森の詞

元ゲームシナリオライター篠森京夜の小説、企画書、制作日記、コラム等

ただいま勉強中

2010年04月29日 | Weblog
 今年秋の基本情報処理技術者試験に向けて勉強中です。
 新卒でもない限り評価の対象にはならないと言われている国家試験ですが、言い換えれば、この試験にすら合格していない中年なんて完全に採用対象外ということ。
 秋に基本を、来年の春に応用を突破するつもりで頑張っています。

 ただ、勉強以前に大きな問題が。
 実は私、ブラインドタッチができないんです。

 小学生の頃から父親のワープロを使い続け、すっかり手に染み付いてしまったかな打ち。
 小説を書く分には支障ありませんが、仕事でプログラミングしようと思うならキーボードを見ている余裕はありません。
 フリーソフトのミカタイプで練習してみたものの、イマイチ気分が乗らない。
 もっと楽しく練習できるソフトはないかな、と探してみたところ、辿り着いたのがザ・タイピング・オブ・ザ・デッド。10周年記念版がかなり安く売られていたので、早速購入しました。

 10年近く前に一度だけ、ゲームセンターで友人とプレイしたことがあったこのソフト。
 ドリームキャストを背負って戦う彼等の勇姿は、まさに当時のセガそのもの。
 もう新しいハードは出ないんだろうなあ。今更ながら残念。
 なんてことを考えながらカタカタとプレイしています。


 え?
 ゲームしてる暇があったら更新しなさい?

 いやいや、これは訓練ですよ、訓練。

浮遊島の章 第19話

2010年04月21日 | マリオネット・シンフォニー
前回に戻る


 浮遊島の一角に穿たれた、浅い洞窟の中。
 ノイエが目を覚ますと、近くにフジノの姿はなかった。外は明るく、入口から陽光が射し込んでいる。どうやら朝になったらしい。
「……フジノ……?」
 ノイエは起き上がると、洞窟の外に向かって歩き出した。
 身体の調子は悪くない。一晩ぐっすり眠ったおかげか、ほぼ完全に自己修復したようだ。ノイエは洞窟の外に出ると、陽光の直射に目を細め、ふと聞こえてきた水音の方向に視線を向けた。
 洞窟から少し降りた所を流れている川に、揺れる紅の髪が見える。ノイエは知らず溜息を洩らし、そちらに向かって降り始めた。
 ノイエは気づいていなかった。先程の溜息が、安堵から来たものだということに。

「ノイエ。もう起きたのね」
 朝食用に魚を獲っていたフジノは、川辺に佇むノイエを見つけて岸に上がってきた。捕まえた魚に木の枝を突き刺し、用意しておいた薪の周囲に突き立ててゆく。
「すぐに食事の用意ができるから、それまで少し待ってて。……どうしたの?」
 何の反応もないノイエに、フジノが不思議そうな視線を向ける。寝起きのためか呆としていたノイエは、フジノに見つめられていることに気づいて慌てて顔を背けた。
「い、いや。何でもない」
 川岸に膝をつき、誤魔化すように顔を洗う。冷たい水が頭を冷やし、意識が次第に覚醒してくる。
 しかしどれだけ頭を冷やしても、芯の辺りに残る不可思議な痺れを消すことができない。水面に映る自らの姿は、自身の心までも映し出しているかのように、絶え間なくゆらゆらと揺れている。
「……僕は一体、何をしているんだ……?」

 食事を終えて、しばらくの後。
 川岸でくつろいでいたフジノが、ふと何かに気づいて目を細めた。
「何かしら、これ……雪かな?」
 いつの間に降り始めたのか、二人の周囲に淡く白いものが舞い降りてくる。空には雲一つなく、そもそも今は夏なのだから雪が降るはずもないのだが。
「綺麗ね……」
 うっとりと呟くフジノ。
「貴方もそう思わない?」
「……別に」
 ノイエが興味なさげに呟くと、フジノは痛みをこらえるような微笑みを浮かべた。
「きっと昔の私だったら、同じことを言ったでしょうね。でも最近、こういうのも悪くないかなって思うようになったのよ。どうしてかしら」
 二人はしばらくの間、無言で雪を眺めていたが、やがてフジノが呟いた。
「そう言えば……私の知り合いに一人、雪みたいな女がいるのよ。優しくて、控え目で。でもすべてを受け入れて、包み込むような女。私はそいつのこと、本当に大嫌いだったけど……今になって考えると、私じゃ絶対にかなわないなぁって思うのよね」



