キャンディキャンディFinalStoryファンフィクション:水仙の咲く頃
By Josephine Hymes/ブログ主 訳
By Josephine Hymes/ブログ主 訳
最後の幕が下りた。出演者たちは皆リラックスして自分自身に戻り、ゆっくり楽屋へと戻って行く。テリュースが舞台から逃げ出すように急いで退場する様は、団員たちにとって目新しいものではなかった。それがこの主演俳優の、普段からの劇の締めくくり方だった。誰かが一息つく前に、自分の楽屋に戻ってしまうのだ。それは今夜も例外ではなかった。
お決まりの態度をとってはいたけれど、テリュースにはその夜の自分はいつもと違うことがわかっていた。実際のところ、今夜はこれまでの彼の人生の、どの瞬間とも違っていた。舞台からキャンディを一目見た時、周りの音がすべて消え失せ、瞬間的に耳が聞こえなくなった。キャンディがそこから自分を見ていたという事実に地球の回転すら止まった。彼女の目には深い称賛の色が浮かんでいたが、それは自分に向けられていたものなのだろうか? テリュースの胸は高鳴り、世界が静寂に包まれる中でその激しい鼓動だけが聞こえた。
その日は一日中……いや、公演旅行が始まった当初から、テリュースの中では疑いと興奮が高まり続けていた。テリュースはこの再会をあらゆる期待を込めて計画したが、同時に、何かがその再会を阻むのではないかと恐れてもいた。前日にヘイワードが花と手紙をキャンディの部屋に届けてから、テリュースはほとんど呼吸をしていなかった。キャンディから電話はなかったので、今夜の芝居を見に来ることはわかった。テリュースは、彼女の部屋に行って、矢も楯もたまらず会話を交わしたい誘惑にかられたが、当初の決意の方が勝った。キャンディとの再会を待ち焦がれるのと同じくらい、その再会を部屋のドアをノックするといった平凡なものにはしたくなかったのだ。彼のドラマチックな性質はもっと特別な演出を必要としていた。10年も待った挙句に、まるで平日にちょっと立ち寄って挨拶をするような再会はあり得ない。そのようにテリュースは、興奮と期待の中で眠れぬ夜を過ごした。
悪いことに、その日の朝のリハーサルはめちゃくちゃだった。そして開演の時間が近づくと、芝居の準備に取りかかるのに普段の3倍の集中力がいった。しかしながら、ヘイワードが来てキャンディがボックス席に着席したと告げた時、テリュースの頭に不思議な静けさが広がった。それはこれまでに経験したことのない感覚だった。テリュースは今でも『ロミオとジュリエット』の初演の夜のことを覚えていて、その時の感覚と比べずにはいられなかった。キャンディはその時も来てくれたけれど、スザナの事故が落とした影と、押しつぶされそうな重圧で、そのことを喜ぶことができなかった。しかし、今回はまったく違った。
舞台に上がると、これまで感じたことがないほどの強い活力が内側から流れた。マクベスほどに自分と異なる役柄とも、これまで達し得なかったほど本質的な部分から深くつながった。そして何よりも、芝居をするのがとても楽しかった。しかしこれらの素晴らしい出来事も、ほっそりしたキャンディが、ボックス席の最前列から自分を熱烈に称賛していた姿には比べようもなかった。テリュースは、ロックスタウンで見たキャンディのまぼろしを思い出さずにはいられなかった。そのまぼろしが浮かべていた深い悲しみと涙は、テリュースの脳裏に永遠に刻み込まれていた。しかし今夜のキャンディはまぼろしではない。自分の心の中のただ一人の女性が、大人の女性に成長した姿で、最高に明るい笑顔を自分に向けながらそこにいたのだ。
いつになく幸福な物思いにひたっていると、ドアがノックされた。
「テリュース、入ってもいいかな?」 ロバート・ハサウェイの声が聞こえた。
「どうぞ、団長」 テリュースが答えると、ダンカン王の衣装に身を包んだ、がっしりした体型のハサウェイが楽屋に入ってきた。
