東日本大地震(福島第一原子力発電所事故)から8ヶ月がすぎた。4月の初めまでは巨大なカタストロフの可能性をリアルに感じていた。現場の必死の努力によって巨大なカタストロフは回避できたが、3月の爆発による放射能汚染は大きな傷として残ってしまった。我々は、福島第一原子力発電所事故から何を学び、教訓とすべきだろうか?もう原発はこりごりだという反応は心情的には理解できるが、敗戦で戦争放棄というのと似た反応のように思える。反原発デモなど、九条の会系のサヨク老人が元気づいていて、なんだか気持ち悪い。かと言って、なしくずしの原発再開は論外だ。ストレステストといっても、原子力安全委員会だの不安院だののお墨付きは何の安心にもならない。福島第一原子力発電所事故の具体的な検証を行い、それを今後の対策にどう活かすか検討し、これを社会が共有していくことが必要である。
大前氏のグループが10月28日付けで発表した報告はそうした作業をしていると思う。下のサイトから、資料・映像へアクセスすることができる。
福島第一原子力発電所事故から何を学ぶか:資料・映像へのリンク
以下に結論部分の要約を示す。素人の眼から見て、立地選定の問題もある気がするが、全体としては的確な結論のように思える。今後、こうした検証と対策の検討を幅広く行い、それぞれの専門での掘り下げを併せて行い、失敗の総括をし、失敗から学ぶことの失敗は決して繰り返さないようにしなくてはならない。
教訓
最大の教訓は、津波等に対する「想定が甘かった」事ではなく、「どんな事が起きても苛酷事故は起こさない」という「設計思想・指針」が無かった事である――その意味で、福島第一原発の4基の重大事故は、天災ではなく人災である
1.設計思想に誤りがあった(格納容器神話、確率論)
2.設計指針が間違っていた(全交流電源の長期喪失、常用と非常用の識別)
3.炉心溶融から引き起こされる大量の水素及び核分裂生成物の発生・飛散は想定外(水素検知と水素爆発の防止装置)
4.当初の設計にはなかった“偶然”が大事故を防いだケースが複数ある(第一6号機の空冷非常用発電機など)
提言
再発防止のために。そして、原発再稼動の是非を論理的に議論するために
1.監督・監視の責任の明確化(人災であるにも拘わらず未だに誰も責任をとっていない)
2.いくら想定を高くしても、それ以上の事は起こり得る。「いかなる状況に陥っても電源と冷却源(最終ヒートシンク)を確保する」設計思想への転換。それをクリアできない原子炉は再稼働しない
3.同じ仕組みの多重化」ではなく、「原理の異なる多重化」が必須
4.「常用、非常用、超過酷事故用」の3系統の独立した設計・運用システムを構築する
5.事故モード(Accident Management)になった時には、リアルタイムで地元と情報共有し、共同で意思決定できる仕組みの構築
6.事業者・行政も含め、超過酷事故を想定した共用オフサイト装置・施設や自衛隊の出動などを検討する
7.全世界の原子炉の多くも同じ設計思想になっているので、本報告書の内容を共有する
重要な知見
A:電源喪失
外部交流電源は、地震によって大きく破損している(オンサイトの電源確保が鍵となる)。そして、その後の長期にわたる全電源喪失(直流、交流)が致命傷となった
・非常用発電装置が水没
・海側に設置した非常用冷却ポンプとモーターが損傷
・直流電源(バッテリー)が水没
・外部電源取り込み用の電源盤が水没
・これらはいずれも想定を超える巨大津波がもたらした損壊である。しかし、大事故に至った理由は津波に対する想定が甘かったからではない
- より小さな津波でも、海岸に並んだ非常用冷却水取り入れ装置は破壊される
- 水没しない空冷非常用電源が健全であった事などが生死を分けている
B.設計思想
どの様な事象が発生しても、電源と冷却源(及び手段)を確保する設計思想であれば、緊急停止した炉心を「冷やす」手段は講じられ、過酷事故を防げたはずである
・「長期間にわたる全交流電源喪失は考慮する必要はない」という原子力安全委員会の指針に代表される設計思想は、この重要な点を軽視していたと言わざるを得ない。今回の巨大事故につながった直接原因である
C.事故当時の国民へのメッセージは適切であったのか?
・福島第一1号機のメルトダウンは、3月11日当時すでに分かっていたはずであるが、その後一ヶ月が経過しても「メルトダウンは起こっていない」とする発表との乖離は大きい
・国民や国際社会に対する情報開示は適切であったのか、疑問が残る
D.正当・公平に評価されるべき点
・大地震においても、全ての原子炉は正常に緊急停止(スクラム)している。大規模な配管破断も起きていない
・また3月11日当時、最悪の極限的な危険の下で現場対応に当った福島第一の運転チームがマニュアル以上の奮闘をした点も同様