はあどぼいるど・えっぐ

世の事どもをはあどぼいるどに綴る日記

ブラック・レイン

2007-02-10 18:36:05 | 映画
「ブラック・レイン」監督:リドリー・スコット

滲むように真っ赤に沈む夕日。蒸気と煙で黒く塗りつぶされた地上。赤と黒の毒々しいコントラストで表現された工場地帯が、敗戦後の瓦礫の山から復興した日本の象徴である、とリドリー・スコットは思っていた。結果生み出された猥雑で活気に溢れた街並みを大阪に求め、名作「ブレード・ランナー」のようなサイバーパンクな世界観を見事創りあげた。後にも先にも、これほど異国感を漂わせた道頓堀の映像を撮った作品を、俺は知らない。
ニューヨーク市警殺人課の汚職刑事ニック(マイケル・ダグラス)は、偶然居合わせたレストランで日本のヤクザ同士の抗争を目撃する。負傷しながらもなんとか拘束したヤクザ佐藤(松田優作)を日本まで護送する任務に就くが、日本の警察官に扮したヤクザに佐藤を奪われてしまい、慣れない土地での捜査に奔走することとなる。大阪府警の松本(高倉健)の協力はあるが、何せ大阪は佐藤の地元、相手の策略にまんまとハメられ、相棒チャーリー(アンディ・ガルシア)が斬殺されてしまう……。
捜査を共にするうちに芽生えるニックと松本の友情。菅井(若山富三郎)や菅井の若衆(安岡力也)の板につきすぎたヤクザぶり。ヤン・デボンの手による印象的なカメラワーク……。
見所は満載だが、なんといっても本作のポイントは佐藤。松田優作が生み出した暴走ヤクザのど迫力。ニューヨーク市警の取調室で、マジックミラー越しに見えるはずのないニックにサインを送るシーン。夜の大阪の駐車場で、追い詰めたチャーリーの首を刎ねる直前の無言の笑い。口数の少ない佐藤という男を所作のみで演じきるあたりはさすが。とても撮影当時癌を患っていたとは思えない。
佐藤の名演がアメリカ映画界に残したイメージは大きかった。実際、ショーン・コネリー監督の次回作に出演するという話もあったという。が、そんなことはもはやどうでもいい。彼が死んでしまったことに変わりはない。彼は永遠に失われ、スクリーンの中にのみ生き続ける存在となった。映画に命を賭けたある一人の男の亡骸。その姿が荒廃した工場地帯の姿とだぶる。高度経済成長の真っ只中にある街並みの、内在する儚い夢の、行き着く先にある悲しみ。それを背負っているからこそ、この映画は心に沁みるのだ。

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