 
「カシミールとスケア……うまくいってるといいな」




第19話 幻の島 -生きる-



「カシミーーーール! ……うわっ!?」
 薔薇の群れを越えて跳躍したスケアは、空中で突然何かに弾き返されてその場に落下した。見ればカシミールを中心として、球状に輝く障壁が展開されている。
「これは……カシミールのバリアか!」
 スケアはL.E.D.を構え、しかし思い改めて大地に捨てた。L.E.D.の出力ならカシミールのバリアを破ることはできるだろうが、ツェッペリンが作動している今、へたをすれば誘爆しかねない。
「待っていてくれ、カシミール! すぐに助けに行く!」

   /

 彼女が目を覚ますと、そこは病室だった。
 やわらかな陽射しと共に穏やかな風がカーテンを揺らし、病院特有の白い壁面に投げかけられた光と影が、陽光を反射する水面のようにゆらゆらと揺れている。
「……今、誰かに呼ばれたような……」
「どうしたの? 自分のこと、何か思い出した?」
 ベッドの隣に置かれた椅子には、一人の少年が腰かけていた。一見して病弱とわかるほどに痩せ細り、肌は青白い。滑らかな青い髪が、整った顔を更に引き立てている。
「……ううん、ダメみたい。何かが心の中でひっかかっているんだけど」
 彼女は力なく呟くと、少年の方を向いて言った。
「ごめんなさいね。貴方のベッドを使ってしまって……」
「え……あの、別に構わないよ」
 少年は顔を赤く染めると、
「えっと……そうだ、先生はまだかな?」
 急に立ち上がってベッドから離れた。
(あんなに慌てなくてもいいのに。そういうとこ、何だかあの人にそっくりね)
 彼女はクスクスと笑い、ふと考え込んだ。
(……あの人……って、誰だっけ……?)

 その時、扉に向かっていた少年が、突然胸を押さえて苦しみ出した。
「大丈夫!?」
 彼女は慌てて駆け寄ると、驚くほどに軽い少年の身体を抱き上げてベッドに寝かせた。胸元のボタンを外してみれば、露出した肌には奇妙な模様が刻まれている。
「これは……」
「な、何でも……ないよ……」
 玉のような汗を浮かべながらも、少年は穏やかに微笑んで胸を隠そうとする。彼女は咄嗟に少年の手をつかむと、握り締めて押し留めた。
「ダメよ。ちゃんと話して!」
 何故ここまで少年のことが気になるのかはわからない。しかし彼女は、どうしても聞かないわけにはいかなかった。聞かなければならなかった。
 少年は少し驚いたようだったが、少しずつ話し始めた。

 家族のこと。
 胸の刻印のこと。
 これまでの人生で感じたこと、考えたことを。

「でもね、僕はもう辛いとか思ったりはしないんだ。だって、先生と約束したからね。僕はこれからもっと勉強して、強くなって、一生懸命に生きるんだ。僕に与えられた時間は少ないかもしれないけど、僕は“生きる”意味を見つけるんだ」
 そして少年は、少し照れながら呟いた。
「それから……素敵な女の人と恋がしたいな」

 途端、彼女の胸がズキンと痛んだ。
 とても大切なことを忘れているような気がする。
 絶対に忘れてはいけないはずの、何かを。

「でも。僕なんかを好きになってくれる人がいるのかな」
 少年の表情が、にわかに曇る。
「僕は時々、自分が人間じゃないような気がするんだ。人間の姿をしているけど、中身はまるで違う怪物のような……」
「そんなことないわ!」
 彼女は少年の手を握り、必死になって叫んだ。
「大丈夫よ。貴方みたいな人に愛される人は幸せ者よ!」

 少年は静かな瞳で彼女を見つめていたが、やがて心から嬉しそうに微笑み、彼女をぎゅっと抱き締めた。
「ありがとう……カシミール」

 射し込む陽光が輝きを増す。
 少年の笑顔が光に溶ける。
 あふれる白が天井を、壁を、病室の景色を白く塗り替え、そして──

 気がついたとき、彼女は懐かしいマンションの部屋にいた。
 微かな風は肌に心地好く、窓の外に広がる空は明るい。
「目が覚めたかい? カシミール」
 すぐ隣から、優しい声がかけられる。
 カシミールは声の方向に顔を向けると、薄く微笑んだ。
「おはよう……アインス」

