森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

浮遊島の章 ~後日談~ エピソード.2

2011年04月06日 | マリオネット・シンフォニー
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「ああもう、忙しい! 忙しいったらないわー!」
 トゥリートップホテルの船でパーティーが開かれている頃。ブリーカーボブスに設けられたドールズ専用の調整室では、ケール博士がバタバタと動き回っていた。
 調整室では現在、重傷を負って運び込まれたトトとネイへの緊急処置に加え、両腕両脚を切断されたノイエの機体接合、そしてモレロが回収したカプセルを開く作業も同時進行で行われている。
 その場には作業を主導するケール博士の他にも、パーティーへの参加を辞退したアイズとモレロが手伝いとして残っており、そして何故かグラフまでこき使われていた。
「とほほ……どうしてこうなるかなぁ」
「ほらグラフ、ぼーっとしてないで! ここが一段落したら医務室で白蘭の手伝いもあるんだからね!」
「へいへい、わかってますよ~」
 グラフはモレロと一緒にカプセルを運びながら、『他の二人』に目を向けた。
「いいなぁ、あいつら二人とも」



~後日談~ エピソード.2



「スケアの所には、行かないのかい?」
「……いいのよ。私達には、同じ道を歩くことはできない。それはスケアもわかっているはずだから」
「そうなのか……不思議な関係だね」
 フジノとノイエは、完全に二人の世界を作っていた。
「本当に……不思議ね。今の私には、スケアのことが手に取るようにわかる。彼の強さも、温かさも、何を考えているのかも。もしかしたら、カシミール以上にね。でも、私達は出会ってから今まで、一度もまともに話をしたこともないのよ。やってきたのは殺し合いばかり」
 フジノが自虐に唇を歪める。
「それでも私達は、同じ場所を目指していると思う。だから……」
「僕がいるよ、フジノ」
 ノイエは言った。
「僕が一緒にいる。こんな姿で言っても説得力がないと思うけど、君と同じ道を歩きたい。それとも、僕じゃ役立たずかな」
「……そんなこと、ないわ」
 接合処置の途中のため、まだ動かせないノイエの脚に、そっと手を添えて。
 揺れる視界をごまかす様に、フジノは、目を細めて微笑んだ。
「ありがとう、ノイエ」

   /

 一方、トトが寝かされたベッドの側では、アートがトトの目覚めをじっと待ち続けていた。意識のないトトの手を取り、祈るように眼前に掲げる。
 と、アートは目を開き、奥のベッドに寝かされているネイに目を向けた。
「…………」
 ケール博士の緊急処置を受けて、ネイの身体は半拘束状態にある。バジルの希望により冬眠モードに入れられ、自然に意識が回復することはない。
 視線は動かさず、周囲の様子を探る。
 グラフはケール博士、アイズ、モレロと共にカプセルの開放に取り掛かっている。ノイエは身動きが取れないし、フジノはそのノイエにつきっきりだ。
 今なら、この手で。
「ダメです、アートさん」
 アートは驚いて視線を下ろした。いつの間に目を覚ましたのか、トトが悲しげな瞳で見つめている。
「あの人を傷つけないで下さい」
「……だが、あいつは」
 トトがゆっくりと首を横に振る。
「あの人はもう、これ以上ないくらいに傷ついています」
「…………わかったよ」
 アートの周囲に浮かんでいた旋風刃が音もなく消える。
 トトは安心したように微笑むと、再び眠りに落ちていった。

   /

 数時間後。
 グラフは疲れきった身体を投げ出して、ブリーカーボブスの外壁に寝転んでいた。
「うーん、風が気持ちいいねぇ」
 思い切り伸びをして、勢い良く起き上がる。吹き抜ける風が頬を撫で、髪を揺らす。グラフは大きく息を吸い込むと、長々と吐ききった。
「さて。これからどうするかな」
『医務室に戻ったら? サボってるのがバレたら怖いわよ』
「とは言ってもねぇ。アイズは相手してくれないし、調整室じゃアートもノイエもラブラブ状態だ。もう居辛いったらありゃしない」
「失礼、そこの方」
 ウサちゃん17号と一人芝居をしていたグラフは、不意にかけられた声に驚いて顔を向けた。いつの間に近づかれたのか、外壁と内部を繋ぐ通路の入り口に一人の少女がたたずんでいる。花飾りのついた帽子にワンピース姿の、自分より少しばかり年上の少女だ。
(ちょいとぼーっとしてたかな?)
 グラフは気恥ずかしさに少し顔をしかめたが、すぐにいつもの調子に戻って返事をした。
「はいはい、何の御用かな?」
「今、お嬢様のお名前を口にしていらっしゃいましたよね」
「ん? アイズのことかい?」
 少女が「ええ」と頷く。
「今どちらにいらっしゃるのか、ご存知ですか?」
「アイズなら医務室にいると思うが……あんたは?」
 グラフが尋ねると、少女は帽子を取って挨拶をした。
「申し遅れました。私アイズお嬢様の家庭教師を務めておりました、ラトレイア・アメティスタと申します」
「家庭教師? ……ああ、あんたがアイズの言ってた“先生”か!」
 グラフは立ち上がると、跳躍してラトレイアの前に降り立った。胸に片手を当て、爽やか好青年モードに突入する。
「先に名乗らせてしまった非礼をお許し下さい。私はグラフマン・クエストと申します。お嬢さんとは、正式に結婚を考えて……」



