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【映評】それでも夜は明ける [監督:スティーブ・マックイーン]

2014-04-22 23:42:31 | 映評 2013~
70点(100点満点)

アカデミー賞作品賞受賞作品に私ごときが言うのもおこがましいが、惜しくも本物の映画になり損ねた作品…という印象

ネタバレ注意

最初にいいところから言う。
「それでも夜は明ける」の脚本で優れている点は、観客が主人公と同じ気持ちになるようになっていることである。

私たちはアメリカで昔、奴隷制度という人類史の汚点のような酷い制度があったことを知っている。しかし直接見聞きしたわけではなく歴史の知識として知っているにすぎない。

「それでも夜は明ける」の主人公ソロモンも物語が始まった時点では似た立場にいる。
彼はアメリカの北部で自由黒人として、色々差別はあったろうし、南部で恐ろしい奴隷制度のもと苦しんでいる人たちがいることは知っていたが、自分とは関係ない遠い地の出来事と思っていた面もあったろう。
そんな彼が、ある日突然奴隷になってしまう。

二人の白人に騙され酔っぱらった場面から、一気に牢獄で鎖に繋がれた場面への転換が見事だ。
観客も主人公も、何が起こったのかわからない。ただうろたえ、恐怖しながら、徐々に断片的に蘇る記憶で自分が騙され奴隷として売り飛ばされたことを知る。
映画的倒置法のお手本だ。

そして、噂には聞いていたがこれ程とは…という奴隷制度の現実を目の当たりにし、何もできない、自分が助かることだけで精一杯な、歯がゆさを、主人公とともに観客も知るのである。

奴隷制と闘った英雄としての視点ではなく、私たちと同じ一般人の目線で描き、一般人としての感情移入を容易にしている。

この物語構造は高く評価すべきであって、アカデミー賞の脚色賞を受賞したのもその辺の構成面が評価されたのだと思えばわかんなくもない。

そして、ここから批判的な見方になる
この映画は主人公が目の当たりにした現実を写しはするが、映画作家としての作為が薄い。
事実は小説より奇なり、などという馬鹿げた戯言を信じず、事実よりさらに面白い映画を作ろうとするスピルバーグやイーストウッドたちの映画作家の意地の方が私は好きだ。
「それでも夜は明ける」はもっとサスペンスにすることもできたし、もっと哲学的にすることもできただろう。

例えば信頼できそうな白人に全財産とともに手紙をたくそうとするが結局裏切られるエピソード。
裏切られてピンチになる過程は台詞だけで説明され、その危機も台詞だけで脱する。
文字の読み書きができることを隠していた主人公がついに手紙を書く。書くという行為そのものも、手紙を受け渡す過程も、映像的な見せ場として映画作家が技術を尽くして面白くすべきシーンであったというのに、説明台詞だけで片付けてしまう…
こんな場面を作って映画作家として何が面白いのだろう。

そして主人公が奴隷の女の子をムチで打つ場面。
奴隷制度の酷い実体を目の当たりにして、人はなぜこんな残虐なことができるのか?その加害者側の心理の一端を描き得る映画作家として大チャンスのシーンだったのに、「罪のない女の子を打っていたたまれなくなる」という、いわば平和な現代に生きる現代人から考えても当たり前な反応を描くだけのシーンになってしまった。
自己矛盾を抱える人間が誰もいない。虐待される黒人または悪い白人のどちらかに、気持ちが折れる、あるいは折れかける瞬間があればもっと深いドラマになったのではないかと思う。

中盤以降の作為も演出も薄まった展開に私は退屈を感じたし、筋を追うだけのような展開は「映画になってない」という印象を抱いた。

ラストも然り。12年ぶりに家族に再会して泣く。こんな当たり前すぎるラストがこの本来とても深く人間の暗部をえぐり出せたはずのこの映画のラストとしてふさわしいものだったとは思えない。
序盤の見事な展開で奴隷制を知らない我々を見事に奴隷社会のまっただ中にぶっ込んだのなら、ラストで普通の日常に戻してしまうようなことはせず、さらに我らの知らない人間の暗黒面まで連れて行って欲しかった。

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追記
「それでも夜は明ける」マイケル・ファスベンダーさん。あんま知らない俳優でしたが、素晴らしいワルぶりでした。ドナルド・サザーランド、クリストファー・ウォーケン、ジョン・ボイト、ゲイリー・オールドマン、ジョン・リスゴーなんかの後継者の資格十分。これからが楽しみです。

追記2
ハンス・ジマーの音楽!!久しぶりにハンス・ジマーにぶるぶる心揺さぶられた。シンプルな音楽だっただけになおさら心を打つ。ハンス・ジマーのサントラ「ラスト・サムライ」以来買ってないけど、久しぶりに買おうかと思った。


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自主映画制作団体 ALIQOUI FILM
最新作「チクタクレス」

 小坂本町一丁目映画祭Vol.12 入選
 日本芸術センター映像グランプリ ノミネート

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