「憶えてる? 私達がリードランスで暮らしていたときのこと」
 リードランスの国立公園を二人で歩きながら、カシミールは尋ねた。
「この公園、よく一緒に散歩したわよね」
「ああ。憶えてるよ」
 アインスも懐かしそうに呟く。
「あの頃は楽しかった。本当に」
「……私、幸せだったわ」
 歩みを止めて、カシミールはアインスをじっと見つめた。
「リードがいて、パティがいて、貴方がいた。お父様達は優しくて、沢山の兄弟に囲まれて。本当に幸せだった」
「カシミール……」
 アインスを見つめる瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
 その涙を隠すように、カシミールはアインスの胸に飛び込んだ。
「ごめんなさい、アインス。私、貴方のこと、何一つとして受け入れようとはしなかったわ。傷ついている貴方から目を背けて、ただ身勝手な幸せだけを求めてた」
「それは僕も同じだよ、カシミール」
 アインスがカシミールをそっと抱き締める。
「真実を語らずに君を傷つけた。いや、君だけじゃない。いつも誰かから愛を受けることばかりを求めて、その人が何を望んでいるのかなんて、考えたこともなかったんだ」

 と、その時。
 何処から遠くから、カシミールを呼ぶ声が聞こえてきた。

   /

「うぉおぉおぉぉぉぉぉぉっ!」
 スケアはカシミールのバリアに両腕を突き入れると、そのまま強引に突き進んだ。
 衝撃で皮膚が崩れ、肉が焦げる。
 それでもスケアは立ち止まらず、進み続けた。
「カシミーーーーール!」

   /

「スケア……?」
 顔を上げ、声の主を探すカシミール。
「さぁ、もう帰るんだ。彼が待ってる」
 アインスが優しくカシミールの肩を押す。
 しかしカシミールは、再びアインスに抱きついた。
「アインス。私達、もう一緒に行くことはできないの?」
「……ああ。今の僕は、意思のみの存在だから。君達のいる世界に、生命として存在することはできないんだ。それに、君にはまだやるべきことがあるだろう?」
 アインスはカシミールから離れると、その瞳を静かに見つめてささやいた。
「愛しているよ、カシミール。だから君には生きて欲しいんだ」
「私も……愛してるわ、アインス。だから私は、貴方の分まで生きて、この時代を見届ける。約束するわ」

 辺りが光に包まれた。
 すべてのものが徐々に輪郭を失っていく中、カシミールが思い出したように尋ねる。
「最後に一つ、聞いていい?」
「何だい?」
「貴方にとって、私は何だったの? 母親の代わり? それとも欲求の対象?」
 アインスは少し考えた後、
「僕が望んだすべてのもの。僕が生涯追い求め、手に入れようとしたすべてのもの。それが君だよ」
 悲しげな、それでいて少し照れたような表情で言った。
「でも、それをどうやって伝えればいいのかがわからなかったんだ。小さい頃から、その……好きな女の子の前では、どんな顔をすればいいのかわからなくって」
「バカね」
 カシミールは泣き出しそうな笑顔で言った。
「子供みたいなこと言わないでよ」
「ごめん」
 アインスが姉に怒られた弟のような顔で謝る。
 カシミールはアインスの手を取ると、自らの胸に押し当てた。
「私は貴方のものよ、アインス。これまでも……そして、これからも」
「……ありがとう……」
 アインスが子供のように無邪気に微笑む。

 二人の唇が重なった瞬間、すべては光に溶けた。

   /

「良かった。もう、目を覚まさないのかと思ったよ」
 カシミールが目を覚ますと、スケアの優しい微笑みがあった。
「私……アインスに会ったわ」
 カシミールは起き上がると、スケアの姿を見つめた。
 服はボロボロに焼け崩れ、身体中が傷だらけだ。ひどい火傷も負っている。それが自身のバリアによるものだということは、皮膚の崩れ方を見てすぐにわかった。
「……ごめんなさい、スケア。私、貴方にはいつもひどいことばかりしてる。フジノのことだって……私も人のことは言えないわ。だって、私はアインスのことを」
「わかってるよ、カシミール」
 スケアはカシミールの唇に人差し指を当てた。
「私はそれでもかまわない。私自身、アインスのことを一人の男性として尊敬している。自分が彼より勝っているなんて考えたことは一度もないよ。……でもね」
 スケアはにっこりと笑った。
「私は君と共に生きていくことができる。アインスほど強くはないけれど、君を守って生きていける。だからカシミール、私と一緒に生きてくれないか。この先ずっと、共に生きていきたいんだ。例え私達が、おじいさんやおばあさんになってもね」
「スケア……私がおばあさんになったところが見たいの?」
 夢の中で体験した出来事を思い出し、渋面を浮かべるカシミール。
「た、例えだよ、例え。私たち人形は、そう簡単には老化しないし……いや、そういうことが言いたいんじゃなくて。そう、君はいつまでも綺麗だよ!」
 慌ててフォローするスケアの姿に、カシミールはクスクスと笑い出した。
「いいわよ、スケア。二人で日向ぼっこしながら孫の話でもしましょうね」

