わんわんらっぱー

DIYやオーディオから社会問題までいろいろ書きます。

【輸血は危険】エホバの証人大勝利

2017-01-01 19:59:08 | 医療
血液の闇
船瀬俊介 内海聡
三五館


不謹慎ゲームの魁で、昭和天皇崩御・平成改元『平成京エイリアン』というのがあった。
「平成京エイリアン」は、「平安京エイリアン」ゲームシステムを利用した迷作不謹慎ゲームである。
「社」「共」「革」「核」「赤」などのエイリアンが、「天」を追いかけ来る。プレイヤーは「天」を操作して穴を掘ってエイリアンを埋める。 「天」が敵に触れるごとに血圧が下がり、血圧40でGAMEOVERとなり、「崩御」「平成」が表示される。
説明書きは以下の通り。
CherrySoft junk.test Debut Software
<< 平成京エイリアン >>
[起動]
 heisei n n : wait count (PC-9801VX2のとき100が標準だと思います)
[内容]
 何も申しません。出来るだけ長く生き延びてください。血圧が40を切るとゲームオーバーです。左翼にぶつかると血圧が30下がります。輸血1回で20、昇圧剤1回で100上がりますが、昇圧剤は1ゲームで3回しか使えません。
 2,4,6,8,X(掘る)、Z(埋める)
 なお、このゲームに登場するキャラクタ等は、実在の(あるいは現存しない)人物・政党・団体等とは一切関係ありません。作者に抗議行動・白色テロなどの行為は慎んで下さい。
[使用・転載条件]
 街宣車から軍歌を流して街を走る方、および、火炎瓶や迫撃砲を所持する方、鉄道のケーブルを切断したりする方の御使用は御遠慮ください。
平成元年一月16日 pcs29227 Cherry


 昭和天皇は体内出血と下血を補うために総計31000ccの輸血を受けたと言われている。
体内出血は輸血後急性移植片対宿主病(きゅうせいいしょくへんたいしゅくしゅびょう:PT-GVHD)によるものと推測される。
輸血した血液中のリンパ球が増殖し、患者のリンパ球や免疫系細胞を破壊するため、免疫システムが拒絶反応を起こす。感染症や肝臓障害を招き、あらゆる血球が減少して貧血などを併発する。赤血球、白血球、血小板がますます激減し、血液が凝固せず、出血が加速する悪循環に陥った。

 生体には自分以外のものを異物として拒絶する免疫機能が備わっている。輸血血液中に存在する供血者由来のリンパ球が輸血を受けた患者組織内で拒絶されずに生着し、充分に増殖してから、患者の皮膚や粘膜、肝臓、骨髄などの臓器を攻撃し症状が出現する。輸血後1-2週間後に発熱と皮膚の紅斑に始まり、肝障害、下痢、下血などが出現し、さらに白血球、赤血球、血小板がともに減少し、敗血症などの重症感染症の発症や大量の出血が起こり、輸血後3-4週で死亡する。GVHDの致死率はほぼ100%である。

 顕著な形でGVHDを発症しなくても、他者からの輸血を異物と判断して、全力で腎臓から排出しようとするので、敗血症に繋がる。特に近親者の血液の方が拒絶反応が大きい。日本では輸血血液中のリンパ球の活きが良い新鮮血の使用頻度が高い。とくに手術当日に採血した血縁者の新鮮血が好んで使われる。近親血縁者の鮮度の高い血液を用いる事が多いので、GVHDや敗血症を生む原因となっている。敗血症の治療で輸血を用いる事例がるようだが、輸血が敗血症の原因となっているのだ。
 血液型はおおまかな分類に過ぎず、他者と一致する血液は存在しない。輸血は臓器移植の一種であり、必ず拒絶反応が出る。

