森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

徹夜

2010年02月28日 | Weblog
 ほぼ一睡もしていません(苦笑)。
 ひたすら洗濯と息子の世話をしていました。
 朝の10時を過ぎてようやく眠ってくれましたが、いつまた嘔吐・下痢と共に目を覚ますことやら。

 妙に疲れを感じないのが逆に怖いっ。
 ドーパミンが切れたら倒れそう。

嘔吐下痢症

2010年02月28日 | Weblog
 息子が感染しました。
 午後10時前からかれこれ3時間、下着・パジャマ・毛布・掛け布団・敷き布団から絨毯に至るまで、洗濯・掃除のし通しです。

 眠りながら嘔吐した直後に気づけたのがせめてもの救い。
 風邪気味なこともあってマスクをさせていたので、発見が遅れていれば窒息しかねない状況でした。

 一度経験している病気なので、当時に比べれば冷静に対処できるようになったようです。
 こうして親は子供と共に成長していくんだなあ、などと考える午前一時。


 明日は寝不足だ~。

浮遊島の章 第15話

2010年02月24日 | マリオネット・シンフォニー
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「それでは今一度作戦を説明する!」
 武装した独立軍一個中隊の前で、オリバーは改めて作戦を説明した。
「我々はこれより、前方の山岳地帯を右回りに迂回して進軍。島の反対側に不時着しているブリーカーボブスを叩く!」
「既にハイムの精鋭部隊を左回り迂回ルートで進軍させています。彼らが攻撃をしかけ、メルクの注意がそちらに向いた隙に反対側から一斉攻撃を行う。以上が主な作戦内容です。何か質問のある方はいらっしゃいますか?」
 ハースィードの問いかけに、軍人達が沈黙をもって応える。
 オリーバは満足げに頷いた。
「なければ進軍を開始する。出撃だ!」
 
 敵艦の正確な位置情報を掴んだというハースィードの先導のもと、進行を開始する独立軍。オリバーはしんがりを務めるべく先行する各隊に号令をかけていたが、いつの間にか近くにカエデがいることに気づき、小声で声をかけた。
「何してるんだ、カエデ。危ないから艦内に戻っているんだ」
「お兄ちゃん、あたしも連れてって」
「な……バカを言うな! これは戦争だぞ!」
 オリバーが驚きに目を見開き、思わず大声を上げる。しかしカエデは怯まず、真剣な眼差しで兄の瞳を見つめ返してきた。
「あたしも戦います! オリバー堤督!」
 二人の声に気づいた軍人達が足を止め、兄妹の姿を見守る。
 オリバーはしばらく呆然としていたが、やがて表情を和らげて言った。
「……ありがとう、オリバー二等兵。だが君を連れて行くわけにはいかない。君には別の任務を与える。待機部隊の皆と共に、勝利して帰ってきた我々を迎える準備をしていてくれたまえ」
 そしてオリバーは待機部隊の一人にカエデを預けると、改めて攻略部隊に声をかけた。
「皆、オリバー二等兵の勇気を無駄にするな! 必ずブリーカーボブスを攻略するんだ!」
 カエデの思いとは裏腹に、士気を高める独立軍。

「待って! そうじゃないの、お兄ちゃん!」
 待機部隊の制止を振り切り、カエデがもう一度外に出ようとしたとき。
「心配しなくてもいいのよ、カエデちゃん」
 かけられた声に慌てて振り返ると、いつの間にかアミがすぐ近くに立っていた。
「貴女のお兄さんを殺したりはしないわ。これからも沢山頑張ってもらわなきゃいけないんだから……利用できる間は、ね」
 青ざめ、アミを無視して外に出ようとするカエデ。
 その背中に、アミは優しく諭すように言った。
「何をする気なの? 自分の命と引き換えに、お兄さんを助けるつもり? でも無駄よ、そんなことをしても何にもならないわ。それに、貴女が死んだらお兄さんが悲しむわ……もっとお利口になった方がいいわよ」
「バカでいいもん!」
 カエデは振り返り、アミを睨みつけて叫んだ。
「あんたみたいな奴の言いなりになるくらいならバカでいい!」

 攻略部隊を追って走っていくカエデ。
 小さくなっていく後ろ姿を眺めながら、アミは薄く微笑み、自身も戦艦を降りて森の中へと消えていった。



第15話 幻の島 -暴かれる心の扉-



「ルルドー! 何処にいるのー!?」
 不安と焦りで潰れそうな胸を抱えて、カシミールは深い森の中を走っていた。スケアと喧嘩してしまったばかりだというのに、もしルルドにまで見捨てられたら。
「もう嫌……一人っきりになるのは嫌よ! ……きゃっ!?」
 カシミールは足を滑らせて、近くを流れていた川に落ちた。ずぶぬれになった身体は重く、冷たい。けれどそれは、きっと水のせいだけではない。
「一人でいることくらい、慣れてるはずなのに。スケアとルルドがそばにいてくれるだけで、幸せなはずなのに」
 呟くカシミールの頬を、涙が伝って落ちた。
「これじゃあフジノと変わらないじゃない……」

   /

 その頃。
 スケアもまたカシミールとルルドを捜して、森の中を走っていた。
 ふと、視界の端に何かが映る。
 横に目を向けると、仲良く手を繋いで歩くカシミールとルルドの姿が。
「二人とも! 良かった、無事だったのか! ……うわっ!?」
 スケアが急いで二人のもとに駆けつけた瞬間、その姿が忽然と消え失せ、同時に足元から地面の感覚まで消えた。
 崖から落ちかけるスケア。
 その腕を、後から追ってきた大きな手がつかみ、力強く引き上げる。
「何を寝ぼけてるんだスケア!」
「モ、モレロ……!」
「しっかりしろ! まだリタイアしてもらっちゃ困るんだよ!」

   /

「パティさんは昔、リードランスにいたんですよね」
「ええ、11年前まで留学生としてね」
 アイズ、パティ、バジルの三人は、ルルドを探しながら森の中を歩いていた。
「そう言えば、貴女もあの国の出身よね。あの国は今どうなのかしら?」
「どうって言われても……工業国って感じですよ。緑はほとんどなくて、鉄とコンクリートとアスファルトばっかり」
 顔をしかめて答えた後、アイズは表情を和らげた。
「でも、この国はいいですよね。自然のスケールが大きくて」
「そうね。私もそう思うわ。でも、そっか……今あの国はそんななんだ……」
 寂しげに呟くパティ。
 その声は、すぐに懐かしむようなものへと変わった。
「綺麗な国だったわ。人工物と自然の調和がとれていて、伝統的なものと新しいものが当り前のように共存していた。私が住んでいた街は、石畳の歩道が特に綺麗で」


「そう、ちょうどこんな風に──えっ?」


 足元に敷き詰められた美しい石畳に、パティは驚いて立ち止まった。
 顔を上げれば、呆気に取られるアイズとバジルの姿がある。どうやら夢を見ているわけではないらしい。
 つい先程までいたはずの森は既になく、周囲には美しい街並みが広がっている。
「おいおい、夢でも見てるのか俺たちは……?」
「幻……にしてはリアルすぎるわね」
 バジルとアイズが慎重に周囲を見回す。一方パティは、すぐ前方にある小さな橋を茫然と見つめていた。
「あ、あの橋は……」
「パティさん、不用意に動かない方が」
 ふらふらと歩き出したパティを止めようと、アイズが手を伸ばした時。
 それまで穏やかだった川の流れが、突如として勢いを増してパティに襲いかかった。
「キャアァァァアァッ!?」
「パティ!」
 慌てて走り出すバジル。しかしその時、バジルの足元でカチリという音がした。
「チィッ!」
 バジルがそばにいたアイズを抱えて跳躍する。
 次の瞬間、二人の立っていた一帯の地面から無数の槍穂が突き出した。危機を回避できたことにほっと一息つく暇もなく、いつの間にかパティの姿がないことに気づく。
「やれやれ、やってくれるじゃないか」
「パティさんは……何処かに連れて行かれたみたいね。あの幻はこれを狙ってたんだ」
 美しい街並みは既になく、辺りは再び深い森に覆われている。
 アイズは慎重に地面から突き出ている槍に近づくと、少し錆び付いている刃先に触れた。
「これ、何処のものかわかる? バジルさん」
「罠は俺の専門じゃないが……多分、あの大戦でリードランス側が使用していた……」
 顔を見合わせる二人。
「さて問題ですバジルさん。リードランス大戦時代の罠が今も仕掛けられていて、こんな異常なことが起きる島と言えば何処でしょう?」
「……プライス博士の研究所、ケラ・パストルだ……」
 バジルは盛大に溜息を吐いた。
「知らない間に目的地に着いていた事を喜ぶべきなんだろうが……どうせだったら、綺麗なビーチと女の子が多い南の島に行きたかったなぁ」
「……珍しく意見が合うわね、バジルさん」

   /

「これか」
 ケイは引き出しの中から一冊のファイルを取り出した。
 そこは長官室──つまりパティの部屋だった。本来なら副官と言えども無断での入室は禁じられている場所である。しかしケイは更に踏み込み、パティの私物の物色まで敢行していた。
 ケイが見つけたのは、パティが時々開いて見ているあのファイルだった。
 無言でファイルを開き、内容を確認していくケイ。その表情が少し意外そうなものから驚きに変化し、やがて理解の色へと変わるのに、さして時間はかからなかった。


「……そういうことか、パティ」
 ケイはファイルを閉じると、意を決したように立ち上がり、それを手持ちの鞄に入れて長官室を後にした。

   /

「本当なの? この島がケラ・パストルだっていうのは」
 ケール博士の問いに、レムは確信を持って答えた。
「ええ、本当です。父様のカモフラージュシステムで、すべての研究施設が岩山や湖に偽装されているんです。どうやら、イマーニが目覚めているらしくて……」
「イマーニが? でも、だったらどうして連絡がつかないの?」
 思いがけず登場した『妹』の名前に、オードリーが更なる疑問を投げかける。
「原因はわかりませんが、我々を侵入者として識別しているようです。あの子の能力には誰も逆らえません。下手に動くのは非常に危険です」
「パティ達は? 無事なの?」
「わかりません、先程から捜していますが……イマーニの他にも妨害者がいるらしくて」
「妨害者……レムの精神走査を妨害できる奴がいるなんて」
 ケール博士が深刻な表情で黙り込む。