「……何で俺ってこんな役回りなんだろう……」
 近くの木陰から出るに出られず、モレロはやれやれと溜息をついた。
「まあ、姉さんが幸せになってくれればそれでいいか」

   /

 森の中では、バジルとネイの激しい攻防が続いていた。
 バジルは凄まじいまでの集中力と勘と反射神経でネイの攻撃を捌いていたが、三位一体で攻撃してくるネイに対して明らかに分が悪い。
 と、ネイが攻撃を中断して言った。
「……なめてるのか? バジル。お前、俺をあの女が向かった方から遠ざけるように移動してるだろう」
「あらら、バレてたか。昔から勘のいい奴だ」
 呼吸を整えながら、バジルがニッと笑う。
 すると、ネイはバジルの真正面に完全に姿を現した。
「そうでもなかったさ。忘れたとは言わせないぞ、あの時のことを」

   /

 一方。
 バジルと別れてから走り続けていたアイズは、森を抜けて海岸に出た。
 遥か眼下に広がる大海原に、周囲に点在する大小さまざまな浮遊島。アイズはしばし緊迫した状況を忘れ、美しくも不可思議な光景に目を奪われた。
 ──と。
 視界の端に動くものを捉え、何気なく振り向いた先。
 そこに佇んでいた一隻の飛空艇に、アイズは驚いて駆け寄った。
「これって……山脈の村にあった飛空艇じゃない。まさか、白蘭達もこの島に?」

 その時。
 飛空艇の開かれた扉の中から、一人の少年が姿を現した。


「お前は……クラウン3人組の一人!」
 咄嗟に身構えるアイズ。

「……あ。アイズ・リゲル」
 少し間の抜けた声で、グラフは呟いた。
 
 
次に進む

今週のマリフォニ と検査結果

2010年04月14日 | Weblog
 今週のマリオネット・シンフォニーは休載します。
 何度もご期待を裏切りまして申し訳ございません。

 妻の容態について。
 月曜日に検査した結果、膝関節の脱臼ということでした。脱臼した直後に関節が再びはまっていたため、救急のレントゲンでは一見して異常が発見できなかったとのこと。
 ただ突発的なものなのか、あるいは十数年の無理が蓄積した結果として必然的に起きたものなのか、現時点ではわからないそうです。

 前者であれば、痛めた靭帯等は自然に治癒して元の生活に戻れる。
 後者であれば、今後も頻繁に脱臼を繰り返す可能性がある。
 もし後者であったなら、最悪手術も必要と言われました。

 こういうとき、核家族の問題が浮き彫りになりますね。
 誰か一人倒れただけで、家族の負担が大きく跳ね上がってしまう。

 ともかく、頑張ります。
 としか言えない自分にふがいなさを感じつつ。


 空元気も元気!

浮遊島の章 第18話

2010年04月07日 | マリオネット・シンフォニー
前回に戻る


 カシミールが目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
 脳裏にたゆたう夢の残滓が、手のひらに受けた水のように零れ落ちていく。
「……何か、イヤな夢を見たわね……川に落ちて、何かに捕まって……何に捕まったんだったかしら」
 カシミールは起き上がると、大きく伸びをした。胸にひっかかっていた毛布がハラリと落ち、覆い隠すもののない美しい上半身が陽光を浴びて白く光る。
「とても寂しい夢だったような気がするわ。何か大切なものを失ったような……ふふっ、幸せすぎてバチが当たったかな?」
 カシミールは小さく笑うと、もう一度毛布にくるまった。
「でも、昨日はちょっと疲れたわよ、アインス」
 尋ねる声に、しかし応える者はない。
 カシミールはその時、初めてベッドにアインスの姿がないことに気がついた。
「アインス……?」

 そこはリードランス城下の郊外に建つ、小さなマンションの一室。
 アインスとカシミールが共に暮らした部屋。
 かねてから王城での暮らしに窮屈さを覚えていたアインスは、放浪の旅から帰還した後、住居を城外に移していた。

 カシミールは身体に毛布を巻きつけてベッドを出ると、住居の中を捜した。しかし、アインスの姿は何処にもない。
「何処に行ったのかな、アインス……」
 呟くカシミールの胸が、何故か小さく痛んだ。



