「第3回神戸マラソン」
会場:兵庫県神戸市 神戸市役所前
日時:2013年11月17日(日)
種目:マラソン(42.195km)登録
当選通知メール届いてから、ずっと楽しみにしていた神戸。
レースとしては、撃沈した湘南フルから中2週間でのフル。
せっかくの旅ラン、若い頃過ごした神戸の街を楽しんで走りたと思っていました。
が、脳裏には苦しみ沈んだ湘南の記憶がハッキリ焼き付いており、またどんなコンディションであれ簡単に終わることなど絶対にない42.195kmという距離への不安。
どのような結果になるのか正直不安でした、、、
前日、午前中の飛行機で関西入り。
大阪在住の親戚を尋ね再会を喜んだ後、翌日のゴール会場となる神戸国際展示場での前日受付へ。

ゼッケン受取った後、EXPO会場をぶらりと散歩。

気分が高揚してきました。
その後、私同様神戸マラソンに参加する前会社大阪支店勤務時の同僚と合流し三宮へ移動。
生田神社で完走祈願し、

案内してもらった中華料理屋で牡蠣尽くしのカーボローディング。
これが、本当に美味過ぎました。

牡蠣焼きそば、牡蠣丼(写真)の他に牡蠣天ぷら、殻付き焼き牡蠣など。どれも絶品!
満腹になった後、30分ほど歩きJR神戸駅そばのホテルへ戻り早目の就寝。
直ぐに寝付けず結局22時頃まで起きてましたが、、、
***
いよいよレース当日、4時に起床。
そこでアクシデント発生。
布団の中でアクビしながら、全身で大きく伸びをした瞬間、、、
「ピキーン」
フクラハギに激痛。
何と変な方向に伸ばしてしまったのか攣ってしまったのです。
ゆっくりと足首曲げ、痛む箇所を揉んでみましたが直ぐには治まらない。
焦ってシャワールームで温かいお湯を浴びせながらマッサージすること5分。
歩けるまでには回復しましたが不安、、、
腹を括って6時20分にホテル出発。
電車で2駅の距離ですが、アップを兼ねて30分歩いて行きました。