「ディナーには一緒に来るのかい?」 ハサウェイが軽く聞いた。
「今夜は行きませんよ、団長。先約がありますから」 テリュースは舞台化粧を落としながら答えた。
「先約?」 ハサウェイは信じられないというように言ったが、その弟子は詮索されることが嫌いなのを十分にわかっていたので、その先は何も聞かなかった。「わかった。じゃあ、いい夜を」
そう言い残すとハサウェイはテリュースを一人残してドアを閉めた。
テリュースが急いで着替えを終わらせている間に、ヘイワードはキャンディをエスコートしに戻っていた。見終わったばかりの芝居に誘発された感情が、キャンディの中でまだ新鮮に残っていた。
「グレアムさんにはお会いできますか?」 キャンディは最初にヘイワードに質問した。
「もちろんでございます、お嬢様。グレアム様は、ディナーのご招待をお受けいただけたら光栄ですとおっしゃっておいでです。しかしその前に、劇場の外で待っている崇拝者や記者たちから逃れなければなりませんので」
キャンディは、テリィがフランス王を演じたシカゴの夜のことを思い出していた。その若い俳優を一目見ようとごった返した群衆に押され、キャンディはテリィに近づくことができなかった。その光景は今でも脳裏に焼き付いている。もう同じことを繰り返したくはない。
「どうやって逃れるのかしら?」 キャンディは興味を持って聞いた。
「わたくしどものやり方がございます、お嬢様。ではまずお車までお連れいたします。それからグレアム様を、群衆に引き止められる前に救出いたします」
そう言った通りに、ヘイワードはキャンディを劇場の外に停めてある車に案内し、後部座席の日除けを降ろした。――こんな夜遅くに避けねばならない日差しとは一体どのようなものだろう……そうキャンディは不思議に思わずにいられなかった。ヘイワードが運転席に乗り込むと、車はいくつかの角を曲がり、劇場の裏道へと出た。
「お嬢様、外で何が聞こえようとも、決してその日除けをお上げにならないでください」 ヘイワードがそう指示すると、間もなくキャンディも意味を理解した。なぜならその次の瞬間、人々の叫び声やカメラのフラッシュが車に降り注いだからだ。
騒ぎが最高潮に達した時に、車は劇場の裏口の前に停まった。しかしキャンディの頭の中は、その瞬間にあらゆる感情が押し寄せてきた混乱で、外の騒ぎよりもっと騒々しかった。頭がくらくらして、寒気と熱を同時に感じ、暑いのか寒いのかさえもわからなかった。
そしてそのような喧噪の中で、後部座席のドアが開いてバタンと閉じた。車が再び動き始めると、まだもうろうとした頭の中で、キャンディは自分の横にテリィがいるのを見た。二人とも言葉を発することができずに、その場は得も言われぬ沈黙に包まれていた。
瞬間、二人には今が夜なのか朝なのかもわからなかった。まるでこの10年がゆっくりしたものでも苦しいものでもなかったように感じたが、時は確実に流れていて、二人とも互いの大人になった姿に馴染むまでに時間がかかった。
テリュースは、どれだけ話しかけようと努力しても一言も発することができなかった。自分の演技力がこの期に及んで何の役にも立たたないことに、心の中で自分自身をあざけった。暗闇の中でさえ、キャンディの緑の瞳の輝きに吸い込まれそうになっていた。
「元気なの?」 キャンディが最初に言葉を発したが、自分で自分の声を認識することができなかった。顔には意図せずにはにかんだ笑顔が広がった。
「ほんとうに、もう一度会えて嬉しいよ、ターザンそばかす」 テリュースはかすれた声でやっと答えた。
キャンディは目を丸く見開き、笑顔がさらに広がった。
「いつになったら、ちゃんとした名前で呼んでくれるのかしら?」
「これがおれの、きみの秘密の呼び名なんでね。それともその辺の奴らと同じように、ただキャンディスって呼んでもらいたい?」
「多分、それも嫌だわ」 キャンディがくすりと笑うと、その場の雰囲気が和んだ。
「ではマダムそばかす、今夜の芝居は楽しかった?」
