すずめ通信

すずめの街の舌切雀。Tokyo,Nagano,Mie, Chiba & Niigata Sparrows

第285号 「思い出ベンチ」とホームレス・サークル

2005-11-28 10:15:33 | Tokyo-k Report
【Tokyo】私の散歩コースにある公園に「ホームレス・サークル」がある。サークルというのは、同好会のようなサークルと「円」という形態を指すサークルの両方をかけた私の造語だ。雑木林の一隅に円形を形成して並んでいるベンチがあって、そこがホームレスの皆さんのベッドとなって「ホームレス・サークル」が作られているのだ。ここにサークルが誕生したのは、「思い出ベンチ」と関係あるらしい。

「思い出ベンチ」というのは東京都の職員の発案によるものだそうで、都民から寄付を募り、寄付の見返りとして希望するメッセージ・プレートをベンチに取り付けるという仕組み。ベンチは1基20万円前後で、都の公園に設置される。指定されたデザインから選択されるので、設置された公園は景観が統一される。個人の寄付で公園整備ができる一方、寄贈者も「思い出」を公園内に刻むことができるというわけだ。

プレートには「お父さんが大好きだった散歩道で、お父さんを偲びます」とか「ポチ、毎朝の散歩、楽しかったね。安らかに眠ってね」などというプレートが貼られている。こうしたことを希望する人は多いらしく、設置が間に合わないほどらしい。都知事は「商標登録して、まねする自治体から金を取りたいくらいだ」などとはしゃぎ、自らの度量の狭さを露呈しているが、それはともかくとしてヒット企画であることは間違いない。

私がよく散歩をする公園は、ボート遊びもできる大きな池を中心にした「本園」と、400メートルトラックやテニスコートがある「西園」、それに動物園や彫刻館のある「文化園」(有料)に分かれた、都内有数の都市公園だ。この「本園」の池の周囲が「思い出ベンチ」の過密地帯で、最近は増えすぎていささか鬱陶しいくらい並んでいる。それがホームレスとどういう関係があるのか。それは「思い出ベンチ」の形状にある。

ベンチというけれど、それは背もたれと肘掛が付いている。肘掛はベンチの中央にもあって、大人がゆったり二人で座れるようにセパレートされている。つまり「ベンチに寝そべって、空を流れる白い雲を眺める」などという牧歌的行為はできない構造になっている。ということは、ホームレスが一夜をしのぐベッドとすることも不可能なわけである。

私見ではあるが、最近、東京の公園のベンチは、いわゆる長イス型のベンチはどんどん姿を消し、肘掛でセパレートされたイス型のベンチに急ピッチで取り替えられているように感じる。これはベンチをより座り心地のいいものに整備していく、世の中が豊かになった表れのようにも見える。ただ多分、ホームレスの皆さんにとっては迷惑なことなのではないか。自分たちの寝床がどんどん失われているということだから。

「私の公園」では、池の周りの人気スポットはセパレート型「思い出ベンチ」にほぼ占拠され、人気の少ない雑木林の一角に、昔ながらのベンチがかろうじて残って円形に並んでいる。従ってこの公園に籍?を置くホームレスは、吹き溜まるようにしてこの雑木林の「サークル」に集まってくる。早朝、そこを通りかかると、皆さん、挨拶を交わしながら夜具を収納したりしている。小さなコミュニティーが生まれているようである。

「思い出ベンチ」制度は確かにいいアイディアだと思う。思い出を刻みたい人はお金を払ってもそれで癒されているだろうし、そうでない公園利用者もベンチが綺麗に整備されて悪いことはない。いささか気恥ずかしい文章が刻まれたプレートもあるけれど、小さなプレートだから耐えられないほどの自己主張ではない。

ただ何か引っかかるものが私の中に生ずるのは、その肘掛でセパレートした形状である。頑丈な鉄の肘掛は、ホームレスがベッドとすることを頑としてはねつけ、長イス型ベンチを駆逐して増殖していくことで、無言のまま公園からホームレスを追い出しているように見受けられる。そこに「行政の意思」を感じるのである。「ホームレスは迷惑だ」「美しい公園には邪魔だ」「働いて住むところを確保しろ」という具合に。

ベンチを寄贈することは素晴らしい行為であり、讃えることにやぶさかではないし、思い出ベンチでお父さんやポチを偲ぶためお金を出せる人は、きっと経済的にも住環境も幸せな人たちだろう。かく言う私は「ホームレスに愛の手を」と支援に立ち上がるほど度量の優れた人間でもない。ただね、そのプレートの文言から立ち上ってくるホンワカとした自己満足感と、雑木林に追いやられたホームレスとの落差が私の中でうまく整理できないのである。
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