「……頑張ってよ、姉さん」
 複雑な想いを押し殺し、オードリーは呟いた。
「貴女だけが頼りなんだから……」

   /

「ねえ、イマーニちゃん。どうしてこんなことをするんですか?」
 トトは天井から吊り下げられた大きな鳥籠の中にいた。一方のイマーニは、トトの言葉に構うことなく機器の操作を続けている。
「ごめんねーっ、トトちゃん。でもこれも仕方のないことなのよ」
 突然、トトの隣に一人の女性が現れた。島に流れ着いた人々をチェスの駒に見立てて遊んでいた、あの女性が。
「もう少しこのケームに付き合って頂戴。……ああ、貴女じゃなくて“もう一人”の方よ」
 途端、トトの人格が入れ替わった。
『貴女でしたか……玉響』
「そういうこと」
 玉響と呼ばれた女性が軽く笑って手を伸ばす。すると、床の白黒模様に合わせて部屋に巨大なチェスの駒が出現した。
「さぁて、役者も揃ったことだし……そろそろ何か新しい動きがあっても良さそうなものだけど」

   /

「……ん? 何だ……?」
 一晩中寝ずの見張りをしていたロバスミは、木の幹にもたれてうとうとしていたが、大勢の人間が近くを通る気配に目を覚ました。
 昨夜張ったテントの中では、白蘭、ナー、ルルドが今も眠っている。
 ロバスミは少し迷った後、気配のする方向に向かった。少し進んだ先、茂みの影から大勢の兵士を見つけて慌てて息を潜める。
「あの紋章は確か、この間テレビに出てた……そうか、ルルドちゃんが言ってた南部独立解放軍だ。どうしてこんな所に……?」

   /

 士官の一人にしんがりを任せ、ハースィードと共に一個中隊を率いて歩いていたオリバーは、前方に大きな看板が立っていることに気づいて足を止めた。
「ん? 何でこんなところに看板が……なになに、チュチュガヴリーナに注意?」
「チュチュガヴリーナって何だ?」
「ほら、小さい頃にやってた映画で……」
「おー、俺知ってるぞ!」
 周囲にいた軍人達の間に、あっと言う間に広がっていくチュチュガヴリーナの話題。
「こら! 無駄話をするんじゃ……!」
 オリバーが注意しようとした、その時。
 不意に後方から木々が倒れる音が聞こえてきた。続いて、空を切り裂くような叫び声。
 皆が驚いて振り返ったそこには、巨大な怪物の姿が……!
「わーっ! 巨大チュチュガヴリーナ!」

「きゃーっ! 巨大チュチュガヴリーナ!」
「落ち着いて、ルルドちゃん!」
 白蘭・ルルドと共にロバスミに起こされ、物陰から独立軍の様子を見ていたナーは、ルルドが騒ぎ始めたので慌てて口を塞いだ。
 幸い、独立軍の軍人達はもっと騒いでいるのでルルドの声は聞こえなかったようだ。ナーは安堵の溜息をもらし、ルルドの口から手を離した。
「ねえロバスミ、あの連中は何を恐がってるの? チュチュガヴリーナって……」
「さぁ……話には聞いたことがあるけど、僕もよくは知らないよ」
 白蘭とロバスミが顔を見合わせる。
「多分、あの人達は今、幻を見てるんですよ」
 ナーが眼鏡を持ち上げる。
「どうやらこの島には、心の中にあるイメージを幻として引き出す作用があるようですね。私達はチュチュガヴリーナを知らないから……もう落ち着いた? ルルドちゃん」
「う、うん……うわ、ひどい……」
 改めて独立軍の様子を確認し、ルルドが幼くも整った顔をしかめる。
 独立軍はパニックを起こしていた。幻に囚われなかった者、冷静に対処できた者は速やかに撤退したようだが、半数ほどが闇雲に銃を振り回し、同士討ちさえ始めている。
「どうする? 白蘭。あの人達は敵みたいだけど」
「うーん……看護婦としては、怪我人が出るのは嫌なのよね」
 白蘭はナーと顔を見合わせると、小さく頷いた。

 ルルドは幻に巻き込まれないよう、少し離れた場所に移動していた。
「チュチュガヴリーナなんか恐くない、恐くない~」
 また幻が出てこないよう、頭の中から懸命にイメージを追い出そうとする。
 と、その時。木陰に人影が見えたような気がして、ルルドは顔を上げた。
 そこにいたのは、長い髪と白いドレスの少女。
 年は自分と同じくらいだろうか。とても寂しそうな、何かを訴えかけるような瞳で見つめてくる。
「……貴女……誰?」
 宙に浮かぶ少女の姿が、トトの元にいるイマーニと同じであることなど、ルルドに解るはずもなく。ルルドは少女の方に向かおうとしたが、
「ルルドちゃーん、少しそこでじっとしててねー!」
「あっ、はーい!」
 ナーの声に振り返って答え、再び視線を戻した時、既に少女の姿はなかった。
「今のも、幻……だったのかな……」

   /

 その兵士は濃い霧の中、銃を手に森を進んでいた。
 やがて、前方の霧が晴れる。
 ようやく開けた視界の先には、何やら不気味に蠢く物体が。
「な、何だ……うわぁあぁぁっ!?」
 突然襲いかかってきた怪物に驚き、銃を構えて撃とうとする兵士。
 直後、兵士は腹部に衝撃を受けて気絶した。

「ふう……いいわよ、ナー。次に行きましょう」
 今にも同士討ちをしようとしていた二人の兵士を地面に寝かせ、白蘭は言った。
「はい、それじゃあ……」
 ナーが周囲の様子を探り、よりひどく錯乱している兵士の居場所を優先的に提示する。
 二人の息の合ったコンビネーションにより間もなく騒ぎは収まり、辺りには気絶した独立軍の兵士達が横たわることとなった。
 オリバーやハースィードの姿はない。どうやら最初の段階で、パニックに陥ることなく撤退したようだ。
「大体片付いたわね……ん? 危ない、白蘭!」
 ナーが叫んだ瞬間、物陰から襲いかかってきた男に、白蘭は咄嗟に峰打ちを食らわせた。
 普通の人間ならば確実に気絶するはずの一撃。しかし男は即座に立ち上がり、白蘭に掴みかかってきた。
「なっ!?」
 予想外の出来事に対応が遅れる白蘭。
 男の手が白蘭に届こうとした刹那、ロバスミの銃が発射した弾丸が男の腕を貫いた。更にナーが蹴り飛ばし、地面に叩きつけられた男は、今度こそ動かなくなる。
「これは……クラウンかしら?」
 遠目に男を観察しつつ、ナーが呟く。それは白蘭達は初めて見る量産型クラウンだった。ハースィードの部隊からはぐれた者がいたらしい。
「大丈夫だった、白蘭?」
 まだ地面に座り込んだままの白蘭に、ロバスミが優しく手を差し出す。
「……ありがと、ロバスミ」
 頬をわずかに赤く染め、白蘭は微笑んだ。

「ねぇ、もう終わった?」
 ルルドがおっかなびっくり白蘭達のもとに戻ってくる。
 と、その時。
 ナーの『レーダー』が、また別の反応をキャッチした。
「何かいます!」
「わっ、何!? もしかしてチュチュガヴリーナ!?」

 近くの茂みがガサガサと音を立てる。
 現れたのは、戦場には似つかわしくない一人の少女。
「ちょっと! 誰がチュチュガヴリーナよっ!」
「あ、なんだ子供だ……」
「何よ! 貴女の方が子供じゃない!」
 身体中についた枝葉を払いながら、カエデは言った。

   /

「黒のポーン、白のクィーン“未来”と接触……」
 玉響の声がチェス盤の部屋に響き渡る。

   /

 ルルド・ツキクサとカエデ・オリバー。
 この二人の出会いが、後の歴史を揺るがす一つの波紋となる。


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ドールズ一覧

2010年02月24日 | マリオネット・シンフォニー
【プライス・ドールズ】
 プライス博士が生み出した“人の形をしたモノ”達。外見は人間とほとんど変わりがない。
 それぞれに特殊な能力が与えられており、基礎身体能力は通常の人間を遥かに凌ぐ。


01.リング ≪すべての人形の母≫
02.LOST
03.LOST

04.レアード ≪ドールズ初の成功例≫
 設定年齢20歳。金髪翠眼。容姿や口調に冷たい印象を持つ青年。
 プライス博士から頭脳の複写を受けており、助手の任務に携わる傍ら、ネーナが国外に脱出してからは中央管制室長の任にもついていた。
 後期ナンバーズの中には、彼が創造過程の一部を手掛けたものもある。

05.カルル・ブロッサム
 設定年齢23歳。黒い長髪と瞳。『分解』の能力を持つ。
 ドールズの間では長年に渡って死亡したものと思われていた。
 生存が判明した現在、顔の左半分は焼け爛れ、エンデによって操られる傀儡と成り果てている。

06.レム・ブロッサム
 設定年齢23歳。微かに青みがかった長い白髪。元は鮮やかな藍色の髪をしていたが、フロイド企業事故の後、ほとんど色が抜け落ちた。
 視覚・聴覚ともに欠落している他、下半身の自由が利かない。
 触れることで対象の状態や内部構造を『解析』できる能力を持つが、現在はそのレベルが大幅に進化している。

07.ネーナ・ブロッサム
 設定年齢23歳。栗色の長髪と瞳。『電気的信号の高速演算処理』の能力を持つ。
 トゥリートップホテル・ヴァギア支店の経営補佐。
 リードランス王国では中央管制室長の任についていた。