 免疫反応として、リンパ球が攻撃を行う。免疫細胞が攻撃体制に入り、「輸血した血液」との間で「輸血された血液」戦争が始まる。生理機能は大混乱する。
そこで、事前にリンパ球を殺すため、15から50グレイ(グレイGy=Sv)の放射線照射を行う。リンパ球は死ぬが、放射線により変異した血液を体内に注入する。
50Gyは途方もない高線量であるが、輸血用血液に混入しているウイルスなどの微生物を不活化することはできない。

 貧血で病院に行くと、輸血を行う。最悪はGVHDを発症して死ぬ。医療過誤を隠蔽するため、GVHDと診断書には記載されない。
 赤血球の減少は水分とミネラル(海塩)の摂取で賄える。千島博士と森下博士の「腸造血説」では食べた食物は胃腸で消化され、最終的に小腸から吸収され、 吸収された栄養分はお臍付近のリンパ節の密集した「丹田」と言われる個所で赤血球に変換され、一部が白血球になり、 さらにその一部が細胞に変わる。体細胞が赤血球に代わる事もあるという。
 再生不良性貧血や白血病と診断された人が、血液の元となる「胚芽」や「葉緑素」の摂取で、快復した多くの事例がある。


参考
輸血血液への放射線照射(GVHDの予防)
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=08-02-02-12
内海聡、船瀬俊介著 医療にまつわる告発本 血液の闇 輸血は受けてはいけない
https://www.youtube.com/watch?v=M6qlOtcSbBM
日本のドキュメンタリー 2017: 【偽装社会】よくもここまで騙したな これが人殺し医療サギの実態だ!  悪魔の剤、抗ガン剤などを使用した毒殺の実態 ベンジャミン・フルフォード 船瀬俊介著
https://www.youtube.com/watch?v=otgs31RQTu8
【偽装社会】医療の常識がひっくり返る話 【衝撃】
https://www.youtube.com/watch?v=IRajxH4oI4o

VPL-HW60プロジェクター遍歴「2Kで十分ですよ。分かって下さいよ。」

2017-01-01 17:17:36 | オーディオ
長岡鉄男のスーパーAV―ホームシアターをつくる
長岡鉄男
共同通信社


 「長岡鉄男のスーパーAV―ホームシアターをつくる」という本があり、これを読んでプロジェクターの導入を考えた。長岡氏は大画面ホームシアターによるインパクトを「麻薬以上の何か」と評した。AVフロントという雑誌に長岡鉄男氏が連載を持っており、3管型のプロジェクター調整の記事を掲載していた。調整に恐ろしく面倒な手順を踏んでおり、メーカーの調整師まで呼んだと書いていた。
 とにかく大画面が夢だった。船舶振興会の「船の万博」で、500畳相当の映像を見たことがある。正方形のスクリーンなのだが、客席がすり鉢状になっており、中央の付近に視野がある。蒸気機関車が真っ直ぐに迫ってくる映像では、圧倒的なリアリティがあり、逃げ出そうかと思ったぐらいである。この時の経験で、後に床面上ぎりぎりから投射して、視野角中央に視点が来る方がリアリティが出るということを学んだ。
 1985年のつくば万博「国際科学技術博覧会 」には3回行った。大画面映像のパビリオンを幾つか見てしびれた。
1990年代は地元に映画館が無く、隣町の川越に行って映画を見るしか無かった。川越ホームラン劇場はBoseの直管共鳴管を導入しており、スコーンと伸びる低音を堪能した。

 私見では実物以上に人物や物体が投影されると、俄然本物感が出て来る。人物の全身が写った場合、一般的な人は160cm前後なので、立寸法がその程度以上あると、映像が視聴者を支配する。テレビの場合はどんなに近づいても、映像に支配されてしまうことはない。部屋の照明の有無の差もあるのだが、大画面は人を圧倒し、魅了して束縛して離さないのである。