第18話 幻の島 -囚われた心-



「何故だ! 何故貴様のような奴が死なないんだ! 貴様はハイムを捨て、兵士であることを捨てた。あまつさえ家庭などという足枷まで作っている!」
 スケアと激しく斬り結びながら、アートは叫んだ。
「己の国のため、国民のために自らの命さえかえりみず戦いに散る。それが兵士たる者の正義! 俺達クラウンに家庭など、安らぎなど無用だっ!」
「アート君。以前にも言ったが、君の志は決して間違ってはいない」
 執拗に繰り返されるアートの攻撃を捌きながら、スケアは静かに告げた。
「けれど、君の言う“正義”にしがみついている限り、私に勝つことはできないよ」

   /

「問題はさぁ、ウサちゃん」
 グラフは海岸沿いに歩きながら、左手に填めたウサギの人形に話しかけた。
「この世界には正義が多すぎるってことなんだ。そりゃあ一つの正義を信じて戦うのは楽だし、それで得た勝利は嬉しいものだろう。でもさ、もしも相手にも正義があって、守るべきものがあったとしたら……どうする? 自分の勝利は“善”なのか? 自分の戦っている相手は本当に“悪”なのか? 俺達は……」
 グラフの声が苦しげに沈む。
「もしかして俺達は、正義なんていうバカげた観念に躍らされている、もっともタチの悪い大量殺人者なんじゃないのか?」
『でも迷ってばかりじゃ何もできないわよ、グラフ』
「わかってるよ。でも、これだけは言えるんじゃないかな」
 自問自答の果てに、グラフは呟いた。
「他人から押しつけられた正義は、人が自ら選び取った正義には決して及ばない。俺もいつか、自分だけの正義を見つけられればいいんだけどな」

   /

 アートとスケアが戦いながら森を抜けると、そこは一面の花園だった。
 少し離れた所には、薔薇の花が咲き乱れ──群生する薔薇の中央には、眠り横たわる女性の姿が。
「あれは……カシミール!?」
 スケアの注意がわずかに逸れる。
 その瞬間、
「バカめ! 食らえっ!」
 アートの斬撃がL.E.D.を弾き飛ばし、スケアの周囲に炎の竜巻が巻き起こった。追いついてきたモレロの目の前で、あっと言う間に炎の中に飲み込まれていくスケア。
「スケアーっ!」
「ハハハハッ、女などに気を取られるからだ!」
 狂ったように哄笑するアート。
 しかし次の瞬間、炎の竜巻は爆発するように四散した。


「忘れたのか? 君の風を操る能力は、元々私から受け継がれたものだ」
 炎の竜巻の中から現れたスケアは、周囲に無数の旋風刃を浮かべながら言った。

   /

 時々カシミールは、アインスのことをとても遠くに感じることがあった。まるでこの世にいない人間のように、その存在が不確かなもののように思えてならなかった。
 彼はまた、その時々によって様々に雰囲気を変えた。普段の老成した落ち着きぶりから周囲の大人達よりも遥かに年上に見えたし、色々なことを素直に楽しむ無邪気さは幼い子供のようだった。
 そしてまた、彼は怯えているようでもあった。一国の王子として公共の場に出ているときも、一人の住人として同じマンションの人と話をしているときも、一人の男としてカシミールと二人でいるときも……常に何かに怯えていた。
 しかし、カシミールはアインスの内面には踏み込まなかった。アインスは自分のことを必要としてくれているのだから、それでいい。そう思っていた。

 カシミールは町をさまよい歩いていた。公園、本屋、図書館、学校、市場……アインスが行きそうな場所にはすべて行ってみたが、アインスの姿は何処にもなかった。
 いや、アインスだけではない。町には人一人おらず、ただ冷たい風だけが寂しく吹いている。
「アインス……何処にいるの?」

「だから言ったでしょ? アインスなんて信用しちゃダメなのよ」
 場所はいつの間にか、メルクの長官室になっていた。長官席についていた若い女性が、仕事をしながら話しかけてくる。
「あいつは何かを愛するということのできない人間なのよ。確かにあいつは優しくしてくれるし頼りがいもあるわ。でもそれだけ……あいつの内面はひどく冷たくて、暗い感情に満ちている」
 長官席に座っていた女性が振り返る。それはリードランスにいた頃の、18歳のパティだった。
「貴女は利用されているだけなのよ」

「……そう、なの……かな……」
 カシミールが茫然と呟く。

「そうね。あいつの中には闇があるわ」
 場面はコンサートホールに変わっていた。客席には誰の姿もなく、ジューヌが一人で舞台に立ち、バイオリンを弾いている。
「気づいていなかったの? あいつの中にある不安を。あいつが抱えていた死への恐怖を」
「そ、それは……」
「姉さんはあいつの内面から目を背けた。あいつを救おうとしなかったのね」
 ジューヌは演奏をやめ、ホール全体に響き渡る声で言った。
「そう。姉さんはアインスを救えなかった」

