古文書を読もう!「水前寺古文書の会」は熊本新老人の会のサークルとして開設、『東海道中膝栗毛』など版本を読んでいます。

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大木土佐

2018-12-07 13:38:52 | 大木土佐

 上記は柿原家に伝わる古文書で大木土佐の事跡については殆ど唯一の古文書である。柿原家に連絡が取れず全文を載せられないので翻刻版を掲載した。


一勢州長嶋之城に一向宗一揆を発し信長公ニ
  敵対申籠城仕候刻土佐殿代々一向宗之門
 徒ニて御座候故長嶋に籠城被致候信長公大
 軍にて御攻候へ共落城不仕剰氏家卜全
 なとと申信長公御秘蔵之侍大将討死仕候
 其翌年信長公又大人数にて御取懸被成
 此度は扱ひを進於明渡申は城中
  之者共不残一命を御助可被成候間早々明渡し

  申様ニとの御意ニ候城中にも長く籠城し
 士卒草臥申候故任御意可申と御請申上
 段々罷出候處ニ信長公兼而よりの御謀にて
 堤之陰に鉄砲を御ふせ置城より人数過半
 罷出候時分ニ1度に鉄砲を放懸尽く御討殺
 ニ成候其時節城に残り候者弐百人斗在之候
 此者共信長にたばかられ申段を大キにいき
 とふり弐百人之者共一同に心を合せ皆々

 3
 甲冑をぬぎすはだニ罷成信長公御一門方
  之備へ無二無三について懸り信長公の御
 舎兄津田大隅守殿をはじめ歴々之御一門
 十余人討取其外能侍数多討取申候土佐殿
 弐百人之内ニてすぐれて御かせぎ能敵弐人
 御討取被成候弐百人斗之者も過半討死いたし
 其場を切ぬけ申者僅四五十人在之其刻
 土佐殿御年廿五六歳と承及候事

一 長嶋之後土佐殿御浪人にて御入候処佐々陸奥
 守殿信長公より越中国御拝領之刻土佐殿
 長嶋にて之武功を御聞及被成知行三千石ニ而
 御呼被成其後陸奥守殿肥後江後入部之刻
 も御供にて御越候事
一 陸奥守殿御家ニ而加賀越中之合戦其外
 肥後之国ニて一揆蜂起仕候刻土佐殿度々の
 高名在之由承及候へとも其場所之様子委             
 5
 細之儀は不存候事
一 陸奥守殿御身上相果申候已後秀吉公より
 加藤主計頭殿小西摂津守殿両人に肥後之国を
 被仰付候砌陸奥守殿家来ニて名ある武士をハ
 秀吉公より後書立被成御朱印にて主計頭殿
  
摂津守殿両人に後付被成候土佐殿も御墨付
 之内ニて主計頭殿へ御出先知無相違御取
 候事
 6
 一 文禄元年高麗初入之刻主計頭殿おらん
  かいへ御働おらんかいの内裏へ御取懸被成候刻
  おらんかい人大勢ニて罷出半弓を射かけ
  手しげく防申候刻土佐殿一番に鑓を御入
  刻其日之一番鑓ニて御座候事
一 かくなみ人十万ニて罷出候時節主計頭殿一手
 にて御追拂被成候此時も土佐殿一番に鑓を
 御打込候事 
7
 高麗にて主計頭殿よりはつかいと申城に
 土佐殿を城代として人数五百御預ケ被成候事
一 高麗より中帰朝之刻主計頭殿事人の
 讒言により秀吉公御前悪敷伏見ニて閉門
 被仰付候処其時節大地震ゆり申候主計頭殿
 土佐殿ニ御申ニて閉門ニて御入候へ共此時節
 各別之事ニて候間御登城可被成と思召候か如何  
 可被成哉と被仰候ヘハ土佐殿一段御尤ニて御座候

 早々御登城被成候様ニとすすめ被申則土佐殿
 御供ニて被出候主計頭御登城在之秀吉公へ
 直ニ御目見被成秀吉公御感ニて其後閉
 門御赦免被成候事
一 慶長五年石田治部少輔一乱之刻主計頭殿
 御内室大坂ニ御入候を治部少輔大阪城中江
 人質に取置申候主計頭殿儀  権現様
 御一味ニて御座候故御内室をぬすみ肥後へ 

 下し申様ニと土佐殿に被仰付候其時節
  土佐殿大坂ニ御入候故右之通被仰付則土佐殿
 調儀を以主計頭殿内梶原助兵衛と申老人と
 相談にて無難御内室を城中より盗出し
 肥後へ御下し候此段主計頭大キに御感悦
  被成候主計頭殿御内室は水野和泉守殿御息
 女ニて御座候を 権現様御養子被成主計頭殿へ
 被遣候紀州大納言様御前様御母儀さまにて
10
  御座候
一 土佐殿大坂ニて中風を煩出し十死一生に
 有之候處主計頭殿宿所へ御見舞
 被成土佐殿の頭を主計頭殿ひざの上にのセ
 何とそして此度本復仕候へ其方相果候へハ
 我片うで落たると同前なりとて御落
 涙被成候由此一言骨髄に徹し忝く
 被存追腹を被致候事根本此御一言より
11
 発り申候由承及申候事
一 慶長十六年六月廿四日主計頭殿御死去
 被成候と其侭土佐殿宿舎へ御帰り柿原孫三郎
 を数寄屋へ御よび此度御供申覚悟之由
 被申渡候へは孫三郎申候ハ其段せんぎをとげ
 理のつよき方に御付可被成候若又私申所理
  強御座候ハバ御供之儀思召留り可被成 とて
 
12
 段々主計頭殿へ土佐殿御奉公之品を
 かぞへたて扨申候は是程之御奉公ニて御知行
 御加増も無之段結句殿様へ御不足ハ在之
 筈にて御供之儀ハ沙汰にも及不申事と
 申候処土佐殿申候は此方之奉公と主人之
 恩賞とを算用づくに仕候は武士道にて
 無之候一言之情ニても万石之知行にも不
 被替事有之其方などが様なる武功之
13
 者我等内に召仕候も皆々殿様之御影にて
 こればかりもいか程の御加増にもかへぬ事候
 其外段々忝事共御申立かく存極め候上は
 誰人か申とても心底替わり可申覚悟ニ無之候
 との事ニて六月廿五日辰ノ刻ニ切腹被成候
 兼而より数寄屋を新敷造作被成候其時分ハ
 未半造作ニて在之候由則其数寄屋ニて御切
 腹被成候事
  以上