「わたしに聞いても無駄よ」 キャンディは腕を胸の前で組み、からかいながら言った。「あなたみたいなおばかさんが称賛の言葉をもらえると思ったら大間違いよ」
「それは傷ついた!」 テリィは、二人のいつものゲームが始まるのを予期しながらムッとして答えた。
「きみはそう言うけど、看板俳優がしんどい演技をした後は、それなりの承認が必要なんだぜ。楽しかったとすら断固として言わないなら、おれに称賛の言葉を伝えたくて仕方がない人たちが待っている劇場に戻った方がよさそうだ」
「楽しかったと言ったら、それで満足?」 まゆをつり上げながら、キャンディはその言葉を信じずに言い返した。
「たぶん満足はしないだろうな……次には誰の演技が一番良かったのか聞きたくなる」
「その質問なら、マクベス夫人は素晴らしかったわね。特に苦悩して、夢遊病者になって、血のついた手を洗うところとか」
「サンダースのマクベス夫人は確かに良かったよ、でも他にも素晴らしい演技をした役者がいたと思わないかい?」
「ロバート・ハサウェイね」 考えているふりをしているように、キャンディは人差し指をあごに当てながら言った。
「そりゃあ団長は、すごい才能を持った熟練した俳優ではあるけれど、今日の芝居では重要な役じゃなかった」
「だからって演技が素晴らしかったことに変わりはないわ。……それからバンクォーの亡霊も印象的だった」 キャンディは、テリィがイライラしてきているのを楽しみながら付け加えた。
「おそらくきみは、偶然にも今夜の芝居で主役をやっていた、一番重要な役者を忘れているよ」 テリィは後部座席に左ひじを置き、握りこぶしに頭を乗せながら言った。
「誰のことを言っているのかわからないわ」 その答えを聞いてテリィはキャンディに危うい距離まで近づき、相手が反応する前にその手を握った。キャンディは無関心を装ったが、すぐに自分のふざけたからかいを後悔した。
「頼むよ、キャンディ。今夜のおれは良かったと言ってくれ」 テリィがささやくと、その息がキャンディの耳にかかった。
「舞台の上から目と目が合った時にわかったはずよ、テリィ」 これ以上ゲームを続けることができず、キャンディは目を伏せながら白状した。
テリュースは何も言わなかったが、唇に浮かんだ微笑が気持ちを代弁していた。彼女の唇が発したその短い呼び名が耳に残り、魂を癒した。近頃ではテリィという呼び名は母親しか使わなくなっていたのだ。キャンディの手の温かみを感じながら、テリュースはしばらく動くことができなかった。長い年月を経て今こうしてまたキャンディに触れていることがほとんど信じられなかった。思い出と同じように、その手は小さく柔らかかった。
「もう到着いたします、グレアム様」 ヘイワードが運転席から知らせた。キャンディは、いい雰囲気が壊されたことに腹を立てていいのか、デートの最初の一時間で自分の気持ちを告白してしまいそうな状況から救ってくれたことに感謝したらいいのか分からなかった。
(これってデートなの?) キャンディは不意に自分自身に問いかけた。しばらく考えて、確かにそのようだと判断した。車から降りる時にテリィが手を貸すと、握りしめられたその手に、こんな寒い夜に自分はいったいどこまで熱くなってしまうのかと驚いた。気温は3度まで下がっていたが、キャンディには気にならなかった。
「寒い?」 テリィがキャンディの手を自分の腕に回しながら聞いた。「震えているよ」
「わたしが?」
「おいで、中に入ろう」
ヘイワードが責務に忠実に入口のドアを開けた。外から見るとその建物は木工細工で飾られた古い石の家のようだったが、中に入るとそこはジャズバンドの演奏がある活気に溢れたレストランだった。テーブルのキャンドルと壁に取りつけられた数少ないランプが薄暗い明りを点していた。誰もが音楽と会話に夢中で、コートを預かる従業員だけが新たな客が入ってきたことに気がついた。ウェイターが顔なじみのようにヘイワードに挨拶し、それからテリュースと連れの女性に恭しくお辞儀をした。キャンディの目がレストランの暗さに慣れる前に、ウェイターは三人を街の壮麗な景色が見える大きな窓のある個室へと案内した。