 当時、液晶プロジェクターも登場しており、DLP型という設置の自由度が高いタイプがあった。軽量(といっても10kg超え)で上部も置ける。当時のオーディオ部屋は6帖しかなく、先入観で液晶型一択だと考えていた。しかし、長岡氏も指摘していたが、当時の液晶は表示品位が低かった。画面上に格子が見えるし、輝度も低く、映像ダイナミックレンジも低かった。私自個人は大枚はたいてシャープの液晶プロジェクターを3台乗り継いだ。当時プロジェクターは内部にホコリを吸い込みやすく、ホコリとの戦いでもあった。2台目を買ったときには、ホコリだらけになったプロジェクターを中古販売店に売ったが、内部清掃をどうやったのか気にはなった。

 当時6畳間でSonyのブラウン管式3管型ビデオプロジェクターVPH-100QJを床置で使っている猛者がいた。当時の3管vs液晶の映像性能差を考えればそのほうが正解だった。私は床面直上から映像を投射するという考えに至らなかった。6畳間にプロジェクターがど真ん中に居座れば、当然正面に座ることができない。それでも、今考えれば90年代当時はブラウン管式3管型を選択するのが正解だった。木工工作するか床下の高い別途を購入して、プロジェクターの上の高い位置に自分が座るという逆転的発想もあり得た。

 その次は20帖の仕事場で映像を見ていた。輝度優先で安いCanonのデータプロジェクターを3台乗り継いだ。当時4:3の映像ソースがまだまだ多かった時代である。16:9のプロジェクターでは横が余ってしまう。そういう事もあって、4:3画面サイズの廉価な中古データプロジェクターで妥協した。
 やがて念願のホームシアター専用スペースを入手したので、さすがに専用の映像プロジェクター購入を考えた。AE86中山さんの家でパナソニックの液晶プロジェクターを見た。既に性能は3管PJ程度か、それ以上に進化していた。
 いろいろ調べるとソニーのVPL-HW15が手頃だったので、導入した。見てぶったまげたデータプロジェクターと比較して、ダイナミックコントラスト値が圧倒的に違う。黒が真っ黒になる。当たり前のことなのだが、データプロジェクターは輝度優先なので、ダイナミックコントラストを犠牲にしている。
 その次はVPL-HW50に乗り換えた。Sonyはある意味正直者で型番の数値が性能進化をそのまま反映している。15→50ということで、輝度が上がり、電源ONから映像投射までの時間が大幅に短縮された。VPL-HW50は「データベース型超解像処理LSI(リアリティークリエーション)」を搭載した。平たく言えうと映像がシャッキっとする。オブジェクトを認識して輪郭などを強調する。VPL-HW15よりも人工的な絵作りだが、見やすい方が良いので、リアリティークリエーションはONにして見ていた。

 しばらくして、VPL-HW60が登場した。 VPL-HW15もVPL-HW50もヤフオクで比較的廉価に入手した。VPL-HW60は定価が上昇している。実売価格が落ち着くのに半年ぐらいかかる。実際、実売価格は下がったのだが、それでも結構な値段だった。ヤフオクで出物を狙ったが、全く出てこない。どうやら、ビデオプロジェクター自体があまり売れないという情報がちらほら出ていた。欲しい人は買ってしまったし、横解像度2Kプロジェクター自体には劇的な性能向上は起きていないということもあって市場は縮小気味のようだ。ということで、AVAC本店と交渉して新品で購入した。
 VPL-HW60はリアリティークリエーションの強化と、モーションエンハンサーとフィルムプロジェクションの2つの機能を持つ「モーションフロー」の実装である。 リアリティークリエーションは強くすると輪郭にジャギーが出るので「最弱」にしている。
 アニメの場合はおおよそリミテッドアニメなので、1秒の動画枚数が少ない。動画枚数が少なくても少しぎこちない程度で動画として破綻しない。「モーションフロー」はフレーム補間を行い、人工的にフレームレートを引き上げる。するとヌルヌルした動画になる。モーションフローには欠点があって、字幕が出ると、字の輪郭にリンギング(ノイズ)がでる。「強」ではリンギングも強くでるので、モーションフローは「弱」の設定にしてある。