「だって、私は……そんなこと言われたって……」
 カシミールは耳を押さえてうずくまった。
「私はそんなこと、知らなかったんだもの……!」

「本当に、そうなのかい?」
 次にカシミールがいたのはリードランス王城の一角、騎士団の訓練場だった。目の前では一人の男が激しい剣舞を舞っている。
「アインスに一番近いところにいたのはカシミールだ。彼の生い立ちの複雑さは勿論、呪いの刻印のことだって知らなかったはずはない」
「……リード……!」
「アインスがカシミールにどう説明したかは知らないけれど、それが嘘か本当かを見抜くことくらいはできたはずだよ」
 アインスのパートナーであり、カシミールの兄であった男──プライス・ドールズNo.12『リード』は、剣を地面に突き立てて厳しい表情でカシミールを見つめた。
「知らなかったんじゃない。カシミールは、知ってて知らない振りをしていたんだ」

「でも、私は……!」
 カシミールはリードに駆け寄ったが、手が触れる直前にリードの姿は消えてしまう。カシミールはその場に崩れ、地面に両手をついて叫んだ。
「私は……認めたくなかった……!」

 あれはいつのことだっただろう。
 カシミールとアインスは、いつものように同じベッドで眠っていた。
 夜中にふと目を覚ますと、アインスは毛布から中途半端に抜け出してカシミールの身体を抱き締めるようにして眠っていた。
 カシミールがそっと離れ、毛布をかけ直そうとする。
 その時。
 アインスは眠ったままカシミールを抱き寄せ、呟いたのだ。
「……母さん……」
 と。

「結局、アインスは……カシミールっていう一人の女じゃなくて、母親の温もりを求めていたのかしら……」
 その時、カシミールは気がついた。年老いることのないはずの自分の身体が、老女のものになってしまっていることに。
「な、何? 何よ、これ……こんなの、こんなの嫌よ……!」

 老女となったカシミールの前に、アインスの姿が現れる。
「アインス……ねぇ、貴方は……私のこと、どう思っていたの?」
 動かない身体を叱咤して立ち上がり、カシミールがアインスに近づこうとする。と、誰かがカシミールを突き飛ばしてアインスに抱きついた。
「アインスはお前のことなんか何とも思ってないわ」
「……フジノ……!」
 14歳の姿のフジノは、子供と大人の境目に位置する少女だけが持ちうる独特の魅力を漂わせ、アインスにしなだれかかった。
「そうだよね、アインス。あんなおばあちゃんもういらないよね? 元の身体に戻ったって、ただ綺麗なだけのお人形になんか用はないよね」
「そ、そんなこと……」
「カシミール、気にすることはないよ」
 言い返そうとしたカシミールに、アインスは優しく微笑んだ。
「君に期待した私が愚かだったんだ。もういいよ、私は同じ闇を背負った彼女と生きていく。君は何処にでも好きなところに行くといい」
 絶句するカシミールの目の前で、アインスとフジノは濃厚な口づけを交す……。

   /

「動くな! 動けば辺り一帯の植物ごとあの女を燃やすぞ!」
 アートはF.I.R.の切っ先をカシミールに向けた。刀身から炎が勢いよく立ち昇る。
 要求通りに動きを止めるスケア。その姿から目を離さずに、アートは別の方向に叫んだ。
「そこの貴様、剣を捨てろ! あの女は家族なんだろう!?」
「く……っ」
 弾かれたL.E.D.を拾い上げようとしていたモレロが、柄に手をかけた姿勢のまま硬直する。
「どうする、スケア。奴は本気だぞ」
「ああ。やってくれ、モレロ」
 スケアの頷きに応え、モレロはL.E.D.を後方に放り投げた。アートの表情が昏い笑みに歪む。
「……堕ちたね。彼はもう、兵士ですらないよ」
 スケアは哀れみを込めて呟いた。
「自分の行動を他人に委ねた、ただの……哀れな男だ」
 そして周囲に浮かべていた旋風刃をも消し、アートに向かって歩いていった。

「バカめ、あの剣がなければ貴様など……がっ!?」
 アートがF.I.R.を戻した瞬間、スケアの拳がアートの腹部にめり込んだ。
「今の君を相手にL.E.D.を使うまでもない。自らの力だけで充分だ」
「ぐ……貴、様……!」
 アートがF.I.R.を振りかざすよりも速く、スケアがアートを蹴り飛ばす。
 着地の反動で飛び出し、全力でスケアに斬りかかるアート。しかしスケアは避けようともしない。