08.サミュエル・トール
 設定年齢25歳。
 かつてリードランス王国ではオードリーと共に救助隊に所属していた。
 現在はエイフェックスと行動を共にしている。
 名前の由来は古代リードランスにおける『出発と開拓の守護者』聖サミュエル。

09.オードリー・トール
 設定年齢25歳。長い黒髪と黒い瞳。
 かつてリードランス王国ではサミュエルと共に救助隊に所属していた。
 現在は情報局中枢組織【メルク】の一員として活動している。
 名前の由来は古代リードランスにおける『成功と繁栄の守護者』聖オードリー。

10.グッドマン
 設定年齢18歳。くすんだ金色の髪と瞳、野性的な風貌の青年。
 機械組織の身体に飛行ユニットを搭載しており、『高速飛行』の能力を持つ。
 ネーナと共にトゥリートップホテルで生活している。

11.スフィーダ

12.リード
 設定年齢20歳。翠緑の髪と瞳。
 ドールズ唯一の戦闘型として特に強靭な機体を与えられ、体内には魔力炉を有していた。
 リードランス王国では近衛隊長の任に就いていたが戦死。クラウン・ドールズのオリジナルとして利用される末路を辿る。
 名前の由来は古代リードランスにおける『戦いと勝利の守護者』聖リード。

13.カシミール
 設定年齢18歳。翠緑の長髪と瞳。女性的な魅力に満ちている。
 『発電』の能力を持ち、全ドールズ中トップクラスの戦闘能力を有する。
 体内へのツェッペリン封印に伴い、女性としての機能を喪失。
 名前の由来は古代リードランスにおける『豊穣と慈愛の守護者』聖カシミール。

14.モレロ
 設定年齢26歳。身長2mを越える大男。
 『腕力』と『精度』に特化しており、精密作業から肉体労働、料理まで様々な作業をこなす。
 ナンバーが若いカシミールのことを“姉さん”と呼び慕っているが、設定年齢は彼の方が上なので、傍目には奇妙な関係に見える。

15.ジューヌ
 設定年齢16歳。金髪碧眼。独特の髪型をしている。
 『音』の能力を持ち、自身から直接『音』を発することができる他、様々な楽器の演奏にも秀でている。

16.カトレア(白蘭)
 設定年齢16歳。腰にまで及ぶ黒髪と黒い瞳。『治療・看護』の能力を持つ。
 簡単な手術くらいなら一人で成し遂げられるだけの器具が内蔵されている他、治癒魔法も使える。
 リードランスの古い伝統に倣い、自らに『白蘭<ビャクラン>』という真名をつけ、名乗っている。
 リードの戦闘プログラムを学習しており、リード専用の武器であるL.E.D.を扱うことができるが、強靭な機体も魔力炉も持たないため、発揮できる力は著しく制限される。

17.フェイム
 設定年齢18歳。表情や口調に幼さを残す青年。
 『コピー』の能力を持ち、他のドールズの能力をコピーして扱うことができるが、出力は7割程度。

18.ナー
 設定年齢17歳。腰まで及ぶプラチナブロンドと深い藍色の瞳。
 高性能モニターの眼鏡をかけており、『レーダー』の能力を持つ。
 秘めた力を完全に使いこなせば、極めて高い戦闘能力を発揮する。

19.イマーニ
 長い栗色の巻毛と、同じ栗色の瞳。
 幼い少女のホログラムで登場するが、実体の容姿は不明。『幻』の能力を持つ。
 対象が想起したイメージを、極めて精巧な幻として現実世界に構築することができる。

20.LOST
21.LOST

22.玉響<タマユラ>

23.UNKNOWN

24.トト ≪最後の人形≫
 設定年齢14歳。淡い紫の髪と瞳。『歌』の能力を持つ。
 自身の歌を電波に乗せて、世界中に届けることができる。
 時折現れる二つ目の人格、物理法則すら捻じ曲げる『世界の精神への干渉』能力など、謎が多い。



【クラウン・ドールズ】
 プライス・ドールズNo.12『リード』の機体を元に、ハイムの科学者達が造り出した殺人兵器集団。


01.シード
02.レイン

03.バジル
 設定年齢21歳。漆黒の長髪が特徴。
 スケアの『風』のような特殊能力はないが、ずば抜けた身体能力と戦闘センスを誇り、初期型でありながらクラウン最強と言われた男。
 現在は情報局中枢組織【メルク】の一員として活動している。
 瞳の色が左右で違うのは、昔フジノに潰された後に義眼を入れたため。

04.クラックス
05.スルグヴ

06.ネイ
 設定年齢18歳。『物質透過』の能力を持つ。
 目と耳を覆うバイザーは透過中に感覚器官を保護するためのもの。基本的に武器を持たず、徒手空拳の他、硬化した爪を飛ばすなどの攻撃手段を用いる。
 何でもすぐに通り抜けられるわけではなく、対象物質のデータを取り込み解析するのに少し時間がかかる。そのため、飛んできた弾丸や戦闘中の相手の身体などは透過できない。両手両足に取りつけられたセンサーで、触れる物質の解析を常に行っており、少なくともいつでも自分の立つ地面や身体と密着している壁には潜り込めるようにしている。
 暗殺能力に特化した極めて強力な能力ではあるが、少しでもコントロールを誤れば透過中の物質と融合してしまう危険を孕んでおり、実装実験段階で数多の犠牲者を出した。その実験に唯一生き残ったネイだけが、この能力の使い手となっている。
 能力の性質上、彼は常に壁に背中をつけて立つので、バジルは彼に“ヤモリ君”というあだ名をつけていた。

07.デッド
08.カレオ
09.セル
10.レン
11.マーズ
12.コルティナ

13.タシュラ
 設定年齢14歳。
 スケアと同時に作られた後期型クラウン・ドールズ。
 風の能力を除いて、二人の間に性能の差はほとんどない。
 フジノに妄執するスケアに利用され、アインスによって倒される。

14.スケア
 設定年齢14歳。
 旧型クラウンの最終タイプであり、バランスのとれた身体能力と戦略性、『風』の魔法能力をも兼ね備えたハイムの技術の集大成。
 大戦終結後、設定年齢を18歳まで進行させることになる。

15.グラフマン・クエスト
 設定年齢17歳。
 深い緑の髪と瞳のお調子者。
 ヴィナスと同じ【可変性鉱体】による腕を持ち、様々な形状に変形させることができる。

16.アーティクル・トライブ
 設定年齢16歳。
 鮮やかな紅の髪と瞳。炎の剣【F.I.R.】を携え、炎を操る。
 冷静に見えて手が早い。グラフとはいいコンビ。

17.ノイエ
 設定年齢14歳。
 白い髪と薄桃色の瞳。
 かつてのスケアと瓜二つの容姿を持つ、新型クラウン3人組のリーダー。
 右腕を高出力兵器【ノイバウンテン】へと変化させ、強力なエネルギー攻撃を放つことができる。

キャラクターデザイン

2010年02月24日 | マリオネット・シンフォニー
 
アイズ・リゲル




トト




スケア・クラウン




グッドマン




カルル・ブロッサム




ネーナ・ブロッサム




フジノ・ツキクサ




ルルド・ツキクサ




ナー




白蘭




ロバスミ




ジューヌ




カシミール




リード




ラトレイア・アメティスタ





アインス・フォン・ガーフィールド





ヴィナス




ポール・ベルニス







アミ



バジル・クラウン



オードリー・トール



パティ・ローズマリータイム



レム・ブロッサム



カエデ・オリバー



ネイ・クラウン



イマーニ

 

甥が生まれました

2010年02月23日 | Weblog
 昨夜遅く、姉が初産を迎えました。
 体重3050グラムの元気な男の子です。
 高齢出産の上、予定日を過ぎていたので心配していたのですが、無事に生まれてきてくれて良かったです。

 それにしても、平成22年2月22日とは。
 一度聞いたら忘れられない日に生まれてくれました。

 大切な姉が授かった、大切な命。
 どうか健やかに育ってくれますように。

近況報告

2010年02月19日 | Weblog
 最近、不調です。病状が『やや悪い』ところで安定している感じ。
 夜は起きていられないし、長時間テレビやモニターを見ていられない。
 頭痛と腹痛、腰痛が常時伴い、鎮痛剤が手放せません。

 昨日から失業保険の支給対象になったことで、ようやく日雇い生活からは脱出できたのですが。
 4月入校予定の専門学校には入学金等を振り込まなきゃいけないし、奨学金返済の督促はうるさいし、恐ろしいことに現在無保険状態だし。友人に借金するにも限界があるよ! しようと思ってたことが半分もできてないよ!

 幸いなことに、精神状態は悪くありません。
 周囲でおめでたいことがたくさん起きているのが救いです。
 ブログにリンクを貼らせていただいている卯月さん、海月さんが共に御懐妊で、私の姉が間もなく出産予定。今から楽しみで仕方がありません。
 おかげで妻から第二子をせがまれていますが(汗)、幸せな悩みと言うべきでしょう。

 バンクーバーオリンピックでの日本勢の活躍も、元気を分けてくれています。
 一昨日の男子フィギュアショートプログラムは、妻と二人で大興奮でした。
 高橋大輔、織田信成、小塚崇彦の3名は勿論のこと、エバン・ライサチェクもステファン・ランビエールもジョニー・ウィアーもエフゲニー・プルシェンコも見事な演技を披露してくれました。五輪の魔物に喰われてしまった、ブライアン・ジュベールについては残念でしたが。
 惜しむらくは、この場にジェフリー・バトルがいないこと。トリノ五輪の銅メダリストにして2008年の世界王者。銀盤の貴公子たる彼がいるだけで、舞台がずっと華やかなものになるのですが。

 4年前のオリンピックは、入院中に病院のベッドで観戦していました。
 今はこうして、感想をブログに書くこともできる。少ないながら収入もある。
 私は幸せです。


 さて、もうすぐ小塚崇彦のフリープログラムです。
 頑張れ日本!
 頑張れ全選手!

