま・たくぞう=元ワイドショープロデューサー)