 F.I.R.の刃が目前に迫る。
 次の瞬間。
 スケアが交差させた拳に、F.I.R.の刀身は真っ二つに折れ、弾き飛ばされた。

「な……バカな……!」
「武器の力に頼ってばかりいる者に、本当の強さなど得られはしない」
 スケアはアートの眼前に手のひらを突き出した。
「終わりだよ」
「あ……うわぁあぁぁぁっ!」
 スケアの衝撃波に吹き飛ばされ、森の中に消えるアート。
 しばらくの後、スケアはモレロに叫んだ。
「さぁ、カシミールを助けに行こう!」

   /

 いつの間にか、アインスとフジノの姿は消えていた。
 カシミールは更に暗く冷たい空間に放り出された。
「もう……嫌よ……」
 カシミールの周囲を、これまでの出来事が走馬灯のように流れ、消えていく。

   /

「カシミーーーール!」
 スケアとモレロが眠るカシミールに向かって駆け出すと、その行く手を阻むように薔薇の大群が押し寄せてきた。
 強引に押し退けて進もうとする二人。しかしほとんど手応えがないにも関わらず、払い除けようとした腕には鋭い棘が突き刺さり、幾本もの蔓が足に絡みつく。
 どうやら薔薇の幻にカモフラージュされて、本物の攻撃・拘束用ワイヤーが混じっているらしい。L.E.D.や風の魔法で攻撃すれば突破は可能だろうが、カシミールまで傷つけてしまいかねない。
「くそっ、これじゃあ近づけない!」
 スケアが呻いた、その時。
 眠るカシミールの身体が、にわかに白く輝き始めた。
「……まさか、ツェッペリンが作動しているのか!?」

   /

「あらあら、どうしようか? ちょーっとヤバイことになってるわよ~」
 玉響が少し困ったように言う。
 トトは──いや、“もう一人のトト”は、それまでずっと天井に吊された鳥カゴの中から床のチェス盤を見つめていたが、
『では、私もゲームに参加しましょうか』
 と口を開いた。
『私の駒は“トト”と……それからもう一つ』
 もう一人のトトが手を開き、その中から一つの駒が落ちる。
「金色のキング……か」
 落ちていく駒を見つめながら、玉響がニッと笑った。

「そう、私の出番ですね」
 闇から浮かび上がるように現れた何者かが、金色の駒を空中で音高く掴み取る。
「トトさん、歌をお願いします。未来に進むような歌を」
 蒼い髪の長身の男は、マントを優雅にはためかせて部屋を出ていった。

「わかりました。では、私の歌を聴いて下さい」
 トトは──金色のクィーン“歌姫”は、祈るように両手を組んだ。

   /

「どけ、スケア!」
 モレロは薔薇の群れに突っ込むと、力一杯大地を殴りつけた。地響きと共に地面が砕け、薔薇の攻撃が止まる。
「今だ、早く行け!」
 モレロは振り向き、太い腕を差し出して言った。
「勘違いするなよ、お前を認めたわけじゃない。もう俺は、姉さんが悲しむところを見たくはないんだ!」
「モレロ……」
「姉さんを頼む。お前だったら、きっと姉さんを幸せにできる」
 スケアは僅かに涙を浮かべ、心の底から感謝を込めて言った。
「ありがとう、モレロ。カシミールと共に、君のような男に出会えて本当に良かった。この戦いが終わったら、今度一緒に飲みにでも行こう」
 そしてスケアはモレロの差し出した腕を踏み台にし、モレロのパワーを上乗せして、薔薇の群れを越えてカシミールに向かって跳躍した。

「……まったく、敵わないよなぁ……あんな目で礼を言われちゃあ……」
 やれやれと呟き、モレロは再び起き上がってきた薔薇の群れと向かい合った。
「今度飲みに……か。悪くないな」


次に進む

入学式。そして病院へ。

2010年04月06日 | Weblog
 ずっと忙しい日々が続いていましたが、今日は特に大変な一日でした。

 まずは息子の入学式へ。
 今年は桜の開花がかなり早かったので心配していましたが、染井吉野も紅枝垂桜も共に満開で、舞い散る桜吹雪の中、最高の入学式を迎えることができました。

 ──は、いいのですが。

 見渡す限り、とにかく人、人、人!
 なにしろ新一年生だけで195名の6クラスです。保護者や来賓を含めれば余裕の500越え。
 在校生からは二年生と六年生も列席し、教職員も含めると、実に1000名以上の人間が一つの体育館に押し寄せる事態となりました。