浮遊島の章 第14話

2010年02月17日 | マリオネット・シンフォニー
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 夕陽に照らされたブリーカーボブスのホールで、パティは大勢の局員達を前にスピーチをしていた。
「……しかし、まだ危機が去ったわけではありません。これからも警戒を怠らぬよう心がけて下さい」
 そこまで真面目に語った後、表情を崩して穏やかに笑う。
「それにしても皆さん、なかなか見事な戦いぶりでしたね。もしかしたら普段の事務処理よりも早くて正確だったんじゃないかしら? そんなにストレスがたまるような仕事をさせているつもりはないんだけれど」
 ドッと笑いが起こり、ホールが和やかな歓声に包まれる。パティはにこやかにワイングラスを掲げて乾杯した。



第14話 運命のチェス・ゲーム



 ブリーカーボブスでは簡易的な立食パーティーが開かれていた。ひとまず独立軍を退けたことだし、ブリーカーボブスが機能を完全に取り戻すまでの間、皆で一時の休息を楽しもうということになったのだ。
 パティはしばらく局員の何人かと話をしていたが、壁にもたれて立っているカシミールに気づいて声をかけた。
「うちの連中も見る目がないわね。貴女みたいな美人を壁の花にしておくなんて」
「……パティ」
 顔を上げ、途方に暮れたような声で呟くカシミール。その手にあるグラスの中身が減っていないことに気がつくと、パティは隣の壁に背中を預け、自身のグラスを掲げてみせた。
 少し困ったように微笑みながらも、求めに応じてグラスを掲げたカシミールと二人、軽く乾杯する。
「たいしたものね、パティ。貴女に人の上に立つ才能があるとは知らなかったわ」
「仕事だからね。楽じゃないわ」
 パティは会場を見渡した。
「貴女は変わらないわね、カシミール。相変わらず綺麗だわ」
「パティこそ。綺麗になったわ。見る度にどんどん綺麗になって、力をつけて。今はメルクの長官でしょう? すごいじゃない」
 嫌味のない賞賛を贈るカシミール。
 しかし、パティは寂しげに微笑んだ。
「……そうかしらね……」

 パーティーの席にはアイズやスケア、バジル、それにルルドの姿もあった。
「ねえねえ、あたしバイオリンとーっても上手くなったんだよ。今度アイズお姉ちゃんにも聴かせてあげるね」
「それは楽しみですね、お嬢さん」
 いきなり出てきたバジルが、ルルドの手を取ってキスをする。
「どうです、私と10年後にお付き合いしませんか? 勿論、今すぐにでも構いませんが」
「お、おいバジル! 何を言ってるんだ!」
 スケアが慌ててルルドを抱き上げ、バジルの手を振り払う。
「うーん、どうしよっかなーっ。あたし男の長髪は好きじゃないんだけどー」
「ル、ルルド!」
「ひゃん! ごめんなさーい。冗談だよ、冗談」
「まったくもう……」
 スケアはルルドを抱き締めたまま溜め息をつくと、ふと壁際にカシミールの姿を見つけてギクリと硬直した。
 その一方で、
「こらバジルさん、何を企んでるの?」
「別に何も? 美少女は世界の宝だぜ」
 バジルの襟首をつかんでルルドから引き離したアイズは、耳元に口を寄せて小声でささやいた。
「ルルドがアインスの娘だからでしょ? あんまり引っ掻き回さないでよね」
「……流石だね」
 バジルは少しの驚きを見せた後、ニッと笑って言った。
「確かに、あの子は存在そのものが世界の歴史を大きく揺るがす力を秘めている。アインスの名は未だに大きいからね……けど、俺が彼女に聞きたかったのはそんなことじゃないんだ」
「? じゃあ何なの?」
「……いや、もう必要ないよ。よくわかった」
 バジルはスケアとルルドの仲睦まじい様子を眺めながら、フッと表情を和ませた。
「スケアの奴、ちゃんと“父親”やってるじゃないか」

「これをママの所に持っていってくれないか?」
 スケアは皿に幾つかの料理を載せると、ルルドに手渡して頭を撫でた。
「それから、こっちに来ないかって言ってくれ」
「うん……どうかしたの? パパとママ」
「ちょっとしたケンカだよ。私が悪いんだけどね」
「もう。しっかりしなきゃダメだよ、パパ」
 ルルドは子供っぽく頬を膨らませると、すぐに笑顔になってカシミールの元に歩いていった。

「アインスは……私のこと、どう思ってたのかしら」
 唐突に尋ねられ、パティは複雑な表情で答えた。
「愛してた、でしょう? 私から見ても、貴方達は仲の良い恋人同士だったし」
「でも、彼は私に何も話してはくれなかったわ。私は……」
「カシミール。もうアインスの話はやめましょう」
 パティはカシミールの言葉を遮ると、努めて明るい口調で話題を変えた。
「それより、今の話を聞かせてよ。うちのスケアとはどうなってるの? もういない男のことを考えても何にもならないわ。貴女一人幸せにできなかったダメな男のことなんか、さっさと忘れたほうが身のため……」

 二人のすぐ近くで食器の割れる音がした。
 驚いて振り向いた先、割れた皿と散乱した料理の傍に立っていたのは、顔面を蒼白にした幼い少女。

「ルルド……」
「……ルルド……ちゃん」
 戸惑い、かける言葉を見失う二人。
 と、ルルドの表情が見る間に険しくなり、周囲に魔力が迸った。カシミールが慌ててバリアを展開し、パティを背中に庇う。
「ルルド、よしなさい!」
「ママ、なんで!? なんでそんな人を庇うの!?」
「やめるんだルルド! 彼女を傷つけてはいけない!」
 異変に気づいたスケアが駆けつけ、ルルドを背後から抱き留める。ルルドは信じられないといった顔をすると、魔力を全開にしてスケアを弾き飛ばした。
「待ちなさい、ルルド!」
 遅れてやってきたジューヌが慌てて叫ぶ。しかしルルドはそのまま瞬間移動してしまい、後にはメチャクチャになった会場と呆然とする人々が残された。
「流石は親子。フジノと反応がそっくりだ」
 バジルは呟き、アイズに足を踏まれて悲鳴を上げた。

「パティ、何てことを言うのよ。あの子の前であんな話をするなんて……」
 衝撃で倒れ、起き上がろうとしていたパティは、ジューヌの言葉に顔を伏せた。
「パティさん、教えて下さい」
 アイズがパティの前にしゃがみ込む。
「貴女とアインス・フォン・ガーフィールドの間に、一体何があったんですか? 個人的なことなら、第三者が首を突っ込む権利はないですけど……」
「私も知りたいですね、長官」
 ケイがパティに手を貸して立ち上がらせる。だが、
「今は……まだ言えないわ」
 パティは呟き、ケイの手を離してパーティー会場を出て行った。

   /

「…………?」
 立ち止まり、ナーは周囲を見回した。
「ん?」
「どうしたんですか、ナーさん」
 前を歩いていた白蘭とロバスミが振り返る。
 アステルの風に流され、見知らぬ浮遊島に不時着してから丸一日。航行不能となった飛空艇を離れ、白蘭、ナー、ロバスミの3人は、深い森の中をさ迷い歩いていた。
「何だろう。周囲一帯に妙なエネルギー反応が発生したわ」
「妙? 妙って何よ、あんたの能力でも解析できないの?」
「うん、何て言うか……よくわからないパターンの波……」
「ふーん。まぁ、今のままでも充分に妙だけどね」
 白蘭は興味を失ったように肩をすくめると、再び前を向いて歩き始めた。
「通信機は使えない。兄弟の認識機能も働かない。これだけの森なのに野生動物をまったく見かけない。かと言って、誰か人が住んでる様子もない。これ以上妙って言ったら……そうね、電車が通ってたりしたらそれでもいいわね。いい加減歩くのも疲れたし……わっ!?」
 白蘭が何気なく言った途端、足元から何かが突き出てきた。
「な、何よこれ?」
「線路と……遮断機……かな?」
 ロバスミが呟く。
「そーんなことわかってるわよっ! あたしが言いたいのは、何でこんな所に踏み切りがあるのかっていう……!」
 その時、遠くの方からピーッという甲高い音とライトが近づいてきた。そして何やら地響きも……。
「危ない!」
 茫然とする白蘭を抱えてロバスミが跳んだ瞬間、今さっきまで白蘭がいた空間を電車が勢いよく通過した。
「……何なのよ、あれは……」
 電車を見送って呟く白蘭。
「幻……のようですね」
 遮断機の外側にいたナーは、消えかけているバーの映像に手を透けさせながら言った。
「でもすごいわ、視覚的にはまるで本物と見分けられない。音響効果もリアルだったし、余程の設備がないとこんなことは……」
 ナーは少し考えて呟いた。
「……まさか、これは……」

 その時。
 枝葉を揺らす音と共に、突然頭上から落ちてきた何かが、白蘭を勢いよく押し潰した。
「ふぎゃんっ! ……ううっ、何か世界が私を嫌ってるわーっ」
 地面にぶつけた顔を上げ、嘆く白蘭。
 一方、その“落ちてきたもの”は。


「いててて……あれー、何かうまく瞬間移動できないよー」
「ル、ルルドちゃん?」
 呆気に取られるナーとロバスミ。
「あーっ、ナーお姉ちゃんにロバスミさん! それと……」
「……どうやら今度は本物みたいね……」
 立ち上がる気力もなくし、白蘭はやれやれと溜め息をついた。

   /

 その頃。
 ブリーカーボブスの一室で、レムは目を覚ましていた。
「これは……イマーニ?」

   /

「イマーニちゃん? イマーニちゃんですよね! 良かった、無事だったんですね!」
 薄暗い部屋の中。
 目の前に浮かぶ少女のホログラムに向かって、トトは親しげに話しかけた。
「でも、ねえ。どうして連絡をくれなかったんですか? 私もお父様も、ずっと心配して……」
 何も聞こえていないのか、少女はトトの言葉に一切反応を返さない。やがて少女はおもむろに口を開くと、虚ろな目で一方的に宣言した。
『私はこの島の守護者。そしてトト、貴女を守ります』
 途端、トトの足元から椅子が出現した。アームが伸びてきて強制的にトトを座らせ、身体中をロープでぐるぐる巻きに縛りつける。
「わぁっ!? ……ふぇーん、こんな守られ方嫌ですよーっ」