○4Kプロジェクターは必要か?
 AVAC主催のサンシャインシティ展示会に行き、ブロジェクターコーナーに行くと、5社のプロジェクターが並んで投影されていたが、殆どの人がソニーのところに居た。これはまたメーカーにとっては可哀想な状態だが、ユーザーは正直である。厳密に性能を比較して、値段なども考慮すると、ひょっとしたら、ソニーに拮抗する機種もあったのかもしれない。当時は2K時代で競合各社が性能を競い合っていたが、3管時代に培ったソニー神話もあって、ソニー人気は他社を圧倒していた。
 その内、プロジェクターも4K時代になりソニーvsJVCとなった。ソニーとて万能ではなく、4Kプロジェクターの出始めの頃は不具合があったようである。しかし、もう一方の、JVCの不良品率をメーカーの人から直接聞いてぶったまげた。
 
 画素で言うと、32mmフィルムで1000万画素。2Kで200万画素、4Kで800万画素、8Kで3200万画素となる。8Kは明らかにオーバースペックである。フィルムの画素から考えると4Kの存在意義があるように思える。展示会で実際のネイティブ4KをMKVファイルにエンコードして、それをパソコンから再生し、150インチ超えのサイズで見たが、背景の抜けが凄い。本当に存在感がある。もう一方で、Master in 4Kという4Kでマスターを作り、2KにダウンエンコードしてBlu-rayに収め、これをリアリティクリエーション技術を使って4Kに戻す。解像感はリアル4Kに僅かに劣るが、色乗りが凄まじい。過剰に色乗りが出る設定にしてはあるのだろうが、高輝度・ハイコントラストであることも相まってこってりした色合いで迫ってくる。
 とまぁ、4Kプロジェクターは凄いのだが、値段も凄い。4Kプロジェクターの新型はなんと「値上げ」となった。2Kに比べて消費電力も増える。筐体も大きく重く動作音も大きい。
 2Kプロジェクターが4Kの4分の1の性能しかないのかと言えばそうでもない。私は150インチ級で2Kプロジェクターを使っているが、解像度で不満を感じたことはない。水平解像度480p→720p→1080p(2K)では情報量に明瞭に差がでるが、2K→4Kで画素4倍、水平解像度2倍の数値ほどに差がでるのかといえばそうでもない。2Kで既に十分な解像度を持っているからである。仮に300インチなどの巨大投影面積となれば4Kの威力がいかんなく発揮されるのかもしれないが、投影距離や壁面の縦寸法制限で、これ以上の画面サイズ拡大は不可能である。
 そして、最大の問題は4Kの映像素材が提供されていない点だ。Youtubeには4K解像度の映像がアップロードされているが、特段見たいと思うものもない。私にとっての主力コンテンツはアニメである。地デジがそもそもフルHDに対応していない。アニメによっては720pで製作されているものすらある。であるから、プロジェクターだけ4Kにしてもその利点を最大限活かせない。


ハードSF作品として名画の誉高い「ブレードランナー」にデッカードと日本食老店主と以下のやりとりがある。
ちなみに、ブレードランナーにはAndroidのNexus6が出てくる。Goggleはブレードランナーから商標を引用している。
「なんにしましょう」
「四つくれ」("Give me four")
「二つで充分ですよ」
「いや四つだ。二と二で四つだ」("No four. Two,two,four.")
「二つで充分ですよ!」
ここで店主の説得にあきらめた表情になる。
「うどんもくれ」("And noodle")
「分かって下さいよ」

これを引き合いに出せば「2Kで十分ですよ。分かって下さいよ。」という事になる。



参考
プロジェクターには3管式と液晶式があります。ここでは両者の違いを解説しましょう。
http://kanaimaru.com/av/sankan.htm


長岡鉄男のオリジナルスピーカー設計術 基礎編 SpecialEdition 1
長岡鉄男
音楽之友社


 