 元々この小学校は、生徒数の激減に悩んでいた5つの小学校が統合されて、平成になってから生まれたもの。
 その校区は南北に1.5km、東西に2kmと広大で、片道40分かけて徒歩通学する小学生もいるほどです。
 統合後は目新しさと充実した設備が人気を呼んで生徒数が増大。結果、かつて一学年に3クラスだった生徒数は倍増し、現在の総生徒数は京都市最大の1118名。ともだち100人できるかな、どころの騒ぎではありません。

 幼稚園のお友達とも離れ離れになり、文字通り、新しい学校生活が始まった息子。
 大きな期待と少しの不安に、胸がいっぱいになった入学式でした。

 明日は私も入校式。
 さあ、頑張るぞ!


 ──と、思ったのも束の間。


 息子の入学式を終えて帰宅し、遅い昼食をとった後。
 専門学校への入校準備のため職安を訪れていた私の携帯に、息子を連れてスイミングスクールに出かけていた妻からSOSのメールが。

 膝を痛めてしまって動けない、と。

 用事が終わり次第すぐに迎えに行く、と返事をした直後、職安のパソコンがシステムダウン。いつ復帰するかわからないという異常事態が発生。
 やむをえず実家の父親に懇願して迎えの車を手配し、自身は病院に連絡して受け入れ態勢を確保。
 職安のシステムが復帰した後、急いで手続きを済ませて帰宅。保険証と現金をつかんでスイミングスクールへと向かう道中、妻と息子を乗せて病院に向かう父親の車を発見し、自身も乗り込んで病院に急行しました。


 私の妻は、走ることのできない身体です。
 子供の頃から両方の膝を何度も骨折・脱臼しており、膝蓋骨(いわゆる膝の皿)は常にグラグラ。関節の軟骨は磨耗し尽くしており、通常の歩行ですら痛みを伴うことがままあります。

 大学生の頃に彼女と出会い、私は誓いました。
 もう二度と走ることのできない彼女を、自分が支えたい。
 彼女の足となって、共に歩いていきたい、と。

 そんなことを思い返しながら、不安に怯える息子をなだめつつ、病院の救急外来で待つこと2時間半。
 診断の結果は、要精密検査。来週に持ち越しとなりました。


 いよいよ小学校生活に突入した息子。
 突然歩くことができなくなった妻。
 そして、9年ぶりの学生生活を始める私。

 相も変わらず、様々な困難が降りかかる人生ですが。
 かつての誓いを、改めて胸に宿して。
 互いに笑顔を損なわぬよう、家族と共に精一杯、日々を歩んでいきたいと思います。

入学準備、色々

2010年04月04日 | Weblog
 ここ数日、息子の小学校入学準備にフル稼働の毎日です。

 まずは幼稚園で使用したお道具や制作した作品の処分を断行しました。無理強いはしたくないので、息子が納得するまで辛抱強く説得。これが結構な根気と時間を要します。
 続いては、遊び部屋を勉強部屋へと模様替え。掘り炬燵式のユニット畳や本棚、タンスを購入しては組み立て、勉強に集中できる構成へと作り変えます。
 家具の配置が完了すれば、家中に散らばっている息子の衣類と本をかき集めて収納。これからは息子が自分の意思で整頓し、一人で出し入れすることになります。

 最大の難関は、小学校で使用するすべてのアイテムに名前を書くこと!
 算数で使用する数え棒(100本)やおはじき(40個)など、米粒に名前を書くような作業が延々と続きます。
 総数は余裕の200越え。手と目の疲れが半端ないです。

 4月に入ってから始めて、ここまで片付いたのが今日の夕方。
 息子の部屋は一応の決着を見ましたが、今度は親のスペースが散らかりまくり(苦笑)。
 家全体が片付くまでにはもう少し時間がかかりそうです。



 閑話休題。
 先月発売のゲーム雑誌、ファミ通のDS+Wiiに、息子が投稿したカービィのイラストが掲載されました。
 買ってきた雑誌を読んでいた息子が「やった~、載ってる~」と声を上げ。
 近くにいた妻が「ん~? 何が載ってるの~?」と様子を見に行き。
 直後、「載ってるーっ!」と叫び声が上がりました(笑)。
 初投稿で掲載とは、やるなあ息子。

 ちなみに投稿したイラストは2枚。マリオとカービィのイラストを1枚ずつです。
 折角なので、掲載されなかったマリオのイラストを公開します。


 未来の巨匠に乾杯。 ←超親馬鹿