三宮、神戸市役所前に到着。
着替え完了、

トイレも済ませた後、フクラハギの状態を確認しながら走ってみました。
「何とかなるだろ・・・」
スタート30分前、セレモニーがはじまりました。
神戸復興を祈る歌の合唱がはじまると、昔の記憶が甦り自然と涙が溢れてきました。
何も分からず社会に出た22歳の頃、大阪支店配属となり新入社員研修で訪れた神戸。
至るところで倒壊したビルの解体工事が行われていた光景はハッキリと記憶しています。
それから東京へ転勤するまでの4年間、神戸には何度も遊びに訪れました。復興していく姿を見続け、多くの想い出が詰まった街なのです・・・
大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせ・・・
スタート!
スタートロスは41秒。
序盤~中盤のレース経過は簡単に。
快走目指しあわよくばキロ5分以内で走り続けたい。
そんなことを目論んでいました。
10km地点 46分06秒(スタート~10km 45分25秒 AVG 4'32/km)
10km地点までは快調。
20km地点 1時間34分18秒(10km~20km 48分12秒 AVG 4'49/km)
が、無残にも20km付近で撃沈。
2週間前の湘南と同様、呼吸が苦しくなりストップ。
原因はなんだか分かりませんが、同じ地点で同じような症状が続いたのには原因があるのは明白です。
長距離練習が足りてないのか、呼吸が下手なのか、気温が高く日射が強かったため急速に体力が奪われたのか、
ただ、リタイアを考えることなどはありませんでした。
せっかくの旅ラン、神戸の街を眺めながら、ゆっくりでも歩いてでもゴールまで行こう。
回復すれば、そこからまた走ろう。
沿道の応援がとても嬉しかったです。
関西の大会は初めて走ったのですが、関東のそれとはちょっと違った温かいものでした。
沿道前をゆっくり進んでいる自分に対して、多くの方が話しかけてくれました。
「どっか痛いのか?にいちゃん、無理したらあかんで」
「時間はなんぼでもあるから、ゆっくりいきーや」
ゼーゼー息をしていたので声で応えることはできませんでしたが、首を前後に振り「うんうん」と応え続けました。
子供たちは競って手のひらをこちらへ向けてハイタッチを求めてきます。
可能な限りタッチして応えました。
沿道のラジカセから耳に入ってきて印象に残っている曲があります。
往路・復路とも同じ曲が流れていたので、おそらくずっとその曲だけをリピートし続けていたのでしょう。
故・島倉千代子の「人生いろいろ」です。
淡々としたメロディーが、復路で苦しんでいる自分を励ましてくれているような気にさせてくれました。
そんな20km-35kmでした。
ハーバーランドを抜けると、長くて急な上り坂。
ま、それ以前からゆっくり走ったり歩いたりしていたので、そこでペースが落ちるとかはなかったのですけど。
35km付近、ポートアイランドへ渡る橋に差し掛かりました。前方にポートアイランド、右を向くとメリケンパークなど美しい神戸ベイエリアが臨める眺望優れたポイント。
そこで、後方から自分を抜かしていくランナーの中にある方を発見。
一部の方々の中で有名な、
「頭にピンクのモヒカンを装着し、白い上下つなぎを身にまとい、足元はワラーチ(足にフィットするサンダルのようなもの?)」の方。
Yさんでした。
思わず、
「Yさんですよね?俺、ちちろ~です!」と叫ぶと、分かっていただいたようで、
「頑張って」っと応えてくれました。
Yさんを見送り、相変わらずゆっくり道路脇を進んでいたのですが、、、
後方から集団が近付いてきたのが足音で分かりました。
「サブ4ペースメーカー」と彼を取り巻くランナー達でした。
ここまで湘南と同じ展開。
あの時は、彼らを見送り歩き続けたのでしたが、、、
「このままで終わりたくない、彼より先にゴールに辿り着く」
残りはまだ7kmもあります。
ここで頑張ったところで、PB(3時間18分)更新を追い続けていた昨年のようなタイムとは程遠いものにしかならない。
数分早くゴールすることに、どんな価値があるのか分からない。
それでも、最後頑張って自分を納得させたかった。
それまでの15kmをキロ7分近くかけて走って(歩いて)いましたが、トータル4時間以内にゴールするためには、このタイミングで5分40秒くらいに上げないと目標には辿り着けない。
息苦しく、身体中が悲鳴あげていましたが覚悟を決めました。
橋上の給水を取り、先ず両足のフトモモ、フクラハギにかけ、次にサングラスを外した顔に思い切り浴びせました。
「いくぞ」
未だ視界にとらえていたいたペースメーカーを追い掛け始めました。
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会場:兵庫県神戸市 神戸市役所前
日時:2013年11月17日(日)
種目:マラソン(42.195km)登録
当選通知メール届いてから、ずっと楽しみにしていた神戸。
レースとしては、撃沈した湘南フルから中2週間でのフル。
せっかくの旅ラン、若い頃過ごした神戸の街を楽しんで走りたと思っていました。
が、脳裏には苦しみ沈んだ湘南の記憶がハッキリ焼き付いており、またどんなコンディションであれ簡単に終わることなど絶対にない42.195kmという距離への不安。
どのような結果になるのか正直不安でした、、、
前日、午前中の飛行機で関西入り。
大阪在住の親戚を尋ね再会を喜んだ後、翌日のゴール会場となる神戸国際展示場での前日受付へ。

ゼッケン受取った後、EXPO会場をぶらりと散歩。

気分が高揚してきました。
その後、私同様神戸マラソンに参加する前会社大阪支店勤務時の同僚と合流し三宮へ移動。
生田神社で完走祈願し、

案内してもらった中華料理屋で牡蠣尽くしのカーボローディング。
これが、本当に美味過ぎました。

牡蠣焼きそば、牡蠣丼(写真)の他に牡蠣天ぷら、殻付き焼き牡蠣など。どれも絶品!
満腹になった後、30分ほど歩きJR神戸駅そばのホテルへ戻り早目の就寝。
直ぐに寝付けず結局22時頃まで起きてましたが、、、
***
いよいよレース当日、4時に起床。
そこでアクシデント発生。
布団の中でアクビしながら、全身で大きく伸びをした瞬間、、、
「ピキーン」
フクラハギに激痛。
何と変な方向に伸ばしてしまったのか攣ってしまったのです。
ゆっくりと足首曲げ、痛む箇所を揉んでみましたが直ぐには治まらない。
焦ってシャワールームで温かいお湯を浴びせながらマッサージすること5分。
歩けるまでには回復しましたが不安、、、
腹を括って6時20分にホテル出発。
電車で2駅の距離ですが、アップを兼ねて30分歩いて行きました。