将棋の果たしてきた役割と今後

2017-01-01 11:32:14 | 政治
新 将棋は歩から
東京書店



○私が将棋に親しんできた経緯
 棋界というのはある意味狭い所でもあり、極少数の人員で争われる世界である。直接、棋界に携わる人は少ないが、将棋を愛好する人達は多い。日本の将棋人口は現在通説では1000万人と言われている。それほどいるとも思えないが、スマホで将棋が簡単に楽しめるので、ライトなバーチャル将棋人口を入れれば、あり得る数字ではある。
 PC-9801時代には既に幾つかの将棋ソフトがあった。私は「森田将棋」というソフトを使っていた。開発者は森田和郎氏であり、隣町である川越市にランダムハウスというソフトウェア会社を経営していた。個人的にはランダムハウスといえば、「獣神ローガス」のインパクトの方が強い。アクションシューティングとシミュレーションゲーム要素が組み合わさった名作ゲームである。
 森田将棋は1991年世界コンピュータ将棋選手権で優勝した。当時のパソコン処理能力の限界で、森田将棋のCom側を最高難易度設定にするとすこぶる時間を要する時代だった。しかも、微妙にポカミスが出る有様で、人間がガチンコで闘い続けるレベルではなかった。
 私自身は小学校の頃には熱心に将棋をやっていたが、パソコン時代に突入してからは、たまにパソコンで将棋をやる程度であった。やがて、フリーソフトの将棋ソフト「ボナンザ」が登場した。序盤はまったく緩まない、ボナンザ発表直後だったので、中盤は少し緩んだ。そこで差し込まないと絶対に勝てないのだが、やはりどうやっても勝てない。見てないうちに一手指しているのではないか?と勘ぐりたくなるほどに強くなっていた。しかもフリーソフトなのである。
 将棋が他の囲碁やチェスと違う所は、取った駒が使える事であり、盤上のマス目が91個に過ぎないのだが、手数が多く、複雑な展開が楽しめる。将棋の対局者とは駒の特色を活かした統合者であり、指揮者であるとも見なせる。

○升田幸三vs連合国総司令部(GHQ)
 敗戦後GHQは軍事に繋がる日本文化の封殺路線を取り始めた。戦争を模した将棋がターゲットになったのは必然であった。木村義雄永世名人が軍関係者に重宝され、海軍大学で講義をしていた事も咎め立てする理由となった。
 これに対し升田幸三は民生局長ホイットニー准将達を相手に5時間に渡る弁明を行った。日本国憲法を起案したリベラルな気風である民政局は「話が通じる」相手だった事もあって、将棋は途絶することなく戦後も規制されることは無かった。
 本当に日本を骨抜きにしたければ、理詰めで戦術を練り上げるゲーム関係は統制しただろう。米国は開拓者気質の寛容さが一定程度あったのと、勝利者としての余裕もあった。
 但し米国は時代を経て変容した。産業力では新興国に押され、金融でも自滅的様相である。特に米地方自治体の財政状況が悪く、日本からの金融収奪で延命している状態である。日本総人民が本気で対米隷属構造を見直すために立ち上がれば、米国は文字通り詰んでしまう。米国は自国の延命のために、総力線で日本からの収奪体制維持を策謀している。
 そうなると、自発的に理詰めで考え尽くすゲームの類は邪魔になる。将棋は数学のような純粋さがあり、基本的に偶発的な運で勝敗が決する訳ではない。つまり、基本的に敗北の責任は100%自分に帰するのであって、それゆえに熾烈を極めて思考を行う。仮に能力の限界まで使って思考を行う作法に富んだ人物が日本にたくさん入れば、自ずと対米関係見直しの機運が高まる。逆に言えば、上意下達の上のご機嫌伺いしているヒラメ君ピラミッド構造となっていて、自発的に考えない人物達が国家は重要組織の運営を固めているから、米国隷属封建体制護持に凝り固まっているとも言える。

