市街・野 それぞれ草

 802編よりタイトルを「収蔵庫編」から「それぞれ草」に変更。この社会とぼくという仮想の人物の料理した朝食です。

橋下さん・民主主義 うん?

2015-05-18 | 政治

 大阪都構想は否決された。ぼくは反対派で、午後9時から開票速報を眺めだしたのであった。そして10分も経たぬ内に、賛成が、反対をうわまりだした。その差はあっという間に、五千なり、すぐに一万をこえてきだした。もはや決着がついやようだと、呆然として速報値を眺め、疲れがどっとでてきた。ところが、そのころから全投票各区別の投票率、反対・賛成の投票数が報告されだした。そこで、注意を呼び覚まされたのは、この時点でも、まだ開票が4パーセントとか、8パーセントとかで賛成1000と反対1000とか、なかには4パーセントで500対500があるのが、報告されだしたのである。そうした区は、低所得者層が多いとか、高齢者マンションの地区とか、人工密集地帯とかと、説明があった。やがて、多くの区の開票が終わっていくなかで、まだ集計が数パーセントという区が、一つ、一つとあらわれだした。そこで思え出した。この開票がなぜか遅れていて、しかも賛成・反対の差が無い地区とは、高齢者、低所得者層、人口密集地帯などなど、そこに、逆転の可能性がありそうだ。他方、その差は5000位になってきていた。未開票の地区はまだ5地区あり、まだありそうだ、その地区でそれぞれ反対が賛成より1000票を越えれば、逆転できると確信できたその臨時、臨時ニュースで賛成派が勝ちました、と出口調査の結果が報じられたのであった。午後10時半ごろであった。終わった、これで眠れる。明日は、忙しいのだ・・・だが、橋本さんの心境を聞きたい、その本音を。

 11時10分に、橋下さんの記者会見がホテルであるということで、がんばって目をさましつづけた。ほんとうに彼は政界から身をひくとうのかと、この弁を聞かずに就寝できるわけがないと、かれの登場を待ったわけである。

 登場したかれは、これまでテレビで見た表情でもっとも魅力に溢れ、語りも爽やかで、ある種の感動をも与えてくれた。一流の役者だな、これでもう一度人気があがるだろうなと、かれのキャラの吸引力に驚くのであった。

 かれは満面の笑みをたたえ、「民主主義は素晴らしい、民主主義の日本は世界一」と。ぼくが彼に政治界から引退してもらいたいとううののは、ここのところなのだ。民主主義というのは、個人の力に基礎が置かれる。一人、一人の判断力、その判断を可能なかぎり保障する制度のうえで、真価を発揮する体制である。今回、これまでも彼がやったのは、宣伝とスローガンの波状攻撃であった。如何にして、賛成表となる大衆を生み出すかに、全精力が注がれた、今回の結果が若者を中心にして積みあがり、僅差の結果をもたらしたというだけである。イメージでもって、大衆を絡め取るは、全体主義である。全体主義の身体を民主主義の衣でおおった、一人の政治家が、破れ敗退し、政界を惹くと、ここは未練なく誠心に語り続けた。この点では感銘させられたこれは立派である。政治家をやめるというのは結構なことである。

 最後に「独裁者は使い捨てが一番だ」と橋下さんは、なんかをふっきたような満面の笑みで、宣言した。しかし、独裁者が自ら身をひくことはない。独裁者の首を切るのは、ひとりひとりの判断力にたよるしかい。その判断力の正当な集計が、なされていないという現実をあまりに忘れた言い草ではないかと、思えるのである。

 
 このとき痛烈に思うのだが、「おいちょかぶ」のようなことを日本人に強制して、丁か半かで、都構想や道州制を決めたり、ついには、日本国憲法の改正をきめることになるとは、民主主義の最悪の利用にすぎないことを、あらためて知らされたおもいである。
コメント
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