「今日はこれでよろしいでしょうか?」 キャンディは個室のドアの傍でヘイワードがテリィに伺いを立てている声を聞いた。
その時キャンディは、パノラマ式の窓から見える3つの川に囲まれたピッツバーグの中心地、ゴールデン・トライアングルのスカイラインを見ながら気持ちを立て直そうと努力していた。川と街の明かりが素晴らしいその景色は、このレストランが山側にあることを示していた。背後でヘイワードがテリィに退出の挨拶をしているのが聞こえた。そして後に続いた短い沈黙の間、キャンディはテリィの目が自分の姿を見ているのをはっきりと感じた。後ろを振り向くと、キャンディの目が思いがけなくテリィの目と合った。
その目の中に、これまで見たことのない不思議なまぶしい光を見てキャンディは驚き、その光のあまりの強さに足がふらふらした。
「ここからの景色は素晴らしいわね」 キャンディはその場の雰囲気を和らげようとして口ごもりながら言った。「ここは……ここはどの辺なの?」
「ウエストエンドの辺りだ」 かすれた声でテリィは答え、ゆっくりと窓の方へと近づいて来た。「この地区はマウント・ワシントンと呼ばれていて、ピッツバーグでは傾斜がもっとも激しい場所だ。ここからの眺めも最高だが、ケーブルカーで上まで行くともっとすごい景色が見られる。おれは、ここ以上に素晴らしい都市の景色は見たことがない」
「前にも来たことがあるのね?」 キャンディは推測した。
「まったくその通りだよ、マダムそばかす。ピッツバーグの人たちはシェークスピアが大好きなんでね。一年に数回来ることもある」 テリュースは内心、話題が変わり、落ち着きを取り戻すことができたことにほっとした。
この人里離れたレストランを公演旅行の合間に最初に見つけた時の話をする間、テリュースは心中密かに自分を叱りつけていた。すでに許しがたいほど自分を見失いかけていたのだ。これまでのところは訓練された演技力を駆使して外見上の冷静さを保っていたが、キャンディの傍での30分は自己制御力を損なうには十分だった。車中での接近は試練だったし手を触れた時には気分が浮き立ったが、それでもキャンディが外套を脱ぐまでは何とかやり過ごせていたのだ。部屋の明かりがその足を照らし女性らしい形の良いふくらはぎを目にすると、テリュースの中に危うい考えが持ち上がった。
(ちくしょう! お前はもう若僧じゃないだろ、グレアム) テリュースは思った。(さもないと、また顔をひっぱたかれるぞ)
しばらくの間、二人は慎重な距離を保ちながらスカイランを眺め続けた。
ウェイターがトレーを持って入ってくると、キャンディは突如として食欲が戻ってきたことに気付いて運び込まれる食事を歓迎した。
「今日はあまり食べてなかったことを忘れていたわ」 キャンディはウェイターが給仕する食事を見て、つばを飲み込みながら声を上げた。
「きみみたいな食いしん坊が食べるのを忘れるなんて信じられないな」 キャンディの椅子を引きながらテリィは言った。
「失礼しちゃうわ。こちらのジェントルマンが、わたしを類人猿かと思うじゃない」 キャンディは口をとがらせて不平を述べた。ウェイターは何も言わずに笑顔を見せた。
「心配するな。ハリーはきみの秘密を守ってくれるよ」 テリィは笑いながら言った。
「もう止めてよ! ……いいわ、あなたの失礼な発言でお食事を台無しにしたくないもの。すごくおいしそうよ! これは何?」 キャンディがウェイターの方を向いて聞いた。
「ウェールズ産のラムと、蒸し野菜と、ローストポテトでございます」 ウェイターが説明した。「当店のオーナーのお父上がウェールズの出身なのです。こちらは当店のスペシャルでございます。お飲み物はいかがなさいますか? 赤ワインなどいかかでしょう?」