 一方、そんなやりとりを部屋の隅から眺める一人の人物がいた。
「ごめんねーっ、トトちゃん。でもまぁ、これも運命ってやつなのよ」
 その人物は二人に気づかれることなく姿を消すと、別の空間へと移動した。この島と同じ形をした、巨大なチェス盤がある空間に。
「さぁーて、ゲームの始まりよ」
 楽しそうに、高らかに。謳い上げるように宣言すると、彼女は幾つもの駒を配置し始めた。
「クラウンは当然ナイトよね。それから看護婦さんも……」
 スケア、バジル、白蘭が白のナイト。ノイエ、アート、グラフ、ネイが黒のナイトとなって盤上に姿を現す。
 どうやらメルク側の者は白、ハイム側の者は黒らしい。

「補佐する者たちはビショップ……と。ルークは組織の要ね」
 ナー、オードリー、ジューヌ、モレロ、ヴィナスがビショップに。
 ケイとオリバーがルークになる。
「あとはポーンが何人か……」
 ロバスミ、カエデ、ケール博士、ホテルのメンバーなどはポーンに。

「“疾風”と“破壊”は今回は不参加……と。さぁて、問題はクィーンが多いことよねー」
 グッドマンとカルルを示す駒を盤の脇に倒した後、彼女は複数のクィーンを配置していった。
「“戦姫”はここ……黒のナイトと一緒ね。“雷神”“知性”“巫女”は大きなグループの中に。“未来”はここね、小さいグループにいるわ」
 フジノ、カシミール、パティ、レム、ルルドが白のクィーンとなって配置される。

「そして“死”はここ……」
 アミが黒のクィーンとなって盤上に出現する。

 更に、盤の中央に金色のクィーンが二つ置かれた。
「これが今回のゲームの特別ルール。ゴールの役割を担う“妖精”と“歌姫”……一体誰が彼女達の所にたどり着くのかしら?」
 そして彼女は最後の駒を置いた。
「あたしとしては、この白のポーンに期待したいわね……アイズ・リゲルちゃん。さぁーて、両者とも動き始めたみたいね」
 その言葉と共に、盤上の駒が独りでに動き始めた。

   /

「なるほどね。それでこんな所に一人でいるんだ」
 ルルドの話を聞いて、ナーは優しく言った。
「でもね、ルルドちゃん。だからってこんな風に飛び出してきちゃダメよ」
「だってさ……ママもパパもパティさんもさ……」
 ルルドがブスーッとした顔で呟く。
「それに……」
「フジノさん……のこと?」
 ナーに見抜かれ、ルルドは少し戸惑ったが、
「……うん」
 やがて素直に頷いた。
 ナーは表情を和らげ、ルルドをそっと抱き寄せた。少し身体を強張らせているルルドの背中を撫でながら、ゆっくりと、あやすように話す。
「ルルドちゃん。私ね、この間のことで学んだことがあるの。人は誰でも嫌なことがあると、できるだけそのことから離れて目を背けようとするよね。でも、それじゃあ物事の解決にはならないの。中途半端なままで隠してしまっても、いつの間にかその問題は、人の心に深く根を張ってしまう」
 ナーはルルドを少し遠ざけると、その美しい紫の瞳をまっすぐに覗き込んで言った。
「ルルドちゃん、どうせやるんだったらとことんやろう? フジノさんと会って、きっちりと決着をつけようよ! 話しにくかったら、私も一緒に行ってあげるから。ね?」
「……うんっ。ありがとう、ナーお姉ちゃん!」
 ルルドはナーに抱きついた。
「何だか、ナーお姉ちゃんもママみたい。あたし、ナーお姉ちゃんの娘になれば良かったかな」
「こら」
 ナーはルルドの額を優しく小突いた。
「そんなこと言っちゃダメでしょ? カシミール姉さんに悪いわ。それに私、ルルドちゃんみたいなおっきな娘がいる年頃じゃないわよ?」
 ナーはもう一度ルルドを抱き締めると、近くにいた白蘭に言った。
「それでいいかな、白蘭」
「……ま、ホント言うとあいつにはあんまり会いたくないんだけどね」
 白蘭は頭を掻いていたが、やれやれと笑った。
「でもまぁ、逃げてるって思われるのも癪だしね。いいわよ、つき合ってあげる。ただし、今日は一旦船に戻って休むこと。空腹と睡眠不足は苛々の元、お肌にも悪いわよ?」

   /

 一晩明けて、翌日の早朝。

「何も長官自らが行かなくても……」
「そうはいかないわ。あの子がいなくなったのは私のせいだもの」
 パティは身軽な服装に着替え、心配するケイをよそにルルド捜索の準備を進めていた。既にカシミールは単独で捜索に向かっており、スケアもカシミールを追って出ていったのでここにはいない。勿論モレロもだ。
「前にもこんなことがあったわね……」
 呟き、途方に暮れるアイズ。

「親子のことは親子で何とかなるんじゃないの?」
「そうもいかないよ、オードリー。あの三人はただの親子じゃないんだ。それにレムの話では、この島の中央の山を挟んで反対側に多数の反応があるそうだ。残念ながら、この島全体を覆っている妙な力に邪魔されて具体的なことはわからないらしいが……それを調べるのも目的の内なのさ」
「……で? どうして私を外してアイズちゃんを連れていくわけ?」
「彼女以外にはルルドちゃんの説得役がいないだろう? 行方のわからないフジノと合流できたとしても、彼女と仲がいいのはアイズだけだ。それにトトちゃんのこともある」
 不機嫌なオードリーを宥めるように、バジルは丁寧に説明した。
「それに、もし独立軍やハイムの連中が攻撃してきたらどうする? メルクのメンバーは民間人なんだ、白兵戦は無理だよ。そのためにジューヌにも残ってもらっているんだ」
 バジルによる辛抱強い説得の末、ルルドの捜索及び島の探索に向かうのはパティとバジル、そしてアイズということになり、オードリーはしぶしぶ残ることとなった。

   /

「ネイ、準備はできてる?」
 ハースィードが扉を開けると、部屋の中にはネイの他に4人の男がいた。いずれもネイと似た体格の男達で、まったく同じ格好をしている。
「ああ、勿論だ……ところで本当か? ヴィナス。バジルとパティが外に出ているっていうのは」
「ええ、確かな情報よ。さっき偵察隊が帰ってきたから」
「そうか……クックックッ、バカな奴だ」
 ネイはひとしきり笑うと、少し声を落として言った。
「そうだ、偵察と言えば……さっき少し周囲を調べてみたんだが、この島にはどうも不自然なところが多すぎる。もしかしたら人工物かも知れないな」
「それって、まさか……」
「そう言うことだ。……気をつけろよ」
 言い残し、ネイは床を透過して消えた。同時に、残りの4人も同じようにして姿を消す。
「気をつけろ、か……ふふっ」
 ハースィードは嬉しそうに扉を閉めると、量産型クラウンを連れて戦艦を出た。外ではオリバー率いる一個中隊が全員武装して待機している。
「お待たせしました、オリバー堤督。こちらの準備は完了です」
「わかりました。みんな用意はいいか!」
 オリバーの声に、オーッ、と声が上がる。

 パティ・ローズマリータイムとバジル・クラウン。
 指揮官と最大戦力が共に不在という最悪のタイミングで、南部独立解放軍が今、ブリーカーボブス襲撃に向けて動き始めた。


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浮遊島の章 第13話

2010年02月10日 | マリオネット・シンフォニー
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「五本脚の馬ね」
「……何それ?」
 アイズが尋ねると、ジューヌは手の指を脚に見立てて説明し始めた。
「恋愛っていうのはね、二人の人間が四本脚の馬になって進もうとするようなものなの。でもね、いつでもバランスが取れているとは限らない。時には足並みが乱れて、倒れそうになることがある。そんな時、人は五本目の脚を求めてしまうの」
「? よくわからないわ。それって当然のことじゃないの?」
「ダメなのよ」
 ジューヌはあっさりと否定した。
「たとえ倒れても、自分が動かせる二本の脚だけでもう一度立ち上がろうとするくらいの気持ちでいなきゃ。それで一時的に相手の気持ちが離れてしまっても、二本脚か三本脚なら何とか歩いていけるわ。でも五本脚じゃ歩けない。無理に作り出した五本目の脚は、どちらにも満足に動かすことができないの。多くを望みすぎる者は……自滅するわ」
「ふ~ん……それが今のカシミールさんなんだ?」
 ジューヌは少し困ったように微笑んだ。
「不安なのよ、きっと。いつまた支えを奪われてしまうかわからない、ってね。姉さんは一度、アインスという支えを失ってしまっているから」

 アイズとジューヌは二人で話をしながら、ブリーカーボブス内部の廊下を歩いていた。
 やがて二人が辿り着いたのは、頭上が開けた中庭のような場所。高い塔状の建造物に四方を囲まれており、その中の一つ、最も高い塔の先端に小さな少女の姿がある。
「ルルドーっ! 今日のレッスンどうするー!?」
 かけられたジューヌの声に、少女は──ルルドは振り返ると、アイズの姿を見つけて嬉しそうに手を振った。
「アイズお姉ちゃん! 久しぶりー! ……あれ?」
「うーん、久しぶりねルルド……でもさ、いくら貴女が身軽でも、肩車はちょっとキツイわ」
「あはは、ゴメーン」
 瞬間移動してきたルルドは、無邪気に笑いながらアイズの上から飛び降りた。