○「ヒカルの碁」による囲碁ブーム
 マンガ「ヒカルの碁」はアニメにもなり、囲碁ブームの火付け役となった。日本棋院会長が「このブームがずっと続いてくれれば良い」と発言した数ヶ月後に「ヒカルの碁」は突然連載終了となった。連載終了二ヶ月前に編集部との合意を経て終わらせたとのことで、打ち切りではないようだ。日韓の棋士による囲碁対決という流れで、物語のスケールアップ途中であったのに残念である。物語展開に噛み付いたネットの野次馬などの影響もあったとされるが、連載終了の真相は私には分からない。ただし、日韓や日中など周辺諸国との連携を取ろうとした政治家が不自然な形で排除されてきた日本戦後史というのものを考慮に入れると、何がしかの謀略が働いたと考えたくもなる。

○「聖の青春」と「3月のライオン」による将棋ブームと「スマホ指し」騒動
 村山聖9段の実録である小説「聖の青春」が映画化されて放送されている。また、村山聖氏をベースにしたと思われるキャラクターが登場するアニメ「3月のライオン」が放送中である。
 将棋連盟ライブ中継などのネット放送も充実してきており、現役棋士の放送キャスター登場などもあって、将棋界は上げ潮にある。
この帰趨を制するかのように「スマホ指し」疑惑が日本将棋連名を揺さぶった。「スマホ差し」疑惑の記事が週刊文春に発表される事が判明し、竜王戦への悪影響を恐れた将棋連盟が過剰に反応した。
 疑問なのは、なぜCIAとの関係が深い週刊文春に記事がでなくてはならなかったのか。週刊文春Webには今でも仔細な記事が閲覧できるようになっている。
 週刊文春の記事が出るかなり前から、5人の棋士が将棋連盟の方に不正の存在を告発していた。その段階で技術的にスマホを持ち込めないようにする措置を行うべきであったと言える。例によって電通ダマスコミがガンガン「スマホ指し」騒動を煽っている。
 この事を取り上げること自体が、計略の手中に嵌っていると思えるのだが、私が言わんとするのは、この騒動を乗り越えて、将棋界の活性化を願うということである。プロ棋士の世界が賑わうだけでなくて、将棋界がアマチュアやライトファンを含めて広い将棋人口を抱えることで、産業や研究の世界の活性化に繋がれば良いのである。



参考
連合国総司令部(GHQ)を詰んだ男~升田幸三~
https://allabout.co.jp/gm/gc/412345/all/

アメリカ型資本主義の成因

2017-01-01 11:28:35 | 金融
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ナカバヤシ