キャンディが衝撃を受けてウェイターを見つめると、テリィは笑い出した。
「おやおや! 自分の顔を見てごらん、キャンディ。まるで、女性禁酒団体の一員みたいだ」 テリィがからかった。
「でも禁酒法が……」 キャンディはあやうく喉を詰まらせた。
「禁酒法の網をくぐる方法なんていくらでもあるよ、ターザンそばかす」 テリィはごく自然にキャンディにウィンクをした。「だが、きみの顔からするとジンジャーエールにしておいた方がよさそうだ。ハリー、ジンジャーエールを2つ持ってきてくれ」
このおかしな出来事と、続けてキャンディが顔を赤らめたことがテリィの気分を良くした。食事中の会話も滑らかで楽しいものとなり、二人は時間を忘れた。
十分にくつろいだ気分になると、キャンディのいつものおしゃべりが復活し、これまでに訪問した後援者との成功談や、カーネギー夫人の助けを借りて立ち上げることになった、ポニーの家の子どもたちの教育基金のことなどを詳細に説明した。しかしキャンディは自分のことばかり話すタイプではなかったので、テリィにもこれまでの公演旅行や、訪れた都市のことを無邪気に質問した。キャンディの開けっぴろげな性格に触発されてテリィもてきぱきと質問に答えた。もし質問しているのがキャンディでなかったら、普段は至って無口なテリィには、このように質問されるのは気詰まりだっただろう。キャンディのそばにいると、テリィはいつでも無防備になり心が温まるのだ。
一方キャンディは、テリィの一つ一つのしぐさや振る舞いを覚えておこうと最大限の努力をしていた。片側に分け目のある髪の輝き、非の打ちどころのないカニンガムのタキシード、魅かれずにはいられない深い青い海のような瞳……その存在の一つ残さず記憶に残していた。別れた後でも心の中でテリィを追えるように、公演旅行の今後の日程も注意深く記憶に書き留めた。
ボストンやバッファローでの公演はすでに終えていて、ピッツバーグであと一日過ごした後、西海岸まで8都市の公演が予定されていた。
「疲れることはないの、テリィ?」 キャンディが口をすぼめながら聞くと、テリィの脈が早まった。テリィは、彼女が自分の名前をそのように口にしたからなのか、または短いカールの髪の輝きがそうさせたのかといぶかった。
「旅にはもう慣れたよ……でも白状すると、公演旅行の終わりの方ではうんざりしている。けれど……きみには落ち着いた生活の話をする資格はないと思うけどね。村の診療所とポニーの家の仕事の掛け持ちは、一人の人間には多すぎると思わないかい?」
「わたしの田舎臭い生活をばかにしているのね」 キャンディはジンジャーエールを飲みながら笑った。「看護婦の仕事は大好きだから、わたしにとってはゲームみたいなものなのよ」
「ゲーム!? おれはきみのおもちゃ……じゃなくて患者にならなくてよかったよ」
「ばかにしたければどうぞ。でもわたしはとってもいい看護婦で、わたしの患者さんたちもマーチン先生も、わたしの仕事ぶりには満足していますから」
「でも仕事ばかりで遊びが……」
「わかってるわ、わかってます」 キャンディは、その時食べていたウェールズ地方のフルーツケーキを横に置いて言葉をさえぎった。「まるでアニーみたいね」
「ダンディー・ボーイ夫人の方がまともな意見を言っているとは思わない? 自分で気づく前に、みじめな独身夫人になっちまうぜ」 そんなことはあり得ないと知っていながら、テリィはわざとキャンディを挑発した。
「ばか言わないで!」 キャンディは笑ってその意見を却下し、おいしそうにフルーツケーキを頬張りながら言った。「わたしはちゃんと自分の職務をこなした上で大好きなボーイフレンドにも会えますから。それに、彼はわたしの仕事に口を挟んだことなんてないわ」
今度はテリィがお茶にむせる番だった。
「からかってるだろ!」 喉が落ち着くとテリィは言った。