第13話 多重奏狂詩曲



 しばらく再会を喜びあった後。
「ママのこと……ありがとうね、アイズお姉ちゃん」
「あ~。やっぱバレてたかぁ」
 ルルドがポツリと呟いた言葉に、アイズは困った顔で頭を掻いた。
「何となくわかってたの。アイズお姉ちゃんたちが村から出ていった時に一緒にいた女の人。姿は全然違ってたけど、きっとあれはママなんだろうって」
 真剣な瞳で話すルルド。しかしカシミールとは違い、ルルドの言葉に刺はなかった。
「でもね、ほんと言うとあたし、そんなことどうでもよかったんだ。もう二度と会いたくないって思ってた。あの人は親って感じがしなかったし……カシミールママの方が優しくていいや、って。だけど、今のママとはもう一度会ってみたいような気がする」
「そうね、私もフジノとは話してみたいわ」
 ジューヌが会話に加わる。
「私の知らない内に、あの子がどんな風に変わったのか……この目で確かめたい」
「ママはこの島にいるよ。絶対に」
 ルルドは島の中央の山を見て言った。
「それから、他にも何かいるわ」
「何かって?」
「よくわからない。この島全体が、一つの大きな力で覆われてるの」
「……大きな力、か……」
 アイズは何となく予感した。
「それじゃあ、トトもこの島にいるかもしれないわね」

   /

「お兄ちゃん!」
「何だよカエデ、用もないのにブリッジに来るなって。それに皆といるときは『提督』だろ?」
 カエデは焦っていた。兄に真実を伝える方法を色々と考えてみたものの、紙に書く・声を録音する等の方法もまったく通じず、何度も呼吸困難に陥っていたのだ。
 どうやらアミにつけられた首輪は、カエデの思考を読み取って作動するらしい。メッセージを書いた紙は読めなくなるくらいに細かく破り捨てるまで、声を録音したテープは上書きするまでジワジワと首を絞められ続けた。稚拙なりに頭を振り絞った暗号も通じなかった。
 一方、カエデは気づいていた。方法がないわけではない、ということに。
 この首輪は、カエデが行動を起こしてから作動するまでに若干の時間がかかる。完全に絞まりきるまでの間に簡潔に話せば、兄に真実を伝えることは不可能ではないはずだ。
 しかし、それと引き換えに自分は命を落とすことになる。何より、その短時間で兄を説得することができるかどうか。
「ああ、ハースィード少佐」
 オリバーの声に振り返ると、ちょうどハースィードがブリッジに入ってきたところだった。身体中に包帯を巻きつけ、松葉杖を突いている。
「ご無事で何よりです。身体の具合はよろしいのですか?」
「え、ええ……ご心配には及びません。残念ながら、ブリーカーボブスを墜とすことはできませんでしたが……ううっ」
 わざとらしく傷を押さえ、よろめくハースィード。オリバーが慌てて抱きかかえる。
「だ、大丈夫ですか? 無理はしない方が」
「いえ……大丈夫です。このチャンスを逃すわけにはいきませんから」
「チャンス?」
 ハースィードの話によると、現在独立軍艦隊が不時着している浮遊島には、ブリーカーボブスもまた乗り上げているらしいということだった。
 相手の場所は、中央の山を挟んで正反対。オリバーは士官を数人集めると、ブリーカーボブスが航行機能を回復する前にゲリラ戦を仕掛ける計画を立案した。
「それでこそオリバー提督です。では、更に打ち合せを……」
 寄り掛かってきたハースィードの吐息が耳にかかり、頬を染めるオリバー。
 と、
「いてっ! 何だよカエデ、向こう行ってろって!」
 カエデに思い切り腕を抓られ、オリバーが悲鳴を上げた。驚きの仕草でわずかに身を引いたハースィードが、初めて気づいたかのような顔でカエデを見下ろしてくる。
「あらあら。可愛らしいお嬢さんですね。提督の妹さんですか?」
「ええ、まぁ……」
「そうですか。ちゃんとお兄さんの言うことを聞いて、いい子でいるんですよ」
 ハースィードはカエデの頭を撫でると、間近に顔を寄せて囁いた。
「いい子で……ね」
 恐怖と悔しさに震えつつも、気丈な瞳で見返すカエデ。
 ハースィードは嘲るように微笑むと、そのまま立ち上がり、「では後ほど」とブリッジを出ていった。

「おいカエデ、お前昨日からおかしいぞ?」
「おかしいのはお兄ちゃんの方だよ! あんな人にデレデレしちゃって!」
「いや、別にそんなつもりは……あの人はハイムの軍人だし、我々に協力してくれているんだ。優しく接するのは当然のことだろ? ……まぁ、確かに美人だがなぁ」
 ニヤつくオリバー。
「お兄ちゃん、あたしあの人嫌い……何か人間じゃないみたい。あんな人たちと一緒にいない方がいいってば!」
 カエデは必死に説得するが、オリバーはまるで取り合おうとしない。
「それに、あの人たちの武器は強力すぎるよ! 情報局を潰した後、もしも裏切るつもりだったりしたらどうするの!?」
 首輪が作動しないよう、慎重に言葉を選んで話を進めるカエデ。しかしオリバーは妹の命がけの努力にも気づかず、厳しい声で批難した。
「カエデ、滅多なことを言うもんじゃない! さっきから失礼だぞ!」
「…………っ!」
 カエデは小刻みに肩を震わせてうつむいていたが、
「お兄ちゃんの……わからずやっ! お兄ちゃんなんか大っ嫌い!」
 呆気に取られるオリバーを突き飛ばし、ブリッジから飛び出ていった。

「カエデちゃん、妬いてるんですよ、きっと。ねぇ、オリバーお兄ちゃん?」
 ブリッジメンバーの一人が茶化して言う。
「提督と呼びたまえ! ……はぁ、でもそうなのかなぁ……」
 額に手をやり、ブツブツと呟くオリバー。
 ──と。
 何気なく腰に添えた手が空のホルダーに触れ、オリバーは銃がないことに気がついた。
「あれ? 俺の銃は何処だ?」
「しっかりしてくれよ、お兄ちゃん」
「提督だっ!」

「お兄ちゃんのバカ、お兄ちゃんのバカ、お兄ちゃんのバカ!」
 廊下を走るカエデの腕には、オリバーのホルダーから抜き取った銃が抱えられていた。
「お兄ちゃんのバカ……!」

  /

「ご機嫌だな、ヴィナス」
「あん。イキナリはダメよ、ネイ」
 ハースィードが部屋に戻ると、声と共に一本の腕が伸びてきた。乱暴に鷲掴みされた胸の部分から変身が解け、ハースィードがヴィナスの姿に戻る。
 ネイは鼻を鳴らして腕を引くと、不機嫌極まりない顔で部屋の中をうろついた。
「くそぉ、バジルの野郎……」
「苛々は身体に良くないわよ。はい、お待たせ」
 ヴィナスが口を開き、舌の上に小さなカプセルが現れる。
 振り向いたネイが近づいてくると、ヴィナスは恍惚とした表情で微笑み、カプセルを舌の上で転がした。
 自身の体内で生成した麻薬物質が入った、小さなカプセルを。
「舌、噛み切っちゃダメよ?」
 細い顎を片手で引き寄せて、ネイは乱暴にヴィナスと唇を重ねた。

   /

 ノイエは暗闇の中で目を覚ました。
「う……ここは……?」
 そこは広い洞窟の中だった。少し離れたところには焚火があり、ごつごつとした岩肌に揺らめく光を投げかけている。
 上半身を起こすと、しばし呆然と座り込むノイエ。と、
「ああ、良かった。気がついたのね」
 いきなり声をかけられて、ノイエは驚いて振り返った。
 背後にいた者の姿に、もう一度驚く。
「フ、フジノ!? どうして君が……ち、近づくなっ!」
 慌てて距離をとり、身構えるノイエ。
 しかし突然襲い掛かってきた眩暈に為す術もなく、ノイエはその場に倒れ込んだ。
「もう、しょうがないわね」
 フジノは溜息をつくと、ノイエを抱えて焚火の近くに運んだ。
「いくらなんでも、こんな短時間で完全に回復するわけないでしょう? 自爆しようとした時に魔力炉を酷使したはずだし、あのL.E.D.まで振り回したんだから。貴方は知らないでしょうけど、あれって慣れない内は結構機体に負担がかかるのよ。
 ところで、何か食べるわよね? 今から用意するわ。これでも一応“母親”やってたんだから」
 フジノは捕まえておいた川魚や獣を捌きながら、力なく呟いた。
「まあ……あの子は私のこと、許してはくれないだろうけど……」

   /

 アートはF.I.R.で茂みを斬り裂いて進んでいた。先の戦いでは最も損傷が激しかったためか、まだ外傷も完全には癒えていない。
 しばらく進み、少し広い場所に出ると、アートは脳内の通信機を使ってハイム本国との交信を試みた。
「……くそっ、やはりダメか。確かに正常に動作しているはずなのに、まったく何の反応もない……何かに妨害されているのか?」
 仕方なく再び歩き出しながら、アートは呟いた。
「せめてグラフに連絡が取れれば……いや、あんな裏切り者なんか……!」
 心の何処かでグラフを頼りにしていることに気づき、慌てて否定するアート。

   /

「いやー。いい所だねぇ、ウサちゃん」
『……って、ほのぼのやってる場合じゃないでしょ?』
 所変わって島の端。
 宙に張り出した崖に座って海と空を眺めながら、グラフは片方しかなくなった腕にウサギの人形をはめて一人芝居をしていた。
「うーん、とは言ってもなぁ。通信機は役に立たないし、仲間とはぐれて一人ぼっち。おまけに丸腰……こういうのって、兵士としては一番困る状況なんだよね」
『一人じゃ何もできないんじゃあ、グラフもたいしたことないわね』
「ははっ、ごもっとも……さて!」
 グラフは伸びをして立ち上がった。
「それじゃあ、とりあえず崖沿いにぶらついてみますか! もしかしたら、運命の女神にでも会えるかもしれないしね~!」

