ほんとの日本人らしさってのは
スタバを選ぶ大衆意識の中にあると思う
同じ敷地にスタバとそれ以外のカフェがあるとしよう。タリーズだの、サンマルクだの上島だのコメダだの。
でも多くの人が行列できてるスタバに並ぶよね
ネームバリューやオシャレ感、いわゆる流行に左右されて、周りに合わせなきゃ、周りと同じ物を選ばなきゃってね。
いや、でも
近い方で良いやろ。すいてるところでいいやろ。安いところでいいやろ。うまいところでいいやろ。
いくらでも、他店を選ぶ理由があるにもかかわらず、大衆に流されるのは最早、日本の文化。
別にスタバで良いと思うよ、混んでても絶対新作フラペチーノ飲まなきゃダメとかあるもんね。
ただ、周り気にしてスタバ選んでるんだとしたらしんどく無いのかな。キラキラ、ギラギラ、オシャレして、メイクして、高い店の袋を下げて、マックブックを持って行って。常に見栄えを気にするのは疲れないのかな。それが楽しい、生きがいな人もいるけどね、基本女性だけど。
周りに合わせるとか、同じ物を着るとか、同じ店に行くとかは
仲間外れが嫌なんだ、はぐれものが嫌なんだとずっと思ってきたけど、それだけじゃないと思うようになったよ。
隣の芝は青く見えるっていうじゃない。
日本人は周りを羨むんだよね、潜在的に常に劣等感を持ってるのよ。みなに劣ってはならないって意識があって、これが出来たらやっと皆と同じっていう、ハードルを置いてるの。
その平均とか普通とか言われるものが、いわゆる流行になってるのよね。
仲間はずれが嫌!ではなくて、みなに負けてられ無い!なのかなと思うようになったよ。
つまるところ劣等感と羨望の意識の中でこの社会はできているのではないかと思うわけね。
古来から女性は妬み羨むと言われているけれど、今の流行の基礎にあるものが劣等感や羨望だとしたら、流行に敏感なのが女性ってのも頷けるな、と思う。
女性がダメだといってるわけじゃなくて
そんなに頑張らなくても、疲れることしなくてもいいんじゃないって言いたいな。
スタバがどうのって訳じゃないんだけど、もちろん飲みたいものがある時は行くけれど、天秤にかけるよ。混んでる、煩い、周りの視線が嫌とかと、あれ飲みたいをね。
まぁ最終的にはタバコ吸えないって理由で外れることが多い。
このご時世、
喫煙者は潜在的は敗者なのでね。
違うな、
負けを認めろって事じゃなくて
好きにすりゃいいじゃねって感じで