「グラフ! 誰もそこまで言ってない!」



 途端、アイズの声と共に飛んできた鞄が、好青年モード真っ最中のグラフに激突した。
「ぶっ! ……何だよアイズ! さっきの“続き”はどーなったんだよっ!」
「わぁぁぁっ! 先生の前でなーんてこと口走ってるのよあんたはぁっ!」
 稲妻の如く走ってきたアイズがグラフに飛びつき、必死にその口を塞ぐ。
 ラトレイアは目の前の騒ぎに唖然としていたが、やがて口元に手を当ててクスクスと笑い始めた。
「相変わらずですね、お嬢様」
「せ、先生……」
 アイズがギクリと動きを止め、おそるおそる顔を向ける。
「ダメですよ、ボーイフレンドにそんなことしちゃ」
「ち、違うのよ先生! グラフは別にそんなんじゃなくてっ!」
「そうですよ先生、僕たちは生涯共に生きることを誓い合った仲で」
「ア・ン・タ・は・しゃ・べ・る・な~!」


 アイズが顔を真っ赤にしてグラフの口を引っ張る。ラトレイアはもう一度ひとしきり笑うと、足元に落ちているウサちゃん17号を拾い上げた。アイズの鞄が激突した時に、グラフの手から落ちたのだ。
「ねえウサちゃん。この男の子のこと、どう思う?」
『そうねぇ、結構イイ男なんじゃない? でもちょっと軽そうよね』
 グラフの一人芝居そっくりの声音でウサちゃん人形を操る。アイズとグラフはぽかんとしていたが、やがてどちらからともなく声を上げて笑い始めた。
「まいったなぁ。ずっと見てたのかい?」
「ごめんなさい、とても楽しそうにしてらっしゃったから、つい声をかけそびれてしまって」
 ラトレイアがウサちゃん人形を外し、グラフに手渡す。

 瞬間。
 全身に刃を突きつけられたような感覚に、グラフの全身が硬直した。
「…………!」
 グラフの頬を一筋の汗が伝う。

「……合格ですね。これからもお嬢様をよろしくお願いします」
 ラトレイアはにっこりと笑うと、手を引いた。
「もう、先生ったら……ところでどうやってここまで来たの?」
「それは私の台詞ですよ、お嬢様。お嬢様がいなくなって、私がどれほど心配したことか」
「う……ご、ごめんなさい」
 アイズが素直に謝る。
 ラトレイアはアイズの頭を撫でると、優しく言った。
「この旅の中で、何か得るものはありましたか? お嬢様」
「……うん。沢山あったよ」
「そうですか。それは良かったですね」

 アイズとラトレイアが楽しそうに話しながら艦内に戻っていく。
 二人の背中を見送りながら、グラフはようやく息を吐いた。
『どうしたの? グラフ。汗なんかかいて』
 ラトレイアから受け取ったウサちゃん人形が、再びグラフの手で喋り始める。
 グラフは顔の汗を拭うと、誰にともなく呟いた。
「……どうやら世の中には、俺の想像を遥かに超える化け物がいるらしいな……」

   /

「まったく、お前は昔から素直じゃない」
「お前みたいに甘くないんだよ、コトブキ」
 エイフェックスとコトブキはスノウ・イリュージョンの中にいた。勿論運転しているのはサミュエルだ。
「いいのかいサミュエル。妹と別れるのは寂しいんじゃないか?」
「私とオードリーは仕事上のパートナーのようなもの。リードとカシミールのようなベタベタした関係ではありませんよ。それに……」
 サミュエルは冷静な顔で答えた。
「今尚同じ目標に向かって進んでいることを確認できました。それで充分です」
「ねえエイフェックス、アイズの秘密って何なの?」
 共に乗り込んでいたジューヌが尋ねる。
「それはアイズが自分で見つけなければならないことだ。不用意に口に出すべきことじゃない」
 エイフェックスが寂しげに答える。
「それにしても、プライスの奴も惨いことをする」
 とコトブキ。
「いや、これも奴なりの罪滅ぼしか……」
「だが俺はまだ、奴が“彼女”にしたことを許してはいない」
 エイフェックスが拳を握り締める。
「……お父様が一体、何をしたっていうの」
 ジューヌは声を落とした。
「お父様が犯した“罪”については私も知ってるわ。だけど、それとアイズとの間に、どんな関係が……」
「昔の話さ。それでも奴の“子供”は別だよ、奴にしては上出来だ。特に君は素晴らしい」
「……っ。ごまかさないでよ」
 いきなり褒められ、俯いた顔を微かに赤く染めるジューヌ。
 コトブキは苦笑混じりに言った。
「ジューヌ君、メルクに戻らなくてもいいのかね? アイズ君やルルドちゃんが心配してるよ、こんな男と一緒にいるとろくなことがないぞ」
「お前こそいいのかよ、ホテルの仕事はどうしたんだ?」
 コトブキは伸びをして答えた。
「俺があそこですることはもう何もないよ。オーナーに言われて支店長についていたが、もう教えることも残ってないし、支える必要もない。そろそろ引退だね。それにお前といるほうが楽しそうだ。そうだな、今夜は久々に夜空のドライブと洒落込むか!」
「俺の船だぞコトブキ、昔からお前はすぐそれだ! まったくいい加減年なんだから遠慮しろよ、身体がもたないぞ」
「なぁに、まだまだお前には負けないよ」

「……やれやれ」
 若者のようにはしゃぐ男達に苦笑しながら、サミュエルは艦首を西に向けた。
 スノウ・イリュージョンは音もなく旋回し、再びケラ・パストルに向かって飛び始めた。

 








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