   /

『キャー! 巨大チュチュガヴリーナ!』
『皆さん、世界の終わりです!』

「……何でさぁ」
 オードリーはポツリと呟いた。
「何で私があんたと一緒に映画見なきゃいけないわけ?」
「いいじゃない~。お互いバジルちゃんにフられた者同士、仲良くしましょうよ~」
 ケール博士はスナック菓子を食べながら言った。
 二人は室内用ホログラム装置の点検を兼ねて映画を見ていた。ちなみに映画の題名は、以前ケール博士がバジルと話していた『恐怖のチュチュガヴリーナ』の続編、『チュチュガヴリーナの逆襲』である。
「……つまんないわ」
「そう? あたしは結構好きなんだけど……」
「映画の話じゃないわよ」
 オードリーはケール博士の手からスナック菓子の袋を取ると、一つかみ口の中に放り込んだ。
「みんなの話よ。バジルだけじゃないわ、パティも、スケアも」
「過去を引き摺りすぎだって?」
「確かにリードランス大戦は不幸な出来事だったわ。ラトレイア、リード、そしてアインス……たくさんの仲間が殺されて、リードランスは滅んだ。そして生き残った私達は、ハイムから逃れてフェルマータにやってきた……でもね」
 オードリーはキッとケール博士を見つめた。
「私達はこの11年間で力をつけたわ。情報局を作り、この国の仕組みを建て直し、ハイムに対抗できるだけの力を得た。みんなが一丸となって努力したからこそ、迎えられた今この時なのよ。それなのに何? みんな何かを心に隠して一人で悩んでる!」
 小さく溜息をつき、オードリーは呟いた。
「壁を壊すことはできない。でも壁の向こう側を見ることはできる。それがメルクのモットーじゃなかったの……?」
「みんながみんな貴女のように強いわけじゃないのよ、オードリー」
 ケール博士はオードリーが握り潰したスナック菓子の袋を取り上げた。
「でもね。あたしはここの人達はみんな、いつかそれを乗り越えられると思ってる。オードリー、貴女が言ったように、この11年でここまでやってきたメンバーだもの」
 ケールは粉々になったスナック菓子を口の中に流し込んだ。

『みんなで力を合わせてチュチュガヴリーナを倒すんだ!』

 映画の中では今まさに、主人公が仲間と共に立ち上がっていた。

   /

 暗闇の中を、一人の少女が歩いている。
「ママ……何処?」
 少女が呟くと、空中に女性のシルエットが出現した。
『どうしたのですか、エンデ?』
「ママ、変なの。ヴィナス達のいる島にあたしの力が届かないの。まるで何かが邪魔してるみたいに……」
『邪魔……?』
 女性は少し険しい表情をしたが、すぐに薄い微笑みを浮かべた。
『ちょうどいいではありませんか。つまりその島には、ハイムに逆らう者がいる、ということでしょう?』
「うん……そうなんだけど」
 エンデは少し不服そうに言った。
「ママは……手伝ってくれないの?」

 女性の顔から表情が消えた。
 エンデがビクリと硬直する。
『……いいですか? エンデ。貴女はトトを捕らえ、コープを手に入れる……そしてフジノ・ツキクサとアイズ・リゲルを殺すのです』
「アイズ? フジノはわかるけど、どうしてママがアイズのことまで……あ」
 呟くエンデに向けられる視線が、一層冷たいものになる。
 エンデは慌てて言葉を濁すと、そのまま逃げるように姿を消した。

『フジノ・ツキクサ……トト……そしてアイズ・リゲル』
 何処か遠くを見つめて、女性は呟いた。
『あの力……あのとき感じた力は、あれは……間違いなく……』

   /

 トトが目を覚ますと、そこは何処かの部屋の中だった。
 床は巨大なチェス盤のように白と黒に塗り分けられている。天井は高く、照明は光量を抑えてあるのか薄暗い。
「ここは……何処?」
 辺りを見回すトトの前に、突然人影が現れる。
 それは10歳程度の少女を象った、三次元ホログラムの映像だった。
『おかえりなさい、トト』
「貴女は、もしかして……」
 少女が微笑むと同時に、その体が音もなく浮き上がる。長い髪がカーテンのように広がり、全身が淡い輝きに包まれる。

『本施設に侵入者あり。これより第二次カモフラージュシステムを起動します』

 少女が告げた途端、部屋の至るところに設置された機械が音をたてて動き始めた。壁一面に並んだモニターが、島の各部の様子を映し出す。
 やがてすべての機械が起動し、少女は、厳かに宣言した。




『システム、作動します』




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浮遊島の章 第12話

2010年02月03日 | マリオネット・シンフォニー
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 翌朝。
 南方回遊魚の自室で、アイズはカシミールと向かい合って座っていた。
 カシミールは真剣な眼差しでアイズを見つめており、アイズは落ち着かない気分で視線を彷徨わせている。教師が生徒を一人で呼び出し、今まさに説教を始めようとしている光景のようだ。


「えーっとね、カシミールさん」
 やがて話を切り出したのはアイズだった。
「フジノのことを黙ってたのは、確かに悪かったわ。でも、あのときはさぁ……」
「あのときは……何ですか?」
 カシミールがピシャリと言う。アイズは返答に詰まったが、仕方なくフジノが生まれ変わった時のことを説明し始めた。勿論、これ以上彼女を刺激しないよう、アインスのことは除いて。

 ブリーカーボブスはアステルの風に流されて、とある浮遊島に乗り上げていた。周囲に浮かぶ島々に比べるとかなり大きなもので、大半が森に覆われており、中央の山岳地帯からは幾つかの川が流れている。
 勿論、大地と接していない浮遊島に湧き水が出るはずもない。アステルの風が起きた後、大気と分離した水が残っている間のみ出現する、仮初の川である。

 すべてを飲み込んだ第一波の到来から、およそ半日。
 夜半のうちに第二波も過ぎ去り、島は静寂を取り戻していた。

「そうですか……わかりました」
 アイズが説明を終えると、カシミールは思い詰めた顔をして部屋を出ていった。
「……つ、疲れたぁ……」
 緊張が解け、ぐったりと脱力するアイズ。
「私だって大変なのよ? フジノもトトもいなくなっちゃうし……」

 昨夜のことを思い出しながら、アイズは小さく溜息を吐いた。



第12話 亀裂



「アイズ、トト! 逃げろーっ!」
 フジノが叫んだ瞬間、稲妻がアイズ達に向けて殺到した。
 その声に応えるように、二人の周囲に障壁が発生して稲妻の侵入を阻む。見ればトトがアイズの右手を握り締め、その甲に埋められた宝石が輝いている。
「あれは、ゼロの時の……!」

「こ、これは……!?」
 アイズもまた驚いていたが、
『お忘れですか? アイズさん』
 もう一人のトトが微笑んで言った。
『これは貴女自身の力。さあ、今回は“私の力”もお貸ししましょう』
 コープの宝石が輝きを増し、エコーデリックに似た稲妻が発生して相手側の稲妻と真っ向から激突する。
 更に、
「はぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ!」
 フジノが光の翼を広げ、黄金の輝きが稲妻を圧倒する。
 しかしその時、力の余波が思わぬ出来事を引き起こした。アステルの風が急激に勢いを増し、ほとんど竜巻のような状態を作り出してしまったのだ。
 その流れの強さは、意識のないノイエを巻き込むには充分すぎた。
「ノイエ!」
 咄嗟にノイエの手をつかむフジノ。流れの強さに抗えず、二人の身体が宙に浮く。
「フジノ!」
 瞬間移動してきたスケアがフジノの手をつかむ。しかしスケアも二人を繋ぎ止めておくので精一杯で、一緒になって巻き込まれるのも時間の問題だ。
「スケア! ……くっ!」
「フジノ、何を!?」
 スケアは驚いて叫んだ。フジノが自分からスケアの手を離したのだ。スケア一人の握力では二人分の体重を支えきれず、二人の手が徐々に外れてゆく。
「スケア、貴方まで巻き込まれることはないわ! ノイエのことは私に任せて!」
「し、しかし……!」
「大丈夫。この子に私達と同じ過ちを繰り返させはしない……絶対に。だからスケア、貴方はルルドについていてあげて」
 その言葉にハッとなるスケア。
 フジノは穏やかな微笑みを浮かべると、心からの感謝を言葉に乗せた。
「ありがとう、スケア。あの子の父親になってくれて」

 直後、二人の手は離れた。
「フ……フジノーーーーーーー!」

 一方、アステルの風はアイズ達にも襲いかかった。
 アイズは助けに来ていたモレロに受け止められたが、トトが巻き込まれてしまう。
「ア、アイズさーーーん!」
「トトーーーっ! ……こっのぉぉぉおぉぉおおぉっ!」
 無我夢中で力を開放するアイズ。
 その瞬間、アイズの力がすべてを圧倒し、女性の影を消し去った。

   /

 その後、スケアの風魔法でブリーカーボブス周辺の流れをコントロールしつつ、適当な島に不時着したわけだが。
「まぁまぁ、女性の気持ちというものは難しいものなんですよ。特に“母親”や“恋人”というものはね」
 と、やってきたのはコトブキだった。
「相変わらずのナイスタイミングね、コトブキさん」
「素敵な女性のことは何処にいてもわかるんですよ」
「コトブキさん……若い頃はモテたでしょう?」
「とんでもない」
 コトブキは大げさな身振りで否定すると、笑って答えた。
「“今も”モテますよ」
「……あっそ」

「アイズ、いる?」
 しばらくコトブキと談笑していると、ジューヌとモレロが部屋を尋ねてきた。
「あーっ、コトブキさんだ! 昨日は楽しかったわ」
「いえいえ、こちらこそ。かの天才バイオリニスト、ジューヌさんと食事をご一緒できて楽しかったですよ」
 コトブキがジューヌの手を取って軽く口づける。可笑しそうにクスクスと笑うジューヌ。
「モレロさん、いつの間にこうなっちゃったの?」
「何でも昨夜、一緒に食事したとか」
「昨夜……って、みんなで壊れた外壁の修理作業とか手伝ってて……私、昨日は何も食べてないわ」
「ほら、分離した海水に浸って食料庫が一つダメになったじゃないですか。それで勿体ないからって……」
「……食べてたのね。私達が大騒ぎしてる間に」
 呆れ半分に呟くアイズ。

