【改題】ひとり公論(IT公論)

アラフィフとなりIT土方卒業したのでタイトル変更しました
こちらはどちらかといえば再録中心

[重要]大キライな仕事でも一生懸命になれる。

2012-07-28 19:50:54 | 再録
大キライな仕事でも一生懸命になれる。
ということを、5年前ぐらいに知った。

やりたくない仕事だからサボタージュしてしまったり、同僚とグチを言い合うようになってしまったり、という「典型」から脱することはできる。

そこで大切になってくるのは「怒り」だ。怒りを一生懸命さに換えることができる。怒りを原動力に仕事をする。

たとえば、イヤな仕事だから一生懸命やって早く帰ろう、という考えもあろうが、それだけでもない。イヤな仕事でもどっぷりやる。深夜までやる。とことんやる。

で、ある時期になったらすぱっと足を洗う。

もちろん、イヤな仕事を、怒りを原動力にして一生やり続けることはできない。期間限定で。
その経験が自分の「肥やし」となり「スキル」になってゆく。

問題なのは他人に、まるでそういうときの自分が仕事を楽しんでいるように見える、という事実。まァそう思いたいならさせておけばいいんだけど。。

「仕事人間に見える」という評価であれば、なんとなくわかる。それは悪いことだとは思えない。でも、オイラは他の誰よりも仕事(やらされる、あるいは、カネを得ることが目的となってしまっている)は大キライだ。


だからまず、仕事を同じぐらいキライだった朝のラッシュから逃げ出した。借金してまで職場の近くの都心に住んだ。
大キライな朝の満員電車に乗って、1時間だから1時間半だか揺られて、大キライな仕事をしにいく、というのは、「あ、これは一生はやれんわ」と思った。ココロの切実な叫びとして、ね。
だからその叫びに忠実に従った。まず長距離通勤はやめた。
そして次に、大キライな仕事を「楽しもう」はオイラにはできないので、怒りを原動力に換えて仕事をする、と。そういう考え方に早めにシフトした。

それは、オイラが生きるため、家族を養うためにどうしてもやらねばならない「パラダイム・シフト」だったんだよねえ。今思えば。。

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