 アメリカは政治、経済、司法、社会を極小数の権力者達で管理している。アメリカという国家の成り立ちが、権力の集中を産み、更には証券化金融に邁進していく動機となっている。アメリカにおいてイギリスから独立を勝ち取る過程こそが、アメリカ型資本主義の源流となっている。
 資本主義の成因は諸説あるが、資本の蓄積と企業家精神を有する人々の衆参が必要であったことは論を待たない。ヴェルナー・ゾンバルトによれば、海賊、それに賭博師も投機的な企業家精神を準備したとする。ヨーロッパ諸国は「職業的によく組織された海賊業」を奨励し、「紳士冒険家」と呼ばれる金持ちを後援者とした。近代の大商人の海賊的性格は、大がかりな貿易及び植民会社の中に登場すると指摘し、貿易は略奪的な冒険的商業でもあった。
 18世紀、ヨーロッパの支配層や金融サービスを提供したユダヤ人バンカーらが商業資本や軍事費として、アメリカ大陸の湾岸植民地へ資本投下した。併せてカリブ海やアフリカからの略奪されてきた奴隷と、探検隊という名の海賊が強奪してきた品物が流れ込んだ。イギリスはヨーロッパ各国と戦争となるたびに、敵船拿捕許可状を大西洋岸に駐留していた船主らに発行し、私掠船が合法的に略奪した貨物はアメリカ北東部に陸揚げされた。
 イギリスは1755年のフレンチ=インディアン戦争(英仏七年戦争)を経て、フランスを北アメリカから追い出し、アメリカにおける覇権を確立する。アメリカは流通する貨幣が不足したので「殖民券」と呼ばれている紙幣を発行した。新しい紙幣の誕生と流通は、必然的にアメリカ植民地がイングランド銀行の管理下から離脱することを意味していた。英国議会は1764年に「通貨法」を決議し、アメリカ植民地の各州が独自の紙幣を発行することを禁じ、イギリス政府への納税には、すべて金と銀を用いるように植民地各州政府に強要し、流通貨幣不足によりアメリカでの不況は常態化した。アメリカの貿易商は、免許を得た正規の貿易と平行して活発な密貿易を営んでいた。彼らが得た貿易の収益は、反英運動の最大の資金源であったので、イギリスは密貿易を本格的に取り締まり始め、対立は激しさを増した。英国国王は貿易を独占して免許料を徴収し、1764年にはイギリスは戦費を回収する為に砂糖税法を制定して、砂糖の関税を引き上げ、ブドウ酒にも関税を課した。更に1765年には正式文書への印紙貼付を定めた印紙税を制定するが、イギリス製商品の輸入停止運動の高まりにより二年後には廃止に至った。1767年には紅茶、紙、鉛、塗料、ガラスなどに輸入関税をかけるタウンゼンド諸法を成立させた。
 これに不満を持ったアメリカでは、再びイギリス製品不買運動が行われた。1770年にはイギリス軍がボストンの群衆へ発砲し、ボストン虐殺事件が起きた。1773年イギリス商船の茶を海へ投げ棄てるボストン抗議行動へと、米英の対立が深まっていく事となる。1775年4月19日にはボストン北西郊外のレキシントンで、イギリス軍とアメリカ植民地の民兵による武力衝突が起こり、全面的な戦争に突入した。
 独立戦争勃発時、総司令官に任命されたジョージ・ワシントンは43歳の若さであった。1777年1月にワシントンがトレントンを奇襲して勝利を収め、さらに同年10月のサラトガの戦いでイギリス軍を包囲し、降伏させることに成功する。1778年12月には米仏同盟条約の調印に漕ぎ着け、1781年9月にはヨークタウンの戦いでイギリス軍を撃ち破り、これによって戦いはアメリカ軍の勝利が確定する。
 13の植民地は連合規約を結び、それぞれが州を構成して中央政府を樹立し、アメリカ連邦を形成することを決定する。1783年アメリカとイギリスの間でパリ条約が結ばれ13の植民地の独立と、ミシシッピ川以東の割譲が認められた。イギリスはさらに、ヴェルサイユ条約でフロリダとミノルカ島をスペインへ、セネガルをフランスへ割譲する事となった。
 世界最強の軍隊を持つイギリスを相手に7年にも及ぶ独立戦争を戦ったアメリカは、当初武器弾薬の量産製造技術を持たず、戦費を調達する税制すら無かった。戦争に駆り出された一般市民や農民、奴隷、戦場となったバージニア以南の農園は疲弊した。他方、アメリカ独立戦争で莫大な利益を得た者もいた。イギリスの商戦を略奪する免許を得て、3000隻以上の膨大な商船と積み荷を略奪した私掠船の船主たちだった。海賊免許と戦争債券で財を成した船主達が建国時代の支配層を形成し、イギリスの遺産が多く残されたアメリカ北東部に政治、軍需産業、金融と貿易、紡績工業、教育制度を包含する支配体制を築く事となった。

12月31日(土)のつぶやき

2017-01-01 02:29:04 | つぶやき