三宮、神戸市役所前に到着。
着替え完了、

トイレも済ませた後、フクラハギの状態を確認しながら走ってみました。
「何とかなるだろ・・・」
スタート30分前、セレモニーがはじまりました。
神戸復興を祈る歌の合唱がはじまると、昔の記憶が甦り自然と涙が溢れてきました。
何も分からず社会に出た22歳の頃、大阪支店配属となり新入社員研修で訪れた神戸。
至るところで倒壊したビルの解体工事が行われていた光景はハッキリと記憶しています。
それから東京へ転勤するまでの4年間、神戸には何度も遊びに訪れました。復興していく姿を見続け、多くの想い出が詰まった街なのです・・・
大きく深呼吸し、気持ちを落ち着かせ・・・
スタート!
スタートロスは41秒。
序盤~中盤のレース経過は簡単に。
快走目指しあわよくばキロ5分以内で走り続けたい。
そんなことを目論んでいました。
10km地点 46分06秒(スタート~10km 45分25秒 AVG 4'32/km)
10km地点までは快調。
20km地点 1時間34分18秒(10km~20km 48分12秒 AVG 4'49/km)
が、無残にも20km付近で撃沈。
2週間前の湘南と同様、呼吸が苦しくなりストップ。
原因はなんだか分かりませんが、同じ地点で同じような症状が続いたのには原因があるのは明白です。
長距離練習が足りてないのか、呼吸が下手なのか、気温が高く日射が強かったため急速に体力が奪われたのか、
ただ、リタイアを考えることなどはありませんでした。
せっかくの旅ラン、神戸の街を眺めながら、ゆっくりでも歩いてでもゴールまで行こう。
回復すれば、そこからまた走ろう。
沿道の応援がとても嬉しかったです。
関西の大会は初めて走ったのですが、関東のそれとはちょっと違った温かいものでした。
沿道前をゆっくり進んでいる自分に対して、多くの方が話しかけてくれました。
「どっか痛いのか?にいちゃん、無理したらあかんで」
「時間はなんぼでもあるから、ゆっくりいきーや」
ゼーゼー息をしていたので声で応えることはできませんでしたが、首を前後に振り「うんうん」と応え続けました。
子供たちは競って手のひらをこちらへ向けてハイタッチを求めてきます。
可能な限りタッチして応えました。
沿道のラジカセから耳に入ってきて印象に残っている曲があります。
往路・復路とも同じ曲が流れていたので、おそらくずっとその曲だけをリピートし続けていたのでしょう。
故・島倉千代子の「人生いろいろ」です。
淡々としたメロディーが、復路で苦しんでいる自分を励ましてくれているような気にさせてくれました。
そんな20km-35kmでした。
ハーバーランドを抜けると、長くて急な上り坂。
ま、それ以前からゆっくり走ったり歩いたりしていたので、そこでペースが落ちるとかはなかったのですけど。
35km付近、ポートアイランドへ渡る橋に差し掛かりました。前方にポートアイランド、右を向くとメリケンパークなど美しい神戸ベイエリアが臨める眺望優れたポイント。
そこで、後方から自分を抜かしていくランナーの中にある方を発見。
一部の方々の中で有名な、
「頭にピンクのモヒカンを装着し、白い上下つなぎを身にまとい、足元はワラーチ(足にフィットするサンダルのようなもの?)」の方。
Yさんでした。
思わず、
「Yさんですよね?俺、ちちろ~です!」と叫ぶと、分かっていただいたようで、
「頑張って」っと応えてくれました。
Yさんを見送り、相変わらずゆっくり道路脇を進んでいたのですが、、、
後方から集団が近付いてきたのが足音で分かりました。
「サブ4ペースメーカー」と彼を取り巻くランナー達でした。
ここまで湘南と同じ展開。
あの時は、彼らを見送り歩き続けたのでしたが、、、
「このままで終わりたくない、彼より先にゴールに辿り着く」
残りはまだ7kmもあります。
ここで頑張ったところで、PB(3時間18分)更新を追い続けていた昨年のようなタイムとは程遠いものにしかならない。
数分早くゴールすることに、どんな価値があるのか分からない。
それでも、最後頑張って自分を納得させたかった。
それまでの15kmをキロ7分近くかけて走って(歩いて)いましたが、トータル4時間以内にゴールするためには、このタイミングで5分40秒くらいに上げないと目標には辿り着けない。
息苦しく、身体中が悲鳴あげていましたが覚悟を決めました。
橋上の給水を取り、先ず両足のフトモモ、フクラハギにかけ、次にサングラスを外した顔に思い切り浴びせました。
「いくぞ」
未だ視界にとらえていたいたペースメーカーを追い掛け始めました。
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