「ボーイフレンドのこと?」 キャンディは無邪気に言った。「からかってなんかないわ。彼はわたしがこれまで会った中で一番愛らしいんですもの。彼のことで冗談なんて言えないわよ」
テリィの顔が青ざめていくのを見ながらキャンディはいたずらっぽく笑った。どうしてそのような荒唐無稽なことを言う気になったのかは分からなかったが、急に嫉妬に苛まれたようなテリィの反応は貴重だった。キャンディは完全にその場を楽しんでいた。
「彼の写真、見たい?」 キャンディはクラッチバッグを開けて、お財布の中に入れてあった小さな写真帳をテリィに差し出しながら続けた。
テリィは目の前に開いて差し出された写真帳から目を離すことができなかった。目を大きく見開くと、そこには大きな茶色い瞳と明るい笑顔の、幼児と言っていいくらいの小さな少年の写真があった。
「アリステアって言うの。わたしの大切なボーイフレンドよ。すごく可愛いでしょう?」 キャンディは誇らしげに言った。からかわれていたことがわかるとテリィに顔色が戻った。
(そう来たか、ターザンそばかす) テリィは思った。(相手になってやるぜ)
落ち着きを取り戻すとテリィは声に出して答えた。「これがダンディー・ボーイの子供ってわけか。目と笑顔が、その名前をもらった奴とそっくりだ」
「気が付いたのね! わたしもこの子が生まれた時からずっとそう思ってきたのよ。この子の出産を手伝った話はしたかしら?」 少年がもっと小さい頃の他の写真を見せながらキャンディは話を続けた。
「君が?」
「そうよ。わたしはアニーの妊娠中、ずっと彼女のそばにいたの。それでマーチン先生が、この子がこの世に誕生する時にわたしに取り上げさせてくれたのよ。わたしの両腕で取り上げてこの子が目を開けた時、ステアの濃茶色の目がもう一度わたしをじっと見つめているのを見たの。わたしは恍惚としてしまったわ。テリィには新しい生命を取り上げる興奮はわからないかもしれないけど、それがとっても愛した人にそっくりな赤ちゃんであれば尚更なのよ」
キャンディの表情はその思い出と共に輝いていたが、それが彼女自身の子供であれば、今の千倍も美しく見えるに違いないとテリィは想像した。キャンディの笑顔があまりにも魅力的だったために、テリィはさっきのいたずらを見逃すことにしようかとも思った。しかしそれはプライドが許さず、仕返しはまた別の機会まで取っておこうと決めた。何といっても、復讐は忘れた頃にやってくるのだ。今は、この時間をただ楽しみたかった。そして、会話が予期せぬ方向に進んでいたので、テリィは話題を変えようとしていた。
「発明家の話が出たところで」 まじめな声と態度でテリィが言った。「もう彼が亡くなってから何年も経っているのは知っている。でも、彼が亡くなって残念だったと言わせてほしい。彼はすばらしい奴だった。もっとあいつのことを知りたかったよ」
「ありがとう、テリィ」 キャンディは目を伏せて、もう一度小さなアリステアの写真を見ながらお礼を言った。「ステアが逝ってしまってから10年が経つけど、わたしはまだその考えに馴染めないの。いつかステアがわたしのドアをノックして、『ただいま、キャンディ!』って言うような気がして……。ステアはまたとんでもない発明を思いついて、かつての楽しくてのんきなわたしたちに戻って、その発明品が爆発したり問題を起こすのを見て笑うの」
「忘れがたいこともあるさ」 テリィはテーブルを飾るキャンドルのゆらゆら揺れる炎をぼんやり見つめ、思いに沈みながらつぶやいた。
キャンディは、テリィのムードが変化したのを察知した。その声には深い落胆がにじんでいたので、スザナのことを思い出さずにはいられなかった。
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二人の再会をまた何かが阻むのでは・・・?
とドキドキしたけど
キャンディとテリィ
再開できた・・・
うれしい・・・自分のことのように
本当にうれしい。
はい、10年はとても長かったですけど、やっと再会できましたね。