   /

「どーいうことかしらねー」
 ケール博士とオードリーは、機器を逐一チェックしていた。
「電波系の通信機器が全部ダメになってるわ。オンラインの物は無事なことを考えると、やっぱりアステルの風の影響かしら?」
「知らないわよ、私にそんなこと言われても」
 文句を言いながらも手伝っていたオードリーの手が、ふと止まる。
 作業部屋の扉の外を、レムの車椅子を押しながらバジルが通った。バジルは普段の彼からは想像もできない優しい表情でレムを見つめている。
「……ああいう男はね、こっちが焦ってもしょーがないのよ」
 オードリーの視線に気づき、ケール博士は苦笑した。
「バジルちゃんは誰にでも優しいけど、誰にも心を開こうとしないわ。ただ一人、スケアちゃんだけは例外だけどね」
「わかってるわよ……そんなこと」

   /

 レムの部屋に到着すると、バジルはレムをベッドに寝かしつけ、いつも通り頬に軽くキスをした。と、
「いいんですよ、バジル……もう私に気を遣わなくても……」
「気を遣ってなんかいないさ。俺は君のことを本気で」
 レムの手がバジルの口を塞いだ。
「わかっています。貴方が優しい人だということは……でも、貴方は自分の罪の償いとして私のことを……」
 バジルは一瞬哀しげな顔をしたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻ってレムの手を外させた。
「おいおい、君まで俺のことを信用してないのかい?」
「信じてはいます。でも、“わかる”んです」
 バジルは微かに笑った。いつもの対外的な笑顔ではない、諦めるような、自嘲するような微笑み。
「君には敵わないな……でもね」
「でも?」
「少なくとも、俺が君のことを大切に思っているのは本当だ。“わかる”んだろ?」
 しかし、レムは答えない。バジルは肩をすくめると、「それじゃ」と言い残して部屋を出ていった。

「……わかっています……だからこそ、私は……」
 誰もいなくなった部屋の中で、レムは呟き、静かに涙を流した。

   /

「えっ? 白蘭達が私達を追って?」
「あらら、やっぱり会ってないか」
 二人が尋ねてきたのは、白蘭・ナー・ロバスミの所在を尋ねるためだった。
 ジューヌの話によると、アイズ達が旅立ってすぐ、白蘭が二人を無理やり連れ出してしまったらしい。
「メルクから連絡があったのは、三人が出発した後だったのよね。まいったなぁ」
「う~ん……まぁロバスミさんもナーもいるんだから、私達みたいなことにはなってないと思うけど……」
「それからもう一つ、フェイムのことなんですが」
 続くモレロの話によると、フェイムは数日間の昏睡状態から意識を取り戻した後、突然行方不明になってしまったということだった。
「まったく、無茶するんだから。まだ完全に回復してなかったのに」
「まぁ、そのフェイムという方も、何か思うところがあるのでしょうな」
 愚痴をこぼすジューヌと、一人うんうんと頷くコトブキ。
「ところで、カシミール姉さんは何処に?」
「さっき何処かに行っちゃったわ」
 それを聞いて、モレロはカシミールを探しに部屋を出ていった。
(みんな思うところがありすぎて困るわね……)
 心の中で呟き、アイズは密かに溜息を吐いた。

   / 

 その頃、パティは長官室の席についていた。椅子に浅く腰掛けて机上に脚を投げ出すという、およそ長官らしからぬ格好で天井を眺めている。そしてふと思い出したように、引き出しの中から古ぼけたファイルを取り出すと、それを開いて読もうとした。
 と、挟んであった一枚の写真が床に落ちた。手を伸ばし、拾い上げるパティ。
 写真には若い男女の姿が写っている。蒼い髪の落ち着いた青年、そして栗色の髪を三つ編みにした素朴な少女。
「アインス・フォン・ガーフィールド……か」
 写真を眺めながら呟くパティ。と、
「長官、入りますよ」
 扉を開けてケイが入ってきた。パティの格好を見て一瞬驚いた顔をしたものの、気を取り直して普段通りの態度を取る。
「報告します。モレロ氏の協力で、動力部の修理はほぼ完了しました。現在、ケール博士が技術班を総動員して制御システムの復旧を進めています。この調子なら明日にでも航行は可能になるでしょう。ただ、独立軍の艦隊が近くにいる可能性を考えると……長官?」
 ケイは報告を中断して声をかけた。古ぼけたファイルを手の中で遊ばせながら、パティが疲れた顔で呟く。
「ケイ。貴方は、自分の才能を信じてる?」
「パティ? 何を言ってるんだ?」
 言葉の真意を計りかね、尋ね返すケイ。パティは自虐的に呟いた。
「私は……結局つまらない、何の才能もない人間なのね。人に頼らなければ何もできない、自分も仲間も守れない……本当はこんな所にいる価値もない、つまらない人間」
「何を言い出すんだ。つまらない人間にメルクの長官が勤まるはずがないだろう?」
「そうかしらね……」
 ケイは少し困った顔をしたが、すぐにパティの前まで歩いてきて机上に積み重なっていた書類の束に手をかけた。
「パティ、君は疲れているんだ。ケール博士の医療ポットにでも入ってスッキリするといい。これは僕がやっておくから」
「あっ、ケイ……」
 ケイは書類を抱えて歩き、扉の前で振り返って言った。
「君の情報局設立のアイデアは素晴らしかった。そして僕達はここまでやってきたじゃないか。情報局の人間がこんなことを言っちゃいけないのかもしれないが……あまり周りの人間の言うことは気にするなよ」
 パティは少しだけ微笑んだ。
「……ありがとう、ケイ」

 長官室を出た後、ケイはニヤつきながら頭を掻いた。
「ありがとう、か……何か照れるな」
 そして両手いっぱいに持っていた書類の束を落とし、悲鳴を上げた。

 パティはケイが出ていった後、もう一度ファイルを開いて呟いた。
「でもね、ケイ……私は結局、アインスの操り人形でしかないのよ」

   /

 その頃スケアは、医務室の医療ポットから出たばかりだった。
 特に激しい損傷を受けたわけではないが、流されるブリーカーボブスを風で保護しつつ誘導するためにかなりの魔力を費やした上、瞬間移動の後遺症も残っていたのだ。

 瞬間移動の後遺症。それは『事実と感覚の差異から生じる混乱』のことで、原理は車酔いと似たようなものである。瞬間的に存在位置が変化するという本来起こりえない異常事態に、身体と精神がパニックを起こすのだ。
 かつてアインスに敗れた後、スケアは古代リードランス式剣闘術と共に瞬間移動魔法を独学で習得した。この魔法、ルルドは平気で多用しているが、実際は極めて高度で危険なものである。桁外れの魔力消費量もさることながら、一つ間違えば移動先の物質と同化してしまったり、次元の歪みに閉じ込められることにもなりかねない。
 スケアに移動できるのはごく短距離、それも単身での移動のみ。加えて、多用すれば今回のように後遺症を引き起こすことになる。
 まだ少しグラつく頭を軽く振って気を紛らわせると、スケアはガウンを羽織り、しばし無言でその場に立ち尽くしていた。

 ……と。

「フジノのこと……考えてるのね」
 スケアが振り向くと、医務室の出入口にカシミールが立っていた。どう答えていいものか迷っている内に、近づいてきてガウンに手をかけ、乱れを整える。
「ほら……もう、ちゃんとしなきゃ」
「あ、ああ……すまない、カシミール……っ」
 突然、カシミールがスケアを抱き締めた。そのまま首筋に唇を寄せ、衣服の隙間から手を滑り込ませてくる。
「ち、ちょっと、やめろったら」
 スケアは慌ててもがいたが、カシミールは近くのソファーにスケアを押し倒し、馬乗りになってスケアの唇を塞いだ。
 しばらくの沈黙の後。そっと唇を離し、涙ぐんだ瞳でスケアを見下ろす。
「……フジノのこと……考えてたのね」
「うん……まあ、ね……」
 歯切れの悪いスケア。
「昔のことを思い出した? 貴方がフジノのこと、好きだった頃のこと……」
「そんなこと……ないよ」
「嘘よ。貴方はそんな人じゃない。貴方はフジノのことが気になって仕方ないはず。貴方はそういう人よ……でも」
 カシミールはスケアの上に乗ったまま、胸元のボタンを外し始めた。
「でもね、私は貴方をフジノに取られるわけにはいかないの」
「取られるだなんて、私は君のことを……」
「スケア、貴方は優しい人よ。でも私は、貴方が思っている以上に欲張りな女なの。貴方の中にフジノへの想いが残っているのは耐えられないのよ!」
「カシミール!」
 スケアはカシミールを抱き寄せた。
「私は君のことを愛しているし、他の誰よりも大切だと思っている。フジノのことは……もう何とも思っていない」

 カシミールの頬を一筋の涙が伝う。


「……嘘つき」


 カシミールはスケアの胸を突き飛ばすようにして起き上がった。乱れた服装を整えることもなく医務室を飛び出した途端、廊下でモレロと鉢合わせる。
「ね、姉さん! どうしたんですか、その格好!?」
「どいて、モレロ」
 カシミールは短く言い捨てると、モレロの横を足早に通り過ぎていった。

 呆気に取られて茫然とするモレロの目の前に、今度はスケアが姿を現す。
「カシミール! ああ、モレロ。すまない、カシミールが何処に行ったか……」
「スケア……てめぇ、姉さんに何しやがった!?」
 モレロはスケアの襟元をつかむと、そのまま捻り上げた。
「俺はなぁ、お前と姉さんのことを認めたわけじゃないんだ! ただ姉さんが幸せならそれでもいいって思って……だがなぁ!」
 硬く握り締められ、振り上げられた拳が途中で止まる。
「……くそっ!」
 そのまま乱暴にスケアを投げ捨てると、モレロはカシミールを追って走っていった。

   /

 はだけた胸元を掻き合わせて歩きながら、カシミールは呟いていた。
「私……私、いつの間にこんな嫌な女になっちゃったんだろ……」


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